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モータースポーツ(4輪)

2020年10月26日
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 10月25日、第15戦
セント・ピーターズバーグをもって2020インディカー・シリーズは閉幕。
 スコット・ディクソンは3位でフィニッシュ。
 6度目のシリーズ・チャンピオンを獲得。
 佐藤琢磨は、ペナルティで後退するも10位で最終戦を終えている。

 コロナ感染拡大防止の影響によりシリーズの開幕戦を6月に延期したことから、インディ500の決勝は8月16日となった。

 子供の頃インディ500をTV観戦しているとき、A.J.フォイトはとても目立った。
 ほとんどの車がオッフェンハウザー・エンジンを搭載する中で、
A.J.フォイトは、フォード・エンジンで常に優勝争いに絡んでいたからだ。
        
 フォードエンジンを搭載したシャシーのコヨーテ は、A.J.フォイトが設立したコンストラクター。
 インディ500を含むUSAC主催のインディカーレースに参戦するシャシーの設計・製造を行うレーシングブランド。
 1967年インディ500で、フォイト自身の手でデビューウィンを飾った。
 1966年から1983年までの期間、フォイト自身が製造した車両で141戦に出場して25勝を挙げている。

 A.J.フォイトは、1967年と1977年にインディ500でコヨーテを使用したレースカーで優勝している。
      
 AJの本名は、アンソニー・ジョゼフ・フォイト・ジュニア(Anthony Joseph Foyt, Jr. )。
 インディ500では1961年・1964年・1967年・1977年と4度優勝。
 歴代最多優勝タイ記録を持つ。
 優勝時に登場していた車両は、1961年トレビス・オッフェンハウザー、1964年ワトソン・オッフェンハウザー、1967年コヨーテ・フォード、1977年 コヨーテ・フォイト。
 1981年、CARTでA.J.フォイト・エンタープライズを設立しA.J.フォイト・レーシングのチームオーナーとなる。
 1994年、ブリックヤード400にて現役引退。
        
 2013年、A.J.フォイト・レーシングは佐藤琢磨を獲得。
 第3戦ロングビーチで2002年カンザスでのアイルトン・ダーレ以来11年ぶりの優勝を果たした。
 佐藤琢磨は2016年までAJフォイト・レーシングに在籍。
 シーズン終了後、AJフォイト・レーシングがシボレーに移籍。
 チームは佐藤琢磨を残留させる意向であったがホンダとの契約もありチームを離脱したと伝えられる。
        
 2017年、佐藤琢磨はアンドレッティ・オートスポーツに移籍し、日本人初のインディ500優勝を遂げた。
 2020年のインディ500では、佐藤琢磨とスコット・ディクソンが196周目へと入った直後、第4ターンでスペンサー・ピゴットが激しくクラッシュし、フルコースコーションが宣言された。
 レースはイエローフラッグのままレースはゴールを迎え、佐藤琢磨(Rahal Letterman Lanigan Racing)がインディ500での2度目の優勝を勝ち取った。
        ​






