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夜が待ち遠しい

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埼玉県

2020/02/24
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カテゴリ:埼玉県
 小手指にも生き残りのマーケットがあったのですね。マーケットというと基本的には八百屋だったり肉屋だったりの商店がメインの施設になり、片隅だったりに定食屋などがある程度は施設の人を顧客として営業しているというイメージが漠然とあるのですが、それは最早過去の遺物となりつつあるのかもしれません。今ではむしろ空き店舗となった所には居酒屋なんかが入り込んでいたりするのを目にする事が多くなったような気がします。それは凡庸な想像力で思い描いた絵図ではあるけれど、つまりはかつては食料品なんかは都心から電車で帰ってきた地元民が駅近でその夜の食材やら惣菜を買って帰ったのではないか。でも今は郊外型の大型スーパーなんかで食材をまとめ買いするようになって、駅前商店が廃れていったんじゃないだろうか。しかし、かつては女性が主役だったマーケットは、今や当時現役だったオヤジ世代の溜まり場となり、仕事帰りの勤め人男性の止まり木となったのではなかろうか。さすがに安直な想像に過ぎぬけれど、少なからず事実を掠め取っているのではなかろかと思うのです。この小手指の施設も街道喫茶に向かう途中、寄り道してみたのだけれど、まだ明るいそこは高齢のオヤジが徘徊していたりするのが見受けられたのです。引き返してくるとまだ日も落ちていないのに開けている店もあるから入ってみることにします。











 西武鉄道沿線の各所でお目に掛かる「もつ家」の小手指店はここにあったのですね。この立呑店の系列は、居抜きにより初期投資を低額に済ますという拡張戦略で地盤を確かなものとしてきたような印象があります。勤め人よりは既にリタイアした人を対象にして、営業時間の繰り上げとギャンブル中継という誠に直接的かつ効果的な餌を撒き、年金生活者のニーズをガッチリ掴んで放さぬのです。店内はカウンターがくねくねと店内の形状に応じて自在に配置されていて、なかなかのお楽しみとなっています。常連ともなると居場所をここと決め込んでしまうのであろうけれど、月に1、2度訪れる程度であればあちらこちらと居場所に変化をつけるのも面白いと思います。それ次第で店の印象も隣り合わせる客の顔ぶれも変化してくるだろうし、立ち位置だけで工夫ができるのです。まあ、主のような常連の位置に陣取ってしまうと面倒なことになりかねぬからその点は注意を要します。こちらのお店、立ち飲み店としてはお酒のお値段は少々お高めでありますが、肴はヴァラエティーがあってしかもお手頃だから、ちびちび呑んで、普段食べられないおかずを摘まむというやり方ができるなら、案外ヘルシーに思われて、なるほどだからオヤジ達が好むのかもしれぬと思ったりもします。





 駅南口をしばし散策し、「おでんや」なるよさそうな酒場を見つけましたが、ここは無情にもしばらくの間お休みしますの貼り紙が。店内からは女将さんらしき方の声が漏れ聞こえてくるのでいすれ再開されるものと祈念します。















 なのでまたも小手指ショッピングアーケードという名を持つマーケットに引き返してきました。もう一軒「居酒屋 よしの」なる居酒屋があったので、入ることにしました。カウンター席に小上がりのいたってオーソドックスな構えの普通の居酒屋です。女性二人でやっていて、そばの立呑みとは幾分客層が違っていて、落ち着いた雰囲気です。ご夫婦連れや女性二人などがお客でいらして、少しクラスが上位な感じです。でもこちらも肴がなかなかに立派でありまして、種類はそう多くはないけれど、ちゃんとした調理と手頃さで気分良く酔わせてもらえます。接客も丁寧なので、ぼくなどのへそまがりはちょいと物足りぬ気持になりますが、何度も通っているうちに自分の家で呑んでるような錯覚を覚えそうです。最後にここにしておいてよかったのかも。






Last updated  2020/02/24 08:30:07 AM
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2020/02/23
カテゴリ:埼玉県
所沢を訪れる機会を先延ばししていたのには、ひとつとして喫茶巡りを楽しむだけの喫茶が揃っていないという事情もありました。Google Mapなんかで調べてみてもここぞというお店は見当たらず、そもそもにおいて絶対的な数が不足しているように思われたのです。実際にはコーヒーショップなんかは数多くあったりするのだろうけれど、そこをわざわざ訪れるための安くもない交通運賃を支払うのもしゃくなのです。でも、近頃、泉麻人ではないけれど町にさり気ない風情で佇む必ずしも目には愉快というわけでもないごく普通でノーマルなスタイルの喫茶が好きになってきたから、そういう目線で改めて、Google Mapを眺めてみるとやはりけして数があるわけではないけれど、プチ観光帰りにちょいと立ち寄る程度には楽しめそうなことが判明したのでありました。



