NOB’s PAGE(別宅)

2006/04/06(木)12:34

こちらもやはり寝耳に水

想像の小箱(「十二」?)(345)

「優雅な舞(その4)」 雁国首都関弓・玄英宮では鳳の啼き声に多くのものが衝撃を受けていた。昨年の暮れに戴の遣士の翔岳が不可解な死に方をしたが、その後はこれと言って変化も見られず、安心して遣士の累燦も金波宮に向かったというのに、突然の『泰王崩御』である。関弓の街では王が不在ながらも無事に一年が過ごせたということで、ささやかながらも上元の祝が催されていた。それに水を差したりしないように、冢宰の朱衡は関弓の街中にある累燦の家へと密かに赴いた。出迎えた彩香は目を剥いた。 「これは…火急の御用のようですね。中へどうぞ、累燦は留守ですが」 「うむ」 人の眼を気にして起居に落ち着くまでは朱衡は用件に入らず、彩香の淹れた茶に手を伸ばす。やがて、口を開いた。 「こちらにはまだ何も届いていないようだな。それだけ急だったということか」 「玄英宮の方が先に?…もしや鳳が?」 「そうだ、鳳が啼いた。『泰王崩御』とな」 「それはいつ頃のことでしょうか?」 「午を廻るか廻らないかの頃だった」 「そうですか。では、速ければ今夜半までには第一報が参ると思います。届き次第お知らせに」 「わかった。門は通れるようにしておく。時間は気にしないで良い」 「かしこまりました」 朱衡は何が起きているのかを自分の眼で確かめたかった。遣士たちが何か知っていて自分たちだけが知らないようなことなのか、遣士たちさえも出し抜かれるような突発的なことなのか、それによって対応も異なってくる。おそらく金波宮も大騒ぎだろう。戴が斃れることは想定済みだろうが、この時期に斃れることは予期していなかったはずだ。したがって対応は後手に回らざるを得ない。彩香は努めて平静に振舞おうとしていたが、朱衡が話を切り出した時に僅かに見せた表情がすべてを物語っていた。朱衡は茶の礼を言い、引き上げていった。朱衡を見送った彩香は唇を噛み締め、起居に戻ると家にいるものを呼んだ。 「梅香、葉堆、木蓮!」 「はい」 葉堆は当初香萌とともに関弓に派遣された連絡員であり、木蓮はその後に補充されたものである。梅香はたまたま関弓に来ていた。遣士たちが八国会議のために金波宮に出向いており、鴻基で何かあった時にすぐに対応できるように、との狙いもある。すぐに起居に集まった三人を前に彩香が言う。 「聞こえていたと思うが、泰王が身罷られた。早ければ今夜半にも香萠が飛んでくるだろう。明朝出られるよう、騎獣を準備しておけ。また、明朝までに鴻基から誰も来れぬようならこちらから出ることになるからその準備もしておくように。金波宮からも累燦さんが戻られると思うが、他にも何人かこちらに来るだろうからその受け入れ態勢を整えよ。ただし、周囲には気取られるな。上元の夜に不吉な影を落としても良いものではないからな」 「では、金波宮から来る人たちと行き違いにならぬように、ということですね?」 「あちらはこの時間に出たとすると烏号につく頃には日も暮れている。烏号で一泊するか、ここまで無理をするかだが、累燦さんと智照さんあたりは無理しそうだな。あとの人たちも五分五分だろう。関弓まで来ても朝にならなければ出られぬが、何が起きたかくらいはすぐにでも知りたいだろうからな。安全を考えて烏号で一泊しても、ここに寄っていくだろう。あるいは金波宮に向かうものと途中で会うかも知れぬ。会えば連絡は不要となるし… どちらにしろ明朝だな」 「わかりました」 「夕刻までは普通に振舞え。夜食用に湯菜などを多めに作っておけ。