最終更新日  2020年10月26日 07時48分52秒
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2020年10月05日
テーマ:電気自動車(157)
 よくある間違った表現に、「トヨタやホンダがEV開発に出遅れいてる」というものがある。
 トヨタやホンダは、国策に沿った燃料電池車(FCV)の領域でEVを開発してきた。
 バッテリー式電気自動車(BEV)の製造に出遅れいてるだけだ。
 そしてガソリンエンジン並みの台数でBEVの量産に長けたメーカーは一つもない。
 製造規模、生産台数面では日産もテスラもこれから。
 世界の各社が鎬を削っているのは、次世代バッテリーの開発・量産と、モーター、バッテリーの制御。
 自動運転技術は内燃機関、EV共通の課題。
        ​
 2020年はEV普及元年といえる年。
 各国、地域でEV(NEV:新燃料車)の普及拡大に向けての施策が明確にされている。
 そんな中、2030年に世界で販売する四輪車の3分の2を電動化することをめざしているホンダが、2021年シーズン終了後F1を撤退することを宣言した。
        ​
片山 修
2020年10月03日 BLOGOS
 ホンダは2日、F1から2021年シーズンを最後に参戦終了することを発表しました。
 エンジンなどのパワーユニットを供給するかたちで、2015年からF1に4度目の参戦を果たし、今シーズンはこれまでの10戦で9戦連続で表彰台を獲得、ようやく勝利を手にできるようになったタイミングで、F1への参戦終了を決断したことになります。
 なぜ、このタイミングで参戦終了を決断したのか。
 理由の一つは、ますます厳しくなる環境規制への対応ですね。
 「F1では、優勝という目標を達成でき、一定の成果を得ることができました。
 その力をこれからは、パワーユニットとエネルギーのカーボンフリー化、カーボンニュートラル実現という新しいフィールドでの革新に注ぎます」と、社長の八郷隆弘氏はオンライン会見で述べました。
        ​
 ご存じのように、環境規制が厳格化する中で、自動車メーカー各社はEVなどの電動車へのシフトを進めていますが、ホンダはEVの開発に出遅れています。
 2030年までに世界の四輪車販売の3分の2を電動車にするという計画を達成するためにも、リソースを集中させる必要があるんですね。
 もう一つの理由は、経営的な問題です。
 新型コロナウイルスの影響で自動車の販売が低迷し、業績が悪化するなか、果たしてF1を続けることが正しいのかどうか、そんな余裕があるのかどうか……。
 また、内燃エンジンに頼りつづけることへの限界がいわれていますが、そのことも、F1を続けることへの疑問として浮上していました。
  ― 引用終り ―
        ​
 EV開発にも資金が必要だが、EVの量産にも多大な資金と時間が必要。
 大量のEVの部品を製造し、効率的に組立てる生産工場は、構造と工数の違いから新設しなければならない。
 部品ではバッテリーの確保がポイント。
 次によりエネルギー密度の高い次世代バッテリーの開発と量産が重要。
 製造では、組付ける部品の種類・場所が異なるEVを効率的に組立てる仕掛けを新規で考え、実行しなければならない。
 内燃機関からBEVへの転換は「新規」の占める比率が高い。
 必要になる資金は多く早い者勝ちが想定され時間的制約も厳しい。
 F1マシン関連の開発競争と似ているといえば似ている。
 そしてF1のパワーユニットは市販車からかけ離れたものとなっている。
 撤退の潮時か。






最終更新日  2020年10月05日 06時00分05秒
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2020年08月29日
 8月19日、世界ラリー選手権(WRC)の2020年シリーズで、11月19日~22日に予定されていた「ラリージャパン」の中止が決まったことを実行委員会が発表した。
 新型コロナウイルスの感染拡大で、外国人選手や関係者の入国が難しいことを踏まえて判断した。
        ​
 ラリージャパンは、数々の困難を克服して2004年に北海道で初めて開催された。
 その後も北海道で継続して開催されていたが、2010年の大会を最後に開催されていなかった。
 2019年9月、10年ぶりの復活が決まった。
 愛知県と岐阜県にコースが設定され、2020年11月に開催される予定でトヨタ、現代自動車、フォードの三つ巴の闘いがみられるはずだった。
 2021年のラリージャパン開催は内定しており、準備に入るという。
 来年こそ、新型ヤリスの活躍がみられるだろう。
        ​
世界的イベントのラリージャパンが中止に!
2020年8月19日 ASCII.jp
 今年の11月に開催予定だった世界ワールドラリーチャンピオンシップ(WRC)の日本ラウンド「ラリージャパン 2020」の中止が、今日19日に正式発表された。
 新型コロナウイルスの影響で、海外チームの来日の目途が立たないことが要因だ。
ラリージャパン 2020実行委員会が中止を発表
 ASCII.jpとウェルパインモータースポーツは、約2年前にラリージャパンが開催されると聞き、10年前の夢よ再びと女性ドライバー2人にその夢を託し、準備を進めてきた。
 しかし、ウィズコロナの世の中になってしまった以上、このような結果になることも予想はできていた。
 もちろん、これで夢を諦めたわけではない。
 ラリージャパンは来年も開催が内定しているので、目標を来年の参戦・完走に設定しなおし、再び挑戦する予定だ。
  ― 引用終り ―
        ​
 2020WRCは第3戦ラリー・メヒコまで開催され、以降は開催されていない。
 マニュファクチュアラー選手権のポイントランキングは1位はトヨタ。
 WRCが各国で開催されないのは、残念至極。
1位 TOYOTA GAZOO Racing ワールドラリーチーム
 110
2位 
ヒュンダイ・シェル・モービス・ワールドラリーチーム
 89
3位 
Mスポーツ・フォード・ワールドラリーチーム
 65
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最終更新日  2020年08月29日 06時00分09秒
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2020年08月24日