「茜屋珈琲店」は、日本各地に点在する老舗っぽいムードを前面に打ち出してチェーン店で、あまり利用したこともないし、ここの店舗は団地風物件の1階テナントにあって、独特な風情があるからお邪魔してもいいかなと思ったけれど、すぐそばにもう一軒の喫茶があったからあまり近くの店に立て続けに入るのもどうかと思いスルーしたのでした。







 結局、お邪魔したのは「カフェ グリーン」でした。外観はのっぺりとしており、看板の文字なども極めてそっけなく味気がないのです。でも近頃は喫茶店はそれでいいような気もするのです。特に繰り返し通うような店であるならば、あまりにケバケバしいのはちょっと気疲れするものでありますし、こってりした料理はたまにで十分なのです。これは無論最近遠出のできぬ己が不遇をなだめすかすための負け惜しみに過ぎぬのであって、時間と財産と自由があればいつだって旅立ちたいのはやまやまなのでありますが、実際にそんな幸福ならば喫茶を巡るなどという酔狂には至らぬのだろうなあとワンパターンの思考に陥るのです。















Last updated  2020/02/23 08:30:07 AM
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2020/02/18
カテゴリ:埼玉県
 所沢の町は、古馴染みであることは既に書きましたが、それ程に深い付き合い方はしてきませんでした。所沢で呑もうというような機会も少なからずあったわけですが、そういう時には決まって駅前通りの商店街、プロペ通りになったのです。というか、当時は今程には散策に執着がありませんでしたし、呑むと言っても店への拘りがあるとすれば精々が手頃か否かといったポイントに絞られたのです。だからかつてのぼくにはプロペ通りは所沢という町の全てだったのです。このいかにも物足りない規模の町が所沢の中心であることは今でもさして状況は変わらぬけれど、今のぼくはさすがに一口に所沢と言っても市内に町並みは点在していていることを知りはしましたが、当時は所沢駅のあるこの通りが所沢の全容と思い込んでいたし、実は地元の方は今でも案外そう思っているんじゃないか。ともあれ、そんな所沢駅前のプロペ通りでありますが、この珍妙な名はどこに由来しているかと今にして初めて疑問を抱いたのであります。疑問ではあるけれど、それを調べて解消するのは今度再訪したときに譲ることにします。今はその推測のみ書き残しておきたいのです。ズバリ、この通りは西武新宿線でお隣の駅、航空公園駅の示す当の公園に由来するんじゃなかろうか。それの当否を確認する機会はいつの事になるのだろう。













 それはそれとして、かつてプロペ通りで呑むということになると2度に1回は、ここ「百味 プロペ店」となったものです。地下1階へ下る階段は記憶にあったそれよりもずっとわびしく感じられ、歳月の経過を否応なく突きつけられるようです。いや、でも案外当時からこんな感じだったかもしれぬ気もしてきました。店内に入ると広々として収容力がありそうだけれど壁床天井が案外圧迫感があって、それが逆に賑やかさを際立てていて愉快な気分に飲み込まれるのでした。これほどまでにこの酒場は酒場らしかったのかと改めて思い知らされ、これは楽しいなあと興奮を覚えるのでした。大繁盛なので頼むおつまみのことごとくが品切れで、店の方もお忙しくて申し訳ないけれど何度となく行き来していただくことになりますが、しょうがないよねえ。特にオヤジさんはキレ気味なまでに苛立っていて、このオオバコ酒場の切り盛りはやはり相当に激務なのだなあと感じ入るのでした。しかし、われわれを含む客たちはそんな様子をも酒の肴にして大いに気分よく呑み続けるのでありました。






