なせばなる、かも。

2010/06/23(水)17:04

ハロウィン・キャッツ2 その12

ハロウィン・キャッツ (23)

 がっかりした俺は、屋敷の中に目を向けてみた。せっかくここまで来たのに、これっぽっちの収穫じゃあ、納得できない。一通り見回したが、客室のような部屋ばかりだった。 今度は表の植木に登り、1階の様子を伺った。向かって中央やや右手側にアイスマン氏の書斎があり、その続きにある右端の部屋がブラウン氏の部屋となっている。ガラス越しに見えるブラウン氏はなにやら書類に目を通しているようだったが、興味なさ気にデスクに投げると本棚に歩み寄りそのまま姿を消した。初めはしゃがんだのかと思ったが、どうもそうではないらしい。ぷっつりと姿を消してしまったのだ。 そのまましばらく眺めていると、アイスマン氏の部屋に人影が動いた。ブラウン氏だ。どういうわけだ? ブラウン氏が部屋を出ていないのは、この目でしっかり確かめていたのに。これはどうやら屋敷内に進入しないと分からない事があるようだな。  とりあえず納屋の裏手までもどり、サム宛にメールを送っておいた。カフスボタンのこと、紋章のこと、そして溶けたカフスボタンのことなどだ。ブラウン氏の部屋のことも少しは書いておいたが、詳細は確かめてからでもいいだろう。もし、このまま食事時になってもアイスマン氏が現れないようなら、最悪の事態も考えておかねばなるまい。  サムのメールは届いていなかった。あちらはあちらで忙しいのだろう。しかし、今のブラウン氏の様子では、キールが動き出しているとしてもブラウン氏やショーンは関わっていないのかもしれない。前回、ロイドを陥れられなかったことで、キールも他人を雇うことをやめたのかもしれない。  厨房の見える枝を物色する。もしもブラウン氏が犯罪組織に所属しているとしたら、どういう地位にいるのか、どうしてアイスマン家に居座っているのかも知っておく必要があるだろう。それにはまず、この家にどのくらいの人間がいるのか調べる必要がある。  裏庭の納屋と反対の方角にダイニングから突き出たような形の厨房がある。この2階はチャーリーやアンが住み込んでいる宿舎になっている。樫の木が生い茂って、その厨房を観察するにはお誂え向きだった。  人間の目をすり抜けて裏庭に回ると、樫の木の手ごろな枝に座り込んだ。さっきまで裏庭で作業していたチャーリーが、もう厨房で食事の支度をしていた。時間的に考えて、さっきの作業は放ってきたのだろう。タマネギを剥いたり、ジャガイモを洗ったり、バタバタと忙しそうにしているのが見えた。  今、アイスマン家にいるのは、アイスマン氏とブラウン氏、それにアンとチャーリーだけか。朝のうち掃除をしにきていた中年女性は、昼前に帰って行った。大きな家にたったそれだけの人数とは寂しいかぎりだろう。  チャーリーがタマネギを剥き続けている。いったい何を作るのだろう。さすがに料理人だけあって、手際がいい。あっという間に大なべたっぷりのビーフシチューが出来上がった。  配膳机には3人分の食器が用意され、サラダやパンと一緒にトレイに移されていった。そして残りの大なべはさっさとふたをして、サラダの大きなボウルと一緒にコンテナに移した。その上段には一食分のトレイが置かれ、チャーリーはそのまま正面玄関を抜けて食事を運んでいった。  おかしい。まかないの料理しか作っていないとはどういうことなんだ。アイスマン氏には別メニューを出すのだろうか。しかし、使用人が先に食事をとるなんて聞いた事がない。  それにあの大なべはどういうことだ。ブラウン氏はどちらかと言えば細身な方だ。とても大食漢とは思えない。  俺は大急ぎで表の木によじ登り、チャーリーが到着するより先に部屋の観察を始めた。ドアがノックされ、ブラウン氏が不意に姿を表した。そしてそのままチャーリーを部屋に入れた。  チャーリーはブラウン氏のテーブルに食事の用意をすると、そのままコンテナを押して本棚の前まで進んだ。  俺は大急ぎで枝をよじ登った。もうちょっと高い位置からなら、本棚の前の部分がどうなっているのか見えるはずだ。  少しばかり頼りない枝ではあったが、そっと足を伸ばして本棚の前の部分が見える場所までやってきて気がついた。本棚のすぐ前には四角く区切られた場所があった。はっきりとは分からないが、地下から灯りがもれてきているようだ。  