 ​​2020年8月23日、第104回インディ500で佐藤琢磨がスコット・ディクソンの猛追を抑え、2017年以来2度目の優勝を遂げた。
 佐藤琢磨はレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングからダラーラ・ホンダで参戦。
 スターティング・ポジションは3番手、初のフロントロウの好位置からだった。
        ​
 「インディ500」は1911年から開催されている全米一格式の高い伝統のモータースポーツ。
 インディカー・シリーズは、シリーズチャンピオンよりインディ500の優勝者の方が重んじられる。
 歴代の優勝者名が刻印されたボルグワーナー・トロフィーは、1935年に制作されてから82年間、アメリカ国外に出たことがなかったが、2017年に佐藤琢磨が優勝したことを記念した日本での凱旋ツアーのために史上初めて国外に出た。 
        

佐藤琢磨 3年ぶり優勝
自動車レース「インディ500」
2020年8月24日 NHK
 世界3大レースの1つとされるアメリカの伝統的な自動車レース、通称「インディ500」が23日行われ、元F1ドライバーの佐藤琢磨選手が3年ぶり2回目の優勝を果たしました。
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 「インディアナポリス500マイルレース」、通称「インディ500」は100回以上の歴史を持つアメリカ伝統の自動車レースで、F1の「モナコグランプリ」や「ル・マン24時間耐久レース」とともに世界3大レースとされています。
 レースは、だ円形の1周およそ4キロのコースを200周走り、時速は最高でおよそ350キロに達します。
 レースは毎年5月に行われますが、104回目となることしのレースは新型コロナウイルスの感染拡大の影響でおよそ3か月延期され、23日、インディアナ州で無観客で開催されました。
        ​
 予選3位からスタートした佐藤選手は同じホンダのエンジンを搭載したドライバーと終盤まで激しいトップ争いを繰り広げ、残り27周で再びトップに立ちました。
 そして、残り5周で後続のドライバーがクラッシュした影響で安全のため先導車がコースに入り、順位を維持したまま佐藤選手が1位でゴールしました。
        ​
 2010年からインディカー・シリーズに参戦している43歳の佐藤選手は、「インディ500」には今回が11回目の出場で、日本選手として初優勝した2017年以来、3年ぶり2回目の優勝を果たしました。
  ― 引用終り ―
        ​
 例年30万人以上の観客は無観客ということで0。
 ドライバー紹介など「インディ500」恒例のレースセレモニーは例年と同じく行われ、インディアナポリス・モータースピードウェイのオーナーとなったロジャー・ペンスキーがスタートコマンドを担当。
 インディ500のチャンピオンはシャンパンではなく「ヴィクトリーレーンで牛乳を飲む」のも続けられている儀式。
 スポンサー(2017年現在はインディアナ州酪農組合)がついており、
飲まなかった場合や規定内で飲まなかった場合は、スポンサーからの賞金が与えられない。

      
 コースオーナーのロジャー・ペンスキーは、元F1ドライバー(1961年と1962年シリーズ参戦)。
 1961年、スポーツ・イラストレイテッド誌のスポーツカークラブ・オブ・アメリカのドライバーオブザイヤーに選出さた。
 1965年、レーシングドライバーを引退。
 インディカー・シリーズとNASCARチームオーナーとして参戦し、各々強豪チームとして活躍した。
 ペンスキー・レーシングは、1974年末から1977年まで、オリジナル・シャシーなどでF1に参戦していた。
      







最終更新日  2020年08月24日 21時58分20秒
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2020年08月23日
テーマ:島根県(16)
  
