1250494 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

nipparatの日記 囲碁 不思議体験 

全1488件 (1488件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 >

May 5, 2020
XML
テーマ:囲碁全般(732)
カテゴリ:カテゴリ未分類
​​​ 2010年の新聞棋戦県大会の一局から。白は私、黒は強豪Kさん。囲碁歴を通して、間違いなく公式戦で一番数多く負けている相手。大局観が優れている上に読み合いにも強い恐ろしい相手だが、無理するタイプでないので乱戦になる事が少ない。この碁は珍しく激戦になった。


実戦図1


 
上辺の競り合いから乱戦に突入した。

 
実戦図2


 白1から右上を取って良しと思ったが、黒4が凄い頑張りでびっくりしたと思う。さらに16も凄い。お互いの気合がぶつかり、一歩も譲れない競り合いになった。黒20はシボリを見た手筋、白21を打たないと、シチョウで取られてしまう。
 

実戦図3


 上辺黒を取って、中央も威張って白かなり優勢と思っていたが、今検討するとあまり差がないようだ。右上は元々白の勢力圏なのと、上辺~左上の黒地が増えている。

 

実戦図4


 黒はさらに、中央の石も逃げ出して頑張り右辺の石が薄くなった。黒1に白2は、1の2路下の味を気にしたのと、これで十分と見た手だが甘かった。当然、白3と攻めを継続すべきだった。下辺割り込んで、シチョウが良いので下辺を荒らして逃げ切りと思った瞬間、黒の切り返しが来た。
 

実戦図5


 以下黒7までが黒の注文で、一気に難しい碁になった。白6が悪手で、ここで7の所に打つのが柔軟な手だった。最後は左下の戦いで、時間がない中お互いにミスが出たが、白が幸運の勝利を得た。
 

 それにしても、昔の碁を検討すると反省する事が多い。何でこんな手打ったんだろうと今から見ると不思議に思うことが多いが、それが実力なのだろう。
ところでKさんの名言中の名言がある。Kさんのある対局後の検討でのこと、負けた某若手選手が「ここはこう打ては良かった。」と悔やんだのに対しKさん「それならなんでそこに打たなかったの?」。若手への厳しい言葉だが、深い言葉が心に響いた。後からなら分かるもの。
 この名言、最近のコロナ評論を見て思い出した。

​​​






Last updated  May 5, 2020 07:33:00 PM
コメント(10) | コメントを書く


Apr 26, 2020
カテゴリ:カテゴリ未分類

​​​​​​​スーパーの鮮魚店での話。カワハギをおろしてもらった。奥で調理して、身の柵はパットにアラは袋に入れて、店員さんが渡してくれる。肝はアラの袋の中?、と聞くと、そうだと言う。

​​ 晩に刺身で肝を巻いて食べるのを楽しみにしていた。妻が切ってくれたのだが、肝がないと言う。アラの中にもない。思いのほか小さい場合もあるが、これは完全にない。職人さんが忘れたのか、それとも持って行ったのだろうか?店は閉まっている時間で確認しようがない。​​


 ​肝がないなんて!!とにかく頭に来て、明日行って返金してもらうか、同じもので返してもらうか、なければ丸のシマアジでも要求するか、上層部に言うかと考えているうちに、さらに気持ちが高まってしまった。​

 ​食べると身だけでも十分美味しい。ただ、アクセントに巻いて食べようと細ネギを切るよう妻に頼んであったが、ふと気づくと見当たらない。妻にネギは?と聞くとすでに飲んでいた事もあり「自分でやって」という。普段なら、大人しくそうするのだが、言い返して口げんかになってしまった。何て日だ!!​

 ​その後、どう抗議するか妻に相談したらやめておけばと言う。これは意外だった。普段は、妻の方が圧倒的にずうずうしく返品や交換など言い出すことが多く、私がいつも止めている。飲食店で皿を投げようとした妻を必死に止めたこともある。私自身は飲食店や小売店で不愉快な事があっても、抗議した事は記憶にない。相手にも何か事情があるし、怒っても仕方ないと思うからだ。​

 ​妻の答えで少し冷静になり、考えると、なんで今回はこんなに頭に来たのか自分でも不思議だった。おそらくそれは、肝を非常に楽しみにしていた事と、「かわはぎは肝が命」が常識と思っていたためだろう。しかし、「あんこうは肝」ほど世間の常識でないかも知れない。また、単純に最後に入れ忘れたのかも知れない、さばくのはサービスでやってくれるのだから多少の役得も仕方ないかも知れない、次からは肝も入れてと言ってしっかり確認すればいいだけの話、従来はそのように考えるのが常だった。これは、老化現象か、あるいはコロナストレスのためだろうか。​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​







