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夜が待ち遠しい

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2020/04/09
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カテゴリ:荒川区
 田端について語るべき事柄はもはや何一つ残されてなどいないのです。無論、ぼくのような無学で不勉強な人間だからこそそういう下らぬ結論に達するのであります。せっかく日夜ちょこまかとあちこちと町を巡っている訳だから、その町の歴史とか地理とかに目線を送ってみれば単に呑むだけに留まらぬ深みのある一夜を過ごせるのではなかろうかなどと思ってもみるのです。思いこそするけれど、なかなかそれも難儀なのです。今ならポケットに文庫とか新書をねじ込まずともスマホ一つでそれなりに知識を高めることもそう難しい事ではないはずです。そうか、そうだよなあ、じゃあ早速今晩から出向いた町の知識を一つでもいいから記憶に詰め込んで歩いてみる事にします。慌てず焦らずに記憶を伴走者とし、町の記憶ともシンクロしながら呑みに向かうというのはなかなかオツなものに思えるのだけれど、ここまでの文章を書いてすでに数日が経過しているのに未だに実践していないということは、そんなタモリ風の散策スタイルはぼくには当分無理ということでしょう。









 唐突ですが、たまには専門系らーめんというのも悪くないものです。というかあっさりさっぱりラーメンばかりでは飽きてしまうかもしれぬから、ついたまに専門系のらーめんに浮気してみたくなるのです。そしていつだって一般に中華そばと呼ばれるものと専門系ラーメン店のそれとは違ったものであると思い知らされるのです。この夜は、「らーめん処 歩や」 というお店にお邪魔しました。本当はお向かいの見た目は新しいけれど、品書きはいわゆる町中華のそれを踏襲するお店に立ち寄るつもりだったのですが、生憎とお休みのようです。さて、店内はまだ一人お客さんがいるだけで、この方もチューシューなんかを肴に呑んでいます。ぼくも無論呑むことにして、さて肴はどうしようかとしばし迷ってシンプルにラーメンのみいただくことにしたのでした。こちらはチャーシューや煮卵などのおつまみメニューも品揃え豊富でありまして、ホワイトボードに5種程度ですが日替わりの肴もあって、呑みにも使えそうです。しかしそれを我慢してラーメンのみにしたのはたんにケチなのとこれ以上食うとこの先呑めなくなるからで、かといってラーメン店でラーメンを食わずに席を立つ勇気もなかったのでした。ハーフサイズのラーメンなんかが頼めるといいのにといつも思うのです。多少割高であっても構わぬから検討してもらいたいものです。で、久しぶりにいただいた本格的なラーメンですが、やはりこれはこれで旨いものだなあ。でも魚粉が大量にまぶされていて、これはやはり尿酸によくないんだろうなあ。






Last updated  2020/04/09 08:30:04 AM
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2020/04/08
カテゴリ:千葉県
 近頃お気に入りの新京成線沿線の町でありますが、松戸新田駅―松戸駅からは二駅目―は松戸の中心から近過ぎるためかどうも冴えない印象なのです。というかそもそもにおいて松戸駅は今となるとたかだか松戸における中心とも呼び難い町へと陥っているのではないか。その要因の一つとして、唯一の百貨店であった伊勢丹の閉店が松戸駅を都心からの単なる玄関口に過ぎぬという地位へと貶めたのだと思うのです。例えば常磐線各駅停車のお隣の駅である金町の人が松戸を訪れる機会は間違いなく減少したと思うのだ。都心に向かうのが面倒ならきっと松戸を通り抜けて柏に向かうのではないだろうか。松戸のことを馬鹿にしているわけではないのです。松戸にだって秋山駅、上本郷駅、北小金駅、北松戸駅、幸谷駅、小金城趾駅、五香駅、新松戸駅、新八柱駅、常盤平駅、東松戸駅、松戸駅、松戸新田駅、松飛台駅、馬橋駅、みのり台駅、六実駅、元山駅、矢切駅、八柱駅と20もの駅があるけれど、こうして挙げてみると今ひとつ冴えない町が多いなあ。それでも新松戸駅、新八柱駅・八柱駅、常盤平駅なんかは松戸駅と同等の町の規模があるように思えるし、いまいちといえど中心を失った町となってしまったようです。その傾向は、相模原市など都心近郊にちょくちょく見られるようで、特段騒ぎ立てることでもないのですが、こうした中心を失った地域のあまり知られぬ駅などはここに駅を設けた理由を疑問に思うような閑散とした駅前も少なくないものです。この夜にやって来た松戸新田駅もかなり面白味のない駅で、商店や飲食店が少ないのは仕方ないとしても一軒や二軒の古酒場があってもいいんじゃないかと思っていたのでありました。