 国内では市街地コースでの50年以上前から様々な具体的な構想があったが、市街地でのレースは実現しなかった。
 この度、タイムトライアル形式ではなく同時に走行する形でのレーシングカートのレースが、2020年9月20日に島根県江津市で開催されることになった。
        ​
日本初の市街地コースレース
9月20日
2020/07/28  Response
 A1市街地グランプリGOTSU2020実行委員会とA1市街地レースクラブは、日本初となる市街地レース「A1市街地グランプリGOTSU 2020」を大会規模を縮小して9月20日に開催することを正式決定した。
 A1市街地グランプリは、日本で初めて市街地で開催するレースシリーズ。
 A1(Anyone=「誰もが」)をテーマに掲げ、観戦する人、競技に参加する人、イベントを支える人、すべての人が新しいことにチャレンジし、最先端の考え方や技術に触れ体験できる場を創造することを目的としている。
 持続可能なCity (まち)を舞台に、自動車レースの枠を超えて、企業や研究機関がTechnologyとInnovation(技術革新)を発表、開発、実証実験することができる「まちの展示場」を目指し、開催を予定していた。
        ​
 A1市街地グランプリは当初、全長1.7kmの市街地コースを予定していたが、関係各所との協議・調整の結果、全長778mのショートコースに変更。
 安全防護体としてイタリア製「GoTrack Barriers」を使用し、コース両側にバリアを敷設する。
 ドライバーは一般公募を検討していたが、ドライバー、観覧者、運営スタッフなどの感染リスクを最小限に抑えるため、大会事務局が選定したドライバー12名で競技を行うこととした。
        

 競技車両はレンタルカート「Birel N35」を使用。
 公式練習、公式予選、決勝レース(スプリントレース20周)を行う。
 当日のレース観覧については、県内外から千人規模の誘客を予定していたが、クラスター感染発生リスクを鑑み、地域住民と関係者のみに限定し、約400名とする。
 A1市街地グランプリGOTSU2020実行委員会とA1市街地レースクラブは、2か月後の開催を控え、クラウドファンディングによる支援を募集していく予定だ。
  ― 引用終り ―
        ​
 レーシングカートでの人身事故は少ないが、安全に開催されることを祈る。






最終更新日  2020年08月23日 06時00分06秒
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2020年07月30日
テーマ:F1(84)
 
 2020F1GPは、第1戦オーストリアGPと第2戦シュタイアーマルクGPが無観客で開催された。
 観る側にとってのF1は、よりVRやARの世界に近づいた。

 F1のエンジンがPU(パワーユニット)と呼ばれるようになったあたりから、F1は運営サイドの「政治」「ビジネス」ばかりが目立つようになり、レース、選手への興味関心が減り、面白さがなくなったと感じていた。
       ​
 そんな折「あと5年でF1帝国の崩壊が始まる」という記事を見つけた。
 巨額の資金が動くF1ビジネスモデル=「F1帝国」の明確な崩壊は、「2020年から始まった」と後の世でされるのではないかと思っている。
 記事は多くの納得できる記述があった。
 「あと5年で崩壊する」が適切なタイトルだと思うが、F1を愛する山下氏は、「F1」に生き残って欲しいのだろう。
        ​

あと5年でF1帝国の崩壊が始まる
ゆとりのレースエンジニア
2020/07/07 note
 こんにちは、ドイツレースチームでエンジニアとして働く山下です。
 先週末、ついにモータースポーツの最高峰F1のシーズンが開幕しました。
 僕は高校生の頃からFormula1 (F1) が好きで、現職に就くきっかけになりました。
 当時は地上波でも放送されており、毎戦かかさずに観戦、その後、録画を何度も見直していました。
 "世界一速いF1マシン"と"先進的な技術"、"個性的なドライバーや業界人"は非常に魅力的でした。
 そして、F1が開催される週末が楽しみで仕方がありませんでした。
 しかし、客観的に考えた場合、F1の未来は厳しい状況にあります。
 キーワードは自動車に少しでも興味がある人なら聞いたことのある"電動化"です。
 そして、F1帝国の崩壊のカウントダウンは始まっていると考えています。
  ― 引用終り ―
       ​
以下、カウントダウンのポイントとなる項目のみメモする。
(1) エンジンに固執するF1帝国
(2) エンジンを搭載する自動車は販売できなくなる!?
(3) 自動車メーカのエンジン開発期限とトレンドに乗れないF1
(4) DTMに見るF1帝国崩壊の予兆

