4006135 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

夜が待ち遠しい

PR

全18件 (18件中 1-10件目)

1 2 >

カテゴリ未分類

2019/10/11
XML
カテゴリ:カテゴリ未分類
 赤羽の奥地に対する好奇心はこれから報告する一軒の酒場との出逢いがきっかけとなっています。いや、実際にはこの前に訪れた際に再びちゃんと赤羽を探索しなければなるまいと考える端緒となった酒場もありますが、そこについてはすでに以前報告済みです。今回のお店は赤羽酒場巡りを改めて行わなければなるまいということへの確信を植え付けられたということでも重要な酒場となりそうです。









 お店の名は、「はましん」と暖簾に記載されています。写真からは暗くてよく見えないかもしれませんが、トタン張りの店舗はいかにも古びていて、このところの極端な気候変動による風雨を乗り越えてこれたことが不思議な位のお店なのです。店内もたまらんですね。こういうのが嫌いな人が少なくないですが、今のうちに身をもって体験しておかなければ遠からずこうした酒場は消滅してしまうように思うのです。特に煮染められた壁やら天井は、煙草の脂によるものであろうからこの先、このノルタルジーを否応もなく喚起するべっ甲のようなどこか心の深いところに染み渡るような茶の空間は今だけの贅沢かもしれない。肴はお通しの南瓜の煮付け以外は何もいらない。この大振り3個の濃い黄色が店内の色調にものすごく調和しているのであります。タイトルで急げなどと挑発的な書き方をしましたが、店のご夫婦至って健勝でおられるから当分は営業を続けてくれるものと信じるけれど、突然に店をやめてしまうこともなくはなさそうなので、できることならこうした古い酒場が好きな方は急いでお出掛けいただきゆっくりと赤羽の昔話に耳を傾けていただきたいのだ。ぼくはきっとまたここを訪れ、先夜聞きそびれたあれやこれやを伺ってきたいと思っています。






Last updated  2019/10/11 08:30:06 AM
コメント(0) | コメントを書く


2019/04/15
カテゴリ:カテゴリ未分類
 前回も書いたかもしれぬけれど、伊勢の町は記憶していたよりもずっと散策に適していてそのエリアごとの表情も変化に富んでいてマンネリと無縁のとても面白く思えました。好ましい意味での多様性で飽きさせぬのですが、酒場に関してはかなり貧弱な印象を受けました。伊勢の名酒場を後にして次なる酒場に巡り合うまでに散々歩く事になりました。その過程で何軒かの良さそうなお店もありましたが、休みだったり満席で断られたりととにかく振られっぱなしだったのです。さすがにくたびれて宿であるウィークリーマンション方面へと足を向けると、前回喫茶篇でちょっと触れた「喫茶 局」のある伊勢駅前商店街に行き着きました。JRの真ん前にあるとても小さなアーケード街です。











 そこに「居酒屋 勝ちゃん」があったので、もう兎にも角にも迷う時間ももとかしく思えたので転げ込むように店に入るのでした。独りの客もおらぬことに瞬間失敗したかの感想が湧いたのですが、店主にいらっしゃいと出迎えられるともう後には引けぬのであります。店内は案外小奇麗な狭く代わり映えのないお店でした。むっつりとした店主は、ほとんど喋りもしないから視線はついテレビに向かうのです。ローカル番組でもない都内でいつでも眺められる当たり障りない放映内容は少しも記憶に残ってはいないけれど、一方で妙に気持ちが緩むのを感じます。少しも伊勢らしからぬ都内の何処かにあったとしても少しも不思議でないような酒場でいつもの番組を見るともなしに眺めていると、酒場なんてこれで充分なのだよななどと思ってしまうのです。先の酒場のように目を見張る事はけしてないけれど、ごく普通に美味しい?奴を突付きながらお代わりを求めた頃に次なるお客が賑々しく登場。出張で近くのホテルに泊まっているそうです。どうやら軽く呑んだ後に羽根を伸ばしてそこらのスナックに行くための情報を得るのも目当てらしい。寡黙だった店主も嫌いじゃないらしく喜んで近隣の店の店の女性たちの情報を提供しています。変わったとこらがないと書いたけれど、都内ではまず目にすることのない肴などもあり、その話題に及ぶ頃にはぼくも話しに加わり楽しく過ごすのですが、このままでは離脱が難しくなると離脱の機会も窺うのでした。









