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カテゴリ:小説
『ねぇ・・・ねぇ・・・。』 どこか遠くから声が聞こえる。 うるさいなぁ・・・もう少し寝かせて・・・。 『プッチニア!』 やだってば・・・ものすごく疲れてるんだから・・・・お願い・・・。 『ねぇ、はやく帰っておいでよ。』 帰る? 帰るってどこに? 私にはもう、どこにも帰る場所なんてないんだよ。 天にも地にも誰の胸にも・・・。
「まだ目を覚まさぬのか?」 「・・・はい。」 高地特有の薄い空気を突き抜けて容赦なく刺し通す陽光も、厚い布に覆われた住居の中までは通らず、部屋の中は真昼の今も薄暗い。春の訪れを告げる優しい風も通わず、陰鬱な空気が澱のように重く床に滞っている。 部屋の中央の囲炉裏を囲んで銀白色の長いひげを蓄えた老人が一人、向かい側にやつれた様子の中年の男女が座っていた。女は火にかけていた小さな鍋をおろし、煮立った液を白い茶碗に注いで老人に差し出した。数種の野草を煮出した薄い黄緑色のお茶からはレモンに似た涼やかな香りが放たれ、場の重苦しい雰囲気を少し和らげた。 「もうひと月になるな。」 「はい。」 「すまない、わしがあの子にあんなことを頼まなければ・・・。」 真紅の糸で縁取りされた濃紫の長衣の老人は肩を落とし、その身を震わせた。銀色の髪と長く蓄えた髭からのぞく灰色の肌には苦悩の皺が深く刻まれている。 「そんな・・・。長老のせいではありませんわ。」 レティは慌てて村長クーンの言葉を遮った。 「そうです。炎の聖獣スルタンを囮に村を混乱に陥れたのは数百年も生きた闇の者。その姦計を見抜けというのが無理というものです。」 そう言ってハンスは長老を慰めた。 「あのエルフ達はどうしてるのかの?」 「今もプッチニアの側を離れようとしません。あれからずっと碌に食事や睡眠をとっていないというのに・・・。」 心配そうにレティは奥の部屋に目をやり、そこで力なく横たわる愛娘と、寝床の両脇でその手を握り、この世への召還を一心に願う忠誠心高きエルフ達を想った。 「そうか・・・。しかし不思議な事もあるものじゃ。契約を解かれたモンスターが記憶を取り戻すなど。わしも長く生きてきたが、このような事例を見聞きしたことはない。」 「彼らも何故そうなったかは良く分かっていないようです。ぼんやりとした意識で暗い地下を抜け、故郷のテレット・トンネルに向けて進もうとしたとき、急に後ろへ引かれるような感覚に襲われたのだと。そして火の海の中で横たわるプッチニアを見つけた瞬間、全ての記憶が戻ってきたのだそうです。」 石造りの建物にも拘らず、地下を中心にすべてが灰燼と化したバリアートの名門メディチ家の火災。村人たちは水を掛けても消えない謎の業火にパニックを起こし、騒ぎの中心である屋敷から逃れた2匹のエルフとその背に担がれた少女を見咎める者はいなかったという。朔月の闇に紛れて曲がりくねった山道をひた走り、彼らが少女の故郷に辿り着いたのはミルクのように白く濃い霧が立ち込めた早朝だった。 少女はいくら両親が話しかけても頬を叩いても、ぴくりとも動かなかった。ひんやりと青ざめた肌、艶を失った金糸の髪、微動だにせぬ紫の唇。唯一の生きている証は数時間に一度、とくんと波打つ心臓だけ。 「本当に連理と比翼には感謝してもしきれませんわ。後はプッチニアが目を覚ましてくれたなら・・・。」 「・・・実はそのことなんじゃが・・・今日はただ見舞いに来たのではない。この村を預かる長として、言わねばならないことがある。」 小さな声で呟くクーンは苦しそうにこう言った。 「プッチニアを・・・もう死んだものとして諦めてはくれぬか?」 「・・・っ!!!」 ハンスとレティは二人から目を逸らしたクーンに詰め寄った。 「待ってください!どういうことですかっ?・・・あの子はまだ・・・!」 それまで言葉少なだったハンスが大きな声で叫んだ。 「分かっておる!わしがどれほど酷いことを言っているか、それは重々分かっておる! 決して光の指さぬ深い海の底のように重苦しい空気がその場を満たした。 「・・・あの子を殺せと・・・いうことですか?」 ハンスが言うと、クーンは目を伏せながら微かに頷いた。レティは仮死状態にある娘よりも蒼白な顔色で気を失い、その場に崩れ落ちた。ハンスは妻の体を抱き起こしながら長老、村長、司祭として絶対的発言力を持つクーンに辛うじてこう反論した。 「けれど・・・どんなことがあろうと、あの子は・・・私たちの娘なのです。」 「後生じゃ。あの子一人のために全てのロマの命を危険に晒すわけにはゆかぬ・・・。」
