テーマ:スピリチュアル(2947)
カテゴリ:寺社、パワースポット、予言
いずれも現代では「神」として祀られているが、崇徳天皇、菅原道真、平将門の非業の死を遂げた怨念の激しさから「日本三大怨霊」と呼ばれる。 中でも平将門は、現代でも将門の祟りが恐ろしいと噂されている。 14世紀初頭、平将門の祟りと云われた疫病が流行した。 将門を葬った墳墓とされる「将門の首塚」の近くの神田明神(神田神社)が、将門の霊を供養し疫病が沈静化した。 そのため1309年、平将門公は、除災厄除の神・平将門命(たいらのまさかどのみこと)として奉祀された。 1984年から神田明神の本殿、三の宮に祀られるようになった。 2020年11月、将門没後1081年にあたって1961年の第1次整備工事以来、第6次目の改修工事が始まった。 関係各所の総意として、「敷地内の安全性と管理性の向上を目指すと共に、これからの時代にふさわしい新しい将門塚として皆様に愛されることを目指し」実施される。 工事は2021年4月末竣工の予定。 コロナ禍が猛威を振るっているが、日本に大きな災厄が無いことを祈ろう。 《千年の祟りが再発動?》
改修工事が進む大手町「平将門の首塚」の現在 取材した筆者もプチ金縛りに 辛酸なめ子 2020年12月13日 文春オンライン ビルが林立する大手町にひっそりとたたずむ将門塚。隠れ家的パワースポットとも祟りスポットとも言われていますが、最近この将門塚(通称「首塚」)の周辺が騒がしいです。 下手にいじると祟りが発動すると怖れられている首塚で、11月22日に改修工事が始まりました。 すると25日に茨城県南部を震源とするM4.3の地震が発生。茨城県には平将門公を祀る神社や胴塚が存在していることから、将門公の祟りでは? と危惧する声も出ています。 過去にあった祟りの事例で有名なのは、戦前に旧大蔵省の仮庁舎を建設しようとした時。 首塚を更地にして仮庁舎を建設する工事を始めたところ、当時の大蔵大臣が急死して大蔵省官僚や工事関係者が十数人も亡くなってしまいました。 また、戦後、GHQが首塚を撤去しようとしたところ工事の重機が横転し運転手が死亡。 ツタンカーメンの呪いに匹敵する、ファラオ級の霊力に戦慄せずにはいられません。 「史蹟 将門塚保存会」のサイトには「この度、平将門公没後1081年にあたり、1961年の第1次整備工事以来、数えて第6次目の改修工事を実施することになりました」という告知がアップされています。 ちなみに第5次整備工事は1976年。この時に発生した大きな事件は、ロッキード事件や、台風17号による被害など。まさかそれらも将門公の霊力ではないと思いますが……。 …(略)… 「史蹟 将門塚保存会」による「参詣者の皆さまへ」という掲示には「(改修工事は)これからの時代にふさわしい新しい将門塚として皆様に愛されることを目指し実施されるものです」「工事期間は令和2年11月より令和3年4月末を予定しております」「これまでと変わらず神田神社において御祭神・平将門命としてお祀りされておりますので、ご参詣くださいますようお願いいたします」と、サイトと同じ文面が書かれていました。 「新しい将門塚」と、工事は工事でもアップグレードさせる計画なので将門公も怒らないかもしれません。 壁の隙間から中をのぞきこむと、地面が鉄板で覆われています。石碑が見当たらない代わりに、左の方に土が盛り上がっていました。 禁足地感が漂っています。 その後ろには重機が見えました。 GHQの工事では横転したという重機ですが、見たところ安定感を漂わせて駐車されています。 壁の一面には祭壇が設けられていて、お花や日本酒が供えられていました。 ガラスの向こうにはお札が祀られ、お賽銭を入れる開口部も空いています。 次から次へと参拝者が訪れていて、将門公の隠れた人気を実感。 5分ほど滞在している間に10人は参拝者が。 孫とおじいちゃんなど家族連れもいました。 こんなに敬われていたら、祟るお気持ちも失せそうです。 この日、首塚のあった場所をのぞきこんだりしたせいか、プチ金縛りに遭いましたが……。 ― 引用終り ― 2020年2月、東京・大手町一丁目の大規模再開発「Otemachi One」が竣工した。 再開発の敷地の一角に「平将門の首塚」(東京都千代田区大手町一丁目2番1号外)がある。 付近一帯は江戸時代には姫路藩雅楽頭酒井家の上屋敷の敷地。 近隣の企業が「史蹟将門塚保存会」を設立し維持管理を行っている。 荒ぶる神として信仰する者の多い平将門命は、都心の超一等地で東京を静かに見守り続けているのだろう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2020年12月24日 16時00分06秒
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