 短いアーケードを抜けるとそこに「かりん」なる小さな酒場があります。ここで済ますのも安直かしらと思わぬでもなかったのですが、疲労も感じているのでここに立ち寄ることにしました。店内は改装済みで綺麗で、まあ良い加減に酔っているからそう拘るまでもなかろう。店は高齢の母娘でやられているようで、だからこざっぱりした雰囲気なのだろうか。というかこちらも他にお客はなくテレビもないからお喋りでもと思うけれど、これがお二方とも必要最小限な言葉しか発してくれず、とはいえ二人の間では何やらこちらに聞き取れぬように会話が交わされているようだから何だか虚しい気がするのです。ここで二度目の伊勢うどん。これで〆ということにしようという考えであります。ところがこれが厨房からはレンジでチン音が響くのだからがっかりしても無理からぬことでありましょう。しかも大量の削り節が掛かっていて贅沢そうに思えるのだけれど、このうどんにとっての程よい量からは著しくオーバーしているようです。この鰹節代ということもないのだろうけれど、勘定書きはぼくをして仏頂面にさせるに十分な金額なのでした。やはり酒場選びに妥協は禁物だと思い知ったのでありました。






Last updated  2019/04/15 08:30:06 AM
コメント(0) | コメントを書く
2019/04/07
カテゴリ:カテゴリ未分類










 旅の記録もようやく年を越しました。都内で怠惰な正月を過ごしていた三が日も終わろうとする夜更けに池袋サンシャインバスターミナルにやって来ました。ここからお馴染みの高速バスWILLER EXPRESSに乗車して、とある大観光地に向かおうとしているのです。とあるなどと勿体ぶってみせているけれど、その回答はタイトルに明らかなのだから愚かしい事この上なしであります。23:50発の高速バスは、しかし真っ直ぐ伊勢には向かわぬのです。とにかく比較的余裕を持って乗車したそのバスは定刻に発車しました。これまた勿体ぶってみせるまでもないこと。5:00に到着したのは豊橋駅東口でありました。鉄道で伊勢に向かうのも悪くないけれど、これまでも何度かそうしているので、それをそのままなぞるばかりでは少しばかり芸がない。ということで、今回はちょっとばかり行程に工夫を凝らしてみることにしました。この工夫とは船で伊勢志摩に向かうという経路としたのでした。新豊橋駅から5:56発の豊橋鉄道渥美線に乗車、三河田原駅に6:32着。田原駅で豊鉄バス伊良湖本線の6:49発路線バスに乗り継ぎ、伊良湖岬に7:35着。伊良岬から伊勢湾フェリーに乗船、8:10発で9:05には鳥羽に就航。この経路は、豊橋~鳥羽割引キップを用いるのが便利です。高速バスは別にして、ここまでの電車、バス、フェリーを乗り継いで2,060円で旅情を味わえるから、多少の疲労を覚悟しさえすれば陸路とは違った楽しみ方ができると思います。少なくともぼくはこれまでのお伊勢参りでもっとも満足のいく行程となりました。もしこの経路を採用しようという方がいた場合に備えて、参考になるかもしれぬので感想抜きで運行状況等の実質的な情報のみ書き留めることにします。まずは高速バス、さすがにそれなりに混み合っていますが、満席ではありませんでした。距離も短いためか時間通りに到着しました。豊橋鉄道は始発なのに、嫌だからかもしれませんが1~2割程度の乗車がありました。当然のごとくダイヤ通りの運行。路線バスは自分以外にはほぼ乗客はなく、今回のキップ利用者はいないようです。フェリー利用者は多く恐らく全てがマイカー利用者のようです。客室はほぼ席が埋まりますが、マイカー利用者より先手を取って席を確保できるので好みの席を選ぶことができました。コチラも時間通りに鳥羽に到着。とても快適な旅になりました。旅情が増す良いプランだったと自画自賛するに留めます。









 さて、鳥羽バスセンターはすでに賑わっています。同施設は土産物店などに加えて2階は飲食店が入っています。外観はファミリーレストラン風の大きなショーケースのある「喫茶 チェリー」に立ち寄りました。純喫茶風の黄昏めいた暗さを期待していたのですが、極めて明朗かつ健全なお店でありました。格段記すべきこともありませんが、今回のような少なからず体力を消耗する旅の途上にあってこうした止まり木があってくれるのは心底ありがたい事です。