 古酒場こそなかったけれど、調べてみると思いがけぬ見逃しがあるものです。駅の新京成線の線路に直角に交わって道路が伸びているけれど、その道路も二車線の田舎びた通りでありまして、両脇に多少は商店などあったりもするわけですが、いかにも冴えない感じなのです。北側をずっと歩いていくと多少は見栄えのする通りがありますが、それを渡ってしまうと農道とはいわぬまでも車がやっと通れるような細く暗い道が伸びているばかりなのです。こんな通りの先に果たして飲食店があるものなのかと不安になりつつストリートビューを信じて進むのでありますが、そうこうするうちに寿司屋が見えてきました。その隣が目指す中華飯店かと胸を高鳴らせたところ、果たして「中華料理 あけぼの」は無事営業していたのであります。こんな住宅街奥の目立たぬ立地で、建物など眺める限りでは相当古びているからずっと長いことここで商売を続けてきたらしいことが一目であります。店内も椅子こそ入れ替えされていたりしますが、ほぼ開店当初の面影を留めているようです。赤を基調とした典型的な中華飯店であります。品書は思ったよりも充実していて、一品ものも少なくありません。まずは餃子とあんかけ豆腐をいただきます。酒は品書きがないので、無難に瓶ビールを注文です。まず、この餃子がかなりの絶品。見詰まりがよくて変な臭みなどもなくて肉々しいのに不思議とあっさりといただけます。豆腐は酒の肴にもよいけれど、半分残して白飯はもちろんのこと、チャーハンやラーメンに乗せても抜群な感じです。引き換えホイコーローは500円と手頃ですが、幾分味にひねりがなくて単調な印象でした。結局ラーメンなどの定番は食べ損ねてしまいましたが、ここはやはりそうした出前向けメニューこそが本領でありましょう。初老のご夫婦は言葉少なでしたがまだまだお元気そうなので、いつかまた訪れたいです。今度はラーメンかな。






Last updated  2020/04/08 08:30:05 AM
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2020/04/07
カテゴリ:豊島区
都電荒川線の早稲田から学習院下に掛けては、並行して連なる目白台の崖と神田川に挟まれた鰻の寝床のような狭隘な土地となっていると同時にけして利便性の良いとはいえぬ荒川線の他は都バスが通る位の都心部としてはかなり便が悪い立地なのであります。なので界隈には勤め帰りの近隣住民を当て込んだ飲食店があるにはあるけれど、狭い割には古くからの住宅が多いようできっと住民の高齢化も進行しているのではなかろうか、そんなに多くの客は見込めなさそうです。近頃、徐々に一戸建て民家がアパートへと建て替えられつつあり、今後若者の流入も見込めそうではあり、多少需要も増して飲食店も増える余地がありそうですが、少なくともぼくの望むような居酒屋が開店することはなさそうに思えるのです。