 そしてF1を愛する山下氏はF1生き残りの試案を提示する。

(5) F1帝国の生き残る道
(5-1) 完全電動化を推進してFormula Eと合併
(5-2) 古典的モータースポーツとしてエンジンと共に存続する道を選択
​​​​(5-3) 多様なパワートレインを導入
     ​
 (5-1)が成立するのはFormula E側が支配権を手放した時だけと思われる。
 現行のF1は内燃機関を使用することが、独占支配権につながっている。
 現在のF1は巨大なビジネスシステムであり、利権が損なわれるときは(おいしくなくなったとき)システムは、関係者の離脱により崩壊する。
 F1側があらゆる手段を使い激しく抵抗するだろうが、FIAがF1のタイトルをFormula Eに冠するというやり方は全うだと思う。
       ​

 (5-2)は最も可能性が高いと思われる。
 機械と人間の技術の頂点から、格式に基づいた「伝統芸能」となる。
 F1ブランドが、伝統と権威に由来するネームバリューで生き残る可能性はある。
 というか、既に過去の栄光を商売にしているF1は「伝統芸能」化しており、先端技術開発力の象徴やドライバー選手権としての関心は失われている。
 自動車メーカーは次第にF1に興味を失っている。
     ​

 (5-3)は米国でかつて開催された排気量無制限のレース「カンナム(カナディアン-アメリカン・チャレンジカップ、Canadian-American Challenge Cup)を連想させる。
 モンスターマシンによる競技のカンナムは、1970年代にマーク・ダナヒューが操るポルシェ917-30の独り勝ちが続き、多様性を失ってコンペティティブではなくなり、観客が興味を失って収束していった。
 多様な技術方式をレギュレーションでイコールコンディション化することは困難。
 一つの秀でた技術が安定化した場合、年に1回開催するなら成立するが、シリーズ化することは無理がある。
       

 現在のF1からフェラーリがなくなったら、F1ビジネスモデルは瞬く間に崩壊するだろう。
 近年F1で全く調子のよくないフェラーリだが、F1の技術部門の再編を発表した。
 優勝するためには「再編」や「変更」ではなく、外部のエキスパートを加入させることが必要と思われる。
        ​
F1=フェラーリ、技術部門の再編を発表
Reuters Staff
2020年7月23日 Reuters
 自動車レースF1のフェラーリは22日、開幕からメルセデスに3連勝を許した苦戦を受けて、技術部門を再編することを発表した。
 このスポーツにおいて最も長く、魅力的かつ成功した歴史を持つチームは昨年のチーム総合では2位だったが、開幕3戦を終えて5位。
 セバスチャン・フェテル(ドイツ)とシャルル・ルクレール(モナコ)の両ドライバーは中位争いを強いられている。
 フェラーリは、エンリコ・カーディレ氏が新たにパフォーマンス開発部門の責任者に就任すると発表。
 他の部門の役割に変更はないとした。
 マッティア・ビノット代表は「私たちは組織の技術部門に変更を加えて、車の性能面での設計と開発をスピードアップしていく」と述べた。
 フェラーリでは2007年のキミ・ライコネン(フィンランド)を最後に個人総合優勝を果たしたドライバーが出ていない。
​​​  ― 引用終り ―






最終更新日  2020年07月30日 06時00分09秒
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2020年07月19日
テーマ:F1(84)
 年寄りにはジャック・ブラバムとデニス・ハルムとロン・トーラナックはオーストラリアン三羽烏。
 お隣のニュージーランドからはブルース・マクラーレンが出張って、欧米で大活躍していた。
       

ラルト生みの親、ホンダとも縁の深い
ロン・トーラナックが逝去​。
95歳
2020/7/17(金) motorsport.com 日本版
 レースコンストラクター『ラルト』の生みの親であり、ブラバムの共同創設者でもあったロン・トーラナックが亡くなった。
 95歳だった。
 1925年にイギリスで生まれたトーラナックは、数年後に家族と共にオーストラリアに移住。
 14歳で学校を中退し、オーストラリア空軍に入隊して戦闘機パイロットとして訓練を受けた。
 その後、1950年代初頭から兄のオースティン・ルイスとヒルクライムカーの製造を開始し、そのマシンにはふたりのイニシャルをとって『ラルト』(RALT=Ron and Austin Lewis Tauranac)と名付けられた。
 トーラナックはオーストラリアでのヒルクライムレースを通してジャック・ブラバムと知り合い、ブラバムがヨーロッパに拠点を移した後も連絡を取り合う関係となっていた。
  そしてトーラナックは1960年にイギリスに戻り、ブラバムと共にモーターレーシング・デベロップメント社を設立。
 これが1992年までF1に参戦することとなるブラバムチームの始まりである。
       

