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夜が待ち遠しい

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江戸川区

2019/09/17
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カテゴリ:江戸川区
 ぼくは葛西に対してずっと偏見を抱いていたようです。ヤンキーが町を我が物顔に跋扈するおぢさん族には危険なばかりで過ごしにくい嫌な町だと漠然とした印象を抱いていたのです。無論、これまでにも葛西を訪れたことは何度もあったのだけれど、その偏見に毒された印象を覆す事はなかったのです。それがこの数カ月で繰り返し訪問することで、かり気持ちは変化を遂げたのです。イメージしていたヤンキー天国という図式に遭遇することは幸いにもなかった事も印象を新たにすることに大いに寄与したはずです。むしろヤンキー世代からは大いに年上のやさぐれジジイたちがとても多く見受けられるのです。ある意味ではそういうやさぐれた態度が心底まで身に付いたジジイたちというのはまだまだ幼くあどけないところもあるヤンキーなんぞより余程質が悪かったりするものです。そんなやさぐれじじい達の暗躍する町、葛西はぼくにとってほほえましくも愛すべき町なのです。









 やさぐれた町、葛西には、だから当然の如くにやさぐれた酒場があります。やさぐれたなどという人に対して用いられる形容詞は用法として過ちではないかなどと言う事なかれ。やさぐれたオヤジ達が屯する酒場というのはその実、そんなオヤジたちを誘い込むよう入念に設計されているはずなのです。でなければこうも分かりやすくオヤジたちばかりが呑んでいたりしないはずだし、我々オヤジ予備軍―往生際の悪いことに自分を蚊帳の外に締め出そうとしている―もまんまと「居酒屋 鯨波」に吸込まれる事になるのだ。さて、この夜も同い年の友人を伴っていたのです。そういえばぼくには同い年の友人ってほとんどいない、いやこの彼位ではなかろうか。学生自分から親しくしたのは例外なく年長者ばかりでした。そう端的には若い頃からぼくはオヤジという種族が好きで好きで仕方がなかったのです。それはともかく、この友人は店を出てからある発言をするから、あえて登場してもらったのです。さて、それにしても勇ましい店名であるから、どんな強面オヤジが待ち構えているかと思いきや、カウンターの中にいたのは取り立てて変わったところのない普通の女将さんなのでした。性格はどうやらちょっとせっかちでおっちょこちょいであるのような風貌に感じられました。カウンター席には独り、こちらは結構な怖顔オヤジがおりまして、ムッツリとしかめ面で呑んでおられる。これよこれ、これが葛西の酒場だよとこんな事で嬉しくなるなんて失礼かつ安っぽい予備軍なのであります。品書は20品もなかったかしら。極めて限られた選択肢には、これといった決め手となるような品がないのです。無難な品ばかりが並ぶけれど、無難なものばかりというのはなかなかに選択が難しいものです。その中でも無難なものとちょっとだけ変わり種を選びます。春巻と豆腐ステーキです。冷凍庫を開く音を聞いたから春巻は安全そうではあるけれど、価格に見合う価値を見出だせるか甚だ疑問です。取り出した鉄板に並々と白身がかった醤油ダレを注ぎ入れ盛大にコンロに着火すると、あっという間に煮立ったタレに豆腐をかなり大雑把に放り込んだのであります。白身は恐らく片栗粉であり、ぼくの作る料理にはこんなに大量の粉を用いることはあり得ないから不安は増すばかりです。しかしですよ、これが何れも思いがけずも美味しいのです。美味しくなるはずのなさそうなものが旨みに結実するとは女将さんはかなりのイリュージョン使いのようです。店を出ると友人はボソリと呟いたのはまさにぼくが感じたのと同じ事だったのです。最初はビクビクだったけど、想定外の驚きがあったねえと総括していました。






Last updated  2019/09/17 08:30:06 AM
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2019/09/10
カテゴリ:江戸川区
 近頃、どうにもボーッとしてしまってイカンのです。ボーッとしてイカンではなんの事やらさっぱり分からないでしょうし、それでも事情が分からないなりにはそりゃボーッとしていちゃよろしくないという程度には分かるというものです。もともとぼくはいつも半ば夢うつつという具合な生態であるからして、殊更にこんな事を言い出すにはそれなりの蓋然性があるのです。そんなボンヤリ症候群気味なぼくでも、呑みの準備に関しては万端怠らぬつもりでいたのです。行きの乗継、帰りの乗継は当然の事に、駅から目指す酒場までの経路も大概頭に叩き込んで置くものです。まあ、最初の店は手堅く行くけれど大概の場合、2軒目からは無策で通そうとするから殆どの場合は当初念頭に置いていた予定を裏切ってしまうのであるけれど、とにかく呑み出す前からボーッとなっていることはそう多くはないのであります。この夜は近頃ちょくちょく足を伸ばしている葛西に向かったのであります。この場合行き先が必ずしも葛西でなくとも話の妨げになりはしないのであるけれど、ともかくこの夜は葛西に降り立ったのであります。さっきの発言が虚しくなるけれどこの夜は行き先は全く決めていなかったのである。あるのだけれど、折角運賃を支払ってまで葛西に来たのだから、少なくとも2、3軒はハシゴしたいところであります。まあ、初っ端は駅前の宿題となっていた立ち呑み屋から始める事にしたのです。とここで段落を切るつもりだったのですが、諸事情により途切れ途切れに文章を書いたので話しが前後せぬよう調整することにします。この夜の財布が千円札一枚と小銭だけだった事をここで述べて置かぬと次の段落に繋がらなくなってしまうのです。











