なせばなる、かも。

2022/12/21(水)08:35

エグゼクティブ・チーム 31

エグゼクティブ・チーム(48)

エピソード 31  詩織が攫われそうになってから数日が経っていた。あれ以来、詩織は実家に引っ越して、仕事には藤森自身が送迎する徹底ぶりだ。  篠原も時折、詩織の病院や実家を訪れて、異変がないか目を光らせていた。  牧野は、何度か健二のアパートを訪ねていたが、弟が帰宅した様子はない。気を落とす牧野に、教授は声を掛けた。 「牧野君、やはりまだ健二君はアパートに姿を見せてはいないのかい?」 「ええ、昨日も行ってみたのですが…。」 「本田君に調べてもらっているんだが、警察でもそういう情報は上がっていないらしい。ああ、そういえば、奥平君にも調べてもらったんだが、どこの病院にもそれらしい人物が運ばれてきたという話はないらしいんだ。ただ、本田君の友人の山田君によると、事故があった痕跡は間違いなくあるというんだ。まぁ、その辺りは、藤森君が目の前で目撃しているんだから当然なんだがね」  牧野は眉間にしわを寄せて、頭を下げる。弟は、自分と同じ理系に進んでいくんだと話していた。サイエン王国に留学が決まった時は、正直羨ましいとさえ思っていた。幼いころから、兄弟仲はよく、理系オタクと笑われるような話でも、しっかりついてこれる健二は、自慢の弟だった。それが、どうしてこんなことになったのか。  一方、その頃美月は、地域の商工会の新会長就任パーティーにゲストとして呼ばれた席で、思わぬ情報を手に入れた。 「いやぁ。テレビで見ていた美月さんが、私たちの会にきてくださるなんて、本当に嬉しいですよ。うちの地域でも、美月さんに助けられた企業は多いですからね。みんな大喜びです。」 「いえ、僕も経営者でもあるので、本来は参加させていただくべきだったのですが、どうにも落ち着きのない活動をしているので、ご無沙汰ばかりで。」 「ご活躍はかねがね伺っておりますよ。あ、そういえば、美月さんを紹介してほしいと頼まれていたんですが、よろしいですか?」  愛想のいい壮年男である新会長は、実はなかなかの切れ者だ。美月はブルーグレイの瞳を細めてほほ笑んでいるが、この二人、どちらも目は笑っていない。 「新井さん、ちょっといいかい。先日話していたコンサルタントの美月さんだ。」  声を掛けられた初老の男は、振り向いて美月をみると、一瞬緊張を走らせた。このさらっと流れる金髪には見覚えがあるのだ。 「はじめまして。僕は、コンサルタントと店舗経営をしている美月司といいます」 「ああ、あなたが、噂の凄腕コンサルタントさんなんですね。いやぁ、お会いしたかったんです!」  すっと名刺を差し出す美月に、新井の手は微かに震えていた。 「新井 芳臣さん。あ、もしかして…」 「ええ、美月さんならご存知でしょう。少し前に騒ぎになったスリーピングベアジャパンの社長を務めておりました。この度、新しい事業を始めようかと思いましてね。」 「噂は聞いております。しかし、あれは本社のやり方がひどかった。ご心労、お察しします」  美月には珍しい同情を含んだ言葉に、新井はぐっと口元を引き締めると、意を決したように頼み込んだ。 「美月さん、大変不躾で申し訳ないのですが、少しあちらの商談室でお話につきあっていただけませんか?」 「ええ、いいですよ」  商談室に向かう二人をそっと見送って、新会長は何事もなかったように、他の参加者と談笑し始めた。  商談室に扉を閉めると、新井はすぐさまその場に土下座した。 「美月さん、申し訳ない!」 「どうしたんですか?! 頭をあげてください!」  驚いた風な態度を取っているが、美月の瞳は冷静だ。そっと顔をあげてそのブルーグレイの瞳を見た新井は、再び頭を下げる。 「いや、本当に本当に、私はなんということをしでかしたのか…」 「新井さん、ひとまずソファに座りましょう。」  気まず気に立ち上がり、ソファに腰かけた新井に、爽やかな営業スマイルが降り注ぐ。 「僕みたいな仕事をしていると、思わぬところで、恨みを買ったりすることはあります。それに、こんな容姿ですから、余計にね。」 「いや、それは羨ましい限りです。ですが、今回の事は…」 「新井さん。それなら、スリーピングベアジャパンのことなど、教えていただけないですか?」 「そうだね。ぜひ、聞いていただきたい。それと、わがままを言いますが、これは内密に。」 「もちろん」  新井は、今回の倒産劇について話し始めた。本社のわがままに振り回されていたと思っていたスリーピングベアジャパンは、実は計画倒産だというのだ。 「スティラバスティナという国をご存知ですか?中東の小さな国です。以前は石油産油国としても名を馳せていました。しかし、ここ数年は、石油の方はさっぱり。財界の噂では、すでに石油は枯渇したのではないかと言われています。それなのに、国はとても裕福なのです。」 「つまり、別の稼ぎ口を持っていると?」  新井は、瞳だけで肯定した。 「あの国には、軍というものはありません。しかし、それに匹敵するほどの強靭な経済的軍部があるのです。今回の騒動の最初の被害者は我がスリーピングベアの本社なのです。」  美月は瞳をするどく細めた。 「まさか、と思われますよね。しかし、これは事実です。本社は、今、業績を上げているイタリアと日本、それにオーストラリアの支社をわざと倒産させ、技術の漏洩を防いだのです。それぞれの社員たちには、しばらくの間働ける場所を提供し、ほとぼりが冷めたら、再び集まろうという手筈でした。」 「ああ、それで、優良な企業をお探しだったのですね。あ、失礼。なんとなく、そんな噂を聞いたもので」 「はぁ、まったく。お若いのに頭の切れる方だ。ご想像の通りですよ。」  背を丸めていた初老の男は、いつの間にか背筋を伸ばし、社長らしく知的に穏やかに微笑んでいた。 「新井さん、僕は、あなたのこれからの事業にも興味があります。ぜひ、詳細をきかせていただけませんか?」 「ええ、是非」  スリーピングベアは、小さな事務所を残して、ほとんどを閉じてしまい、スティラバスティナが手に入れたのは、傾いた中小企業となった残骸のみだった。  スリーピングベア本社のトップは、スティラバスティナに狙われていると分かった時点で、思い切った戦略に出たのだ。急な方針転換でディアスに気付なれないよう、社内で揉め事が起こり、経営陣を交代したことにして、無茶な解散劇をぶちかましたというのだ。 「これからは、別の社名でそれぞれの支社が動き出します。散らばった技術者たちが行った先で身に着けた技術を導入して、ただの家具屋から、住宅デザインにも力を入れる予定です」 「ほう、それは楽しみですね。」  朗らかに微笑む美月を、羨望の眼差しで眺める新井だった。この美形コンサルがいなかったら、自分たちはどんなことになっていたか。下手をしたら逮捕されていたかもしれないのかと考えると、感謝の気持ちを禁じ得なかった。

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