夜具も多めにな」 「はい」 彩香の指示を受けて三人は夜に備えた。あたかも宵祭で浮かれているかのように振舞ってみせた。そして深更に香萠がついた。極力音を立てないように厩から起居に入ってきた香萠を彩香が待っていた。 「ご苦労様。で、何があったの?」 「泰台輔の使令が錯乱、泰王君、泰台輔、および大僕の虎嘯殿その他多数を殺害、逃亡。とのことです」 「台輔の使令が錯乱ですって?使令は台輔の命に逆らえないはずなのに… 一体何が?」 「詳しくはわかりません。翠蘭さんが上元の式典から血塗れで帰ってこられて、至急これだけを伝えよと」 「血塗れで?怪我は?」 「いえ、そのような気配はありませんでしたが、相当にお疲れの様子で立っているのもやっとのようでした」 「それはそうね。泰台輔の使令が暴れたら人の手ではどうしようもないでしょう。生きているのは僥倖ですね」 「はぁ…」 「陵崖は一緒ではなかったの?」 「式典には翠蘭さんの一人で。代行ですので、陵崖さんと私は家で待機していました」 「つまり見ているのは翠蘭一人で、詳細については聞きに行かないといけないようね。ご苦労様。香萠はとりあえず仮眠を取ってちょうだい。この後どこに向かってもらうかは明朝までに決めるから」 「わかりました。失礼します」 香萠は起居から下がり、房室に仮眠を取りに行った。彩香は梅香を玄英宮に走らせ、香萠のもたらした情報を伝えさせた。それから半刻ほど経った頃、累燦、智照、蘭桂の三人がたどり着いた。 「お疲れ様です。他の皆さんは烏号で泊まりですか?」 「桃香、朱楓、琉毅の三人は烏号泊まりだ。明朝にもこっちに寄るようだ。で、来たのか?」 「はい、半刻前に来ましたので玄英宮には梅香を走らせました。朱衡さんが直々にここにいらっしゃいましたので」 「ああ、こっちが隠していたと思ったのかな。で、何があった?」 「泰台輔の使令が錯乱、泰王君、泰台輔、および大僕の虎嘯殿その他多数を殺害、逃亡。ということです」 「…それだけか?」 「白圭宮の上元の式典に翠蘭一人出ていたようで、そこで事件が起きたらしく、血塗れで帰ってきたそうです」 「…怪我はなしか?」 「そのように見えたそうです」 「泰台輔の使令の噂は聞いたことがあるが、あれが暴れたとしたら逃げるのも容易ではないはずだよな?」 「ええ、普通の麒麟では折伏できぬ類のものですからね。黒麒麟である泰台輔だからこそ折伏できたと聞いています。すると、もしかして…」 「もしかして、何だ?蘭桂」 「いえ、『げんばく』の関係で泰台輔が使令を抑える力が弱まったのではないかと。あくまで推測ですが」 「ああ、それはありそうだな。呪も術者の力が弱まると破れるとか言う話も耳にしたことがある。似たような感じか?」 「ただ、麒麟の折伏は麒麟が亡くなるまで破られないはずなんです。麒麟が亡くなるとその遺骸を喰らう契約だそうで」 「…今凄いことを想像しちまった。累燦、お前も顔が青いが、頭にチラッと浮かんだのか?」 「ええ、ちょっと見たくない光景が頭に浮かんで… 蘭桂さんは平気なんですか?」 「いや、ここに来るまでの間に浮かんだよ。智照さん、どうします。とりあえずこの内容で知らせますか?」 「そうだな。これ以上の情報は流さない方が良いような気がしてきた。これだけでも十分気持ちが悪くなる。が、翠蘭に詳しいことを訊かないと拙いだろうな。彩香でいいか?」 「私が行きましょうか?」 「蘭桂、それは爺馬鹿ってもんじゃないか?確かに彩香には可哀想かもしれないが避けさせてどうするんだ?彩香のためにならないだろう?違うか?」 「ああ、そうですね。では私は大人しくしていましょう」 「ということで、彩香、明朝、鴻基に飛んで翠蘭から詳報を貰ってきてくれ」 「わかりました。