Last updated  2020/02/18 08:30:07 AM
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2020/02/17
カテゴリ:埼玉県
 昔々の事になるけれど、所沢には縁があって毎日のように通っていた頃がありました。当時も酒は呑んでいたし、この後、当時頻繁に出入りしていた酒場にも訪れる事になるのだけれど、今回はその前にずっと憧れていた中華飯店に訪れたいと思っておるのです。話しはまた元に戻るけれど、所沢駅にやって来たのは随分と久しぶりの事です。無論、このブログを長くご覧頂いている方であればご承知かと思いますが西武鉄道の中核的な乗換駅となっているため、沿線各地を訪れる折にはしばしば乗り換えてはいるのです。だからその駅構内がかつての田舎臭さから抜け出して、随分と垢抜けたことを知ってはいました。だから駅前もきっとスカした町並みに変貌しているのだろうなあとは予想はしていたのです。しかし、その予感は落胆とともに裏切られる事になるのでした。駅を出て町並を一瞥した限りではかつてとさほど変わったようには思えぬのです。確かにマンションなどの高い建物は増えた感じがありますが、町並みの様子は余り変わらぬように見えた。それが喜ぶべきか、元より所沢の町並みは幾分か退屈だったからです。でも古い店などが時折混じっていてまあそれなりに見る所はあったのだけれど、今の所沢はそうした古い店は原型のみ留めてはいるけれど、もう抜け殻に過ぎぬのが虚しくぼくに現実というものを突きつけるのです。



















 でもしかしですよ、そんながっかりな所沢にも興奮を禁じ得ぬ素晴らしい中華飯店が残っておるのでした。駅から5分ばかり商店街を抜けた先に「栄華」はありました。路地への引き込み用の置き看板の枯れ具合からもその年季の入りようは明白なのでした。贅沢を言えば看板から路地のアプローチがもう少し距離があったら良かったのにと思う程にあっさりと店舗が出没するのでした。そのお姿を眺めるためだけでも有り難く思うのだけれどしっかり現役で営業しているのがとんでもなく感動的なのです。店主のみで客はいなかったけれど、席に下ろして周囲を見回してみると、表で見たよりもさらに古いお店の痕跡がありありと認められるのです。狭い造りのカウンター席の方がよりその古びたムードを堪能できそうですが、オヤジさんの配膳のことを考えると卓席が良さそうに思えます。まあ二人だったので広い方が良かったという当たり前の事情もあった訳です。さて、ビールに餃子、野菜炒めを注文します。ビックリする位のお手頃価格なのにしばらく待って出された料理は実にちゃんとしていて量が多かったのです。特に所沢で売り出そうとしているらしい錦糸玉子をまぶした焼そば、所沢焼きそばと安直呼び名が付けられているようだけれど、そのボリュームったら一人じゃとても食べ切れなかったと思う程です。オヤジさんによると昭和40年に福岡から上京し開店、店もそのままの姿を留めているそうなのだ。凄い事です。今でも福岡にはちょくちょく行かれるようで、いかにもご健常のようだからまだまだ店は続くと思うのです。この店のためだけに所沢を訪れても少しも惜しいと思われぬ大好きな一軒になりました。



 へえ、その裏手に盃横丁なんて呑み屋横丁があったのか。知らなかったなあ。一見ムードはいいけれど、店舗は大体が新しい感じですね。まあ、いずれ「栄華」のついでに寄ってみてもいいかな。






Last updated  2020/02/17 08:30:06 AM
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2020/02/16
カテゴリ:埼玉県
西武線に揺られてやって来たのは、西武球場前駅です。狭山線ならびに山口線の終着駅ということもあり、駅の風情は正しい意味でのターミナル駅独特のものとなっています。車止めのどん詰まり感が終着駅らしい息苦しさに繋がっているものと思われます。西武球場でゲームのない時には寂寥感が漂っており、それはそれでなかなかに感情が揺さぶられるような気分に浸れます。







 さて、ゲームのない西武球場前駅にやってきたのは、把握している限りでは最後の梵寿綱氏の建築物件を見るためです。通常であれば、東大和市にあるので、多摩モノレ-ルに乗って上北台駅から歩くか、西武拝島線の東大和市駅もしくはJR立川駅から路線バスを使っていくのが、一般的かと思いますが、せっかくなので、所沢武蔵村山立川線なる道を辿って多摩湖を歩いて渡って向かうことにしました。年末年始の運動不足解消を狙ってのプランであります。



















30分弱ほどハイキング気分で山道というか湖畔の小道をのんびり歩いていくとやがてお目当ての施設が見えてきました。所謂ところの老人ホームですね。事前にメールで申し込みをする必要があるので、少々手間に感じられますが、それだけの価値はあります。施設の性格上、どうも施設内は撮影するのがはばかられますが、幸いにも施設のホームページに無量寿(霊安室)をはじめとした内観が掲載されているので、小さな写真ではありますが、梵氏らしい建築思想を垣間見ることができます。パンフレットも頂戴したので、それを眺めて満足することにします。ってもともとぼくはあんまり写真を撮るのって好きじゃないんですよね。