 実は鳥羽では、喫茶巡りは尽くが不調に終始しました。スナックとは覚悟していたけれど確認せずにはおられなかった「うず」はもうやってなさそうだし、「和風喫茶 ベンハー」も同様だろうなあ。念願の「喫茶 テネシー」はお休みのようでした。その数軒お隣の「たかま」はやっていましたが、喫茶というよりは食事処の趣きが強くてとうにも気乗りがせずにスルーしました。そうそう本当は志摩マリンレジャー 鳥羽湾めぐりで竜宮船に乗船するプランも用意していたのですが、総理大臣の何某かやら政治家御一行が伊勢神宮を参拝するとかで、現地も道路も非常に混雑しているという風聞に恐れをなして先を急ぐことにしたのでした。という事で今回はほとんど喫茶情報がなくて誠にすまん事です。






Last updated  2019/04/07 08:30:09 AM
コメント(0) | コメントを書く
2018/09/24
カテゴリ:カテゴリ未分類
 豪雨で知られるという尾鷲の町での足止めが続いています。すでに3時間近くが経過し、よもやお邪魔できると思っていなかったちょっといい感じの酒場も開店の時間を迎えたようです。駅員によると運行が一部再開したとのことで上り電車の現在地と尾鷲駅間の通常の乗車時間を算出してもらうと1時間弱あるようです。蒸し暑い駅に待ち惚けるよりその酒場に向かったのは当然の成り行きなのです。そのお店は、喫茶「磯」付近の呑み屋街の外れの三角地に建っていて、到着時から暖簾が下がっていて、イタズラと言わぬけれど戯れに戸を引いても固く鍵で閉ざされていたのでした。それに気付いた女将さんが開店準備中だ4時30分からの営業ですとお答え頂いていたのです。











 時間にはもう少しあるけれど、「きくや」を三度訪れると、看板とどてやきの提灯の明かりが灯っています。戸を開けると女将さんはゴメンねえと、昼過ぎの際の物静かさから転じて、別人のようにくだけた打ち解けた表情と口調を持って招き入れて頂けました。列車が遅延していて30分ちょっとしか呑めないけど良いかなあと伺うと、あらまあ大変ねえじゃあウチの名物のどてやき召し上がると話が早い。尾鷲では最古参というこちらのお店について、濃厚でありながら重ったるさのまるでない絶品の味わいのどてやきを頂きつつ伺えました。毎晩お越しになる単身赴任の方は、店の商品全部食べ尽くす位健啖なのよと他愛ないお話をするうちに早くも店を出る時間になりました。外観の素敵さ程には店内はどうということはなかったけれど、この愉快な女将さんと旨いとてやき、そして「磯」にお邪魔するだけのためにまた尾鷲に来れたら幸せなのにと少し寂しい気持ちに浸り店を出たのです。
 
 その後、駅に戻るとあと30分掛かりそうと、ならばあの小さな酒場に留まるべきだったと思ってみても時すでに遅し。町をまた彷徨い駅に戻ると携帯電話のないことに気付いて慌てて酒場に戻りあっさりと再会を果たせたのでした。女将さん、あれからスマホ忘れに気づき慌てて駅まで追いかけてくれたそうな。ますます女将さんのこと好きになりました。






Last updated  2018/09/24 08:30:11 AM
コメント(0) | コメントを書く
2018/09/20
カテゴリ:カテゴリ未分類
 亀有という町では、酒場らしい酒場、というかいかにも居酒屋らしいと思えるような居酒屋が、町のイメージとは異なり案外少ないと思っていました。そして、それは純粋な居酒屋よりも本来は他の業態であるようなお店が積極的に酒を提供することで、必ずしも純粋な居酒屋がそう多くなくともやっていける理由なのではないかと思い出しています。いや、むしろ居酒屋は徐々にスナック化する傾向が見られるのに対して、食堂や中華飯店、蕎麦屋にこそ酒場らしい酒場があると言っても過言ではない気さえするのです。今回は、以前から目を付けていた中華飯店をハシゴしてそれを確認することにしました。そして、その実態は予想を遥かに凌駕する形で証明されたのでありました。

