「つっまんねぇな!」 静寂を破る声が飛んだ。 「『自然系の動物・生物体と共感し、愛しながらそれらを理解し抱擁してモンスターを使役する』っていう、ビーストテイマーの親玉がこれかよ。」 リビングにあたる広い部屋とプッチニアの部屋を区切る布を乱暴に跳ね上げて出てきたエルフは端正な顔を怒りに歪ませていた。 「村の危機を救おうとしたプッチニアを人間じゃないから殺せだって?本当にモンスターに対して『共感・愛・理解』してたらそんなこと言えるわけねぇよな? 「・・・やめろ、比翼。」 続いて部屋へ入ってきた連理の声は静かに、しかし強い響きをもって相棒を制した。しかし次に紡がれた言葉はクーンをより鋭く射るものだった。 「村長、あなたは今までに一度もご自分の永遠を願ったことはありませんでしたか?フィロウィのように闇の術に手を染めたりまではしなくても、自分の利益のために誰かを犠牲にしてもいいと、そう思ったことはありませんか?」 連理は一切の濁りを含まない緑の瞳を部屋にいる一人一人に合わせながら言った。 「テイムされる前に住んでいたテレット・トンネルへは幾度も人間が僕たちを狩りに来ていました。エルフの血を飲めば不老不死が得られると言ってね。そして何人もの仲間が犠牲になりました。 「な・・・なにを・・・エルフ風情が生意気な・・・。」 図星を突かれて怒りにクーンは言葉を失ったがすぐに形勢を立て直し、出来る限り厳かな声を作ってエルフたちにこう説いた。 「エルフ達よ・・・ロマがずっと長い間迫害を受けていた種族ということは知っておるか?ロマという言葉には『異教徒・物乞い・麻薬の売人』という意味があるほどじゃ。祖国を失ってからずっと世界中を流離い、どの国でも受け入れられず、冷たい目で見られ、唾を吐かれ、身ぐるみを剥がれてきた。異端者を根絶やしにしようと大虐殺を行った独裁者もいた。 プッチニアを案じているように見せかける演技をやめ、クーンはすっと背を伸ばして威厳に満ち溢れた態度でエルフたちに向かい合った。そこには格下の生き物の無礼を諌めようとする倣岸さが見て取れた。 「このボケ!見たこともない神がどうとかより、今、目の前で生きてるもんが大事だと思わないのかよっ?」 「な・・・!」 比翼の言葉ですぐにクーンの冷静な表情が崩れた。 「比翼、これ以上の議論は無駄だ。」 ビーストテイマーを統べ、聖地を守り、天界への道を開く司祭として常に崇められてきたクーン。しかし連理も比翼もそんなことは全く意にも介さない様子で、選民意識に凝り固まった哀れな老人を一瞥した。 「要は異分子が排除されればよいのでしょう?プッチニアがこの村から去れば、それで『貴方の』神は許してくださるのですよね?」 『貴方の』と強調して言われていることに気付かず、クーンは我が意を得たりとばかりに満足げに頷いた。 慌てて間に入ったハンスが言った。 「プッチニアを村の外へ運び出すという事か?しかし掟により私たちはこの村から出ることが出来ないのだ。私たちの看護がなければあの子は・・・。」 「彼女が意識を取り戻し、自力でこの村を出ればいいだけのことでしょう。」 視線をハンスに移し、連理が事も無げに答えた。
「僕たちが仮死状態から脱する方法を探しに行きます。その間、プッチニアを頼みます。」
⇒つづき
イケメン二人に守られる。 プッチニアの物語は私の欲望の表れです(*ノωノ)キャッ♪
こっちが比翼☆
<おまけ> 最近見て面白かった動画。 北斗の拳+クレヨンしんちゃん 合いすぎ。゚(゚ノ∀`゚)゚。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
August 23, 2009 06:52:56 PM
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