 しかし、そのぼくのあさはかな読みをあざ笑うかのように新たな酒場が誕生していたのでした。いやいや、もしかしたらぼくが認識していなかっただけで実はずっとそこにあったのかもしれない。「居酒屋 マルモ」はしかし見栄えに関してはここ最近オープンしたように見えるのです。でもこぢんまりとしたせいぜい8人も入ると一杯になりそうな店内にいた客たちはご高齢の方が多くて、やはり長年ここでやっているようにも思えるのです。皆さん顔見知りで若いご夫婦らしき客も交えて家族のように親しげに談笑なさっています。この和気藹々としたムードは地元酒場の理想型かもしれません。もしひとりぼっちの夜を過ごすことに耐えがたくなった時にこうした酒場が身近にあるのは大いなる救いとなるのではないでしょうか。ご主人は常連たちの賑やかさと比べると物静かでおられるけれど、彼自身もここで商売することを楽しんでおられるようで実に良好な関係性を築くのに成功なさっているように思われます。ぼくは呑みの途中でたまたま通り掛かっただけなので、簡単にポテトフライで呑むことにしましたが、焼物などの酒の肴からピザなどお腹に溜まるものまで多様な料理が用意されています。値段もほどほどに手頃で、多少余裕があるなら毎晩でも通えそうです。まだまだ宴もたけなわの常連さんたちですが、ぼくの帰り際、若い夫婦におやすみなさいのあいさつを掛けられたのにはほっこりしました。






Last updated  2020/04/07 08:30:06 AM
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2020/04/06
カテゴリ:豊島区
椎名町というと3月22日にトキワ荘マンガミュージアムがオープン予定であったのが、新型コロナの影響で延期になってしまったようですが、このブログ記事が公開となる4月6日には無事オープンできているでしょうか。ぼくは小学生の頃からトキワ荘好きでありまして、そんな好き者はぼくばっかりではないのであって、マンガ、エッセイ、テレビドラマ、映画などなど多くのメディアでトキワ荘が取り上げられているからこの現実を基にしたフィクションに多くの人が感銘と憧憬を感じ取ったのだろうと思います。ぼくも幼い頃は、仲の良い友人と夢に向かって突き進むという普遍的で身近な物語に憧れたものです。大人になるにつれ、大の男が2人暮らしするという境遇を素直には羨めなくなっても、それでも今に至るまで好きでい続けることができたのは幸福なことです。今でも椎名町を訪れる度にトキワ荘関連のモニュメントなりが増えていたりするのを微笑ましく眺めたりするのです―現在の住所は南長崎となっていますが、当時は椎名町だったようです―。現在ある駅としては落合南長崎駅が至近なので、本来であれば椎名町駅から至近の中華飯店を取り上げるのは乱暴ですが、書くことがなかったので、これにてご勘弁を。













 椎名町駅で西武池袋線を下車し、改札を抜けます。初めて今はなきトキワ荘を眺めに行ったのがいつのことだか、振り返りたくもありませんが、当時と町並みはさほど変わっていないようです。アーケードのある小さな商店街の向こう側の細い路地のそのまた脇道に入ると「中華料理 十八番」があります。迷路っぽさの残るこの界隈が好きです。まだまだ高架化の進まぬ西武鉄道の各沿線の駅前はこの地に人生を賭し激しい抗争と共闘を繰り広げたからだろう末の複雑に入り組んだ縄張りの残滓を留めているようです。この中華飯店もかつては周囲を囲む様々な店舗との末に安住の地を勝ち取ったのではないだろうか。さて、店の主はどんな厳ついオヤジだろうかとガラリと戸を開けてみると出迎えてくれたのは物静かな初老のご婦人なのでありました。テレビが見やすいけれどやや窮屈な隅の席に腰を下ろし、品書きを眺めてまずはサワーにシナチクを所望します。ちょっとしたらカレーも準備してねとお願いしておきます。とある日曜の昼下り、誰もおらずのんびりと昼酒をする愉しさを近頃知り始めました。ここで呑み過ぎは禁物であることを知れば夜に差し支える事もないのです。しばらくして運ばれてきたカレーはどことなくレトルトっぽい風味を感じさせるのだけれど、まあここはやかましい事は言いますまい。こんなに長閑なひと時を提供してくれてるのだし、ここで「ンマーイ」なんて口走ってはたとえ誰に聞かれずとも照れ臭すぎます。



 帰りにふらりと「鴻城」に寄りました。久し振りでしたがやはりとても良かったです。かつてトキワ荘のメンバーたちもここで編集者たちと名作をめぐる打合せなどしたことがあったのでしょうか。






