凄み
最近一気に読んでしまったのは『羆撃ち』の一冊です。夏に和尚様が読まれてから、急いで、大草原の少女みゆきちゃんのDVDも購入して見させていただきました。 お父様の代を受継いで小さい頃から憧れていた狩猟生活に賭けた著者。度々「狩猟を職業としてやっていくことを決意した」ことが書かれておりました。幾種もの動物と対峙しながらも、一番の大物は羆。その命がけの戦いと、そこに挑む極寒のテント生活を体験者しか書けないところから描写してありました。 そして、また憧れだった自分が育てた猟犬との羆撃ち。そしてアメリカに渡って自分の力を試すべく学校に入門して学ぶ日々。そして最後は猟犬フチとの別れ。 どんなときにも、自分は狩猟で食べていくということが根底に流れていて、アメリカに渡る費用も狩猟によって用意しておられました。 ふと、あ、私も托鉢で食べさせていただいている身なんだあと、立っている場所は違うものの何か共通のものも感じました。 自分の夢を叶えようと前に向かいながら、また人生に流れ来るものに反応して生きていく著書。そうしてまたDVDの小さな少女に対する厳しい教育も納得できるものがありました。 食べていくことに追われたくない、それが私が生きていく中でお坊さんを選ぶ前に感じていたことでした。 著者はアメリカで自分の力を試し終わってから再度渡米せずに牧場での酪農の生活に移っていきます。そして牛を飼うことで食べていけるにも関わらず時々狩猟をしたりして、狩猟のみだった頃よりも欲が出ているとぽろりとこぼしていました。草刈や牧場を維持していくことに急がしそうでもありました。 そんなに自分を責めることでもないように感じましたが、自分のことは自分が一番知っていると思います。 今は最初の思い通り托鉢で生活させていただいている私ですが、これからどのように変容していくのでしょう。しかし行を基本に据えていきたい、私の中から托鉢をとってしまったらお坊さんとしての私自身は、中心がずれてしまうような気がしています。