380931 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

こちら 南California 晴天なり

告知から2004年年末まで

【2004年12月7日】

11月23日の腫瘍摘出手術、前日の乳癌の告知とあっという間に2週間がすぎて何事も
なかったかのようにこの日仕事にもどった。

職場の仲間にはまだなにも言っていない、これかも言うつもりもないがマネージャーの
ジェフはこれからの事もあるので休憩室で一部始終を話した。

驚いた事に彼のお母さんも33歳のときに乳癌で両方の胸の全摘出手術を受けたらしい、
そして彼自身も25歳の時にお腹になにかの腫瘍が見つかって「癌」を疑われて両脇の
リンパ腺を全部取られ、手術で腫瘍もとりだしたが結果は「癌」ではなかった。

彼はいま52歳、昔のことだから検査の前に疑わしきは取ってしまえで損したと笑ってい
たが私の事情をとてもよく分かってくれて彼のお母さんの乳癌の事なども話してくれ
「いつでも検査や予約がある時は休暇や早退をとっていいから心配しなくてもいい」
と言ってくれた。
これには本当に感謝!マネージャーがよき理解者とはラッキー。

また職場で過去5年間全然といっていいほど病欠などした事がない私が2週間も休んだと
あって、これはきっと重大なことに違いないと思われたらしくみんな本当に心配してくれた。

でも、同情の目というのは私にはちょっと耐えられないので乳癌の事は親友のサリーと
アンドレアだけに話した。
悪気はないのだけど声の大きなルーシーおばさまには内緒・・(笑)

病院から明日午後2時30分にCTスキャンの予約がはいっていると主人から私の携帯に
連絡があった。


【2004年12月16日】

子供達に今日は迎えに行けないから誰か友達の親の車で送ってきてもらうようにと伝えて
仕事を早退してCatスキャンにいった。


【2004年12月21日】

今度は別の病院で放射線のドクターLeanとの面会。
乳房温存法を選択した場合はこのドクターにもお世話になるらしい。
なんだか一体なにを検査されているのか分からなくなってきた。



【2004年12月23日】

10時15分ドクターアイゼンバーグとの予約があり主人と一緒にいく。
11月23日に手術した際のステッチはどうせいずれ再手術をしなくてはいけないので
抜糸しないとの事。
カウンセラーのキャロルさんもきてくれた。(彼女のオフィスはすぐ上の階にある)

ドクターいわく取り出した腫瘍はたぶん非浸透性癌として乳管の中に潜んでいたものだろ
うとの事。
非浸透性癌が乳管を破ってしこりとなって現れまわりに炎症もおこしていたそうだ。

ドクターから手術のオプションの説明があった。

乳房温存法は大きな乳房の女性ならあまり乳房の変形など目立たないが私のように小さ
な(悪かったね・・)乳房の女性の場合はかなり変形してしまう。
手術後は抗癌剤のほかに放射線療法もやらなくてはいけない。

乳房全摘出手術の場合は手術終了と同時に整形外科医が手術を受け継ぎ乳房再建に向
けてのエキスパンダー(胸筋を伸ばすためのバック)を埋め込んで3~4ヵ月後のシリコン
再建にそなえる。
手術後は抗癌剤だけで放射線療法はやらなくてもよい。

どちらの手術の場合も手術時に腫瘍に一番近いリンパ腺を1~2本取ってすぐその場で検
査してリンパ腺への移転がない場合はそのまま閉じる。

ドクターは全摘出を薦めてくれた。
私の年齢がまだ若いという事と腫瘍の大きさが1.7cm(1.9cmだったかもよく憶えて
ない)だったこと、全摘出のほうが完全に癌を取り除く事ができる・・等々

ただ、この海軍病院では手術時にリンパ腺をチェックする設備がない他整形外科医の設備
もない為サンディエゴ市内にあるバルボア海軍病院への紹介をしてもらうことにした。

キャロルさんからいろいろパンフレットや本をもらった。
その中にあった再建手術後の写真をみて全摘出手術同時再建法でのシリコン再建法をしよ
うと決心した。
他にも再建の方法はあったが・・・