Last updated  2020/04/06 08:30:05 AM
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2020/04/05
カテゴリ:喫茶店
 誤解のなきよう初めにお断りしておきますが、ぼくが近頃欲張って一挙に喫茶巡りするのを控えているのは、喫茶に対する好奇心や興味の抱き方が失速したとか減退したという事では少しもないのです。ではどうして近頃ちっとも積極的に喫茶巡りを敢行せぬのだと問われても明確にお答えしようがないのです。この記事がアップロードされる時点では、まだまだ新型コロナによる脅威が収束に向かいつつあろうなどとは思わぬから、もしかすると混乱と諦念がさらに先鋭化しているようにも思われます。ぼくがこの事態を達観できているとはとても言えぬけれど、さすがにこれまでの様にはのらりくらりと遊び歩いたりはしてられない程度の自制はあるからこれもまた喫茶と少し距離を置く原因と言えなくもないのです。他にも多少の健康への留意や将来に向けての経済的な不安など、喫茶への愛情の喪失以外のありとあらゆる事情がやむなくぼくを喫茶から引き離しているとご理解願いたいのです。なので、もしかすると遠からずの内に恒例としてきた日曜の朝の喫茶レポートも期間未定で休止させてもらうなんて事態に陥る事もあるかもしれませんが、その時は平にご容赦頂きたいのです。
 
 と、いきなり予防線を張り巡らせてしまったけれど、それでもほそぼそとはこれまで取り零していた喫茶巡りを継続しています。特に酒場巡りで頻繁に訪れる町には案外行きそびれている店も多いのです。喫茶と酒場の二択に優劣を付けるつもりなどサラサラないのでありますが、それでも飲むか呑むかで、加えてハシゴすることを考えるとどうしても酒場寄りになってしまうのです。コーヒーは時として酒よりも強烈に体調悪化に作用するようで、そんな病状があるのかは知らぬけれど、かつて半ばヤケクソのように喫茶をハシゴしてコーヒーを浴びるように飲んだ挙げ句にコーヒー中毒に害されたのです。かつては一日に十杯や酷くすると二十杯近く飲んでも何でもなかったのがある時期から五杯も飲むと精神がささくれ立つような状況に陥るようになったのです。あっ、そうするとこれもまた喫茶巡りを控える原因だったのかもしれません。好奇心を満たさんがためにコーヒーを嫌いにはなりたくなかったものですから。











 さて、酒呑みの町である赤羽には、喫茶ファンに知られた喫茶店が何軒かありますが存外その数は少なくまあこの町はとにかく酒場が優位ということなのでしょうか。それともいい加減うんざりする位に訪れているからもはや見落としなどなかろうと高を括ってしまい、再捜索の手を緩めてしまった気がするのだ。これから訪れる店はメモはあったけれどかつて手当たり次第にメモしていたからそこが訪れるべきか否かの振り分けがまったくなされていなかったのです。「喫茶 ポチ」がそこですが、駅から徒歩10分弱、酒場巡りでもまず訪れぬ住宅街に店はありました。ここがちょっと漫画喫茶化し過ぎているきらいはあるけれど、オーソドックスでとてもいいお店だったのです。どうしてここを見逃していたのかなあ。実はこれを機に普段呑み歩くために訪れる事が多かった町を今度は飲み歩くために再捜索するきっかけとなったのです。その甲斐もあって身近な町に何軒か見過ごしてしまっていた喫茶を見つけ出せたわけですが、こんな状況下ということもありなかなか訪れる時間を確保できていないのでした。



