なせばなる、かも。

2010/04/20(火)17:20

I just …7

I just …(14)

「ジブンハ ドウシテ イツモイツモ ニゲダシテバカリナンダロウ」  自己嫌悪で頭がくらくらする。そのまま駅に向かうと、無意識のうちに美海は故郷に向かう電車に乗っていた。 「ちぇ。逃げられたか。」  海岸を見渡せる公園のベンチに座り込んで、男は携帯電話を取り出してせわしなくメールを打ち出した。 『やっとキスまでたどり着いたよ。まったく、手間のかかる女だね。だけど、信じられるか?24にもなってキスだけでガチガチに緊張してたんだぜ。しまいには泣き出すしさ。昔のお前を思い出しちゃったよ。まったくかわいい女だよなぁ。 ヒマになったから、今から出て来いよ』  送信されてほどなく、男の携帯が鳴り出した。 「アンタって、かわいそうな人ね。悪いけど、今日は会えないわ。じゃあ」  電話は一方的に切れてしまった。 「困った女だね」  男はのんびりとタバコをふかした。  故郷の町まで帰ってきた美海は、あてもなく海沿いの道を歩く。同じ海ではあるが、その色も潮風の感じも全く違うと思う。    懐かしさを覚えながらのんびりと歩いているとコンビニの前に行き当たった。とたんに空腹を覚える。美海はコンビニで昼食を買い求める事にした。 「やぁ! 元気でやってるかい?」  驚いて顔を上げると、高校時代のアルバイト先の店長が目の前で笑っていた。ぼんやりと歩いていて気付かなかったが、その店は美海のバイト先の店だったのだ。  時計を見るともう2時を回っている。この時間帯は客も少なく、バイトをしているときはいつも休憩タイムをもらっていた時間だ。  店長も休憩中だったのか、店内の見える事務所の机に飲みかけのコーヒーが置いてあった。 「なんだ?お前さんがこんなところに来るってことは、何か悩み事でも抱えてるのか?」 「え?」  美海が戸惑っていると、店長はコーヒーを飲み干してちょっと声を潜めた。 「ちょうどよかったよ。お前さんには言っておかないといけないなぁっと思っていたことがあったんだ。覚えてるだろ?7年前のあの事故のことなんだ」  事故と聞いただけで、美海の体は緊張した。はやり町の人々にも知れ渡っていたのか。しかし、続く言葉にもっと驚かされる。 「あの時のバイク野郎、実はうちの甥っ子だったんだ。あの日以来、どうも様子がおかしくてね。親にも何も言わないらしくてしばらく様子をみていたんだが、とうとう辛くなったらしくて、俺んところに相談に来たんだよ。」  店長は、今相談に乗ったばかりのように眉間にしわを寄せてタバコに火をつけた。  店長の話によると、慣れないバイクに乗って走っていた店長の甥っ子は、海の方でかもめが騒いでいるのが気になってちょっと余所見をしてしまったんだそうだ。事故はその直後に起こったらしい。気付いたときには目の前に少女の怯えた顔があり、それをとっさにかばった少年と衝突してしまったというのだ。 「じゃあ、私が飛び出したせいで事故が起こったわけじゃなかったんですか?」 「ああ、違うよ。甥っ子はじきに警察に出頭して大目玉を食らったよ。仲間に乗ってみろと勧められて、半ば強引に乗りなれない他人のバイクに乗せられてしまったんだそうだ。免許取立てだっていうのに。ばかだよ。 相手の親御さんの方にも謝りに行ったそうだが、その親御さんてのがいい人でね。誠意を込めて謝っていたら、示談にしてくださったんだそうだよ」  しみじみと店長は語っていた。その相手の人というのは綾部だったのだろうか。聞き出したい気持ちをぐっと抑えて、店長の次の言葉を待った。 「それがね。2年ぐらい前だったかに、実はあの場所に吉野君がいたって言い出したもんだから驚いたよ。しかし、考えてみたら次の年はアルバイトには来てもらえなかったし、あの年も、後半はちょっと元気がなかったよな。年頃の娘なんだし、怖い思いをしてたんじゃないだろうか、自分のせいだと自責の念にかられてるんじゃないだろうかってね。気になってたんだ。相手の男の子は救急車で運ばれていったきりだったしな」  店長はそういいながら店の奥から缶コーヒーを1つ持ってきて、美海に差し出した。 「とりあえず、元気そうでよかったよ。おかえり。よく帰ってきたね」 「私…。ちょっと落ち込んでて、知らないうちにこの町に帰ってきてたんです。でも、今日店長さんに会えてほんとに良かった。」  美海はその缶コーヒーを大事そうに受け取ると、横の棚にあるサンドウィッチを取ってお金を払った。事故のことについては、あえて何も言わなかった。今はまだ驚きすぎて混乱している。 「また気が向いたら帰っておいでよ。」 「店長さん、ありがとうございました」  自分には、まだ居場所があった。 美海はほっこりとした気持ちで店を後にした。  故郷の海はいいな。