 最初に高架下にある「立ち呑み 島ちゃん」にお邪魔しました。奥行きが浅く幅が広いといういかにも高架下のお店といった造りはちょっと楽しい。細長いカウンタースペースと小部屋風のスペースに分かれます。当然、独りならカウンターがしっくりときます。さあてと酎ハイと目の前に置かれた大皿で残りわずかとなっているナポリタンを頼みました。するとチケットお持ちですかと店の女性に尋ねられます。げげっ、何たることかこちらはチケット制だったのね。最初に千円分のチケットを購入するというシステムのようです。ぼくのように毎夜店を決めずに流離うタイプの酒呑みにとってみるとこういう仕掛けは非常に窮屈な印象を受けてしまうのです。実際、職場の行き帰りの区間内の某立ち呑み店でもチケットを購入したことがあるのだけれど、結局使いきれずにそのままになり結果なくしてしまったことがあります。だからここは使い切るしかないのであります。ってまあ千円分ならあっという間なんですけど。早速チューハイをグビリとやってナポリタンを摘まんでみる。残り全部を持ってくれたせいか量もあって旨いなあ。そもそも茹でて炒めてくったりしたナポリタンであるけれど、追い打ちをかけるようにレンチンしているから得も言われぬ触感となっているのです。しかしナポリタンはどんなコンディションであっても旨いのです。というかまずいナポリタンがあるとすればそれは市販のレトルト食品がそうである位で、適当な分量でちゃんとケチャップで味付けしてあるなら多少というかかなり出鱈目な分量であっても旨くなるのです。だからこれさえあれば酒の肴はいらぬから、サワー類を4杯でちょうど千円となるから良い塩梅であります。残金を考えるとちゃんと呑んでおくに越したことはないのです。でもナポリタンで食の勢いがついたぼくは愚かにももう一品を注文。これが何であったか写真では判断がつかぬけれど、非常にうまかった記憶はあります。しかもこれもラストだったようで、またもたっぷりと盛り付けていただけたのでありました。







 きっちり千円を使い切り、財布にはもう小銭しか残ってはいませんでした。東京都メトロの東西線名物の葛西メトログルメ・ショッピングセンターに「づめかん」があることは前々から知っていましたが、なかなか訪れる機会が持てずにいたから一杯だけでも呑んでおきたい。「づめかん」なら安いから2杯はいけるかな。とセンター内に潜入、すると「せんべろ立呑み 酔いどれ」がありました。へえ、こんな店もあったのかと一応値段を確認し、「づめかん」並みに安いことが分かると勢い込んで店に滑り込むのでした。が、のっぺりと広い空間はなんだか所在ない心持になるのでありました。改めて財布を確認するとどうやら2杯1品でいけそうであります。ハシゴして5杯呑めてしまうのだから葛西の立ち呑み環境はなかなかに充実していると言えるのではなかろうか。都心部の立ち呑みはどこか落ち着かない感じがするし、郊外の町だとそもそも立ち呑み屋がなかったりもするのであって、この都心と郊外の中間地帯であるこの立地の絶妙な場所に葛西は位置しているということかもしれません。自宅まではSUICAもあるし、安心なのですが、それでもやはりほぼ空っぽになった財布のみではどうにも心許ないのは致し方ないのであります。






Last updated  2019/09/10 08:30:06 AM
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2019/08/16
カテゴリ:江戸川区
 近頃、小岩はすっかりご無沙汰してしまっていたなあと嘆息してしまうけれど、それを言い出したらどこだって御無沙汰だからいちいち嘆いてみても意味のないことです。小岩の町を敬遠したのにこれといった理由はなくていつものように飽きてきたと述べておけば済むのでそうすることにします。ともあれ、久々に小岩を訪れたのは自ら率先してということではなくて、職場の同僚に連れられてというのは我ながら不甲斐ないことです。向かったのは小岩駅と京成小岩駅の中間ではあるけれど、そのいずれからもちょっと歩いた場所にある住宅街のただなかの一軒なのです。













 グルメな方であればもうお分かりだろうと思うのですが、この夜訪れたのは、「四川家庭料理  珍々」なのでありました。何ら変哲のない店構えで照明なんかの形状からすると家庭的な雰囲気の喫茶店を射抜きしたような感じで、酒場ムードがあるとは決して言えません。店内に入ると親切なお兄さんが出迎えてくれて、調理担当の女将さんは料理の準備にてんてこ舞いの状況でありまして、正直キツめの方という印象を受けます。われわれの席には火鍋が準備されていて、太刀魚やキノコ類がすでに並んでいます。この夜集合した4人―ぼくは一人欠員が生じたので、急遽招集が掛かったのです―は、みなそろって辛い物が大好きという人たちで、無論ぼくも辛いものには目がないほうだから愉しみではあるのですよ、だけれども週の真ん中に激辛料理を食するというのはやはりちょっとばかり勇気のいることではなかろうか。ともあれ全員集合したのちに鍋が届き、点火されて湯気が立った瞬間にわれわれのそうだけれど、もう鼻がむずむずしだして周囲の客たちも一斉にくしゃみを炸裂させるのであります。これが口に含むとさほど強烈な刺激はないのだけれど、香りは慣れるまではなかなかきっついものがあります。汗かきのぼくとしては口腔内の痛みよりも汗みどろのみっともなさの方に心配していたけれど、幸いにも汗も垂れ流すというほどには噴出さずに済んだのでした。でも特別高級な食材を用いるわけでもないのに、非常に旨いのだ。汁の旨味なんでしょうね。これはぜひとも自宅で再現してみたくなります。舞茸はもちろん、意外なおいしさを確認できたのがブロッコリーでありまして、こんなヘルシーにブロッコリーをいただけるのを知ったらぜひともこの辛汁を再現してみたいと思うのです。それにしても、こんなに激しく刺激的な香りを発するお店が近隣にあるというのはどういうものだろう。加えて余談ではあるけれど、当日はなんともなかったのだけれど、翌日は相当に酷い目をみたので、自宅でやる場合は物足りぬなどと言わずに手加減が必要と考えます。