 ブラバムチームは1966年にブラバム自らのドライブでF1タイトルを獲得すると、翌1967年にはデニス・ハルムがチャンピオンに。
 その後も様々なフォーミュラカーレースで成功を収めた。
       ​
 またラルトは、ホンダ製のエンジンを搭載したF2マシンで1980年代のヨーロッパF2を席巻。
 1960年代のF2でもブラバム・ホンダで全盛期を築いたトーラナックは、ホンダと非常に縁の深い人物であった。
 さらにF3では、ラルトのマシンを駆るアイルトン・セナらをチャンピオンに導いた。
 その後トーラナックはラルトをマーチに売却し、オーストラリアへと戻り一線を退いた。
  ― 引用終り ―
       

 ラルトのF3マシンはアイルトン・セナの他、ミカ・ハッキネンらがチャンピオンを獲得した。
 ラルトは、F2やF3といったF1を頂点としたピラミッドとなるカテゴリーを支えた。
      
 トーラナックは、ホンダのレース活動と縁が深かった。
 ホンダがラルトのF2にエンジンを供給していた1966年、そして1980年代のF2でラルトのマシンはカテゴリーを席巻した。
 1995年には、レーシングカーデザイナーとして、佐藤琢磨も在籍したSRS(鈴鹿サーキット・レーシングスクール・)』のフォーミュラカーをデザインした。
       ​
 ジャック・ブラバムは1970年に引退し、MRDとブラバム・チームの運営をトーラナックに任せ帰国した。
 ヨッヘン・リントのマネージャーだったバーニー・エクレストンが名門ブラバムチームを買収し、チームオーナーとしてF1界に人脈を形成し、後に現在のF1をビジネスモデルとして定型化した。
      ​
 モーターレーシング・デベロップメント(MRD)の2代目オーナーは、現代のF1のビジネスモデルを築いた。






最終更新日  2020年07月19日 16時00分05秒
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2020年07月01日
テーマ:F1(84)
 F1のレギュレーションではチェッカーフラッグが表示されると、直ちにレースが終了することが定められている。
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 2018年のカナダGPでは、ゲストのウィニー・ハーロウが誤ったタイミングでチェッカーフラッグを振り、残り2周時点での順位が正式結果となった。
     ​
 2019年、鈴鹿サーキットで行われたF1日本GPの決勝レースは53周で競われる予定であった。
 今度は旗そのものではなく電光掲示にチェッカーフラッグが1周早い52周終了時に、表示された。
 このため、52周終了時の順位が正式なリザルトになった。
 最終ラップでピエール・ガスリー(トロロッソ)と絡んでコースオフしたセルジオ・ペレス(レーシングポイント)は幸運にも9位入賞した。
 F1レースディレクターのマイケル・マシは”システムエラー”が起きたと説明した。
     ​
 2019年12月、今年のF1日本GPでの電子ライトパネルで発生した問題を受け、2020年はチェッカーフラッグを正式なレース終了の合図に戻すことを決定した。
 きっとF1ファミリーのメーカーの電子ライトパネルシステムが欠陥製品だったのだろう。
 現物、電光表示といろいろあったチェッカーフラッグが、今般チャリティとして切り分けて売り出されることになった。
     ​
ファンに販売
2020年6月24日 Reuters Staff
 自動車レースF1は23日、レース終了を告げる合図として使用されるチェッカーフラッグをその市松模様にそって切り分け、慈善活動支援のためにファンに販売することを発表した。
 切り取られた断片のうち56枚がファンに向けて販売され、名前が印刷される。
 価格は1枚当たり200ポンド(約2万7000円)。
 残りの24枚は反人種差別、多様性の促進、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)の影響を受けた人々への支援を目的としたキャンペーン「#WeRaceAsOne」の一環としてレースプロモーターに割り当てられる。
 今季のF1は7月5日、オーストリア・グランプリ(GP)で開幕を迎える。
 レースは無観客で行われる。
  ― 引用終り ―
     ​
 無観客レースの意義は、F1ファン健康よりも莫大TV放映権料や、スポンサー料にある。
     ​​​