チャーリーはそこにコンテナの中の大なべや大きなボウルを運び入れると、どこかを操作した。チャーリーの乗った床はすっと滑らかに下降し、すぐさまチャーリーだけを乗せて上がってきた。 そして、チャーリーは何食わぬ顔でコンテナを押しながらブラウン氏の部屋を出て行ったのだ。  あの大なべからして、それなりの人数があの地下室にいるのは間違いなさそうだ。上下する床はチャーリーが移動して数秒後には自動的に床と同じフローリングのシートで覆われた。もしかしたらあの簡易エレベーターのようなものには、入り口が分かりにくくする細工がほどこされているのかもしれない。  そっと枝を退いて、俺は納屋に急いだ。サムの方はうまくやっているだろうか。気になるが、今はサムを信じるしかなさそうだ。焼却炉のカフスボタンの件、チャーリーの食事のこと、それからブラウン氏の秘密の地下室の件をメールにまとめて送った。  急がなくては、できればあの扉の開き方を教えてもらわなくてはならない。  再び表の木の枝によじ登って、辛抱強く待ち続けた。 やがてブラウン氏が本棚の前まで歩いていくと、本棚の下から3段目の辺りに右手を差し入れるのが分かった。  あそこだったのか。と思ったとたん、足元にビシっといやな音がして、俺は足場をなくしてしまった。 ネコの癖に、着地に失敗してしまった。左足に激痛が走っている。早く逃げなくては。焦る気持ちを暗闇が覆い始める。遠くから足音が駆け寄ってくるのが分かった。あの靴は、チャーリーか…。俺はそのまま気を失ってしまったらしい。  一方サムは、ロイドの勤務する会社内に留まって、今朝からのロイドの行動範囲を調べ上げていた。マリアに聞いた話によると、ロイドは今朝もいつもどおり自分の車で出社したという。実際ロイドの車は駐車場に残ったままだった。  サムが調べ物をしているそばから、彼らの部署には上司からすぐにロイドを会議室に連れてくるよう連絡があった。トニーは焦り、ロイドの立ち寄りそうな場所は片っ端から連絡をつけたが、ロイドの行方はわからなかった。隣ではサラが警察に連絡を取っていた。しかし事件性がないという理由で、警察が動く事はなかった。  どういうことだ。サムはじっと考え込んでいた。もし、社外に出ていないのであれば、どこかに監禁されているのかもしれない。サムは大きな賭けに出ることにした。 残業組が帰り始めた頃、トニーは取引先から荷物を預かったと言って、警備員室の前を通り過ぎた。もちろんダンボールの中にはサムが隠れていた。  すぐさま作業着を着込んで、作業員のフリをして順番に道具入れや配電室など、人気のなさそうな場所を調べ始めた。  しばらく作業を進めていると突然キールがサムの前に現れた。 「お前は何者だ!」 「サム・エンジニアリングの者です。今日は点検日でして、お邪魔しております」  愛想のいい笑顔に、キールはちょっと口ごもった。サムは素知らぬふりで作業を続けていたが、キールがどうしても一箇所の道具箱だけは開けさせようとしなかった。 「すみません。全部見ないと上司に叱られるんですよ」 「いいよ、ここは。俺が変りに見ておくから、次の部署の方に行ってくれ」 「後で仕事していなかったなんて、言わないでくださいよ」  情けなさそうな顔でキールに言うと、そそくさと次の部署に移動していった。しばらく経ってその場を通り過ぎると、まだキールが座り込んでいた。サムは軽く会釈をするとそのまま通り過ぎて行った。 キールはなかなかしぶとかった。大型の道具箱の上に寝転がってこのまま夜を明かそうというつもりらしい。持久戦になることを覚悟して大型の缶コーヒーを買うと、キールの元に向かった。 「あ、やっぱりまだがんばってるんですね。お仕事大変ですねぇ。これ、よかったらどうぞ。いや、僕もね。こんな遅い時間に仕事するのは初めてで、なんだか怖いもんですね。誰も居ない会社ってものは。あはは。じゃあ、また」  サムはそういいながらキールに大型の缶コーヒーを手渡し、その場を去った。そして、そこから一番近いトイレがある方向の反対側に身を潜めた。  すっかり夜が更けていた。ガラス張りの壁の向こうに研ぎ澄まされたような三日月が輝いていた。そっと内ポケットのパソコンを覗く。グレンからのメールは夕方以来届いてはいなかった。

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