Last updated  2019/08/16 08:30:07 AM
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2019/04/30
カテゴリ:江戸川区
 葛西の酒場を攻略するには、駅を中心に旋回するように歩き回ってみてもどうやら埒が明かぬことがようやく分かってきました。葛西で呑むということは思い切って酒場や呑み屋街が駅前に密集するものという先入観を払拭してから臨むのが正解への近道であるようです。正解とはなんぞやという質問に答える用意はないので聞いてはくださるな。この正解は分かる人には分かるという類いの正解でしかないのであって、仮にこのブログを何度かお読み下さっている方にはきっと大方の見当は付くはずのものであります。この夜、向かう酒場は葛西の魅力に気付かせてくれた―しかし当の住人でもある本人はそれに気付かずにいるのであって―職場の友人の奥さんがお気に入りというお店でありまして、あまり期待もせずに向かう事にしたのでした。友人がこの通り沿いにあるのだというこの通りはとうやら清砂大橋通りというようですが、歩行者の散歩の快楽を予め奪うかのようなぶっきらぼうに伸びた大きな事だけが取り柄のような、つまりは酒場とは一見して無縁に思える道なのでした。都心方面に走る自動車の車窓からはやがて駅に近い側の歩道の先にちょっと古びた感じのお店が見えますがあれは違うみたいです。でも程なくここだと示してくれたのは確かに外観からして唆る酒場がありました。









 ぼくは知人に近くにいい酒場がないか尋ねる場合、端的に近くにボロい酒場はないかという聞き方をします。ボロい酒場と尋ねてお邪魔することにしましたと当の酒場の主人にお答えする訳にはいかぬけれど、そうして入手した情報を頼りに訪れてみるとそこがちっともボロくないという事が殆どなのであります。どうもボロいという単語は今では古びたといった程度の意味しか持ち合わさなくなったように思われます。質問の際にあえて汚い店を知らぬかと尋ねると古い店というよりは肴の旨くない店だったりとどうもスンナリと求めた答えを得られる事が少ないのだ。googleなんぞでボロい店をキーワードにしても引っ掛かるのは数が知れているのだから、これはぼくの言葉の使い方な方に疑いを向けるべきなのかも知れない。ともあれ「もつやき 都路」は、外観以上に実用至上で少しも装飾性へと関心を向けぬらしいその徹底したハードボイルドな佇まいをこそ、ぼくは求めているのだからその的確な表現を発見もしくは発明しさえすればぼくの理想とする酒場に日参することも夢ではなかろうと思うのです。さて、こちらのハードボイルドムードは店の佇まいのみがもたらすわけではないようで、常連の顔触れがなかなかに濃い面子が揃っていて、直視する気概はそもそもぼくになんぞないわけで、背中越しにその伏字だらけになりそうな会話を聞くのみなのであります。しかし男は背中で語るものの名言もあるように確かに背中の筋肉の揺れや角度が饒舌に感情を表現する場合があるからその辺は周到に回避すべきなのです。さて、手早く仕上げられるもつ焼は十分な合格点、セロリも150円とかのサービス商品で嬉しいのでありますが、酒の値段がややお高めなのは惜しいところです。店の夫婦もこうしたいくらか緊張感が漂う店を長年やってきただけあり無言の圧がなかなかのものです。それにしても友人の奥さんがここで呑む時はどんな状況なのだ。もしかすると主婦連中が集まり、強面のこの夜の面子もたじろぐほどのかしましいことになっているのかもしれません。









 通りの向こう側の「居酒屋 くしまつ」にハシゴすることにしました。店名から察するに、こちらももつ焼のお店なのだろうか。まあ構うことはなかろうと早速入店します。先客はお一人、ご夫婦でやっておられるお店のようです。革張りの丸椅子やカウンターもカッコいいですが、燻し染められた茶の空間がうっとりさせてくれます。お通しの煮込みをつまみつつ、頼んだ肴も渋いのです。いわしのおろし煮といった品で塩味の淡泊でシンプルな味わいが抜群に美味しいのであります。次のお越しのお客さんも飛び込みのようで、注文以外の会話はほぼないとうい沈黙が心地よく感じられます。道を挟んでというだけなのに先の店とは正反対のタイプのお店であります。しかもこの場合、正反対といっても饒舌と科目というのではなく、いずれも沈黙を貫くことは一緒でも雑踏の中の静けさと静寂の中での静謐という差異がいずれもとても好ましいのでありました。