 実のところ、「中華・ラーメン 栄光軒」と「金龍」のどちらがどうだったかなどということは、ほとんど区別が付かぬのであります。距離としては50m程でありましょうか。環七通りに面して何軒かの飲食店が立ち並んでいるからもう商売敵であるに違いないのですが、こうも似たような雰囲気であるとさすがに一見であると見分けが付かないのであります。厨房をグルリとカウンターで囲む店の造りや雰囲気も主人のぶっきら棒な応対も何でも揃っている肴にしたって、どこを取ってみてもまるで双子のようにそっくりなのだから驚くべきことであります。さして商売熱心という訳でもなさそうな主人でありますが、レパートリーは豊富でありとあらゆる肴が揃います。そんなだから客たちも似たような面子が顔を揃えているのです。似たような面子というのは同じ顔立ちをした人たちというミクロな意味ではなく、老若男女とにかく幅広い世代が男女ともに肩を並べて呑み食いしているのです。面白いことに彼ら同士でコミュニケートが生じることはなく、皆さん黙々と自分の殻に閉じこもり、ある意味では気ままに過ごされているのです。この夜がたまたまそうだったということもありえますが、案外、こういうことが普通なのかもしれません。それっていかにもぼくと似たようなタイプの酒呑みが多いということで親近感を覚えるのです。肴も多種多様なので、毎晩のように通っても良さそうです。ぼくなら一日置きに代わる代わる通うけれど、多くのお客さんはどちらか一方を贔屓にして浮気はしないのかもしれないなあ。






Last updated  2018/09/20 08:30:11 AM
コメント(0) | コメントを書く
2018/06/24
カテゴリ:カテゴリ未分類
 名古屋の中村遊郭界隈で最もよく知られるであろう喫茶店に向かいます。ここも以前来た際に目撃していてお決まり通りすでに閉店したものと思い込んでしまったのですが、なになに全然当たり前のように営業をしています。
 






 言わずもがなの「COFFEE ROBIN(珈琲屋 ロビン)」であります。表からの長めも抜群ですが、やはり店内はそれに劣らず素晴らしいですねえ。店の女性お二人は母娘なのでしょうか。どうも違うように思えますが、それはまあ良いとにかくとても仲良くて麗しい間柄に思えるのです。ついカウンター席でゆっくりと言葉を交わしたい気持ちになるのですが、それはぼくの後に入って来られた旅支度という出で立ちの可愛い娘さんが肩代わりしてくれました。店の高齢の方の方は客との会話がそれはもう好きで堪らないという表情を隠そうともせずに店の歴史や朝四時から営業していること、つい先日もテレビの取材を受けた事など矢継ぎ早に話されるのでした。今回は景観を最優先して入口付近のテーブル席にさせてもらいましたが、今度伺うときにはきっとカウンター席でじっくりとお話させて頂こうと思うのでした。
 






 まだこの時は元気だったこともあるし、この後立て続けに喫茶が出没する事を弁えていたならきっと「みゆき」には立ち寄らなかったかもしれません。一期一会を優先するのは基本的な振舞い方である事は、喫茶巡りに限った話ではなかろうからこの時のぼくの行動は否定すべきではなかろうと思うのです。しかし、その原則は名古屋のさらには中村界隈にあっては一考の余地がありそうである事を今更に学ぶことになったのでした。内装は少しばかりアメリカンな要素が散りばめられ、クラシカルなのに原色の照明が灯るというバランス感覚に幾分欠いたもので、これがもっと徹底してさえいればキッチュな景色ともなり得そうに思われますが、残念ながらそこまでは至っていませんでした。そして、客層も店の方もそうですが、かなりスナック風で苦手な方には障壁となりそうです。
 




 途中、大門小路やら大門横丁といった呑み屋横丁があって、昼を過ぎていたならこの先のスケジュールを振り切って夕暮れ時を待つ事にしたかもしれませんが、まだその決断を下し得る時間には程遠かったのは幸いだったのでしょうか。
 








 中村遊郭エリアを抜けると一挙に町並みが地方の住宅街という景観に変わります。根っからの田舎者のぼくにはこんな方が落ち着きます。しかしまあ落ち着く間もなく次なる喫茶店が姿を現すのが名古屋という土地なのでしょう。「喫茶 DAX」は、崩落寸前の佇まいながら、元気に営業中です。黒を基調とした店内は豪奢な照明もカッコよくシックでモダンという額面通りなら今どきのカフェバーとかにありそうなムードとも言いうるのでしょうが、そこはそれ年季の入りようが都会の類似の店とは一線を画することになるのですね。しかし、それにしても軒上の看板テントなど外観に見られる通り、内観も写真映えはしそうだけれど実態はかなりの劣化が確認でき、店の方たちもそれを良しと見做している節が窺えたので老醜を晒すギリギリの今こそ行っておくべき店かもしれません。