Last updated  Apr 27, 2020 10:13:03 PM
コメント(2) | コメントを書く
Apr 18, 2020
カテゴリ:カテゴリ未分類
​ 百田尚樹著の「幻庵」は2016年に出版された小説だが、途中で目が悪くなってしまい、少しずつ読み進めて最近読み終わった。
  第11代井上因碩(幻庵因碩)の一生を描いた物語で、この間に本因坊家の棋士では元丈・丈和・丈策・秀和・秀策・秀甫らと関わっている。有名なライバル丈和との争いを中心に、当時の碁界の様子が生き生きと描かれる。

 文学的な見識に乏しいので書評などはできないが、読みやすく面白い。いかにも格式高く難解な表現も多い川端康成の「小説名人」に比べると、碁の内容に踏み込んだ部分が多く、「碁の話」感が強い。アマゾンの書評など見ると、碁を知っている人から評価が高いが、碁を知らない人からは、碁の内容の部分が分からず残念、という感想が多い。碁も知らない人にも興味を持ってもらいたいという思いに溢れた作品なのだが、成功したとは言い難いようだ。ただ、碁の内容の部分も「因碩は大きく構えた。そして左下で白石をぐいぐい下辺に押し付けて厚みを取ると、次に右辺の白の肩をついた。~~」と言葉で説明されるので、碁打ちでも、よほどの古碁マニアでなければ良く分からないのだ。

 文学的な評価は分からないが、小説名人の焦点が人物なのに対し、この本は「碁」こそがテーマだと思う。とにかく著者の碁への深い愛を感じて、それだけで心地良くなれる、まさに碁打ちのための本だと思う。

 幻庵始め、登場する人物も碁を愛する人ばかりである。ただ、当時の様々な制約などあり、苦悩もある。特に大きな存在が不治の病だった肺結核である。物語の核になるような登場人物、桜井知達、奥貫智策、赤星因徹といった期待される天才棋士が、若くして命を落としてしまう。最後まで石を握り続ける彼らの姿が印象的だ。エピローグにある、昭和の時代に爆風で対局場の窓ガラスも碁石も吹き飛んだのに、同日に対局を続けた橋本・岩本の本因坊戦にもつながって行く。

 若いころに読んだ橋本宇太郎著の日本囲碁大系「幻庵因碩」の中で、特に強烈な印象が残っているのは、最初に載っている秀和との争碁の一局だ(天保13年 先相先 秀和の先番6目勝ち)。この碁はこの小説のハイライトにもなっていて、幻庵生涯最高の一局と言われている。






Last updated  Apr 27, 2020 10:18:15 PM
コメント(0) | コメントを書く
Apr 11, 2020
カテゴリ:カテゴリ未分類
  子供のころに夢を与えてもらった劇団たんぽぽが、公演がすべてキャンセルになり危機的状況になっているそうです。HPで寄附を受け付けています。

 

劇団たんぽぽHP

​ 







Last updated  Apr 11, 2020 02:35:09 PM
コメント(0) | コメントを書く
Mar 9, 2020
テーマ:囲碁全般(732)
カテゴリ:カテゴリ未分類

数年前のMさんとの出会いは不思議だった。

妻の店の常連客だった若いMさんは、担任ではないが子供の学校の先生だった。その縁で時々言葉を交わす事はあったが、お互いそれ以上の事は知らなかった。妻から、忙しい時に注文を忘れていて2時間近く?も待たされたのにMさんは何も言わずに待っていたと聞いた事があったが、本当に紳士で穏やかな人だ。


 そんなある日、突然の事件が起きた。Mさんが店に置いてあった週刊碁を読んでいるのを発見した。その様子を見ていて、ただものではない気配を感じた。よく見ると、眺めているような読み方ではなく、棋譜を目で追いながら思考している姿だ。

気配と言えば、以前新宿の駅前で大道詰将棋をやっていたのを見かけた時のこと。自分が解けるレベルではないとは分かったが、他のお客がポンポンと手を出す中でじっと盤面を眺めていたら、テキ屋のおじさんから「兄さんあっち言って!」と追い払わた事がある。競技違いだが、何か気配を感じたのだろう。


 Mさんに声をかけた。「M先生、碁をされるのですか?」

Mさん「え、いえ少しだけですよ。」

私「どのくらい、お打ちですか?」

Mさん「弱いですよ。学生時代に少し。nippartさんも打たれるのですか?段ですか?」

私「いえいえ私も弱いですよ。今度、打ちましょうか?」

と言うようなお互いの手の内を読み合うような、不思議なやり取りが続いて対局の約束をした。

 この時は、Mさん
34段は打つのかな?と思っていたが、碁会所で改めて話をして驚いた。何んと、全国大学選手権の常連校の主将だったとのこと。このクラスは普通はアマ棋戦の予選などで会うはずなのだが、仕事が忙しくて大会には参加していないとのことだった。これがきっかけとなり、その後からMさんが転勤した今に至るまで時々打つようになった。週刊碁を置いてなかったら起こらなかった奇跡的な体験だった。