「向台老人ホーム無量寿舞」
http://www.mukoukai.org/home/framepage1.htm

























 さて、西武球場前駅近くまで戻ってきました。そばには、堤家が多額の費用を注ぎ込んで建立した「山口観音 金乗院」と「狭山山不動寺(狭山不動尊)」があります。なかなかに見所の多い施設でありまして、書き出せばいろいろと語れそうではありますが、本ブログの趣旨とはやや逸れるので詳述は避けます。一言だけ語るとすれば世の中のお金持ちというのは余程罪悪を積み重ねて来たのだろうなあという思いであります。でも今にしてみるとその節操のなさは愛すべきユーモアのように思えて嫌いになれないのでした。





 最後に、これだけでもアップしておかないと、何のブログだかわからなくなりますので、半端な情報ですが乗せることにします。所沢の「ペルレイ(PERLEI)」を初めて訪れたことを記しておきます。訪れたにしては、写真が少ないというか何もないようなもので、だったら報告はしないで済ませるべきと思うのだけれど、でもまあせっかく行ったのだから乗っけておくことにします。平凡だけど喫茶過疎地帯の所沢では愛されるべき喫茶であるとは思いました。






Last updated  2020/02/16 08:30:08 AM
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2019/11/11
カテゴリ:埼玉県
 さて、遅い昼時を西川口で迎えました。用件はすでに済ましてしまったので、どこかで遅めのランチと軽く一杯をすることにしました。西川口では、以前から「キッチン いさつ」と「キッチン ニュー 南海」の両店にはお邪魔したいと常々思っていたのでありますが、惜しむらくはこの2店はどうやら酒類の提供はしていないらしいのです。なんとも残念至極であります。ぼくだって稀には酒抜きの外食もあるけれど、遊び惚けている時に一滴の酒も接種できぬのは非常にもったいない気がするのです。戸田公園駅寄りの入りそびれた喫茶店のそばに「やきとり 松山 戸田店」というのを見掛けていて、こちらも非常に気になるのでしたが、開店は4時とのことだからそれまで時間を潰すのは厳しいのであります。といったような悶々とした気持ちを引きずりつつ歩いていたら、なんだかとってもいい風情の蕎麦屋さんに遭遇したのでした。矢も楯もたまらず店に飛び込んだのですが、そういや酒の有無については、確認する暇もなく店の客となりおおせていたのでした。















 お邪魔したのは「福乃家」さんですが、こうして改めて写真を眺めると,天ぷらそばとカレーうどんが押しの店だったのですね。だったら素直にそうしておけば良かった気もするけれど、今更後悔しても時すでに遅しなのです。反り返った看板というのはなかなか珍しい気がするけれどいかがでしょう。店内は狭小なスペースをきっちり活かして5卓ほど置かれています。すでに他にお客さんもいなかったので、テレビの正面の席を陣取りました。取り急ぎビールと冷奴でもいただこうかな。ちょっと摘まめる肴もあって、軽く呑むには十分なラインナップです。当然のことにすぐに届けられるのですが、サービスで玉と角のこんにゃくの煮付が添えられていますね。これはちょっとうれしいサービスですね。さて、メインはどうしようか、なんて実はすでに心は決まっていてカレーライスにする気まんまんなのでした。頃合いを図って追加の注文をしたところに、近所のオヤジが入店です。サワーにお新香を注文しました。それもいいなあ。というかぼくも腹の張るビールよりサワーが良かったし、お新香は品書きにはないけれど、そりゃ頼めばあるよね。とまあしばらくして届けられたカレーライスは思い描いたものと違ってはいたけれど、穏やかな日本の家庭のカレーライスといった感じでホッとするのでありました。満腹して勘定を済ませようというぼくを尻目に、オヤジさんはせかせかする様子など微塵も見せずに新聞片手にのんびりとサワーをすするように呑んでいます。ああ、この余裕のある振舞い、とてもいいなあと羨ましく思うのですが、ぼくのこのせっかち癖は生涯抜けることはないのだろうなあ。






Last updated  2019/11/11 08:30:06 AM
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2019/11/10
カテゴリ:埼玉県
 西川口にやって来ました。地元の方には申し訳ない物言いではあるけれど、どうもこの西川口という町には馴染めません。猥雑な町は嫌いじゃないし、多少は物騒な位の方が町は生き生きと感じられるものです。それは分かっているし、そうした町に住みたいかどうかはともかく散策するのは楽しいものです。特にこの日は日中に時間を確保したから、まだ町も朝方まで続いたであろう喧騒から抜け出したばかりの抜け殻の様な状況であろうから多少図々しく不躾な視線を向けても許されるものと妄信することにします。