各国への連絡は?」 「恭から向うは桃香たちがここに寄った時に知らせれば良い。とりあえずは金波宮と芝草か。金波宮には香萌、芝草には梅香を遣ろう」 「では、梅香は戻り次第、智照さんのところへ。香萌はそのまま行かせればよろしいですね?」 「詳報は二日後くらいになる、ってくらいかな。おそらく金波宮には蘭桂が持ち帰ることになるかな?」 「でしょうね。一応明日にでも玄英宮には顔を出しておきます。戻るのは明後日でしょうから」 「朱衡さんも知恵者だからな。蘭桂と話すことで得るものもあるかも知れぬな」 「詳しいことはお聞きにならない方がいいかもしれないと察していただけるかもしれませんね」 「どこの王様もそうだと助かるんだが…」 智照がぼやき始めた頃、梅香が玄英宮から戻ってきた。朱衡は香萠の持ってきた話を聞いただけで顔色が真っ青になったらしい。おそらくすべてを察したのだろう。梅香には智照が数日関弓に留まる旨も合わせて芝草に知らせるように命じ、恭から先については桃香に伝えるので伝達は不要だとし、仮眠を取るように促した。彩香と梅香は起居から下がった。金波宮から来た三人は頭に思い浮かべてしまったもののせいで、もし今寝たら確実に魘されそうなので、軽く飲むことにした。 「もともと泰台輔の使令は使令に降るような代物じゃなかったんでしょうね。少しでも力が弱ると暴れだすような」 「それが今ひとつわからないんですよね。折伏の仕組みですとか。もちろんこんなことを麒麟に聞くわけには行きませんが。何か誤魔化しがあるような…」 「誤魔化し?蘭桂、そりゃ何だ?」 「よくわからないんですが、泰台輔が蓬莱に流されていたころの記録が残されているんです。おそらく楽俊さんの聞き取りです。それによると蓬莱で使令が民に害を加えていたそうなんです。無論、泰台輔はそんなことを望んではいません。泰台輔に害になるものを排除してたのではないか、と楽俊さんは結論付けていたんですが…」 「結局自分が害したわけだろう?ん?泰台輔のためになるなら害になるものを除く?泰台輔自身が害だとしたらってことか?」 「泰台輔が不治の病魔に侵されていて、余命が幾ばくもなく、病魔に苦しめられているだけだったら?あるいはそう信じていたら?」 「…泰台輔を楽にするために殺して差し上げるということもあり、なのか?」 「ありえないことではないと思います」 「となると、使令に誰かがそう思わせた?吹き込んだ奴がいる?」 「そこまではいっていませんが」 「…そう聞こえたぞ」 「…それ以上は不遜すぎる考えになりますので」 「ああ… それは棚上げしておこう。蘭桂、いつの間にそこまで考えたんだ?」 「ここにくるまでです。いくつかの仮定の一つが鴻基からの報告に合致しただけで、その先は怖いので考えませんでしたが。楽俊さんだったらもう少し検証するかもしれませんね。が、それはそれとして、逃げた使令はどこに言ったんでしょうね?気になりませんか?」 「…それもあまり考えたくない話だな。黄海に戻るための通り道で出くわすのは勘弁だな」 「もしかすると雲海の上を飛んでいるかもしれませんね」 「…ああ、彩香を行かせるのが急に不安になってきたよ」 「智照さん、あくまで可能性ですよ。もう黄海に戻っているかもしれないし、何処かで潜んでいるかもしれない。出くわしたら不運だってことですね」 「蘭桂、そこまで考えて鴻基に行くって言ったのか?」 「まぁ、多少は」 蘭桂の応えに智照も累燦も言葉がなかった。

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