鶯谷の猥雑さに初めて駅から降り立った時には驚愕させられたものですが、何度も足を運ぶとすっかりそんな感性も消え失せて鈍感になってしまうものです。これからお邪魔しようとしている眠らない町-ただし線路の外苑に沿って20mばかりだと思いますが-にある休まない店で呑むということになったのでありますが、かつて初めてそこを訪れた際には店の雰囲気というよりは町のムードに圧倒されてしまったことをかすかに覚えています。今では微塵とも戦慄するような瞬間に陥るという甘美な体験はまず得ることができなくなりましたが、それは老化による感情の鈍磨でないことを祈るばかりです。
すっかりお馴染みになった「信濃路 鶯谷店」ですが、ぼくが初めてお邪魔した頃には、まだまだ知る人ぞ知るという程度の知名度のお店で、初めての時こそそのどことなくやさぐれた雰囲気にドキドキしたものですが、それも今は昔のこと。何度か通うまでもなく2度目にはそうした刺激的な感情とは無縁になってしまったのでした。慣れ親しんだ酒場の良さを知らぬ訳では消してないと思ってはいるのです。でもそうしたほっこりとした気分より当時は冒険心が勝っていたようです。久し振りに訪れるとどうかと思い何年ぶりかで来てみましたが、何の躊躇もなく入れてしまいます。もはやときめきを失ったすれっからし、いやそんな若気すら持たぬ単なるオヤジと化してしまったということか。それでも左右に分かれる店の構造を楽しむ程度の児戯は持ち合わせていたようです。カツカレーの頭にするか厚揚げのカレーがけなんてのもあったのだなと品書きも愉快で何を頼もうか迷えるというのはうれしいことなのです。しかしまあ特別旨いわけでもないのであるが、そんなことは少しも瑕疵にならぬのです。ファミリーまでいる大賑わいの店内は酒呑みの気分を激しく高揚させてくれるからそれだけでもうたまらなくハッピーなのです。