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虹色のパレット

16.開かれたニューヨークへの道

16.開かれたニューヨークへの道

 ロス滞在も、半分以上過ぎた頃、
「もうそろそろ、ニューヨーク行きの事を考えなければ。」
と思っていると、初めの計画には無かったが、この団体が「グランド・キャニオン、ラスベガスツアー」と「ワシントン、ニューヨーク東部への旅」と言う二つのオプショナルツアーを企画中ということを耳にした。
 それは全く、願っても無いことだった。私はツアーには加わらなかったが、個人で、「ロス=ワシントン=ニューヨーク=バファロー=デトロイト=サンフランシスコ=ロス」のラウンド・ツリップのチケットを切ってもらった。そして、第一日目のワシントン観光とニューヨークのホテルまでをツアーグループと行動を共にする事ができた。
 ワシントンでは、国立美術館でレンブラントの絵を見たことが今でも忘れられない。そして、いよいよ待望のニューヨーク、ラガーディア空港。空港からNY市内に向かうバスの中で、案内の人が、前方を指差しながら言った。
「エンパイヤーステートビルが見えてきました。」
バスの中にはざわめきが起こり、みんな、指差された方角に目をやった。絵や写真でお馴染みのあのエンパイヤー・ステート・ビルが遠くに小さく、スモッグに霞む夕暮れの空をバックにぼんやり見えた。
「遂に、ニューヨークにきたんだ!!」
と言う実感に心が躍った。

 ホテルに着くと、グループの人たちはもう部屋も取ってあり、それぞれすぐに部屋割りがされていたけれど、私は、ここから単独行動。フロントに行き、シングルの部屋を取った。
 部屋に入って、早速、K先生から紹介していただいたSさんと言う画家を、その職場に訪ねてみる事にした。地図で見ると、幸いホテルからそう遠くは無いようだった。行く途中すたすた歩きながら、ふと見上げると、さっきのエンパイヤー・ステート・ビルが足元から空に向かって伸びているではないか! 空に吸い込まれるようなその建物を見上げながら、自分が蟻になったような感じがした。でも、後でゆっくり見ればいいと、足は止めなかった。迷ったら、オペレーターを呼べと言われていたので、迷ってはいなかったが、電話ボックスがあったので、電話でオペレーターを呼び出した。そこまでは良かったが・・・。その後がどうしても通じない。オペレーターが言った。
「あなた、何語話すの?」
私は答えた。
「日本語です。」
とオペレーターは、
「え、スペイン語ですか?」
と聞き返したので、これじゃあ、英語はとてもだめだと思い、
「有り難う。」
と言って電話を切った。
 足を頼りに、とにかくSさんの職場を見つけた。でも、運悪く、その日は金曜日でもう帰られたと言うことだった。月曜日で無ければ来ないし、最近引っ越したばかりだから電話番号も分からない、と言われてがっかりした。
それでもと、他に何人か聞いていた人たちの名前も出して見たが、
「ああ、この人も最近引っ越したばかりで、電話の引いていないんじゃないかな。この人とこの人、今日本に帰っていてニューヨークにはいません。」
と言う感じで、結局、誰にも連絡は取れそうにも無かった。
 「まいったなー。」
と思いながら、もう暗くなりかけた、それに、雨もぱらつき始めたフィフス・アヴェニューを駆けるようにしてホテルに向かった。「ニューヨークって怖いよー。日が暮れてから街中をうろうろしていたら酷い目に会うよーっ!!」
なんて、みんなから散々脅かされていたので、哀れにも、もう、怖くて走らなければいられなかったのだ。
 ホテルのカフェテリアで軽い夕食を済ませて部屋に戻った。何だか、急に疲れが出たような気がして、しばらくベッドにごろりと横になった。それから、
「いや、こうしてはいられない。」
と思って、何か手がかりが掴めるかも知れないと、分厚い電話帳をめくってみた。幾つかの電話番号は、私の手帳に書いているのと同じだった。
「もしかしたら・・・」
と言う期待を持ってダイヤルを回してみた。でも、どの番号も何回回しても、むなしくダイアルトーンが聞こえるだけで、誰も出なった。
 「いよいよ、一人だ。」と言うことが分かると、急に元気と勇気が湧いてきたようだった。空元気だったかもしれないが・・・・。とにかく、NY市内観光地図を広げて、モダンアート、メトロポリタン、グッゲンハイム、ウィットニ-など、大きな美術館をまるで囲んで、道順を確かめ、明日のために早々とベッドに潜り込んだ。やはり、疲れていたのだろう、すぐに眠りに落ちて、朝までぐっすり眠ったようだった。







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