Last updated  2019/04/30 08:30:07 AM
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2019/04/17
カテゴリ:江戸川区
 先般、葛西住民である仕事関係の知人に松戸から車で葛西に送ってもらったことがありました。その頃はまだ日が短くてどこをどう通っているかなど気にはしつつも普段車で移動することの少ないぼくには、まったく識別もできなかったのであります。途中、国府台駅なんかを通過したと思うのですがはっきりしません。しかし、もうすぐ葛西駅という田舎道のような通りを走り抜ける際に、あれは一体何なのだというすごい物件が視界を過るのを確かに目にしたのであります。帰宅後すぐに調べておけば良かったのですが、横着してしばらく放ったままになっていました。先日、ようやく思い立って調べてみるとこれがストリートビューで眺めるだけでももういてもたってもいられないほどの無敵な物件に見えるのでした。またも知人の車に同乗させてもらい、江戸川から旧江戸川の河川敷なんかを通過しながら改めてその景色を眺めてみると、小岩駅から篠崎駅に向かう路線バスに乗車した際に通っていたことに思い至るのでした。その裏手の通りにこんなに素敵な酒場が潜んでいるなんてやはり、たまにドライブにお付き合いさせてもらうのは意味のあることだなあと日頃の車嫌いを反省するのであります。















 これまでどうして「かづさや」の存在を知らずにおられたのか。実は有名な酒場なのにぼくが知らなかっただけなのか、それともここの事は皆で秘密にしようという不文律でも敷かれているのだろうか。しかしこんな凄い酒場に遭遇してダンマリを決め込めるほどにぼくは人間が出来てはいないのだ。だからここを自分達のためだけの店なのだと思いたい常連の皆さんには悪いけれど大いに語らせて頂きたい。そもそも酒場を始めとしたお店というのは余程に高邁な紹介制とか会員制といった閉ざされた店はともかくとして、絶対的に開かれて然るべきものなのであります。などとお題目を唱えていても仕方のないこと。まずはこの外観の孤高たる存在感に打たれずにはおられぬのです。この簡易的な小屋が造られてから一体どれ程の歳月が流れ、その間何度となく崩落の危機を乗り越えて来たのでなかろうか。よくぞこれまで無事でいられたと感動しないでは居られないのです。店内もほぼ開店当時の内装を留めているようで感動的であるのですが、そこに突出しない程度に最近置かれたと思われるキャラクターグッズなどが並んでいるのも微笑ましいのです。これを並べたのは近所の常連だろうか、はたまたそのマイペース振りとユーモラスな喋りで目を離せず耳を傾けざるを得なくなること必死の女将さんの仕業であろうか。木場の名酒場の女将もそうだったがとにかく一人芝居がとんでもなく愉快でありまして、木場がとこか悲哀を孕んでいたとすれば、葛西の方はどこまでも明朗なのです。その代わりということでもなかろうけれど、旦那さんの方は客の存在などないもののように徹底して沈黙を貫くのです。この徹頭徹尾に正反対だからこそこの夫婦上手くやってきたのだろうと夫婦関係の秘訣を目の当たりにしたような気になるのです。もつ焼は先客がゆうに50本は持ち帰ったことからも分かるように相当なものだし、漬物などは酒の肴としてこれさえあればと思うくらいなのです。凡庸な感想になるけれど、これ程の酒場がまだ都内にある事を知ってしまったからには、まだまだぼくも呑み歩きを辞めるわけにいかぬだろうなあ。






Last updated  2019/04/17 08:30:08 AM
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2019/03/13
カテゴリ:江戸川区
 先日、葛西のもつ焼屋の報告をしたばかりだけど、また行ってきました。葛西の酒場の一軒が酒場放浪記て放映されたからです。何だかんだ悪く書いているのにいつも流されているじゃないかと言われれば返す言葉もないのでそれについてコメントするのは止すことにします。とにかく葛西の知人に車で送ってもらえる境遇を積極的に活用するのは、いかにもぼくらしい振る舞いと言えましょう。ところでタイトルにまた呑みたいと書いたこと、これはこれから向かおうとしているテレビ放映された一軒に向けて発せられたものでは断じてないことだけはお断りしておきます。これは未来に向けて今まさにこれを書いている時点における感情というか願望の吐露でありまして、この時には知り得ていなかったとあるとんでもなく魅力に溢れた酒場にすぐ様にお邪魔したいということを述べているのであります。実のところは今回の2軒よりそちらへの憧憬を綴っていた方がよほど有意義な気もするのだけれど、そこには近日中に参上するつもりなので、今は我慢して置くことにします。









