NOB’s PAGE(別宅)

2006/04/09(日)12:37

なにやら内密のことが?

想像の小箱(「十二」?)(345)

「優雅な舞(その7)」翌朝、夕暉と香萠は鴻基に向かい、智照は芝草に戻り、梅香は連檣へ赴き、葉堆は黒海・青海沿岸の調査に飛び出し、蘭桂は金波宮へと発った。累燦は彩香とともに玄英宮に朱衡に会いに行った。白沢も同席した場で詳報が語られ、朱衡は眉を顰め、白沢は顔色を失った。「実際にその場で見たものの言でなければとても信じられません。正直信じたくはないが、事実は事実なんでしょう。翠蘭殿にしても、その小司馬にしても命冥加だと言わざるを得ないですね」 「そうですね。重傷者の多くは四肢のいずれかを失い、政務につける状態ではないので、小司馬は運が良かったのでしょう。あるいは夏官ですので、とっさに身をかわしたのかもしれませんね。翠蘭については皆目見当も」 「お蔭でこうして知ることもできた。冷静にものを見るものがいなければ流言蜚語で混乱したかもしれませんね」 「それについては小司馬が有能なのだと翠蘭が評していました。これほどまでの人物になぜ気がつかなかったのかと」 「いざという時に必要な人材は平時には凡庸と見えることもありましょう。無論、その逆も往々にしてあります。そういう人材が残ったというのも白圭宮には幸運でしたね」 「ところで光州方面ですが、昨日の時点では変化は見られなかったようです。柳から戴への航路もです。黒海、青海沿岸については今日から調査に入りました」 「相変わらずすばやいですね。昨日の、ということは今後は、と続くわけですね?」 「どれくらいで影響が出るかがわかりませんので」 「油断なきように、ですね。光州については警備を強化するつもりです。問題は黒海や青海の方ですね。これまでは天候もそう酷くはなかったので民に動揺はなかったのですが、妖魔の動き如何では変わりかねません。戴のことについては詳細はこの二人の胸に留め、泰王と台輔が身罷られたことのみを官に伝え、民に積極的に流すことはしません。虚海に妖魔が出没しているので戴についてあれこれ考えるものなどいませんからね」 「脱出路だけは確保したい?」 「民のためです。逃げられぬとなれば自暴自棄となり、暴走しかねませんのでね。そんなことはさせられません」 「わかりました。では、また何かわかりましたらご連絡いたします」 「お願いいたします」玄英宮から戻った累燦と彩香は起居で情報を分析し、今後どう対処するかについて検討した。「春の除目で正式に翠蘭が遣士となり、陵崖が補佐になるとして、香萠は今まで通りで良いと思うか?」 「腰が落ち着かぬかもしれませんが、月に一二度の割りで関弓と鴻基の間を往復して情報の共有に努めるのがよろしいかと。しかし、ずっと香萠にやらせるかどうかということもあります。戴も今後は妖魔の出没の把握など人手はいくらでも必要です。玉泉の状況や柳との航路の状況如何ではなすべきことの優先順位が下がってきます」 「つまり、香萠をこちらに引き上げても、ということか?」 「時期を見る必要はありますが、いずれは」 「当面、そうだな一年は様子を見るべきだろう。こちらと向うの両方のな。それによっては配置を考えなければならなくなる。西の方の都合で持っていかれる可能性もあるがな」 「範や恭ですか?」 「柳だって安泰じゃない。芳や漣は影響が大きくないかもしれないが、これだってわかったもんじゃない。一つのことだけでなく、様々な変化に対応できるように想定しておく必要がある。しかも、ない袖を振らされることもある。全体を見回した判断が求められるからな。拙速と迅速は違うからな。慎重にな」 「わかりました」今回の件で関弓にいるものたちも成長しただろうが、それで満足してはいけない。自分を凌ぐ存在になってもらわなければ… 不遜だとは思いつつも累燦は手綱を緩めるつもりはなかった。  *  *  *  *蘭桂が金波宮に戻ったのはその日の夜半であった。