 でも、どうも気乗りしないのは冴えない天気のせいばかりでなかったはずです。それでも梵寿綱の手になる「白井美瑠(Pozzo Bianca)」に到着すると曇りがちな気分はさっと吹き飛ぶのでした。でもこのビルに来たのは初めてではありません。以前もこのビルの異形な風貌に仰天した記憶がありますし、何より店子の「BAR 魔の巣」は鮮明に記憶しています。きっと興奮して写真を撮ったと思ったので、念のため過去の西川口の報告を探ってみたのですが、なんと10件もありました。気乗りしないとか書いたけれどなんだかんだお邪魔していたようです。で、このビルの写真を探してざっとチェックしたのですが、見つからなかったですねえ。まあ、前回はきっと夜間に目撃したのでいずれ今回のようにははっきりと細部まで確認できなかっただろうと思うのです。ともあれ、梵氏ご本人も以下のようにお書きになっています。
 
https://www.facebook.com/vonjourcaux/posts/1095922330540754
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コンクリート打放し彫刻の技術を高めてゆくために、誰にでも出来不出来が判る具象的な女性像を、「樹下美人図考」と題して小規模な商業的建築で挑戦してきました。西麻布のケーキ工場 Est Esperanza ・赤坂の丹波屋美瑠・西川口の Pozzo Bianca ・池袋のPetti Etang 等で、この技術の成果は後の建築に反映されました。
今日の一枚は、1980年に西川口のイトーヨーカドー・ザ・プライス西川口店至近に建てた、 Pozzo Bianca (白井美瑠)の見上げ彫刻です。
厚さ1m以上のスタイロフォームの塊を、直接ネガ彫りし、孔雀や羽を浮かして立体的に表現したもので、コンクリート彫刻技術の頂点に達した仕事だと自負していますが、全くの未発表作です。
グーグル地図で記載されていますので、生き残っているようで、おついでの折にでも訪ねてみて頂ければと思います。
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「コンクリート彫刻技術の頂点に達した仕事」であるとの自負を述べられている通り、非常に見応えがあります。エントランスやその内部にも氏らしい細部が確認できわざわざ足を運ぶだけの価値がありました。
 
ちなみに文中の赤坂の丹波屋美瑠は、残念なことにすでに解体されたようです。西麻布のケーキ工場と池袋の物件は現存しているので、お時間と興味のある方はぜひお訪ねください。









 さて、肝心の喫茶巡りですが、これが少しも振るわなかったのでありました。まずは以前もお訪れている「カフェ エトルア」にお邪魔しました。やっぱりここはいいですね。ごく普通のシックな喫茶店ですが、普段使いには最適です。西川口で数少ない寛げるスポットではなかろうか。でも、まだ回りたい店があるので長居はしません。





 ここを西川口というのも無理があります。地図で見ると明らかに戸田公園駅からが最寄ですし、何より住所も戸田市だからね。「カフェテラス 伊達」のことですが、西川口陸橋通りから喜沢通りを進み、中央通りに至ったのですがしばらく歩けど、それらしきお店が見当たらぬと思ったら表通りから一本奥まった通りにあるみたいで、少し引き返すことになりました。そしてら先般、戸田公園駅を振り出しに呑み歩いた際に立ち寄った「珍来」という中華飯店がありまして、なんだこんなに近いなら前回立ち寄っておけばよかったと思うのでした。まあ、そうやってニアミスを繰り返しながら徐々に点でしかなかった町が線となって接続され、やがては面に拡大していくのが楽しいのですけどね。さて、一般の立派なお宅みたいなあまりそそられない外観ですが、いずれにせよ営業はしておりません。また、ここに来るのはだいぶん先のことになりそうです。





 あと、もう一軒、ここは以前も通り過ぎて振られてしまったのだけれど、もしかして廃業なさっているのかしら。「喫茶 カド」ですが、店内に照明が灯っていたので、少なくともお店の方は健在のようです。そっと覗いてみると不鮮明ながらも店内が透けて見えました。奥の壁面には大きな食器棚があり、かなり大掛かりなお店のようです。もしまだやってるなら行ってみたいものです。