1)手術後即再建で乳房がないという事を意識する期間が短い。

2)私は体に結構キズが多く(肩に3cmほどのキズ、盲腸のキズetc・)
  これ以上体にキズを作りたくなかった。

3)ここはカリフォルニア、美容目的でシリコン豊胸手術をしている女性も多くいる、
  私もその仲間になったと思えばいい。

これらの理由で私の気持ちは決った。
主人も希望がみえたようで少し嬉しそうだった。


【2004年12月27日】

8時30分にCATスキャンの予約があったので仕事に行く前に病院に寄って検査をすませる。


【2004年12月28日】

この日は激多忙の一日だった。
ドクターLean(放射線のドクター)のオフィスにレコード(カルテ)をおいてきてしまっ
ていたので朝一番でそれを取りにいって午前11時のドクターWallase(U C S Dのドクター、
後に私の執刀医になる)の予約のためサンディエゴまで行く。

ドクターWallaseは急患のためかわりにナースのDebbyさんに会って話を聞く。
(何の話をしたかあまりおぼえていない)

この頃まで私は誰が何のドクターなのかどの病院が何の為か訳がわからずキャロルさんに
言われるまま主人に連れていかれるままで全くナイーブな奴だった。

ドクターWallaseのオフィスのあと今度は私の手術をしてもらう事になるかもしれない
サンディエゴのバルボア海軍病院に1時の予約がある。

ここで私はすっかり希望をなくす経験をした。

まず、キャロルさんの話ではドクターChinが私の担当だとの事だったが診察室にはいって
待つこと40分、やっと来たかと思うと1月3日から3週間バケーションにいくので代わり
のドクターを紹介するとの事。

代わりのドクターGroveが来て話すがどうも患者の立場に立った説明ではない、前の海軍
病院ではリンパ腺の手術中の検査ができないからここにきたのに最初から
「念のためリンパ腺全部取ってしまいましょう」
エキスパンダーのことも
「ここではその手術はできない、全摘出の場合も放射線治療はやってもらうことになる」

「話が全然ちがいます、リンパ腺の検査ができるっていうからこちらに来たんです、
エキスパンダーの手術もここでやった例があると聞きました、それになぜ全摘出なのに
放射線が必要なんでしょうか?」

私は怒っていました。

それに対してドクターの説明は

「リンパ腺はその場での検査はできない(うそこけ~!!)もし2本取って検査の結果が
翌日でて結果が移転してるとでた場合はまた日を改めて再手術しなくてはならない」

「エクスパンダーはあなたのように皮膚が薄そうな人には手術後の放射線治療をする時に
皮膚へのダメージが大きいかもしれないから手術と同時には入れられない」

今までどのドクターも全摘出手術の場合は放射線はしなくてよいといってる旨をいうと

「そんなはずはない、放射線と抗癌剤は絶対にやってもらう」

このくそドクター面倒くさいから最初から全部取ってしまって縫って早く終わらせよう、ってな
くらいにしか考えていないのではないか?と思った。

無理やり納得させられた気分で年明けの1月13日に手術の予定を取り帰宅。


【2004年12月29日】

でも、どうしても納得がいかない。
あの病院であのドクターに手術してもらうなんて絶対イヤ!
希望もなにもなくなってしまった。

主人も私と同感ですぐにキャロルさんに電話して一部始終を説明した。
彼女もかなり驚いたらしく、

「だいじょうぶ、私がバルボアの海軍病院には電話で手術のキャンセルを入れときます、
あなたの心のケアが一番大事なのにそんな気持ちにさせてしまってごめんなさいね。」

と彼女のせいでもないのにあやまっていただいて・・・

「あなた達の保険会社と連絡をとって最善の方法を取れるように手配してみます。無料の
海軍病院なんて忘れましょう!手配がつき次第連絡しますので待っていてください」

との力強い言葉、本当にうれしかった。

2004年のクリスマスも大晦日も乳癌さわぎでそわそわしたものだったけどそれでも
楽しく過ごしました。
たくさん、ご馳走つくったもんね♪
クリスマスにはターキー(七面鳥)も焼いたぜ~!

        - 2005年につづきます。-








Copyright (c) 1997-2019 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.