Last updated  2018/06/24 08:30:07 AM
コメント(0) | コメントを書く
2018/06/20
カテゴリ:カテゴリ未分類
 西日暮里は酒場が決定的に欠如している。いやまあ、特に店など気にせず呑もうと思えばそれなりに店はあるのだろうけれど、ぼくの視界にはちっとも収まっては来ないのであります。いや、ぼくの自慢の細い目の視界の隅々にそれらの酒場は通過しているに違いないのでありますが、ぼくのうるさ型の審美的な眼力はそれらをまるっきり排除する機能を有しているようなのです。しかし、時にそれら普段は不可視の存在に過ぎぬ酒場が唐突に浮上してくる事もあるのです。それは別に特別なフイルター付きのメガネを装着したからとかそういう外因的な変化によるものではないのです。単純に人と呑むことになって、相手がどちらかというとせっかちで店にも美味い事である以外は格別な要求を持たぬ、加えて猛烈な腹減らしであるとなれば、不本意ではあるけれど早急に行き場決めねばならぬのです。そうすると自然と己の選択眼もフォーカスを緩めてしまうというもので、だから今回はいつもとは少し趣きを異にするタイプの酒場が登場します。と、書いたけれどよくよく記憶を探ってみると案外それ程いつもと変わらぬようにも思えます。
 






 西日暮里駅は、停車せぬ常磐線快速が旋回するように通り過ぎるためかどことなく窮屈な造りになっているらしくガード下の呑み屋街が通過するだけの常磐線快速の高架下に軒を連ねています。違うかもしれぬけれどさほど大ハズレではないと思います。とにかくそんな呑み屋の一軒が「味処 竹林」です。無論、大分前からこの店はあったはずだし、認知もしていたのですが、どうも立ち入る気になれずにいたのです。細い階段を登ってという独特の緊張感に怖気付いていた訳ではないと思いたい。けれど、店に入ってみて思いの外に小奇麗でかつ小遣い銭にゆとりの有りそうな部長さん風の態度と風貌を備えたおぢさんが率いるグループが多いのでした。店の方もお若くキレイな方たちで、この雰囲気はぼくのようにケチで冴えない独り客には敷居が高いのです。そして、どこがどうだと指摘するのは困難でありますが、ぼくの何某かの感覚器がその己との親和性の低さを敏感に受容していると思われます。ナルホド、刺身盛合せはとても立派であります。しかし、当然ながら値段はそれなりだし、量も独りには少しばかり多過ぎる。つまりは独りで訪れても肩身が狭く適当に呑んで摘んでスゴスゴと引き上げる事になるような孤独な酔客には不釣り合いなお店なのです。
 
2/16








 そして、そんな店はどうも西日暮里では主流なのだと思われる事を決定付けたのが「居酒屋 柳屋(やなぎや)」もまたそんなお店だったからです。いや、敷居は先の店に比べるとぐっと低いのであり、こちらは部長というよりは課長、いや課長代理位の職責向きの酒場に思えます。実際には先な店よりずっと貫禄の有りそうなおぢさんが多かったのはたまたまに思われますが、つまりはそういった価格帯と思っていただければ理解を得やすいと思います。そしてぼくにはこちらの方がしっくりとくるのです。しかし、くるにはくるのだけれど、やはり独り客には居辛い環境なのではなかろうかと思うのです。なぜならこちらもやはりグループが主流、いや全てであり独り客はとんと見られぬのです。カウンター席らしき席もあった記憶があるけれど基本的に作業用の場として利用は困難であったと定かならぬ記憶は訴えているのでした。そうかあ、もしかするとぼくはこれまでこれかの店に入っていく客たちが揃ってグループである事を記憶の奥底で覚えていて、それが無意識にこれらの店から足を遠ざけることに寄与していたのかもしれません。キャベツコンビーフ炒めなど庶民的な肴も悪くないけれど、やはりここは一人でくる店ではなさそうです。