Last updated  2019/11/10 08:30:07 AM
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2019/09/29
カテゴリ:埼玉県
 朝霞は東武東上線の駅のある町で都内からは埼玉県に入って和光市の次、二駅目にあるからけして都内からのアクセスも悪くないし、だからその気にさえなれば暇な週末にブラリと足を伸ばしてみても良かったのであります。ありますけれどそうしなかったのにはまあショボイ理由、いや理由というよりは嫌悪感とハッキリと書いたほうが良いかもしれません。なんて事を書きながら、いやいや、そういえばほんの何年か前にやって来たなあなんて思い起こすのでありますが、でもそれが必ずしも望んでそうしているんじゃない事は覚えています。たまたま偶然に東武東上線を一日乗車券とかで遊び歩いていた締めの一軒の酒場として朝霞の一軒を選んだに過ぎぬのです。とにかく言っておきたいのは朝霞には色々と良からぬ思い出もあるので、たまたま幸運にも素敵な物件と遭遇したとして、それを朝霞という土地と絡めることはせず、それを作った人の功績として還元するだろうと思うのであります。







 ならばとうしてわざわざ朝霞を訪れるというのだ、という真っ当な疑問をぶつけられても回答には言葉を窮してしまうのであるけれど、ずっと宿題にしていた喫茶に行こうと思い立ったのです。好きとか嫌いとか子供っぽい事をいつまでも述べている余裕などないのです。都内近郊で残る宿題は底をつきかけているのです。東上線にしばし揺られ朝霞駅にて下車、駅の南側は余り歩いた事はありませんが、余り気分は盛り上がりません。町を隈無く散策したいという欲望が微塵も沸き起こらぬしらじらとした町並みが広がり、それでも気になる中華飯店なども何軒か見掛けますが営業時間はとうに過ぎてしまったようです。やむなく目的地に向かい進路を定めて黙々と細いくせに車通りだけはやけに多い、歩行者に不親切極まりない道を進みます。やがて、ちょっと見どころのある役所が見えてきました。役所のそばならもしやと、暑さでウンザリしてきた身体は早くも休みを求め始めています。しています。すると「珈琲 雅瑠」という存在感の希薄な一軒の喫茶が営業していました。審美的な側面からは余り期待できそうもないことは明らかですが、近頃は即物的な機能重視の何でもない店に不思議と惹かれるのです。パティシエの手掛けた豪奢なケーキより町の職人の拵えた質素な洋菓子に好みが移行したのと似たような心持ちといえば近いかもしれません。そして、ここは実際そうした店であったのです。役所の職員らしい青年が遅いランチわのんびりと楽しんでいます。いや、けして楽しそうでもなく役所の食堂と同じようにごく当たり前の日常のルーティンとして過ごしている。そんな感じがとても良くぼくも思いがけずもダラダラと過ごしてしまいました。













 陸軍自衛隊朝霞駐屯地のある川越街道と並走する旧川越街道に面してはかつて米軍基地があって米兵たちが夜な夜な歓楽に耽ったという。朝霞警察署がこんな不便な場所にあるのもそれが所以というから、当時の狂騒振りが察せられようものです。ところが、今ではもうそうした時代のあったことなど忘れたかのように飲食店の大部分は姿を消し、かつて米兵たちの通ったクラブやバーの痕跡を認めることは今や困難であります。それでも「COFFEE & PIZZA ぽっぷ」やそのお隣の「CLUB CHATEAU」は当時の残滓と思われ、わずかにその名残を認めることができそうです。そうそう朝霞ショー劇場というストリップ小屋もこのそばで営業しており、小屋の前ではいつもおっちゃんが椅子に腰を掛けていたのを記憶します。そんな捨て去られたような通りに面して「珈琲専門店 ハニー」は営業を続けています。ここが長年宿題としていたお店です。比較的こぢんまりとした珈琲専門店でもスタンダード中のスタンダードな東亜珈琲のお店の一軒ですが、ここはそんな東亜珈琲のお店の中にあって、ぼくの知る最もスタンダードな一店に思われお手本にすべきお店であると感じました。その良さの所以は店のサイズ感にありそうです。狭くなく、広過ぎもしないというその絶妙さがこちらの居心地の良さを成功付けたと分析してみたりするのです。