Last updated  Mar 12, 2020 07:50:25 PM
コメント(0) | コメントを書く
Jan 16, 2020
カテゴリ:カテゴリ未分類

今年の春でこの地に移住して20年を迎えるのだが、何とかつてサッカー王国と言われた静岡県勢の高校選手権での優勝に遭遇したのは初めてになった。テレビ放送は、中継の後も夜のキー局の番組が始まるまで、特別編成でハイライトやゴールシーンを何度も繰り返し放送していた。新聞は、スポーツ蘭は左右ぶち抜きの見出し、さらにトップ記事・時の人・社会面はもちろん、社説までサッカー一色となる扱いで、高校野球で常葉菊川が全国優勝した時の数倍の盛り上がりを感じた。
 
 ブラジルスタイルという静学は、その通りの魅力的なサッカーで、松村選手・加納選手は、かつてのロナウド・ロマーリオのようだった。

 

何を見ても碁と結びつけて見てしまうのはもう病気なので仕方ない。静学はドリブルを中心とした戦術で、日本代表のパス主体のサッカーを見慣れていると新鮮だ。ただ、ドリブルと言うのは非常に効率的な戦術だと感じた。パスの場合は相手の背後に回るのに二人必要だがドリブルは一人で済む。つまり、2手かかる所を1手で済ますことができるのだ。さらに、バスで前線の選手に送っても結局そこでボールを守りつつ、味方の上がりを待つ事が多いが、ドリブルで上がった場合は他の選手も同時に上がってくる上に、ドリブルした選手の周りに相手が集まる、つまり凝り型を誘発することになる。

さらに驚いたのは、サイドにフリーに近い選手がいるのにわざわざ相手の密集している所をドリブル突破しようとするシーンが多々見られたこと。厚みに近寄る悪手にも見えるが、まさに壁攻めであったり、近寄った石を囮にさらに相手を凝り型に導く手にもなる。そこを突破した場合の効果は絶大だ。

どの戦術も利点欠点があって、いろいろな考え方があると思うし、それぞれにスタイルが違うことが面白いと思う。

 

ところで記事によると、サッカーにも戦術解析ソフトみたいなAIが利用されているようで、これも興味深い。青森山田も静学もまだ導入していないそうだが、今後どうするか。たぶん、静学は意地でも導入しないのではないかと思う。
















Last updated  Jan 16, 2020 02:38:32 AM
コメント(0) | コメントを書く
Dec 20, 2019
テーマ:囲碁全般(732)
カテゴリ:カテゴリ未分類

 リクエストもあったので、AIの話。

 

AIがプロを凌駕して生じた変化の中で一番良かったと思う事は、碁は従来思われていた以上に手の評価は単純でなく、序盤~中盤では幅広い選択枝があることが分かったこと。気になることは、権威が単にプロからAIに移動してすべての評価の基準がAIになりそうな事。

竜生戦では最近、AIの評価を常に見せながらの解説になっているが、時には解説の大半が対局者がAIの推奨通りに打てているかどうかという視点になる事もある。権威を奪われながらも、「AIなんて碁じゃない!」とぶち上げる事なく強い者に敬意を払うプロの潔さにも感心する。

 

プロ棋士と話すことがあるたびに、AIについてどう思うか、AI時代のプロ棋士の存在価値はどこにあるかを聞いている。プロ棋士も相当に迷いがあったり、人によって姿勢に相当な違いがあることも分かった。

人の対局ならではのドラマを見せることに価値を置く人も多い。自分の打つ手に一貫性を持たせる物語りとしての碁が人間らしい碁と思うが、これは打たれる手だけでなく対局姿勢にも現れる。武宮先生や依田先生は、流れが良い時や会心の手を打つ時の、迫力あるしなるような手つきも魅力だ。一方いつでも置くように打つ芝野名人はまさにAI時代の申し子のように見える。

あるトップクラスの女性棋士の答えにはギクッとした。曰く「プロの価値は勝つこと。」。まさにストレート、一点の曇りなしの応答に圧倒され、「でもAIに勝てないでしょ。」との言葉は飲み込んでしまった。勝つことで収入を得る棋士にとって評価値が低い手をわざわざ打つのはナンセンスかも知れない。

 

ところで個人的には、AI以前から宮沢先生や西村修さんのような物語重視の打ち手に憧れている。ただ、自分自身は物語が目茶苦茶になることが多く、依田先生にも「その手には物語がない。」と指導された事もある。実は、私自身は「碁は何でもあり。」を示したくれたAIには大いに救われている。