 赤羽と本蓮沼の中間にある桐ヶ丘団地の桐ヶ丘中央商店街はかねてから訪れたいと思っていた場所でした。赤羽から池袋に向かう路線バスの車窓から何度も目にしていて、この団地の情報も比較的流通しているから行こう行こうと思っていたのですが、どうもぼくは赤羽という町に苦手意識を抱いているためもあり、何かしら言い訳をしては回避し続けてきたのでした。先般田端の立呑みで常連の呑み仲間―でいいですよね?―に宣言してしまったから後には引けぬ、いやむしろ自分を追い込んだのでした。とはいえ喫茶で目を付けているのは「ラック(Luck)」のみ。団地喫茶という現代ではレアな存在だから一度行っておきたかったのであります。実は本当のお目当ては酒場にあって、そちらは後日報告することにしたいのですが、ともかく「ラック」であります。営業しているようなので、店に入りソファに腰を下ろします。うむむ。まあなんてことはないし、カラオケがメインなのだな、なんてことを思っていると店のお姉さんから午後2時からはカラオケタイムでコーヒーだけでも千円掛かるとのお達しが下されたのです。そうだったのね。ちゃんと書いておいてくれればいいのにね。まあおかげで店の雰囲気は知れたし、丁寧にカラオケは持して退散したので良しとしよう。ということで、店内写真はなし。ぼくは店に足を踏み入れた途端に納得して未練はなくなりましたが、それでもこちらの喫茶タイムを経験したい方はくれぐれも2時前に訪れてください。





 そばには「喫茶室 美佳屋」の跡地もありますが、どういった感じのお店だったかちょっと気になります。それ以上に気になったのは、団地から少し本蓮沼方面に歩いたところにある「喫茶&居酒屋 館」です。喫茶&スナックとかなら珍しくもなんともないけれど、喫茶&居酒屋と堂々と銘打ったのは珍しい気がします。実態として喫茶と居酒屋の併業ってのはさほど珍しくもないのですが、こうして看板に標榜しているのはちょっとユニークで気になりますがとっくに閉業なさっているようです。











 最後に蔵前であります。蔵前は喫茶ばかりでなく酒場に対してもリサーチが足りなさ過ぎたようです。先般、ハードコアさんに素敵な酒場を教わるまでにも何度か訪れていたのですが、何軒か見過ごせぬ喫茶があることもついでも調べで知ることができました。土曜日もやっているとのことで敷居の低めの「八方尾根」は今度に取っておくこととし、日曜日に加え第1から第3までの土曜日がお休みという「Coffee&Dining ピポット(PIPOT)」にお邪魔することにしました。さて、御覧の通りの一瞥するとファミレス風の様子に見て取れるこちらのお店ですが、席に着いてみれば見る角度によってはなかなかに落ち着きある空間です。客層も関西弁の少しあくどそうなオヤジ3人組や、近所の町工場のさぼり組、そして一人で来ている美女がいたりしてなかなかに幅広い客層を獲得しているようです。これさえなければ落ち着いているであろう店内を意表を突いた意匠で照らしている緑と白の格子の照明は、実際にそこにいても実によく目立っておりどうしてこんな内装にしたのかとそのセンスの奇抜さに嬉々とすると同時にあきれもするのでした。先の美女はその下で物思いに耽っておられて、しかも注文した磯長クリームソーダだったから、それを召し上がっている瞬間をカメラに収めたかったのですが、さすがにそうもいくまいという自制が働いたのでした。






Last updated  2020/04/05 08:30:05 AM
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2020/04/04
カテゴリ:千葉県
新京成線のみのり台駅は松戸駅から3駅目という上野駅から30分程度で行けるであろうと思われるのですが、そこに降り立ってみると物寂しくなるほどに昔風の駅でありまして、駅のホームの木製ベンチなどは戦後のいつごろから使われていたかは知らんけれど、相当古いもののようで思われます。改札を出ても駅の周囲は舗装もされていないような路地などもあったりと未整備の闇市めいた暗さが取り巻いています。駅を取り囲む辺りの様子は場末っぽくて、それを抜けると閑静な住宅街が広がっているという気配はほとんどなさそうに思われます。南側も暗いムードを放つ路地や酒場がありますが、この夜は北側に残された場末風の呑み屋街が残されているのでそちらに向かうことにしました。