本来なら既に休んでいる時間だが、ことがことだけに関係者は蘭邸の花庁に参集した。「遅くなりまして申し訳ありません。吉量では無理もできませんので」 「構わぬ。本来なら此度犠牲になった泰王、泰麒、虎嘯の何れとも親交のあった蘭桂に鴻基へ弔問にとも思ったのだが、引き返してもらわねばならなかった。すまなかったな」 「いえ、とんでもありません。私の替りには翠蘭もおりますし、夕暉さんも向かわれました。私はすべてが落ち着いてからと」 「わかった。その時には鈴も連れて行ってやってくれ。危ないからと置いていかれたらしい」 「私もそのつもりでおりました。では、ご報告をしてもよろしいでしょうか?」 「疲れているだろうが、やってくれ」 「はい。彩香が翠蘭から聴取したところでは、事件は上元の式典で起きたそうです。翠蘭は遣士代行ということで末席におり、細かい経緯などは不明な点もありますが、上座にいなかったゆえに生き延びたようにも思われます。式典で急に台輔が苦しみだし、同時に獣の咆哮が上がり、何事かと見ると台輔の足下から赤い大きな獣、台輔の使令が出現したそうです。その使令のために殆んど玉座の辺りは見えなくなったのですが、その場で唯一帯刀を許された虎嘯さんが使令の前に出て、泰王や台輔を逃がそうとしたそうです。翠蘭は冬器を持っていなかったのですぐに外殿から出て衛兵に応援を呼ばせ、弩などを用意させるとともに、衛兵の一人から槍を借り受け、取って返したところ、外殿は既に血の海で、裏の扉が壊され、そこから使令が泰王と台輔を追っていったらしく、翠蘭は既に絶命した虎嘯さんの大刀を手に追いかけ、使令に斬りつけましたが、寸前で避けられたそうです。その時、一緒に追ってきた衛兵たちが使令にかかったのですがあっさり屠られたそうです。その際に使令は台輔を喰らっていたらしいのです。翠蘭は台輔はもはや助からぬと判断し、倒れていた泰王を助けようとしましたが、左腕を飛ばされ、左肩から腰にかけて袈裟懸けに斬られており、間も無く息を引き取ったそうです。この事件での犠牲者は泰王、冢宰、三公、八侯、王師左右将軍、六官長、内宰と小司冦、小司空、衛兵十名と虎嘯さんの三十五名で、重傷者は王師中将軍、瑞州師三将軍、小司徒、小宗伯、冢宰府侍郎、瑞州尹など十五名で、白圭宮の要が殆んど失われたそうです。このため、残務処理などは動けるもののうち最も高位にある小司馬の翔雲と言うものが指揮をとり、今日にも泰王の葬儀が行われたもようです。なお、夕暉さんは今朝鴻基に向かっておりますので、泰王の葬儀には間に合わないと思われます。以上です」 「…ご苦労。だが、犠牲者の中になぜ泰麒の名がないのだ?」 「台輔と女怪の最後を見届けたのが翠蘭だけで、他のものは見ていないためだそうです。死亡は間違いないのですが、遺体が確認されないので行方不明の扱いだとか」 「翠蘭だけが見ていただと?ではその場にいたものはすべて?」 「衛兵も含めてすべて犠牲になったようです。その中で翠蘭一人が怪我一つ負わずに無事なのが訝しいのですが」 「血塗れだったと聞いたが?」 「おそらくは泰王の最期を看取った時のものでしょう。重傷者のほとんどが四肢を失っており、その返り血かもしれません」 「ふむ。翠蘭の無事は嬉しいが、そうなると面妖だな。その残った小司馬というのも無傷なのだろう?」 「翔雲の場合は夏官ですし、避けることくらいはできたのかもしれません」 「そうか… とすると、やはり『げんばく』のせいで泰麒の力が削がれていたのに加え、泰麒の使令が並外れていたこと、そしてその使令が何かの加減で折伏の呪縛から逃れて、あるいは契約が満了したと見做して泰麒を喰らおうとし、それを妨げようとした泰王以下の白圭宮の首脳が犠牲になったということか?」 「御意。昨夜彩香から報告を受けたあと夕暉さんや智照さんらと検討し、そのように結論付けて各国に知らせるようにと。柳には智照さんが戻り、恭、範、才にはその場にいた梅香を遣り、芳と漣にはそれぞれ補佐を送るよう指示しました。