 折角だから退屈という点では朝霞以上にウンザリさせられる和光市に向かって歩くことにしました。和光市駅に繋がる駅前通りを歩いていくと一軒の80年代風のパーラー風の喫茶店がありましたが、お休みのようです。そのほぼ向かいにうけら庵通りなる路地があり、そこに謎の店舗「富岡商店」がありました。看板には洋菓子の「ヤマザキ」とありますが、やきとりの赤提灯の裏側にはおもちゃの記載もあります。ストリートビューで確認してみると、サッシ扉に貼り紙してある様子が見て取れ、拡大してみると綺麗な字で「本日都合によりお休みさせていただきます 店主」とあるから、少なくともこの店先をおばちゃんが自転車で通り過ぎようとした時期にはこのお店は営業していたようなのです。そのうちまた確認しに行きたいと思います。その先には謎めいた通りの名の由来であるうけら庵跡があり史跡となっています。うけらとはきく科の多年生草木だそうで、武蔵野台地に繁殖していたことからこれを庵名としたとの説明書きがありました。江戸時代の文人墨客が集まって、詩歌の会などを催したりもしたらしく、今でこそ利便のいい町となった和光市ですが、当時はそうとは僻地だったと思っていたのでびっくりです。近くには「てるちゃん」、「たんぽぽ」―ちなみにGoogleMap城では「居酒屋 よっちゃん」と表示されます―もあり、こちらも現役のように思われ、これは再訪必至ですね。後から地元住民の知人に聞くと、あち一軒には昔ぼくも行ったことがあるそうな。他も営業しているようです。近いうちに行かねばなるまいな。






Last updated  2019/09/29 08:30:06 AM
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2019/07/27
カテゴリ:埼玉県
 さて、恨み言で始まった戸田公園の呑み歩きですが、まだまだ愚痴を述べたい。そうそうこの夜はA氏も一緒だったのですが、ぼくよりも少し年長の彼はつい先達て人生の大きな節目を迎えたのでした。だからといってこれからの彼とぼくとの関係性にさほどの変化が生じることもなさそうではありますが、まあそちらの話題を肴にまだまだ呑みたい気分だったのです。呑んで酔わないと元来寡黙なA氏から今後の展望なりの好奇心露わな興味津々ネタを引き出すことは困難なのです。ともあれ、戸田公園で呑むことの本来の目的は失われたけれど、A氏と呑むという理由は相変わらず継続しているので、もうちょっと戸田公園で呑むことにしたのであります。









 先の中華飯店の側にも数軒の呑み屋さんが軒を連ねています。何処も価格の分かる品書きが衆目に晒されているので安心です。一番お手頃な感じの「いろは」というお店に入ることにします。店に入ろうと扉に手を伸ばしたところに店を出てくるお客さんが二人。入れ替わりに入ったら、あらまあ店内には店のご夫婦がいるばかりです。やたらと広い小上りには巨大なホワイトボードが掲げられ、そこ一面に品書きが板書されています。近頃のバル風の演出はこの店に向いているかというと疑問の残る所ではありますが、そこで食いつくつもりなど微塵もありません。カウンター席に腰を下ろしここで最も手頃な価格だった清酒に移行します。冷えてきたので少し燗をして貰うことにします。肴はそうねえ、そんなに腹は空いていないけれど塩肉じゃがに炙り〆サバを頂きます。どちらも悪くない、というかちゃんと旨いのです。ここが一軒目ならがっついて摘んだかもしれませんが、この程度の量がちょうどちょっと多いくらいで塩梅が良いのです。肴をあまり頼まなくなり、勘定は安くなってきたけれど、長っ尻なのは相変わらずどころか酷くなっている気もするから、店の方には恐縮な気もするのです。そろそろ帰宅の途の事に思いが至るのですが、まあもう少しとなかなかに埒が明かぬのでした。









 やっとこさ席を立ち、これで終いにするはずだったのだけれど、通りがかりに「田舎料理 たんぽぽ」を見て考えを変えたのであります。さっきまでの帰路を急ごうという気持ちはあっさりと振り切れるだけのそんな興奮を感じたのです。でもそれは酔のなさせる業でしかなかったのかもしれぬ。今こうして写真を見てみると―見てやしないけれどね―、あんなに興奮してA氏を説得する必要があったのか疑問に思わぬのではないのです。これは今からすると酔いが回っての至極フィルターを通した過剰な反応だったのだろうと思うのです。でも店内は居酒屋というよりはくたびれた洋食店とかに近い感じがあって、その狭くカウンター席のみの造りがここの女将さんの雰囲気に似つかわしく思えるのです。ここは、秋田ご出身のその女将さんが20年程前に始めたという。その前にすでに30年もの長きに亘り居酒屋を遣っていたというからすでに半世紀もの歳月を経ているということになります。シャケのアラ―というには身もたっぷりで贅沢なのですが―に大根と人参を炊いただけの味付けは味噌なのか酒粕なのか酔いせいばかりでなくして判然とはしなかったけれど、とても美味しいのです。これを仮に自宅で拵えても持て余すのだろうなと思うのです。各地で色んな名で呼ばれもするこの料理は秋田ではなんて呼ばれているのだろう。そもそも名などない程に各家庭に浸透しているのかもしれません。女将さんの愛情だとか言いはしないけれど彼女の故郷の味が反映してたりするのだろうか。ただ一人いたお客さんは世代の近い我々の来た事をとても歓迎してくれて、女将さんを交えての談笑が途切れることもなく危うく帰れなくなるところでした。戸田公園にも良い酒場があって胸を撫で下ろすのでした。