 L字型の立派な呑み屋街で最盛期にはきっと数十軒という酒場が軒を連ねていたことが想像されますが、今現在で店を開けているのは十軒程度のように思われます。今でもやってる店は案外古い店は少なさそうで、ガラスのサッシ戸の安普請っぽい「居酒屋 あんちゃん」がやはり最も気になるお店です。きっとオヤジたちが屯しているのだろうなあ。そして店名にもある店主のあんちゃんが客よりも偉そうだったりするんだよね。といった憶測を胸に店に入ると、意外にもお客はおらず、あんちゃんは男性ですらなくかわいい感じの女将さんなのでありました。焼酎のお湯割りをお願いしたら丁寧に盛り付けられた根菜煮つけのお通しが出されました。種類も豊富で実によいお通しであります。肴の品数はホワイトボードに数種のみでありますが、お願いした玉子焼きは簡単そうで案外自分では出せない熟練の賜物でありまして、添えられた野菜も彩りよくてその心遣いがうれしいのです。店名に恐れを抱かず一度お立ち寄りください。ただし、カラオケもありなので、その点にはご留意が必要です。






Last updated  2020/04/04 08:30:06 AM
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2020/04/03
カテゴリ:荒川区
最近、列車広告で小田急線偏愛紀行なるものを見掛けましたが、その拙い文章もさることながら、語られていることがまるで自分が普段考えていることというか何度もここで書いてきたことのように思えて少なからず不愉快な気分になったものです。そこで書かれているのは偏愛というフィルターでもって町を眺めると、フィルターなしで見た町とは風景が違って見えるという素朴で捻りのない事柄なのであります。素朴であるということは退屈であると同時に正鵠を射ているということもあって、つまりは偏愛というのは退屈を常に伴ってくることでもあるのです。なぜなら偏愛とはもともとは多様であるはずの風景から一様の風景を切り取る思考方法であるはずだからであります。ぼくなどのような不器用な者には、偏愛的なやり方でしか町を眺められぬわけであって、偏愛とする対象が移ろうたびにその町の風景も同様に変化を被ることになるのでした。例えば中華飯店も今のぼくの偏愛対象であるわけですが、これを偏愛することで町の見え方は確かに変貌を遂げたのであります。











 純粋な酒場目線で尾久の町を彷徨っていた頃には、この町にはほとんどといっていい程に魅力を感じられませんでした。それがある時期から中華飯店を照準に入れるようになると途端に褪色した町が色彩を取り戻すように感じられたのでした。定番の朱系の色彩ばかりでなく黄色も比較的ポピュラーでよく目立つのです。しかしそれも営業いていて照明が灯った場合に限られていて、この夜初めて「栃木屋」の灯りを目にして、色彩を感じることができたのでした。どうにも魔の悪いタイミングにこれまで訪れていたようでありますが、界隈には鮮やかな色彩を放つ店が少なくないから何度目かにしてようやくの遭遇でも支障はなかったけれど、さすがに周辺の大概の店を経めぐったからにはそろそろ何とかしたいと思っていたのです。入るとすぐに卓席があり女性一人が餃子などで晩酌しておられました。カウンター席があって、奧にも2卓あったから思ったよりも客席はあります。奥でならこぢんまりした宴席を催してみても楽しそうです。ラーメンとかの王道の品を頂くつもりでしたが、町中華にネギチャーシューや水餃子などの品は当たり前のようでありますが、案外、手頃にこれらの品が頂けることは少ない気がします。つい、軽い食事を兼ねての呑みという想定はこれら酒の肴向けの品ぞろえを前にしてもろくも崩れ去るのでした。この冬には珍しい冷え込んだ夜だったので、水餃子の上げる湯気がからからに乾ききった冬の空気を湿らすようで眺めていてぬくもりを感じられます。味わいも優しいけれどネギチャーシューに添えられた豆板醤がしっかりと辛くて食べ進むうちに自身も温まり、額に汗して蒸気するのを感じたのでした。






Last updated  2020/04/03 08:30:05 AM
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2020/04/02
カテゴリ:文京区
江戸川橋駅の南東に地蔵通り商店街という下町っぽい商店街があって、入口のところに通りの名にするにしては、少し物足りないサイズのお地蔵さんが祀られています。この商店街は商店よりも飲食店が幅を利かせていて、その点でまずはぼく好みといえるだろう。そんな商店街のほぼ真ん中でありながら、そうは思えぬようなしょんぼりと寂しい様子で健気さすら感じさせる佇まいで、その筋に興味を抱く者は無視などできぬ古い中華飯店が存在するのです。そんなだから当然のことにぼくも以前から注目しておったわけです。注目していたならとっとと行っておくべきと思うのだけれど、今時350円のラーメンを食べさせてくれる、地方都市では稀にこの値段は見掛けるけれど、都心でもかなり中心に近いこの場所でこの価格はやはり驚愕なのであります。会津方面のチェーン店などまあ実はもっと安く食べられたりもするのだけれど、それを言ってしまってはお話として面白くならぬのです。