 さて、駅から5分程、商店も途絶えて住宅街へと移り変わろうとする境界上に「信濃路」はありました。それなりの交通利用のある道路に面しており風情に欠けることは否めぬのです。立派な和食店風の構えはまずまずの格式を漂わせており、風雅であるとも言えなくはないけれどもう少しというかもっともっと枯れた感じを好むぼくとしては、些か面白味に欠けます。店内は想像に反しカウンター席がベースになっていて、小上りこそあれテーブル席がないのは、ぼくのイメージする酒場に通じているところがあり、これでいくらか気分は盛り上がるのだから、単純なものです。酒場マニアは少なくないだろうし、徐々に数も増していると思われるけれど、それでも酒場利用者の大多数はグループ客であろうから、相席より独立した卓席を好むと思われる。だとすれば外観ではオオバコ風なこの店が案外コンパクトな造りになっているからこそのカウンター席なのだと思うと合点がいくのです。うん、何だかよく分からん文章になってきた。ともあれ、葛西の住民は車を置いて伴って店に入り腰を下ろしたのです。カウンター内側の板場は親子なのか寡黙なオヤジと息子らしき方で切り回しているのだけれど、回すほどの客は入っておらぬのです。ここで唐突に結論に移行するのもどうかと思うのだけれど、肴は悪くないけれど値段相応、信濃路という店名だからとどうこう言うつもりもないけれどもう少し郷土色を前面にしてもいいのではないか。へぎそばは登録商標だから用いる事ができぬらしいけれど、露骨にさらされる乾麺の袋にはへぎそばとあります。ここでへぎそばは、越後ではないかと突っ込む事なかれ。これなら自宅で乾麺茹でれば済むことであると突っ込む方が建設的です。食い物のことはともかくとして、ここで最も印象に深かったのは、若主人のキャラクターなのです。最初は警戒感を露わにして、緊張感を隠そうともせずわれわれの様子を窺っていたけれどそのうち堰を切ったかのような勢いで猛烈にお喋りを開始するのです。いやもうこちらが付かれる位のマシンガントークに第一印象とのギャップのあって少々草臥れさせられるのです。ここでは常連の方が黙って呑むのが好みだとか知ってもらっているだろうから、落ち着いて呑めるのでしょう。一見客は若主人の止まることを知らぬ長舌から上手に身を引く工夫が求められそうです。









 すぐそばに「山長」という味わい深い雰囲気の中華飯店がありました。古くから栄えた町では本当に老朽化したお店はどんどんその数を減らしていますが、新興の土地や再開発から一定の時期を経て、寂れつつある町こそこうした古いお店が現存するようです。立て替えするにも後継ぎが期待できなくなったからには、自分(たち)がやれる限り店を続けて、どうにも体力の限界を悟った時点で店を閉じるという、そんな切ないけれどどうにもならぬ世代の過渡期に差し掛かる町は少なくありません。ここもそんなお店なのでしょうか。でも店の方のお一人は確かにそれなりに高齢ではあるけれど、もうひと方はまだまだ現役というご様子。ならばこの店は安泰かと思うと、必ずしもそうならぬことが多いからやはり目にしたら極力立ち寄っておくにこしたことはないのです。もう結構な量を呑んで食べていたので、ここでは餃子のみいただくことにしました。特に旨いとかそういう品ではなかったけれど、それでいいのです。餃子は当たり外れのブレが比較的少ない安定度の高い食品だと思います。中華料理を出すお店はこれがあるからありがたい。余りに肉肉しいのはともかく、案外満腹でも食べられるのが良いところです。お新香のみで呑むのは抵抗あるけれど、餃子のみでビール一本は辛うじて許される所業と思っています。蕎麦屋で板ワサとお銚子一本で勘定するというのはかなりの熟練の振る舞いです。やはり中華飯店でも大衆中華でも町中華でもなんだって呼び名は変わらぬけれど、こうした店には息長く頑張って頂けるよう微力ながら応援したいのです。






Last updated  2019/03/13 08:30:07 AM
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2019/02/23
カテゴリ:江戸川区

 葛西とはとんと縁が浅いままにこれまで過ごしてきました。正確には東京メトロの東西線沿線には滅多な事で近寄ろうとしなかったのでした。いやまあ実際のところは大概の駅で下車してはいると思うし、駅周辺を散策してもいるのです。しかし、このところ船橋方面に出向く機会が増えたのでこの際だからと下調べしてみると、東西線沿線はなかなか面白そうな酒場が点在していることが判明しだしたのです。そう、喫茶店巡りの一環でこの界隈を歩いてはいるけれど、夜の酒場巡りの対象として認知していなかったのです。自宅からそう遠くはないけれど、平日にホイホイと足を運ぶには少しばかり遠く思えたのです。うわっ、どうでもいい事を書いているなあ。何を言いたいかというと東京メトロの東西線は東京ならざる千葉の西船橋まで通っているし、一日乗車券を駆使すれば休日のお遊びに丁度いい塩梅だから今年の前半は遊び倒す事にしようと思うに至ったのであり、この場でその意思を表明することで少し責任を追うことで自らの行動力を鼓舞しようなんていう姑息な魂胆を孕んでいるのであります。