Last updated  2019/07/27 08:30:06 AM
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2019/07/25
カテゴリ:埼玉県
 戸田公園駅で下車するのは一体何年振りのことだろう。ってな発言は始終しているから、ぐうたら者にしては案外ちょこまかとマメに都内各地を巡っているつもりでいて、実はむしろ夜の人より行動範囲は限られているのかも知れない。大体において都内各地を巡っているなんて、戸田公園の何処が都内というのだ。戸田はもう立派な埼玉そのものであるし、その町並みや風景は何処がどうとハッキリとは言い当てられぬけれど、やはり埼玉は埼玉なのです。これは必ずしも埼玉を馬鹿にしてはいないからその辺はご承知置きいただきたいのです。ともあれ、ちょうど東京都内で生活を始めた頃にちょっとトキメキ系の出来事に遭遇してしまったのでありますよ。その娘―むすめと読んでもらうつもり―との最初のおデートが戸田だったというのはやはりぼくの限界を示すのではないかと思って語らぬつもりでいたのだけれど、あゝ何ということか書くことがないからつい語ってしまったのでした。







 そんな私的な話はどうでもよろしい、というわけで今回、わざわざ戸田公園に足を運んだのは、すでに放映された酒場放浪記で戸田公園の酒屋さんがその裏手のスペースを使って始めたというお店を訪ねたのであります。ところがですよ。ネットで調べた限りでは日曜日と月曜日が休みのようなのですが、その日は金曜の夜であったにも関わらず一向に営業を開始する様子がないのであります。それが臨時の休業なら仕方がないけれど、貼紙ひとつないからどうもそうではないらしい。もしかするとぼくのようにHPの放映告知を見て事前に駆け付けておこうと考える連中がいるのではないかと想像した。で、自分の事はさておくこととするけれど、彼らがとても不快な振る舞いをしたりして店主がそれに嫌気が指しての臨時休業となったのではなかろうかと邪推するのです。そう思うと、その程度のリスクは覚悟して番組出演を決めるべきだと、必ずしもそうと決まった訳でもないのにめらめらと恨み言を述べたくなるのでした。もしかするとしばらくしたらひょっこり営業を始めるかもしれぬと道路を挟んだ先に「焼とん ごさろ」があったので、立ち寄ることにしたのでした。ごさろは五叉路の意味ね。いやもっと深遠な意味などあったりするのかもしれぬけれど、そこまで知りたくはない。せっかくの五叉路に面しているのだけれど、入口は2つだけ。これが五か所の入口が有ったりしたらなかなか意表をついているのだけれど、もし仮にこの道路状況で五か所の出入口を設けたらものすごい広いお店になったことでしょう。さて、長くなったので、感想は短めにするけれど、カウンター席も15人は座れるし、卓席、座敷を併せると50名は入るだろうから、個人営業店としてはかなりの規模です。そしてそれがほぼいっぱいになっているから大したものです。肴は定番がずらりと揃って自分でオーダーしたものや他所の客がオーダーしたものを眺めて、そして積まぬ姿を見ているとなかなかちゃんとしているようです。気取った店よりこういう店がいいんだよななんてうそぶいて見せるのであります。







 戸田公園の周辺はどうも方向感覚を保ちにくいようで、しばらく散策しているうちに自分の立ち位置がまったく見当がつかなくなったので、地図アプリで調べると駅に背を向けてどんどん遠ざかっていることが判明しました。この界隈はお隣の戸田駅以外は最寄といえる駅はないからこれ以上は遠ざかりたくない、なんて引き返し始めると「中華料理 珍来」があったので立ち寄ることにしました。典型的なオーソドックス中華飯店であります。どうということもないけれど、見逃すと後々まで後悔するという類のお店です。赤が基調の正調な内装でケバケバしいはずなのに落ち着くよう幼少時から刷り込みを受けているようです。野菜炒めと餃子という定番メニューを注文。どちらもしっかりとした強めの味付けでビールが進むこと。男性2名と女性1名という店の方たちも調理の手を休めることなくでもテレビ放映にも耳をそばだてていて時折、大いに若いこけていて楽しいムードが漂い実にいい感じです。近くならちょこちょこお邪魔してしまいそうないいお店でした。






Last updated  2019/07/25 08:30:07 AM
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