「善の家」は、その筋の方にとってはきっと定番のお店のはずです。で町中華としての魅力に加えて、あると同時に価格面での魅力も備えているから、中休みを挟んでの夕方の部の開始と同時に駆け付けるべきと思っていたのです。だからそう思い込んでいたから仕事を終えると一目散に駆け付けるはずだったのだけれど、諸々の事由によりそうもいかなくなったのでした。それでも可能な限り急いで辿り着くと、通りからいかにも町中華然とした佇まいを愛でる暇ももどかしく店内に飛び込むのです。何度か店の前まで来ては営業時間を外していたのか、その度に未練たらしく店内を覗き込んだ印象では、カウンターだけの奥に深い造りと思い込んでいたのだけれど、実態はカウンター席が10席に満たぬ代わりに卓席が2つの極めてオーソドックスな構えでありまして、でもこれはこれで大好きなのでした。そして意表を突かれたけれど、先客はお一人だけです。安心して卓席を使わせて頂くことにしました。おお、確かに通常の品書き以外にサービス品としてのラーメン価格の記載もあります。でもそちらも気になるけれど、ここの素敵なのは酒の肴により相応しい品も充実していることです。町中華で呑むのは当然好きだし、どうも世間的にも流行りつつあるようだけれど、一つ難を挙げると単品の料理が餃子などの定番以外は概して高額である事です。餃子すら500円とかする場合もあるので、そうなるといわゆるセンベロなどはかなり至難という事になります。でもここの単品の値段ならセンベロも出来なくはなさそうです。まあ、そうはせぬのだけれどね。だってここは値段もそうだけれど何より居心地がいいのだ。先入観で混雑していて落ち着けぬと思い込んでいたものだから、こんなにゆったりできるとは大いにくつろがせて貰いました。それでも一つ難を挙げると、空調が効き過ぎでちょっとばかり暑かった事ですが、そんな事はさしたる瑕疵ではないのです。あゝ、近所にあれば良かったのになあ。






Last updated  2020/04/02 08:30:05 AM
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2020/04/01
カテゴリ:北区
 呑みを目的として、上中里に出向くのは相当なリスクを念頭に据えておく必要がある事は分かっていました。というか、この夜は欲をかいてしまい、以前目撃した喫茶風のお店に立ち寄ってから、何とかして呑みにもありつこうという算段だったからより多くの困難が予想されて然るべきだったのです。それなのにどうしたものか、上中里に足を向けようという時はいつだって楽観的で足取りも軽くなってしまい、意気揚々と現地に赴く事になるから余計に無駄脚踏みが加速するのです。訪れた事のある方なら賛同頂けると思うのですが、この界隈は都心から至近であるにも関わらず都会のエアポケットのような土地なのです。比較が適当か自身は持てないけれど、どことなく皇居のようにも思えるのです。実は東京の都心部にはこういうエアポケットが少なくないかも知れません。ともかくかつて見掛けた喫茶風店舗を求めてそう広くもないエリアを記憶だけを頼りに探し求めるのですが、どうしたことか一向に見付からぬのです。そんな諦めモードへと移行しつつある時に出会ったのがお好み焼き店であったのです。