 などと長々書きましたが、今回訪れた葛西は職場の知人がここに住んでいてしかも自動車通勤をしているのだから、労せずとも送り届けて貰えるのでありました。ならばこれまでどうして送ってもらわなかったのかは大した理由もないから語らぬことにしますが、そんな先日酒場放浪記に葛西の酒場が登場したことがキッカケなのだから、件の番組にはこの点においては感謝せねばならぬかもしれません。お陰でそこに至る道中に「新鳥番」を見つけるに至ったのですから。駅からは少々距離があるけれど、途中で降車をせがめばいい事だから帰りさえ多少の面倒を持さねばさしたる苦はありません。車中から眺めただけでもくだけた雰囲気の地元に根付いた酒場であることが感じ取れました。気になるのが暖簾というのとは違うなあ、垂れ幕に新という文字を認めたことです。恐らくは先代が跡継ぎの不在で一旦は店を閉めたけれど、息子が後を継ぐとかいうことになり、ついでに改装などして再開したというんじゃないだろうか。いかにもありそうなことだけれどその真偽は未確認であります。そうしたエピソードは当事者にとっては特別な出来事に違いないけれど、部外者には案外退屈で凡庸なものなのです。しかしというかやはりなのか、店には部外者はほとんど認められず初老のご夫婦などの男女カップルが目に止まります。が独り客で黙ってはいてもその場にしっくりハマっているのでぼくのような一見ではないことが明らかです。皆さん、和気あいあいとしたムードを放っていて、ぼくだけは孤独です。孤独だからって悲壮な表情を浮かべるのはご法度です。薄っすらと笑みを浮かべて人々を眺めるともなしに眺めているといった程度の素振りを見せるのが良い加減に思えます。とまあ、これはぼくの想定した振る舞い方なのでありますが、ぼくの笑顔というのはニコニコのつもりでいるけれど、人にはどうもニヤニヤと受け取られる事が少なくないから思うようにはいかぬのです。さて、こちらの名物はやきとんでありまして、かなり強気のお値段設定です。その所以はサイズの大きさに求める事も可能なのですが、それにしたって少しばかり強気が過ぎる気がします。失礼な言いようではありますが味が良いのは正直言うと驚きでした。ここは安くはないけれどちゃんと納得し得る商品を出してくれるのです。だからなのかなあ、年長の方が目立つのは。と言っても彼らの食がぼくよりさらに落ちるという事を意味していません。何せ彼らは健啖かつ裕福だったりするものなのです。おっとそんなことを考えたらわざわざ作った笑顔が引きつってしまう。酒場で他人の財布の中身を気にするのはいかにも下劣だと肝に銘じねばなるまい。







Last updated  2019/02/23 08:30:07 AM
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2018/09/05
カテゴリ:江戸川区
平井っていう町には、ぼくのまだ知らぬ酒場が少なからず残されていると思うのです。だから思い出しては、足を運んだりもするのだけれど、どうも思ったような酒場に出会えぬのです。それは実際にここぞという店が存在せぬからかもしれぬし、探し方がよその町とは勝手が違うのかもしれぬのでありますが、それにも関わらず懲りず足を向けさせるような、そう気配が感じられるのです。そんな曖昧な根拠で町を流離うだけの時間が自分に残されているかは測りしれぬけれど、まだ当面の猶予はあるだろうと考えています。というか、人生なんてものは今日はなんとか乗り切れるという思いがなければとてもやり切れるものではなかろうと思うのです。今日をなんとか凌ぎ切ったご褒美がぼくの場合は酒場巡りだったりするのです。喫茶巡りは、もう少し長い期間を乗り越えた後の贅沢であるようです。ともかくそんな貴重な時間を余り不毛に費やすのはいかにも効率が悪いから、しからば町歩きのスタイルに捻りを加えるなりの具体的な策を講ずるのが賢いやり方というものだけれどもそれがなかなかに困難な事であることは、すでに経験的に知っているのであります。いやいや、そもそも平井にはかねてから気掛かりとして放置していた酒場があったのです。ならば悩む事なくそこへ直行すれば良いのではないか。













 そう簡単に気持ちを固める事を拒む雰囲気がその酒場にはあります。いや、外観はご覧の通りに愉快なうさぎたちが描かれていて、中でも放屁するうさぎなどそのとぼけた表情につい頬が緩んでしまうのであります。店名は「酒処 のびうさぎ」といい、のびうさぎとはいかなる種類のうさぎなのだという疑問とともに、好奇心に突き動かされはするのです。ならば迷う事はないではないか、そうしたご意見は拝聴に値するけれど、しかし、しかしですね、その壁絵のうさぎ以外に取り柄がないとしたら、そしてそのうさぎにすら何ら意味がないとしたらやるせないではないかとつい尻込みさせられるのです。でも少し職場を出遅れてしまうというただそれだけを理由に突入する踏ん切りが付いたのだから、それなら今後は迷う時間を節約するためにも遅く職場を出れば良いという考えが脳裏を過るけれど、まあそうはしないのです。店内には主人一人だけです。外観からはテーブル席もあるようなそこそこのキャパのお店という印象を抱いていたのですが、カウンターだけの狭いお店でありました。あの愉快なうさぎを描くような方だから剽軽なオヤジかと思いきやどうも表情は沈みがちであります。その理由は、酒と肴の出揃った頃に徐々に明らかになります。開店から14年、店名の所以は昔うさぎを飼っていたからという理由だそうな、屁をするうさぎについて尋ねるとふふふと笑って流されました。一回りお若い奥さんが体調を崩されていたけれど間もなく退院されるそうな、それが憂鬱の原因だったみたいです。ずっと奥さんに頼りっきりだったから助かるよとこの段になって心底嬉しそうな表情を見せておられました。ということで、ようやく笑顔を取り戻したオヤジさんはとてもお喋りで店の壁と変わらぬムードとなったのは喜ばしいことです。酒も肴も店名の変わりっぷりに比較するとこれ以上ない位にオーソドックスであるけれど、酒場なんてこれで十分なのであります。









