1新布石の予感
かつて電通大に画期的な対局ソフトクレージーストーンの見学に行った際に、「技術というのは階段状に進歩するのではなく、ある時に一気に進歩するもの」と聞いてはいたが、昨年はまだトップ対局ソフトがチクン先生に3子でやられていたので、トッププロと互先で打てるソフトはまだ先だと思っていた。時間の問題だったとは言え学習機能があるという新しいソフトにセドルが負けたのには、科学技術の進歩の早さに驚かされた。
クレージー・ストーンは、序盤では5線より上に石が行くのに目を引かれた。関係者によると、定石やパターンは敢えて教えずに、モンテカルロ碁の可能性を引き出したいとのことだった。どこまで価値の評価が出来ているかは不明だったが、何となく中央の価値が見直される流れが来る予感もあった。その後、張うプロらによる意欲的な中央作戦も試されている。
アルファ碁は、2局目のツケ引き定石後にノゾキを決めた手と4線からのカタツキ、4局目のコゲイマへのツケの手など従来はプロが絶対打たないような手が話題になっているが、味消しよりも上と下の交換に高い価値を置いているのは印象的だ。4局目にセドルプロが打ったツケヒキからコスミに受けた手を見ると、セドルプロは一間飛びの定石では悪いと感じたようにも見える。これを契機に碁の打ち方に相当な変化が生まれそうだ。
ただ、その一方で序盤は一般的に打たれている手が大半であったのは、多少拍子抜けした。さすがに、序盤の数手の価値を完全に評価できるわけではないと思うので、無数に記憶しているという従来の手法を踏襲しているという事なのだろう。もし序盤から天元付近や5線より上にどんどん打ってセドルに勝ったら、確実に空前の新布石ブームが起きただろう。果たして、今後学習が深まっていくにつれて、そういう手も打つようになるのだろうか。
2碁界革命はあるか
ところで週刊碁でチクン先生のコメントを見るとセドルに相当怒っているようだ。セドルが本来の力を出せなかったことや、一方的にセドル側に情報が少なかったこともあるので、現時点でトッププロが完全に抜かれたとは言えないと思いたい。昨年のソフトとの4子・3子の碁で、検討まで含めて完全に本気モードだったチクン先生にぜひ登場してもらいたいと思う。
ゼイノイ先生は、長年の歴史の中で今のレベルに達したトッププロがあっさり負けた事に衝撃と悲しみを感じているとのコメントだった。まさに、同感だ。囲碁の完全解明をされたわけではないはずで、序盤から中盤にかけてのトッププロの感覚はまだまだソフトの及ぶところではないと思っていたのだが。
グーグルの開発はあくまで人工知能の研究の一環との立場のようなので、今後どうなるかは不明だが、完全にトッププロを抜き去りさらにこの技術が普及した場合は、碁の世界に大きな変化が生じると思う。プロに教わる替わりにソフトと打つ人が増えるとか、対局の検討ではソフトの打ち方を確認するような作業になるなども考えられる。
これについて韓国棋院の役員は、棋士の立場は変化し、強いだけでなく碁を楽しませるような役割が重要になると述べており、まさにその部分が棋士という職業の生き残りのポイントになると思う。レドモンド9段は、ソフトを使って棋士が研究する事ができると述べているが、どのプロもソフトが示した手ばかり打つようになるのではないかと危惧したくなる。「人間同士の対局の価値は失われる事はない。」という想定がその通りになることを祈りたい。