 店の名は「てこ亭」とあります。開店当初はそれなりの意気込みがあったんだろうと思われるけれど、その後さして手入れをすることもなく経年の劣化のなすがママに時の経過に任せてきたであろうかと思わせる、どことなく自身の人生とも似通った物悲しさを呈しています。お好み焼きかぁ、嫌いではないのだけれど腹に溜まるから出来れば避けたいところだけれど、選り好みする余地は界隈では望み薄に思われるので、思い切って入ることにしました。店に入ると、うんうんいかにもな関西風のお好み焼屋の風景であります。それもぼくがガキの時分に暮らしていた和歌山の片田舎にあるようなうらびれたものに似通っているのです。雰囲気を盛り上げるように客層もくたびれた老人たちばかりで各テーブルはカップル、ピン、ピンと合い席をお願いすることになるのでした。彼らは互いに積極的に言葉を交わすということもないし、一番年少と思われる店主も言葉少ない方でありまして放映中のテレビ番組に時折誰かが反応し、それに同意したり意見を述べたりとテレビを介して会話が成り立つのでした。まあ、多くの家庭がそんなもんだと思うと他人ばかりの飲食店なんだから多少の距離感があっても不思議ではないななんて風に思うのでした。さて、核心へと移行しますが、彼らが何を肴に呑んでいるかでありますが、誰一人としてお好み焼きなどを頼んでいる方はいはしなかったのであります。向かいのじいさんは梅干をなめなめチビチビと酒を呑んでいるのでありました。ここは頼めばお好み焼きも用意してもらえるようですが、それよりはもっと普通の酒場らしい品、例えば曰くありげなカップルの元には実に旨そうな色合いのマグロブツが運ばれていったのでありました。ぼくはヘルシー路線ということでアスパラなんぞを注文してみたら、ゆでるか焼くかを選択させられて、好みに合わせて調理してくれるというのも悪くないと思うのでした。人との交流も希薄でありますが、なぜだか濃密な場と時間をあてがってもらったようでなかなかに満足度の高いひと時を過ごさせていただきました。






Last updated  2020/04/01 08:30:05 AM
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2020/03/31
カテゴリ:新宿区
神楽坂って町はぼくにとって呑みに行く町というよりは散歩コースの途中の町のようなものでありまして、余りそこで呑むということはありませんでした。それはどうしてか、皆さんお察しのことでしょうが、神楽坂の町で呑むのはそれなりの予算を確保しておかねばならぬ気がするのです。その割には寄ってみたいと切望するようなお店はほぼ見られぬという相反するけどいずれにせよ、気軽に立ち寄りたい店はほとんどないと思われたのです。それは思い込みなどではない真実であるとこの夜まではほぼ信じて疑わなかったのであります。しかし、しかしですよ、何のことはない東京メトロの神楽坂駅の出入り口にめり込むというすごい立地にいい感じの居酒屋があったのでした。













 今改めて写真を眺めてみたら実際には、出入口と「松兵衛 駅前店」の入るビルとは隙間も見られ、接してすらいないようです。でも実際に店の入口前に立つとアナクロな位に古ぼけて見える神楽坂駅の雰囲気にしっくりと合っていてとてもいいムードを呈しているのでした。店内も、うんなるほど多少の古めかしさはあるけれど正統派で端正な構えではないか。これほどの店を知らずにいたことがいつものことながら情けないことです。で、今になって気付いたのが「松兵衛」というお店、昨年の暮近くになって本店にお邪魔していたのですね。そちらはそこそこのオオバコだったけれど、こちらも思ったより収容能力はありそうですがそれでも広すぎず収まりのいいハコという印象です。初老のご夫婦と若い男性が2人でやっていますが、混雑すると大わらわとなりそうですが、そんなにそういう事態には陥らないのかもしれません。だって女将さんはぼくが勘定を済まそうとしたころにおっとりと姿を見せたのだからのんびりしたものです。その時間になると地元の長年の常連たちが姿を見せ始め、特等席であるカウンターの馴染みの席に迷うことなく着くのでした。普通の焼鳥、ごく平凡な肴が揃う、本当に普通のお店が心地よくて思わず惚れ惚れするのです。帰途を急ぐ勤め人の姿を眺めつつ呑めるのは幸福だなあ。





 しかもその向かいには「武蔵」というもつ焼店があったり、ちょっと路地を入り込むと「たまふうみ楽喜居」という店名こそ首を傾げたくなるけれど、雰囲気や品書がぼく好みの居酒屋なんかもあって、これは改めて神楽坂をリサーチしなくてはならぬなと思うのです。






Last updated  2020/03/31 08:30:05 AM
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