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カテゴリ:小説
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!注意!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 暴力的内容を多く含みます。苦手な方は読まないようにして下さい。 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「主従契約を・・・解除します。」 連理と比翼の瞳から攻撃態勢を示す赤みが消え、全身から力が抜けた。不思議そうにゆっくりと周りを見渡したペリドットの瞳に、もう私の姿は映っていない。 「エルフ達。ここはお前たちのいるべき場所ではない。お帰りなさい。」 少し間をおいた後、二人は顔を見合わせ、呆けたようにのろのろと扉を開けて外へ出て行った。蛇の彫刻が施された黒い大きな木の扉が乾いた音を立てて閉じ、部屋には再び緞帳のように重い静寂が降りてきた。 思っていたよりもあっけない別れだった。 十分覚悟してそうしたつもりなのに、一度も振り返らない彼らの背中が悲しくて目の奥が熱くなる。 泣いちゃだめ。 これでいい、これでいいんだ・・・。
「なるほどエルフたちを逃がしてやったというわけか。甘いことだ。」 「・・・。」 「『ビーストテイマーは自然系の動物・生物体と共感し、愛しながらそれらを理解して抱擁する。それによりビーストテイマーは敵対的な生物体を手なずけて味方にすることが出来る。』。ビーストテイマー学の最初の授業で習う、基礎中の基礎だな。」 フィロウィは醜く引き攣れた片目を少し持ち上げた。 「ハッ!馬鹿馬鹿しい。そんなものは所詮奇麗事だ。ビーストテイマーにとって使役するモンスターは鎧や剣と同じただの道具にすぎない。状況により使い分け、より良いものが手に入ればゴミとして捨てる。ただそれだけだ。」 そう。ビスルの学校でも何匹もテイムして本にし、狩り中にペットが疲れれば別のを呼び出していた子が何人かいた。育てるつもりがないから下手をすると死なせてしまうような危険な狩場へも気安く出入りし、より強いモンスターをテイムする力がつけば迷いもなく捨てた。 落ちこぼれだったそのときの私にはテイムできる力がなかった。 だからこそなんだろうか、もし私の元に来てくれるモンスターがいたらずっと一緒にいようと思ってた。 ずっと、ずっと、ずぅっと・・・。 人間より遥かに長く生きる彼らだから、泣いたり笑ったりしながらたくさんの時間を過ごして、いつか私が冒険者としての旅を終えるそのときまで添っていくものだと、そう思ってた。 でも・・・ダメになっちゃったね。 こんなに早く別れが来るなんて、想像もしなかった。 喧嘩もいっぱいしたけど、ずっとずっと大好きだったよ。 さよなら、連理。 さよなら、比翼。
どこか体の大事な部分が切り離されてしまったような喪失感に苛まれ、鉛のように重くなった体を半ば引きずるようにして、フィロウィに促されるまま実験室を出て奥の部屋へ戻った。 廊下の臭気は先ほどよりもずっと弱くなり、ホムンクルスたちの死体はどろりとした薄桃色の塊に変わっていた。 『コレイジョウサキニススムナ』 あのとき聞いたかぼそい声。 あれは私を助けようとしてくれていたんだね。 何も知らずに、ううん、知ろうともせずに、先を進むのを止めようと近づいてきた貴方たちを私は手にかけた・・・ホント、最低だ。 ごめんなさい、不幸な異形の兄弟たち。だけどもう一度だけ助けて。 連理と比翼がいなければ何も出来なかった弱い私に勇気をちょうだい。全てを賭けて奇跡を起こせるただ一つの力を。 マントの下、胸の上で密やかに燃え盛るものを握り締めた。
部屋の右奥にある書棚の一番上の段に宝石を細かくちりばめた美しい金の箱が置いてあった。フィロウィはそこから大事そうに両側に持ち手のついた赤褐色の瓶を取り出し、テーブルの上に置いた。 「これを飲みなさい。」 仮死状態にする薬。 これを飲めば全ては終わる。 「はい。わが主。」 私はこの男の言う事には決して逆らえない。 どんなに頑張っても意識の奥底の何かが私を縛る。 固く詰められたガラスの栓を抜くと、むっと青草い香りが部屋にたちこめた。口に含むと舌の奥まで苦味がびりりと走り、飲み下すとワンテンポおいて一瞬の浮遊感、そして体をとてつもない力で振り回して飛ばされていくような感覚と共に体から意識が遠ざかっていった。 平衡感覚を失い、体がゆらりと前につんのめったと同時にマントの下に隠し持っていた物が滑り落ちた。
ガシャーン!
自らの重みで硬い石床に叩きつけられて華奢なガラスは粉々に砕け散り、金とオレンジで彩られた炎が勢いよく解き放たれた。 マスタークエストが終わった後、パパからもらった聖なる炎の入った瓶だ。 「な・・・!これは!」 闇の香りを嗅ぎ付けた炎は予め油でも撒いてあったかのように一瞬で部屋中に広がり、逃げようと身を翻したフィロウィを飲み込んだ。 「うぎゃあああああああああああ。」 聖なる炎は闇に侵されたものすべてを焼き尽くす。フィロウィも、この呪われた研究室も、そして禁断の術により生を受けた私も・・・。 炎を払いのけようと激しく腕をばたつかせ、フィロウィはのた打ち回りながら崩れ落ちた。 肘や膝を折り曲げた姿勢で蹲り、ついには動かなくなった黒い塊。それが何百年も生き続けた伝説のビーストテイマーの最後だった。
薬を飲んで意識を失い、倒れるときに瓶を落としてしまうという不可抗力。それが命令に逆らうことの出来ないマリオネットに残された唯一の方法。 ねぇウォル、モルビリさん、そして兄弟たち・・・これでいいよね?
冷たい床に頬をつけ、失いつつある視力で金色に燃え盛る炎をぼんやり見つめた。 炎は小刻みに揺れ動き、宙にその手をゆらゆらとひらめかせていた。 『アリアンの酒場で見た歌姫の踊りに似てる・・・。』 耳の奥で亡国に想いを馳せる歌が流れ始め、その哀しげなメロディーはやがてビガプールのロマたちの音楽へと変わっていった。 特殊な民族楽器で奏でられる原始のリズムと低くかすれた声。心の中に高揚と悲哀の渦を起こす不思議な調べ。知らない言語であるはずのロマニー語の歌詞の意味が、今はなんとなく分かる。
まぶたを下ろした暗闇の世界のどこか遠くで連理と比翼の私を呼ぶ声が聞こえた気がした。 最後になんていい夢。 そしてなんて都合のいい夢。 契約の楔から解き放たれ、自由を手に入れた彼らが戻ってくるはずなんてないのに。
小さいころ、自分の背中にはいつか翼が生えてくるって信じてた。肩甲骨は折れた羽の名残だって誰かが言っていたから。失われた羽を取り戻したとき、背中の皮を突き破って出てきたそれは私の小さな部屋いっぱいに広がり、やわらかな羽毛を散らすだろう。雪のように白く、水鳥のように軽く、それでいて鷲のように大きく力強い羽は、私を空高く雲の神殿へとあっという間に運んでくれる。親に叱られたとき、何かが上手く行かなかったとき、想像の鳥は故郷の村のある山を遥か遠くに越えていって私を慰めてくれた。 でも・・・だめだね。
私の体の中に仕舞われていたのは翼ではなかったのだから。 ⇒つづき
楽園の翼編はこれで終了です。 次回編に続きます。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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