Last updated  2018/06/20 08:30:06 AM
コメント(0) | コメントを書く
2018/06/15
カテゴリ:カテゴリ未分類
 御茶ノ水とはもうかなり長いこと付き合わせてもらっています。なんて町を擬人化した稚拙な書き出しで始めてしまったけれど、最初は映画でその後は仕事でせっせと通い詰めた時期があるのでまあ深いというほどではないけれど浅からぬ縁があると言ってもそう過言ではないだろうと思うのです。その短くもない間に、この町はほとんど目に見える変化はなかったように思います。いや、何軒かの愛着のあった酒場や喫茶店がなくなったりしたのは思い起こすと今でも懐かしくそして寂しくなるのですが、そんな感傷的なぼくの一面を呼び覚ますので、ニヒルな大人に見られることを当面の目標とするぼくには近頃どうも敬遠しがちであります。若者が多いのも町から妻弾きされている気分にさせられます。そんな散々に呑み歩いた記憶もある御茶ノ水界隈でこれから向かう酒場の事はずっと認識してもいたし、それより間違いなく訪れていると思い込んでいました。それは録画してあった酒場放浪記の放映を見ても変わる事はなく、いざ訪れるまで少しばかりの葛藤を乗り越えての初めてでありながらも再訪のような気持ちでそこに向かったのです。













 しかし、現場を眺めてこれは来たことがないという事にすぐに気付かされました。「かんだ串亭」に限らず周辺には黄色の電飾看板を掲げる居酒屋がかつては少なからずあったので、それらとゴッチャになっていたようです。うなぎの寝床の様な奥に深いこの店舗は思ったよりは少しも味わいがなくて、ただしかしあまり見ない造りなのに座敷には今ではこうはしないであろう解放的な感じがあって、東京の酒場っぽくなく感じられました。だけと地方性が感じられるのがそれだけで全面的に肯定の材料となるかといえば言うまでもなくそんなはずはないのであって、まあやはりここは都心も都心の酒場でしかないだろうなと思うしかないのでした。いやまあこのままでは今風にはディスっているに過ぎぬから、それもどうかと思うのだ。だからこちらについては、万人にとっての懐かしいという気分をそれなりの投資で味わわせてくれるお店として珍重することにあえて反論する意志はないのでした。








 そんなもやもやした気分のときは「大衆酒場 徳兵衛」に行くのがよろしいかと。旨いとかまずいとか酒さえ呑めればそれで事足りるような方であれば行ってみても良いのではないでしょうか。いや、ぼくの場合はそれよりも昔ここに通った二人の友人―共に年長者であったけれど、この酒場にいる時は年齢を越えて愉快に語り合ったものです―を思い浮かべずにはおられぬのです。今は亡き二人の死は思い出すと今でも胸苦しさを伴う壮絶な死であったと語ると、誰しもが経験するけれど誰も経験したことのないという死という体験を特権化するようで、それはそれで本意ではないので、ここでは黙って梅割りを啜ることになるのだ。そんなぃつくかの人生を見守り続ける下戸でパチンコ好きの兄さんのいる地下は満席で随分と久し振りに上のフロアーを訪れたけれどやはり少しも変わらぬことに安堵するのでした。人は変わっていくけれど、ここは叶う限り長く変わらないでいてもらいたいものです。






Last updated  2018/06/15 08:30:09 AM
コメント(0) | コメントを書く
2018/06/10
カテゴリ:カテゴリ未分類
 行きたい町は都内近郊にもまだいくらも残されています。特にかつては陸の孤島などというぼくには余り適切とは思えぬ呼び方をされたりもする端的には鉄道網とは隔絶された地域、もしくは近年になりようやく網の目に絡め取られるに至った町にはとにかく好奇心を掻き立てられます。この日はさの両者を一挙に堪能してやろうという贅沢だけれども一抹の不安も拭えぬ行程を立てたのです。それは埼玉県の八潮に行きたいというかねてからの気持ちが突如として昂じ出したある週末のことでした。八潮に行きそびれていたその主たる理由は新興鉄道路線にいずれも共通する運賃に難があったからでした。青井や六町には行っている。でもそれは綾瀬駅を起点にしてとにかく歩きに歩いたその頑張りの結果に過ぎず、本当のところはできれば最寄りまで公共交通機関なりを利用したいし、更にはタクシー、いやその先にもお抱えのドライバーをなんて事も絶対にあり得ぬとは言えぬだろうけれど、そうなってしまっては旅する事に何一つ楽しみがなくなってしまうのではないか。本質とは思い切り逸れてしまうけれど、喫茶巡りにしても酒場巡りにしても事情はそう変わらぬけれど、とにかく不便な場所に行くとそれだけでもう大いに充実を感じるのです。どこにでも苦労なしで行ける身分ならそもそもがこのような酔狂な趣味とは無縁であるに違いない。ただし余りに不便だとそもそもの目的とする酒場や喫茶店などなかったりする訳だから、探検とか冒険とかそういった猛々しさとは無縁であります。多少の苦労を厭わずに我が身を用いること、そして生活を持ち崩さない程度の時間と金銭を投資すること。それ位の慎ましい程度の事がしがない勤め人のささやかな旅にふさわしいのではないでしょうか。稀にご褒美として願ってもみない僥倖に鉢合わせたり出来なかったりする。それでいいのではないだろうか。いつもいつも美味しいものばかりでは飽きてしまいますから。
 
