2008/10/07(火)05:45
イタリアでの初出産記録・1~入院から本格的陣痛まで
毎日おっぱい★星人のマニーノとのお付き合い&傷とおっぱいの張り&寝不足で
フラフラになりながらもダンナのサポートを120%受けて、
2人で四苦八苦の新生活を楽しんでおります♪
マニーノの寝顔を見るたび、何てこの子は可愛いんやろう~ホワワ~ン・・・と
入院から退院までの5日間の苦しみも無駄ではなかったと本当に思います。
私の初出産の記録としても残したいので、ちょっとづつではありますが、出産記録していきます。
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8月2日
1日の検査で、次回何もなくても、これは手を入れないとな、と
その日のドクターにも言われてたので今日こそは何が何でも病院に残って出産!
と期待して行ったのに、今回のドクター&助産婦さんは違った。
この日まで、夜の散歩の量も大幅に増やし(陣痛はこなかったけどダンナと2人して筋肉痛)、
前日の夜にはおしるしがあったんだけど、結局陣痛もなければ、子宮口も硬いから
また翌日!と・・・翌日なら今日でも同じでは!?のようなことも言ったんだけど、
“赤ちゃんも元気だし、何を焦ることがあるの!?陣痛もないのに出産していく人を見るだけよ”
と冷たくあしらわれ、ダンナは怒り、私は辛くて泣いた。
8月3日
同検査。同結果=陣痛もなく子宮口も硬いまんま。
それでも、時間オーバーて事で、11時半頃に入院。
ダンナが入院カバンを持ってきて着替えたらすぐにドクターと助産婦さんがきて
第一段階の促進という事で、12時間作用のタンポンをつめられる。
すぐに、赤ちゃんの心電図と陣痛測定器をつけて2時間ほど測定。
赤ちゃんは元気だけど、陣痛は全くなし。昼食後、ダンナと病院の中を散歩。
夕方、再度測定。結果は同じ。
前日の検査の時にいたカップルが同じく入院していて、廊下で会い、立ち話。
彼女も私と全く同じ状況(どころか、+1日だった)で、お互いに頑張ろうと励ましあう。
夕方の面会時間にマンマとバッボが来る。夕食。
23時頃、12時間の作用時間が終わったのでタンポンを抜くよう指示される。
0時頃から検査開始、検査が終わったのは2時前。
検査結果、陣痛の走りのようなものが少しあるけど、
内診の結果、子宮口は何の変化もないとのこと。
これほど、自分の子宮口を憎く思った事はない!(思う機会もなかったけど)
8月4日
夜はかすかな陣痛を感じていながらも、それなりに結構寝る。
朝食後、ドクターと助産婦さん登場、今日の新しい促進剤の説明を受ける。
今回はジェルを挿入ってことだけど、ドクターが出してきた特大のシリンガーにビビッて
股がうまく開けられない・・・
結局、それごと入れるわけでなく注入するだけでそんなに痛くはなかったが
このジェルが、中でじわじわとヒリヒリしてくるのが分かる。
その後、また同じように赤ちゃんの心電図&陣痛測定。大きな変化なし。
お昼後の面会に、マンマとバッボがやってくる。あまりの変化のなしに、彼らもがっかり。
ダンナが廊下に出たときに、昨日のカップルのダンナさんと会い、
彼らはタンポンを抜いてから陣痛がきて、一気に2時間で出産になったと聞く。
私は正直先越されちゃった・・・今日も変化がなかったら?
・・・帝王切開だけは嫌や~と心の中で叫ぶ。
夕方遅く、あ、これが本当の意味での陣痛では?という規則的な痛みを感じる。
よっしゃ~!と思いつつも、まだまだ弱いし、間隔も8分ほど。
それでも、出産は間近!?と期待。
2回目の測定中、夕方の面会にも、マンマとバッボがやってくる。
この時、ダンナが時間の間隔を計ったら、だいたい6分。
それでも、呼吸だけで乗り切れるし、実際、その後の内診でも、まだまだ時間がかかるし、
何よりも子宮がまだ全く開く様子がないと言われ、
自分の体の一部なのに何もできない自分がはがゆい。
19時頃なると、だんだん痛みが強まってきて、呼吸だけでは乗り切れず、
うなり始め、夕食も食べれない。
開いていた隣のベッドに1人、自然に陣痛がきて運ばれてきた。
彼女は、“もう無理~神様~痛い~死ぬ~!”とネガティブなことばかり叫びまくる・・・
かなりお産が進んでたのだろう、1時間もしないうちに陣痛室へと移動していった。
そこでまた1人残される私・・・私も結構しんどいんだけどな・・・
21時頃、再度測定。ダンナの測定だと、もう2~3分間隔くらいなんだけど、
助産婦さんはまたしても“まだまだね”と一言残してあっさり去って行き、取り残された失望感。
22時頃、トイレに行った時に破水!遂に破水した!
破水=陣痛室と思っていた私・・・助産婦さんに破水をしたと告げて診察を受けるも、
まだまだ全部出きらないと出産にはならない、とまた絶望的な言葉をあっさり言われる。
おむつをつけて再度病室に帰り、ダンナと2人っきりで陣痛を乗り切る辛く長い時間が続く。
体力も落ちてきて、ダンナにも必要最低限のこと・・・
(陣痛が)来た!、水!、(マッサージ)もっと下!などの命令形でしか言えなくなる。
それに素直に従ってくれた、ダンナに(あとでだけど)本当に感謝。
~続く~
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