11日の日記の続きです。久しぶりの更新となってしまいます。
既出だが、館林から乗った列車である。12:54発の太田行き(419列車)。
今月、東武鉄道の制服が新しくなった。独特な茶色の制服から、他の鉄道会社にありそうな紺色の制服に変更されてしまって残念だ。私が乗った太田行き列車に東武鉄道の職員らしき人が乗車した。制服の人と話している。同僚だからだろう。
勤務明けだろうか、随分ラフな服装だった。
太田行き列車は予定より5分遅れ、12:59頃に出発。館林からは線路が3方向に分かれ、足利市方面に向かう。ここで不思議なことに気づく。
東武伊勢崎線は太田に行くのには直線コースではなく、わざわざ栃木県に入っているのである。館林から北に向かい、足利市へ
迂回している。
どちらかというと小泉線の方が直線コースに近い。
しかし小泉線沿線には大きな町がない。よって人口も少なく輸送力も3両分で十分ということで、本来ならば直線コースの区間が支線になったという特異な状況だ。
館林から北は田園風景が広がり、地方という言葉が似合いそうな景色になる。東側の車窓からは遠くに山々が見えた。遠出のウォーキングに相応しいような景色にもなった。
列車は県(あがた)駅で対向列車(久喜行き、420列車)と交換する。この県駅は「
あがた」と読み、
全国でも難読の駅名として有名かもしれない。ちなみにここでの他に対向列車との交換はなかった(普通が1時間2本、特急
りょうもう号が1時間1~2本)。また、次の福居駅から野州山辺駅まで東武伊勢崎線は栃木県を走る。
足利市に到着したのは13:08。足利市駅は高架駅である。駅前にはビルも建っており、
一瞬だが都会の雰囲気が漂う。しかし列車の停車時間が短かったのと、駅名標との距離が遠かったので、
駅名標を撮り損ねてしまった。東武線・駅名標紹介のページで、足利市駅の写真がないのはそのためである。
足利市を出発した太田行き列車は渡良瀬川に別れを告げ、再び群馬県に入る。太田駅に入る直前に、2004年に完成した高架橋を上る。高架橋からはスバルブランドで有名な、
富士重工の本社ビルが見えた。高架橋の上、小泉線と合流するところには留置線があり、
りょうもう号用の200系が留置されていた。夕方の運用に備えるためだろうか。
太田駅高架化工事は2004年11月に完成した。その際、
かなりの長さ(200メートルほどか?)がある島式ホームが2本設置された。実はこれは末端区間のワンマン化に伴う縦列停車(京阪電車・淀屋橋駅をイメージ)を前提とした造りになっていたとは。最初見たときは、ある意味驚いた。
次に乗る伊勢崎行きの列車(13:43発の331列車)である。