 さて、今回のプランは都内限定と思い込んでいた京成バスの一日乗車券が金町―八潮間のみ適用除外であることを知った途端に仕上がりました。というのも水元公園の都内としては狭からぬ地域というのもじっくりと散策してみたい土地だったからです。それには京成バスが便利であることは当然知っていたけれど、一日乗車券のシステムについてももっと早くちゃんとしたリサーチをしておくべきでした。金町駅を降り出しに何軒かチェックしてある喫茶店を巡り昼食なども摂りつつ夕方頃に八潮に移動、じっくり散策の後、金町に引き返すというコースを予定しました。
 


 詳細な系統名は調べていただくこととしてまずは水元でドンづまる系統に乗り込みました。目指したのはストリートビューで当たりをつけておいた「ファミリー喫茶 ハピネス」です。久し振りのS氏との小旅行で相変わらず会話は途切れがちではあるけれど、それなりに新鮮です。はじめは混雑していた車内もやがて我々を残すのみとなり、終点の少し前の停留所で下車すると運転手のみ残してバスはゆっくりと走り去っていきました。町並みは平凡な住宅街といったところで、それでも町中華と呼ばれるような古いこぢんまりした中華飯店をほうぼうで目にすることが出来ました。そんなやはり住宅街に身を隠すようにして当の喫茶はあったのですが、予測はしていましたがやはり営業を終えてそれなりの歳月が経っているように思われました。
 


 それなりに店舗もあって余り飽きさせぬけれど、かといって路線バスなど車が主たる交通の要になるこの交通の便が悪そうという町にそうした不利な条件を示すような暗さみたいなものは少しもなく、むしろ都心から遠くない町の田園ライフを楽しんでいるかのようなゆとりを嗅ぎ取ってしまいました。「喫茶&スナック 彩」にもそんなあっけらかんとした明るさを感じます。ここは現役かと思うけれど運悪く閉まっていました。
 








 こうして八潮に徐々に接近を試みたのでありますが、このままではすべての喫茶店を逃してしまいかねぬので、典型的な郊外型喫茶、しかしまあなかなかに洗練されている「珈琲 達磨堂」で一休みすることにしました。2階建ての立派なお店で、想像通りご近所のマダム達の社交の場となっており、近くにコメダ珈琲店もありましたが、そちらのお客さんとは客層を異にするようでした。無論、こちらに訪れるお客さんたちの方が水元の町の先住民としての高邁とも思える位の気位の高さを感じさせるのでした。

 ここを過ぎると突如として風景が一変してくるのを感じます。気付かぬうちに中川の支流である大場川を渡った辺りだったでしょうか。この時点で、東京都を脱出、埼玉県に突入することになります。この辺りは三郷市と八潮市が入り組んでおり、なかなか行政区分の面でも混沌としていますが、京成バスの戸ヶ崎操車場があります。こうした川が入り組んだ郊外の土地は今ではつくばエクスプレスの八潮駅ができて、陸の孤島状態からは辛うじて脱却したかのようですが、やはり路線バスが住民の主たる足であるようです。だからこの戸ヶ崎十字路の周囲には小規模ながら呑み屋街が取り残されたかのようにあり、何軒かの店が細々と営業を続けています。マーケット跡も往時の賑やかさを偲ばせます。夜になったら八潮からここに戻って呑むのもいいなあなんてこの時点では呑気に思っていたのでした。
 






 やがてバスは八潮駅前に到着します。元の景色は見たことがないので比較できませんが―正確には数年前に車で通過しているはずですが、ほとんど印象に残っていません―、見た瞬間に絶望的な気分に陥ったというのが正直な感想です。それでも少しは歩き回っておこうと向かった「ロビン」はやはりというべきかすでに跡形もなく更地となっていました。中華飯店の「太陽」も全く原型を留めておらず、いろいろと書きたいことはありますが、不満や苦言ばかりになり実際にお住まいの方にとって不快な言葉ばかりとなりそうなので割愛します。
 