ほっとする。たまごサンドをぱくっとほおばって海からの暖かな風を胸いっぱいに吸い込むと、体の中にまで太陽の輝きが入ってくるような気持ちになる。  夏が近いから海辺には子供連れやカップルの姿もある。だけど、疎ましさなど感じることはなかった。笑い声が潮騒に混じって浜辺をはじけ回っている。それがここの海なのだから。  遠くで小さな叫び声が聞こえた。目を向けると、高校生ぐらいのカップルがしゃがみこんで砂浜に落ちた缶ジュースか何かを眺めている。女の子の嘆く声、軽快に笑う男の子の声。二人はそのまま立ち上がって、美海の前を通り過ぎていった。 「もう、サイテー! せっかく買ったのに」 「しょうがないじゃないか。わざと落としたわけじゃないんだし。また買えばいいよ」 「そういう問題じゃないでしょ! せっかく買ってあげたのに」 「なんだよ。せっかく海まで来たのに、怒るなよ」  二人の押し問答は美海の前を通り過ぎても続いていた。美海は関係ないといった様子でサンドウィッチの最後のひと片を口に入れると店長にもらった缶コーヒーでのどを潤した。冷たいコーヒーがのどから胸へと広がっていく。 「そういう問題だったんだ。ジュースはまた買えばいいし、怪我は治っていくものだった。」  店長の話が甦ってくる。 「甥っ子は大学進学を諦めてすぐに就職したよ。示談金を親に返すんだって、がんばってる。相手さんにもお中元やお歳暮なんかを送っていたらしいよ。あいつなりのけじめなんだろうな。けど、それもしなくてよくなった。」 「え? どうして?」 「相手のおふくろさんが甥っ子に手紙をよこしてくれたんだ。息子も就職して元気にがんばってるから、いつまでも過去のことを気にしていないであなたも前を向いて歩いてくださいってね」  美海は水平線の向こうにあの日の自分達を見ていた。あそこからここまで、7年もあったんだ。 「あれ?姉ちゃん!?」  振り向くと弟の芳雄が立っていた。美海が言い訳を思いつく前に、弟はすばやく口撃を仕掛けてくる。 「うわ、なんか変! とうとう都会の毒がまわったな。そんな派手な服、この町には似合わんし、姉ちゃんらしくないぞ!」  そういう弟はさっぱりとしたTシャツとジーンズ姿。よく見るとブランド物を身につけているのだが、なにより弟らしかった。美海はふとおかしくなって、ケタケタと笑い出した。 「なんだよ、それ。」  呆れながら、芳雄も一緒に笑い出した。 「ん、確かに派手だよね。さて、そろそろ帰るか」 「寄っていかないの?」  弟の言葉に残念そうなニュアンスが含まれていて、美海はちょっと嬉しくなった。 「うん、気まぐれに来ただけだからね。」 「企業戦士の休日ってやつ?」 「まあね」  二人はまた屈託なく笑った。  弟と別れて駅に向かう。いつもの街までの切符を買って電車に乗り込んだ。ドア際にもたれて外の景色をぼんやり眺めていた。ほんの少し陽が傾いて、海の色が変り始めている。  電車が動き出す。すぐにコンビニが見えた。続いて事故現場も。あっという間に通り過ぎ、遠くへ遠くへ押し流されていく。  いつもの街の主要駅に降り立ったときには、休日の外出帰りの人々で大変な混雑になっていた。乗り換えの通路を歩いていると、売店の近くで小さな子どもの泣き声が聞こえた。 「ママー! ママー!どこなの?」  迷子かな。 人が多いからはぐれたんだろうか。  美海が子どもの方に行こうとすると、先に駆け寄る大人の姿があった。 「大矢、さん?」  ぞろぞろと通路を行き交う人々の流れの向こう岸で、4歳ぐらいの女の子の前にしゃがみこんで話しかけるその姿は大矢に違いなかった。あっけに取られる美海の存在など知らない様子できょろきょろと母親らしき人物を探す大矢。通りがかった駅員に少女のことを話したあとも、しばらくそばにつきそっていた。    ほどなく母親がやってきて、しっかりと女の子を抱きとめると、大矢に何度も頭を下げて、どこかのホームに去っていった。  大矢さん、やるなぁ。。  美海はなんとなく声を掛けそびれたまま、人々の流れの中に飲まれて行った大矢を見送った。 山田漁港の駅は小さな駅ではあったが駅前商店街は活気に満ちている。美海は夕ご飯のおかずを買い込むと、足早にアパートへと向かう。 洗濯物を取り込む、食事をすませる、入浴して洗濯をはじめる。地味だが、それが美海の生活の基本なんだと実感する。窓を開けて日の暮れる様子をぼんやりと眺めていると、ふぅっとため息がこぼれた。 「今日はなんていう日だったんだろ。 須磨さんには、きちんと謝らないとだめだろうなぁ。 だけど…」  もっとさかのぼって言うならば、あの時の少年にも助けないで逃げ出したことを謝らなければならないと、美海は感じていた。

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