 先の酒場の脇の路地を進むと数軒の酒場が軒を連ねていて、その行きそびれていた「居酒屋 ふるさと」にお邪魔しました。それにしてもこれまで来る機会を逸していたことが不思議な位にぼく好みの酒場であります。ってまだ入ってもいないのに決めつけるのは早いかもしれません。店内の造りはいたって普通でありますが、経年の年季の重さがひしひし感じられるお店です。先客は1名、酎ハイ用の炭酸瓶が夥しいほどに並べられています。酎ハイを頼むと別瓶なのに黙っていてもドドドと中身を主人が注いでしまいますが、この瓶の数をカウントして勘定にするのがここの流儀であるから文句は言うまい。焼酎の量も多めだからケチ臭いことを言わず店の流儀に従うのがよろしいようです。しかも酎ハイは200円と安価なのだからこれで文句を言っては申し訳が立たぬのです。お通しのお浸しが出されました。量がたっぷりあるからこれ以上の肴は不要であります。それにしてもこれぞハードボイルドな酒場と呼ぶべきお店でしょう。余り愛想の良くない主人なのもいいなあ。ぼくなどはそれはそれで一向に構わぬけれど、先客は仕切りと主人に語り掛ける。主人は面倒そうに応じていたけれどやがて聞き流すようになる。それでも一向に気に掛ける風もなく語り続ける先客も負けてはいない。そんなやり取りを眺めるともなしに見ているだけでとても愉快になれるのだから、なんとも安上がりな店と客なのであります。






Last updated  2018/09/05 08:30:13 AM
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2018/06/14
カテゴリ:江戸川区
 普段なら日曜日に喫茶店、月曜日には喫茶店巡りの後の酒場巡りというパターンでやってきたけれど、今回は喫茶店に見放されてしまったせいもあってそれだと酒場のみ余ってしまうので、例外的に一挙に放出してしまうことにしました。なんと言ってもこれから報告するのは昨日に引き続き、いつものハシゴ酒報告と何ら差別化するまでもない至って通常操業のハシゴでしかないのだから、ことさらに断りもせずに近頃は面倒なので滅多にやらないけれど小岩のウンチクを語ってみせたり、私的な思い出話で導入してみせればそれで済みそうなものであります。だけれど折角に京成バスの一日乗車ができて、それを使えばこの程度は遊べる事を知ってもらえると思えば一連の記事として残しておきたいと思った次第なのです。
 
 でも結局は小岩駅に引き返したからそれこそ日頃やってるハシゴそのものなのだけど、間もなく小岩から転居するS氏に未練を残しそうな酒場があると聞くと行ってみたくもなったのであります。まあ、小岩から越すと言ってもそれがお隣の新小岩というといささか拍子抜けの感は否めないのでした。やって来たのは駅からほど近い路地なのであります。そこには二軒の甲乙つけがたい味のある酒場がありました。外観だけならどちらだって良いし、結論はS氏に託することにしました。ここで若干の違和感を看守された方はなきに鋭くていらっしゃる。過ちを犯したくないぼくS―酒間ですね―と決められぬ男S氏は、しばし結論を出したのはあんたであろうという痕跡を相手に押し付けようと策略を巡らせていたのである。きっとそうなのだ。大体が珍しくもここに私を誘ったのはアンタであろうと決断を迫るのであるけれどどうにも煮え切らぬ態度を崩そうともせぬ。そしてやはり決断を下すのはぼくになるのだった。
 








 穏便に「居酒屋 みよちゃん」にして、まあ間違いではなかったのです。客層は駅前の歓楽街の酒場らしく少なからず訳ありオーラを放つオールドカップルでありますが、主人は至って実直な職人肌のお方でありました。かなり高齢の恰幅の良い女将が待ち受けている事を想定していたから、すぐさまに己の思い込みを訂正します。余りにも想像力を働かせ過ぎて、予想通り過ぎて拍子抜けするのは残念だけれど、見事なまでに予想を裏切られるというのは悪いときも多いけれどたまに良いこともあるのです。こちらで特筆すべきは有り触れた食材に対する丁寧な調理にありそうです。単なる文化サバが丁寧に焼くだけでこんなに美味しくなるのか。鮭のハラスだって単に焼いただけなんだけどね、丁寧に調理するとこうも上等になるかと感心しました。訳ありカップルの女の方がサンマを食べたいとメニューにない品をおねだりしてみても無論冷凍なのだけれど、ちゃんと用意があるというのも大変結構です。酒場は見かけではないし、場合によっては客層だけでも判断できぬものだとひとつまた勉強になりました。
 








 でもやっぱりお隣にも入る事になるのはハナっから分かっていた気がします。「居酒屋 甚内」は、お隣よりずっと年季を感じさせる店舗だからやはり無視するわけにはいかぬのです。ならば何故すぐさまに店に入らなんだのか。既にお気付きだと思いますが、店内からはカラオケの大絶叫、しかもオッサンのものが立て続けに炸裂していたからなのです。ぼくは以前も書きましたがカラオケにそれなりの理解と耐性を持ち合わせているけれど、やはりそれを聞かされるのはそれなりに酔ってからにしたいのです。店内は窮屈なくらいに狭くてお客さんでビッシリです。手頃な料金で他人様に己の声を聞かせることができるのだから、目立ちたがりのオヤジにはこれ以上ない酒場なのでしょう。一度勘定を済ませた後にしばらくしてまた訪れるという小岩スタイルも見られました。客たちは我々に仕切りに歌うよう促しますが、この夜のぼくは少しばかり頑なに固辞しました。最近の若い人は余り歌わないんだよねえ、の溜め息混じりのお決まりの台詞にもう若くないんだけどねの返答さえ面倒です。この雰囲気を味わうだけでぼくはもう満足なのです。オヤジさんは寡黙で、実は大した料理人ではないかとお通しのマグロぶつの山かけだけで判断するのは早計にすぎるか。そしてこの方だけは素人はだしの美声を響かせたぽっちゃり従業員さんは黙々と呑むわれわれにもとても親切で、なるほどオヤジたちがたむろするのも納得なのでした。