 というわけで、とうとう一日掛かりで一軒しか喫茶巡りができないという残念なことになりましたが、それもまた旅の現実です。これからはこうしたことが多くなると慣れておかねばならないのでしょう。






Last updated  2018/06/10 08:30:04 AM
コメント(0) | コメントを書く
2018/06/01
カテゴリ:カテゴリ未分類
 三ノ輪界隈は、古い名酒場が次々と店を畳んでしまったため、しばらく足が遠のいてしまいました。と書いてみたけれど何だかんだで時折フラリと訪れるのは、この界隈にはまだ未知の酒場が潜んでいるのではなかろうかという淡い期待があるからなのです。実際に蕎麦屋を酒場の仲間に加えてみると気になる店が少なからず点在しているのであって、結局未だにちょくちょく出向いているのでした。でも今回は、少しばかり趣きを異にしているのであります。っていうか端的にはビストロに行くことになっているのでした。評判高いお店があるらしいから案外楽しみだと正直に語ってしまう俗っぽさがぼくの根底を成しているらしいからカッコ付けてみても仕方がないのです。待合せの時間まではまだ随分とあるから上野から歩く事にしました。そう遠くないのだけれど、素直に歩くと単調な道程になるから思ったより疲れてしまいました。良くゆっくり歩いてみる事は思ってもいない遭遇に結び付くと説いているのに、どうやら急いで歩き過ぎたようです。お陰で待合せというか予約の時間までまだタップリとあります。でもこれから美味しいであろうお食事が控えているのにウッカリと呑みに行っては、せっかくの料理も色褪せて感じられるかもしれぬ。なんてことを書いている暇はないのであった。近頃、少しばかり忙しくて記事のストックが激減しているのだった。
 


 という訳であるけれど、当の日は時間を持て余していたので「COFFEE SHOP 杉」でしばしの時間調整です。この目と鼻の先にかつては「遠太」があったのだけれど、今はマンションにその場を譲り渡してしまったようです。そちらに目が眩んでこのありふれただけれど感じ良いい喫茶のことは見逃していました。最近になって普通の喫茶店の良さがようやく分かり始めたようです。
 


















 さて、時間になってやって来たのは「ビストロ ルミエル(Bistoro LUMIERE)」でありました。余りにも瀟洒というか可憐な雰囲気のお洒落なお店だったので、思わず尻込みしてしまいました。とてもではないがおっさんだけで入れる店ではないけれど、一人は女性なので問題なし。日本のビストロはまだ多くの場合に男性が一人でふらっと立ち寄れるものとはなっていないようです。何だかんだとまだ文化面では後進国的な側面が少なくないようです。オタール・イオセリアーニという映画作家が大好きなのですが、その人のとある映画でドジで失敗ばかりやらかす黒人男性が昼時には一人でビストロのテラス席を陣取り、優雅に食事するという微笑ましいシーンがあってあゝ、ぼくもこんな風に心の底から楽しんで食事できれば幸せだろうなあと思うのだけれど、後進国の構成員に過ぎぬぼくにはまだ無理なようです。さて、ようやくここからが本題となるはずなのですが、実はそんなに前の事ではないというのにほとんど印象がないのであります。いやいや、別に料理が酷いとかそんな事はなかったと思うのだけれど、世評程の満足には事欠くように感じたし、何より印象に残ったのがポーションが寂しいという事なのです。ビストロで食事してそこそこ呑んだらもはや胃の容量は限度に達するというのが近年のぼくの体たらくなのですが、この後他所に呑みに行ったという一事からもそれはご理解頂けるはずです。同伴の女性もそう語っていたからきっとそうに違いないはずです。なるほど、それを知っていたからだろうか、女性グループは品数の多いコースを選んでいたようです。いや、もしかすると単に量の問題というよりは味が淡白なので物足りなく思ったのかもしれない。ともあれ、もう少し高齢の方たちには丁度よいのだろうなと思うと再訪はかなり先のことになるかもしれません。そうそう写真を見て思い出したけれど、アミューズはトリュフ風味の小龍包だったなあ。そんなに感心はしなかったですけどね。






Last updated  2018/06/01 08:30:05 AM
コメント(0) | コメントを書く
このブログでよく読まれている記事

全18件 (18件中 1-10件目)

1 2 >


Copyright (c) 1997-2020 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.