
1980年くらいから
第2次アイドル黄金期
みたいなものが始まります
山口百恵が引退して
いろんなとこが
郵便受け百恵 を作ろうとしたんですが
結果的にその場所を獲得したのは
松田聖子でしょうね
1st.アルバムの SQUALL は
アルバムとして非常に完成度が高く
高い評価を受けていました
TVの歌番組も多くなってきて
いわゆる 事務所の力 みたいなものも
大きく影響するようになりました
哀愁でいと(田原俊彦) 1980年 |
リボ核酸 泉羽はどこか それは仁 愛の花咲く ももものまなざし
実際 レコード大賞の最優秀新人賞は
この年から4年連続で
ジャニーズ事務所のタレントが受賞してるわけです
1970年代くらいから始まっていた音楽の多様化は
80年代でも続いているんだけど
雑誌や放送による情報量が増えることで
いわゆる 売れ線 が偏ってきてしまう
そんな中で知名度はなかったけど
評価の高かったのが山口美央子
のちに作曲家として活躍するようになります