Last updated  2018/06/14 08:30:05 AM
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2018/06/13
カテゴリ:江戸川区
 八潮駅界隈の散策をあっさりと諦めたわれわれは、なんとかいう操車場で呑むことも考えたのだけれど、開店まではまだかり時間を潰さねならないみたいだし、かといってどこかで時間を潰すような場所もありはせぬのだ。なのでひとまずは金町駅に引き返してみることにしたのです。そして特に考えもなく小岩方面のバスに乗り継いでしまったのです。京成バスは常磐線沿線は極めてしょっぱい扱いなので、とにかくジグザグと乗り継いで行く位しかなく、何かしらの妙手が潜んでいなくもなさそうではあるけれど、何せリサーチする暇もないし、暑さと落胆でなかなか思索に耽る余裕もなかったのでした。そうか、だったらせっかく京成小岩駅を通るのだからご無沙汰ぶりにあすこに行ってみようじゃないかの提案に好みの煩いS氏もすんなりと乗ってきたのでありました。
 












 うわあ、相も変わらずの涙チョチョ切れの素敵造作のままに「銚子屋」はありました。ぼくをしてどの酒場との出逢いが今のような生活に走らす契機となったかは今に至って思い起こしてみても判然とはしませんが、ここがその一軒であろう事は疑う余地はありません。これだけ凄い酒場なのにそれてもまだ見ぬ酒場への憧れが勝るのだから業の深さも分かろうというものです。実際、今後も身体を悪くするとか破産するとかいった状況に追いやられぬ限りはこの生活は継続される事になるとは思うけれど、果たしてここを上回るだけの酒場にどれだけ巡り会えるかは甚だ心許なく思うのであります。薄暗い店内ではじいさまと40代位の女性という異色のカップルが仲睦まじく酒を酌み交わしており、カウンターには干された炭酸瓶がズラリと並べられています。ご存知の通りコチラは朝から夜までのぶっ通し営業が有り難しのスタイルです。それももとは食堂が発祥と聞くと納得がいきますが、その食堂すら終日営業の店はチェーン店ばかりになりつつあります。まあこちも食堂としての機能はうな丼位しか残していないようだけれど。家族経営で今なお通し営業を続けるなんてすごい事ではあるまいか。どうも見覚えのない若い男性がいるけれど彼は息子さんだろうか。後継ぎが出来たとすれば目出度いことであります。それに安心したのかどうかは分からぬけれど、オヤジさんは新聞片手に競馬中継に見入っていて、そんな緩さが店を長持ちさせる秘訣なのかもしれません。こればかりは相変わらずのオヤジの仕事と競馬を投げやって捌いてくれたカツオの刺し身はモチモチで素晴らしいし、初めての海老フライは贅沢に4尾も盛られていて堪能したのですが、ここでやはりチューハイが主役だと満喫したのでした。
 
 おや、小岩駅の南口に向かうとおや、篠崎行きのバスが今しも発車しそうだ、ならば後先考えず飛び乗ってしまおうか。車窓から良さそうな酒場が見えたら飛び降りればいいのだ。中川―で良かったか―の土手を立派な富士塚のある浅間神社などを横目に走り過ぎ、眺めはいいけれど飲食店のない景色を辿っていくと間もなく篠崎駅という辺りに気になる酒場を目撃しました。結局そこには立ち寄らなかったのですが、そこは平井の有名酒場「松っちゃん」の系列のお店だとか。帰りに覗くと満員御礼状態でした。そのそばにこぢんまりした商店街があり入口付近の酒場が雰囲気はいいのだけれど店名で却下してしまいましたが入っておけばよかったかな。
 










 そのドンづまりにある「居酒屋 最上」に立ち寄りました。靴を脱いで上がる式のお店でカウンター5席位にあとは座敷席になっています。お通しにちいさなビールグラスでキンキンに冷えた生ビールのサービスが嬉しい。これ八丁堀の酒場にも同じサービスありましたけど、ちょっといいアイデアですね。嫌いな人には迷惑だし、しばらく後にファミリーで来られた子供たちには有り難くもなんともないのだろうけど。店先では、焼鳥のテイクアウト販売も行っていて、常連さんだけのサービスのようだけれど焼鳥片手に生ビールをいかにも美味そうに呑んでる方がいました。もう夏ですねえ。店は明るい夫婦が二人でやっていて、ちょっともたつく所もあるけれどそれも愛嬌になっています。何より肴がちゃんとしていて、なるほど次々にお客さんが来る訳だ。馴染みになって土曜の夜に家族で訪れるに最適なお店でした。






Last updated  2018/06/13 08:30:05 AM
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