最終更新日  2020年07月01日 06時00分08秒
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2020年06月21日
テーマ:F1(84)
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 F1のマネージングディレクターのロス・ブラウン氏は、公式ウェブサイトで2020年のF1日本GPが中止になる可能性があると語った。
 5月の時点でF1日本GPの主催者であるモビリティランドは、開催することに楽観的だと語っていた。
     ​
F1日本GP主催者、予定通り
10月に観客を入れたレース開催に自信
2020年5月19日 F1-Gate.com
 F1日本GPの主催者は、2020年に予定通り10月11日に観客を入れてレースを開催することに楽観的だと語る。
 新型コロナウイルスのパンデミックによって2020年のF1世界選手権は予定されていた最初の10戦が延期・中止となり、F1は新たなカレンダーの作成に取り組んでいる。
 現時点で2020年のF1世界選手権は7月5日/12日にオーストリア、7月26日/8月2日にイギリスでレースを開催できることを期待しているが、それぞれの計画は政府によって承認される必要がある。
 その後、F1サーカスはスペイン、ハンガリー、ベルギー、イタリアでヨーロッパラウンドを狩猟し、9月中旬にアゼルバイジャンとロシアへと移動し、10月と11日にアジアとアメリカでのグランプリ開催、バーレーンでの2連戦の後、12月13日にアブダビで最終戦を迎えるという計画が立てられている。
 F1日本GPは、首都東京から南西約300kmに位置するホンダ所有の鈴鹿サーキットで開催される。
  ― 引用終り ―
     ​
 主催者として自信をもって語るのは大切だが、実は単独では開催も中止も延期も決められない。
     ​
F1=改訂カレンダー、
欧州開催増も検討
Reuters Staff
2020年6月12日 11:02 ロイター
 自動車レースF1は、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)によりアジアや北中南米でのグランプリ(GP)開催が中止となる可能性があるなか、欧州でのレースを増やすことが選択肢として検討されている。
 F1は新型コロナウイルスの影響でオーストラリアGP、モナコGP、オランダGP、フランスGPがすでに中止に。
 情報筋によると、さらにアゼルバイジャンGP、シンガポールGP、日本GPが中止になる可能性があるという。
 また、ブラジルGP、メキシコGP、米国GPの開催も不透明な情勢となっている。
 F1のマネージングディレクターを務めるロス・ブラウン氏は、公式ウェブサイトで
 「必要に応じて、さらに1、2レースをヨーロッパで開催することも考えられる。
 バーレーンとアブダビは現時点でシーズン終盤に開催されると思う。
 それで10レースになる。
 あとは中盤に少なくとも5つ、6つのいいレースができるだろう」
と語った。
  ― 引用終り ―
​     ​​
 5月19日から6月12日までの時の経過はあるが、主催者が自信をもって語っても、F1のマネージングディレクターのロス・ブラウン氏が中止の可能性を語るのである。
 鈴鹿サーキットの中止の発表より6時間も前にロイターの記事が出ており、事実はロス・ブラウン氏の語る通りになった。
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2020 FIA F1世界選手権シリーズ
6月12日 17:00 鈴鹿サーキット公式サイト
 2020年10月9日(金)~11日(日)に、鈴鹿サーキットで開催予定でありました「2020 FIA F1世界選手権シリーズ ピレリ 日本グランプリレース」につきまして、本年度の開催を中止することを決定いたしました。
 国内外における新型コロナウイルスの感染拡大状況や各地域での防止対策などを踏まえ、慎重に検討を重ねて参りましたが、現段階で海外からの渡航に関する規制解除の見通しが立っていない社会状況および国際的に大規模な移動を伴うイベントの特性を鑑み、開催中止を判断いたしました。
 楽しみにされていたファンの皆様および関係者の皆様におかれましては、ご理解くださいますようお願いいたします。
  ― 引用終り ―
 F1日本GPの主催者(プロモーター)はモビリティランド。
 だがGP開催の可否の​意思決定プロセスで主体にはFIA、フォーミュラワン・グループが加わる。​

 FIA(国際自動車連盟)は、FIAフォーミュラ1世界選手権規約(
スポーティングレギュレーション、テクニカルレギュレーション、関連レギュレーション)を管理・監修・規定する。

 「フォーミュラワン・グループ」は、バーニー・エクレストンが始めたF1世界選手権の運営・放映権管理・マネジメントなどを統括する企業グループ。
 現在の大株主は米国のメディア総合企業のリバティメディア。
 フォーミュラワン・グループとして現場を運営するスポーツ担当マネージングディレクターがロス・ブラウン。
 ロス・ブラウンは英国出身のレーシングカーエンジニア、F1テクニカルディレクターでベネトン、フェラーリ、フェラーリなどで実績を残した。