巧、奏、舜には、緋媛、自分で行くか?」 「傲霜と碧蓮には柴穏を向かわせ、隆洽には傲霜から耀隼に行ってもらおうと思っていますが」 「妥当だな。玄英宮では此度のことで柳方面での妖魔の動きを気にしております。累燦も柴耀も既に調査を始めており、今のところはまだ影響は出ていないものの、継続して監視するもようです」 「戴の玉は柳の方の航路で範に向かうのだったな。玉の生産やその流通経路がどうなるかで範に大きく影響するな。となると、戴の国内の状況、戴・柳間の航路の状況を妖魔に注意しながら監視するわけか。人的にはどうだ?」 「今は雁と柳の高岫付近が平穏ですので雁からも人が出せますが、そこが危なくなったなら柳側からになるでしょう。その際には智照さんの方で手配すると思います。妖魔に遭遇し、当人や騎獣に被害が出ると変わってきますが」 「物騒なことをあっさり言うな。そうならないように注意は怠っていないのだろう?」 「十二分に注意をしていても妖魔に出くわすことはありますし、そうなれば怪我ですめば儲けものでしょう。妖魔をあっさり屠るような冬器を彼らは持っていませんからね。杖や三節棍で向かっていくのは無謀の極みです」 「ああ、賊などから身を守る程度のものしか持たないのだったな。私と同じように帯刀していれば、多くのものは十分闘えるかも知れぬが… ママならぬものだな」 「仕方ありません。冬器を携帯して高岫を越えられませんので。小弩くらいはもっていますが、これは現地調達です」 「緋媛、小弩では気休めにもならぬだろう?」 「翼を持つものには逃げるしかありません。むしろ翼を持たぬ妖魔を威嚇して民を襲わせぬようにするためのものです。そういう目的で許可を貰っていますので」 「なるほど、でもその小弩も高岫までしかもてぬのか?」 「はい。関弓と鴻基の間で雲海の上を通れるようにしたのはそのためでもあります。小弩も持たずに翼を持つ妖魔と遭遇したらまず助かりませんので。黒海や青海沿岸に妖魔が出ないので、金波宮や芝草との往復は杖や棍だけです」 「…とてもではないが私にはできそうもないな。通士たちに胆力がつくのも頷けるな」 「主上に何かあっては困ります!使令も御身大事なのですよ!」 「わかっている。此度のことで肩身の狭い思いをしているのは彼らだけにそういってくれると嬉しい。班渠、聞こえているか?」 (…御意) 「これからもよろしく頼むぞ」 (…有り難きお言葉) 「他のものにもよろしくな」 (…御意) 「さて、蘭桂、民にはどう伝える?」 「ただ単に戴が斃れたと。詳細についてまで知らしめることはないと思います。そのうち自然と噂が流れましょう」 「自然と、な。それについては夕暉が留守だから蘭桂に一任する。数日で戻ると思うが、それまで頼む」 「はい」 「それにしても、遠甫、なぜ翠蘭が無事だったんだ?」 「さぁ、私にもとんと」 「そうか?あのような惨状で翠蘭が無事だったことに驚きもしていないように見えたが?」 「これでも十分吃驚しております。そのように見えぬのは年のせいで」 「…何か今言ったか?」 「いえ、私の顔が表情を出しにくくなったという意味です。勘違いなさらぬように」 「そうか?何かわざと誤魔化すために言ったようにも聞こえたが?」 「お気のせいでございましょう。そのようなことをして私に何か利でも?」 「…ないとは思うのだが… 仕方ない、今宵はもう遅い。散会しよう。ご苦労だった」 「はい」景王はそういうとさっと席を立った。一同は景王を見送ったあと、それぞれ散っていった。残ったのは蘭桂と遠甫である。「老師、何かご存知なのでしょう?」 「はて?何のことじゃ?」 「翠蘭のことです。以前老師からお守りをいただきましたが…」 「それで助かるならいくらでも用意するが、そうでもなかろう。運の強い娘じゃ」 「そうですか…」笑いながら去っていく遠甫を蘭桂はじっと見ていた。

続きを読む

総合記事ランキング

もっと見る