 







Last updated  Dec 20, 2019 01:57:36 AM
コメント(2) | コメントを書く
Oct 20, 2019
テーマ:囲碁全般(732)
カテゴリ:カテゴリ未分類

 ネット上で企画したリーグ戦でのルーラさんとの一局。気になっていた事があったので、改めて検討した。

 

参考図1

 この局面で白1を決めて下辺に割り打てば白がやや良かったよう。実戦ではすぐに割り打って黒1の曲がりを許したので、やや黒良しになったようだ。



 

実戦図1

 下辺黒の割り込みが工夫の手。素直に受けるのも面白くないので、白1から策動して振り替わりになった。この時は、割り込んだ黒1子をポン抜けて我ながら妙手かと思ったのだが、今見ると右下の損が大きくてイマイチの感じだ。AIでも検討してみたが、白に好転しておらず、黒の有利がはっきりしたようだ。ただ、気持ちの入った手だったと思う。





 

参考図2

 以下白1から3が面白かったと思う。シチョウが悪いので部分的に黒4ですぐには手にならないが、白5から下辺に振り替わりを求める。一旦下辺を治まった後にさらに右下方面に利きがあるので黒も味よくまとまらず難しい戦いが続きそうだ。





 

参考図3

 黒4と反発しても、白5と切って右下のハネツギが利くので黒は逃げられない上に隅に味が残る。白5ですぐにハネツギを決めてもでも実戦よりもかなり利かした形に
なる。ホントに碁って不思議だ。










Last updated  Dec 21, 2019 04:39:08 PM
コメント(5) | コメントを書く
Oct 17, 2019
テーマ:囲碁全般(732)
カテゴリ:カテゴリ未分類

AIが碁界を席巻し始めたころに武宮先生がNHK杯の解説をした時のこと。まだ序盤戦の時にAIの流れからの話で「碁はどの手を選択しても1局。好きな所に打てば良い。」と言っていたのだが、そのすぐ後に対局者が打った予想外の手を見て「えっ、ここはこちらへ打つ一手」と叫んだ。たいへんな矛盾だが、武宮先生や宮沢先生の解説が面白いのはそこにある。

最近ラグビー関連の番組を見ていて興味深い言葉を知った。今の日本代表の大躍進は、外国出身の選手や指導者の影響が強いと思っていたのだが、実は50年前に大西鐵之祐監督の元に23歳以下のニュージーランド代表に勝ったり、イングランド代表と互角の勝負をした時期があったと言う。その時と戦術や強化の仕方が今の日本代表に非常に近いらしい。その後、世界に勝つために大型化を重視したが成果が出ず、規律と技術とスピードなど日本人の特性を生かして再び復活する流れになったのは男子バレーボールチームにも共通しそうだ。

その大西監督の名言を知った。「戦法に絶対はない。だが絶対を信じないチームは敗北する。」というもの。かつての藤沢名誉棋聖の名言「錯覚している奴が一番強い。」にも通じる言葉だ。

碁の場合、そのメンタリティーは解説でも隠せない。特にアマの場合は感想戦にも出てくる。そこはノーサイドの精神が望ましいとは思うが、感想戦が強い人は本番も強い、という現象も理屈に合っているようだ。







Last updated  Oct 17, 2019 01:50:20 AM
コメント(0) | コメントを書く
Aug 11, 2019
カテゴリ:不思議体験
 テレビでアンケートによる高校野球の最強チームという企画を見て思ったこと。こういうのは、感受性豊かな時代に受けたインパクトが一番影響するのでしょうね。

 私にとって最強の高校野球のチームは、KKのPLや松坂の横浜でもなく、ダントツで春夏連覇したころの簑島高校。プッシュバントが全部ヒットになってしまうのに恐怖を覚えた。まさかのベスト20漏れにはびっくり。

 ついでに最強のプロ野球チームは、上田監督で福本・長池・山田などが主力だった阪急ブレーブス。日本シリーズで、抑えの山口もほとんど出る幕もなく、森本・大橋など脇役に打たれまくって長嶋巨人がコテンパンにやられたのに、心から恐怖を感じた。

ついでに
相撲は強すぎて死ぬほど憎らしかった北の湖。
アイドルは永遠に太田裕美(松田聖子やAKB48に癒されますかね~、←挑発)。
ゴルフはスマイル・シンデレラ (←おやじ殺しに、殺されました。)







Last updated  Aug 11, 2019 02:32:23 AM
コメント(0) | コメントを書く
このブログでよく読まれている記事

全1488件 (1488件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 >

PR

X

© Rakuten Group, Inc.