 オリンピックと同様に興業としてのF1シリーズには巨額の放映権料と各GPプロモーターの開催権料が必須。
 即ち、開催の判断にはFIA、フォーミュラワン・グループ三者の合意が必須。
 1者で中止の判断をすれば中止に伴う損害は中止を決定した者が負担することになる。
 三竦みの構造が、観戦客不在と断言できるほど、2020オーストラリアGPの中止の決断を遅らせた。
 今回の日本グランプリ中止の発表は、決定に至る時間もあったせいか、観戦客に配慮したタイミングだったように映る。

オーストラリアGP中止発表までの裏側。
三者が15時間にらみ合い、
ファンより金を優先した
F1/海外ライターコラム
2020.03.23 auto sport Web
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最終更新日  2020年06月21日 06時00分08秒
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2020年06月02日
テーマ:F1(84)
​​​ 2020年のF1世界選手権の第1戦オーストラリアGPの決勝は3月15日に開催される予定だった。
 3月13日(金)のフリープラクティスがスタートする約2時間前、
オーストラリアGPの中止が発表された
 マクラーレンのスタッフが武漢肺炎の感染の検査を受けたが水曜、陽性が判明したのは木曜。​
     ​
 その後、世界的感染拡大が誰の目にも明らかになり、開催延期または中止となったレースが続出。
 4月16日、当初予定されていたF1カレンダー8年間スケジュール)はF1公式サイトから取り下げられた。
​     ​

シルバーストーンでF1「2レース開催」​、
英政府の承認が条件に
2020年5月16日 AFPBB ニュース
 フォーミュラワン(F1、F1世界選手権)の英国GP(British Grand Prix 2020)を開催するシルバーストーン(Silverstone Race Circuit)は15日、同国政府の承認を条件に2レースを開催することになった。
  ― 引用終り ―
 5月19日、英国政府が発表した武漢肺炎の検疫方針を受け、免除の特例が認められない場合、今年の英国GPの開催は難しいとの見解を
リバティメディアは示した。
     ​
 F1シリーズの主催者であるリバティメディアは、TV放映権料をできるだけ稼ぎたい。
 短期間で、できるだけ多くのレースを開催するため、3週連続開催、3日から2日間への日程短縮、無観客レース、そしてシルバーストン・サーキットでの3レース連続開催などの案を出していた。
 冬は米国のスポーツ日程の関係でF1のTV放映が入る余地が少ないため、夏から秋が検討対象期間。
 東京オリンピック2020の中止の決定が長引いたのも、翌年夏への延期がすぐに決まったのも、TV放映権という事情があったため。
     ​
 現時点の2020シリーズの開幕戦は7月5日、オーストリアGP(レッドブル・リンク)で無観客レースとして開催。
 翌週もレッドブル・リンクで第2戦を行うことを目指している。
 一国一GP開催のルールとはどう折合いをつけるのだろう。
 圧倒的経済原理の前に吹き飛んだのだろうか。
     ​
 次が英国GP(シルバーストーン)。
 オーストリアGP後、英国政府が開催に合意することを前提にソルバーストーンでの開催に基本合意した。
 ジョンソン首相の上級顧問がロックダウン中に移動した件もあり、コロナ禍、拡大防止策に関する英国世論は厳しい。
 5月26日、マクラーレングループは自動車部門、技術部門、レース部門の3部門において計1200人の人員削減を行なう予定であること、スタッフと協議に入ることを発表した。
 英国の次はハンガリーGP(ハンガロリンク)。
 第何戦になるのだろう。
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 日本GP(鈴鹿サーキット)は、ロシアGP(ソチオートドローム)の次になっている。
 現時点のロシアは武漢肺炎の感染拡大と、石油価格の下落による政府の財政危機が不安要因。
 ロシアは国家財政の4割ほどを石油収入に依存していた。
 F1を招聘する側は開催を中止すると違約金が高額なので、赤字イベントだからといってすぐに中止の判断はできない。
 日本GPがどうなるかは、神のみぞ知る。






最終更新日  2020年06月02日 16時00分07秒
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