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のいちご文学館

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☆紀行の森

2018年12月10日
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カテゴリ:☆紀行の森



冬の旅へ




冬旅の準備が着々と進んでいます。
年末年始をまたぐため、宿の確保が懸念されましたが、全行程の宿が決まりました。

 

積雪による旅程の変更もあり得ますが、現時点ではベストの旅程になります。

僕の旅は通常は16日で編成しますが、今回は年末年始でもあるため日程を短縮せざるを得ないこともあり14日での編成です。

 

日程と車窓からの主な見どころは次の通りになります。

 

12/27 横浜~仙台:根岸線・東海道本線・東北本線

(主な車窓*那須岳・安達太良山・阿武隈川)
(主な見どころ*青葉城・広瀬川)
          

12/28 仙台~盛岡:東北本線

(主な車窓*仙台平野・蔵王・焼石岳・奥羽山脈・北上山地・北上川)
(主な見どころ*中尊寺・岩手城址公園からの岩手山) 
    

12/29 盛岡~弘前:いわて銀河鉄道・青い森鉄道・奥羽本線

(主な車窓*八甲田山・岩木山・津軽平野)
(主な見どころ*弘前城からの岩木山)

12/30 弘前~新潟:羽越本線

(主な車窓*日本海・鳥海山・最上川・朝日連峰・飯豊連峰)
   

12/31 新潟~金沢:
       信越本線・えちごときめき鉄道・あいの嵐とやま鉄道・いしかわ鉄道

(主な車窓*日本海・白山)
(主な見どころ*金沢城) 
                

1/1  金沢~京都:北陸本線・湖西線・東海道本線

(主な車窓*琵琶湖・比叡山・比良山)
(主な見どころ*平安神宮・東西本願寺・知恩院・東寺)  
              

1/2  京都~鳥取:山陰本線

(主な車窓*日本海)
(主な見どころ*城崎温泉・倉吉市内・鳥取砂丘) 
            

1/3  鳥取~松江:山陰本線

(主な車窓*日本海・大山)
(主な見どころ*大山寺)
                  

1/4  松江~萩:山陰本線

(主な車窓*日本海)
(主な見どころ*出雲大社・津和野市内・森鴎外記念館)
             

1/5  萩~博多:山陰本線

(主な車窓*日本海)
(主な見どころ*萩市内・みすず記念館)   
            

1/6  博多~ふるさと・西海市:鹿児島本線・長崎本線・佐世保線

(主な車窓・筑紫平野・佐賀平野)
(主な見どころ*大宰府) 
                       

1/7  ふるさと・西海市~長崎

(主な見どころ*西海橋・大村湾) 
                       

1/8  長崎滞在

(主な見どころ*長崎市内) 
                         

1/9  長崎~横浜






とれたて短歌




いのちの大河



れんげそう ・特別編(83) 

いのちがけの旅が始まるみちのくの今日とは違う明日のための


きのしたよしみ










最終更新日  2018年12月10日 05時52分10秒
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2014年06月08日
カテゴリ:☆紀行の森



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鎌倉 花紀行 (1)

紫陽花


鎌倉も今月5日に梅雨に入りました。
毎日雲が垂れ込め、うっとうしい限りです。

でも、この時期に咲く花があります。
紫陽花です。

紫陽花は鎌倉に一番似合う花です。
可憐でもなく、華やかでもなく… 。

雨に打たれても
誰に振り向かれなくても

しおれることもなく
ピンと背筋を伸ばして群れて咲く

そんな紫陽花が
僕は大好きです。





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鎌倉・光則寺







最終更新日  2014年06月08日 06時05分30秒
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2008年01月25日
カテゴリ:☆紀行の森
我が青春の山々 (2)

   槍ヶ岳絶唱

                           g11.gif         
                           
                                   母衣崎 健吾

      
                   山で遭難した君へ!


 槍ヶ岳に登ったのは1994年、今から14年前のことだ。
 その年の夏、山の友が北海道大雪山系で遭難した。遺体は現地でダビにふされ、面会したときは、白い布に包まれ、お骨になっていた。今でもその時の光景を、昨日のように覚えている。
 初めて友に会ったのは、山岳サークルの「やまびこ」の隊長事務局長として第2次北海道遠征隊を編成する日だった。挨拶では私よりも年齢は上のようだったが、私よりも遙かに若く見えた。何よりも、気持ちが若かった。
 コースは、本隊は旭川から大雪山最大のトレイル・トムラウシまでを縦走し、石狩岳からの縦走してくる別動隊と合流し、トムラウシ温泉に下山、その後、北海道最奥の幌尻岳に登るという壮大なものだった。
 
 幌尻岳は川を遡行しなければ登れない。問題は水量だった。腰までの水量ならば困難を極めることになる。その年の天候では、冬の多雪と梅雨時の降水量から水量は多いことが推測された。隊員の安全確保のため、今年は中止か、との議論の最中に、友が発言を求めた。

「今年いけなければ、わたし、もう登れないかもしれない。天候を見定めて決行しましょう!」

 私は応募者のうち、夏合宿初参加の人は訓練登山に参加し、体力の増強を図るべし、その上で、天候、参加者の能力を確認した後決行するとの条件をつけて同意した。

 それからというもの、奥多摩縦走、日光連山縦走、丹沢縦走と続訓練登山を重ねること数度、雨天時歩行、谷川歩行を重ねて、友情と体力に確信を得て、決行した。
 その成果は充分あった。大雪山からのロングトレイルも全く苦にならなかった。友は、高校時代、山岳部だったとのことで、30キロにも及ぶ食料を担ぎ、隊の先導役を努めた。
 高山植物が僕たち隊員を迎えてくれた。本州では見たこともないような、全山花に覆われていた。

 幕営地・ヒサゴ沼では沼を埋め尽くす高山植物に囲まれ、友は泣きながら叫んだ。
「来てよかった!来れてよかった!すごいです!すごいです!」
「君のおかげだ。君があの時強硬に決行を主張しなければ、僕は注視したかもしれない。ありがとう」
「また、来たい!何度でも来たい」
 友は、笑いながら泣いていた。

 その時、友の脳裏に、トムラウシに向かう渓谷がよぎったのだろう。
 ≪あの渓谷を辿って、いつかまた、トムラウシに立つ!≫

 石狩岳縦走の別動隊ともトムラウシ幕営地で無事合流し、幌尻岳も完登した。
それから、数年たって、友はその時芽生えた渓谷からトムラウシへの想いを実行に移した。
たった二人で!しかも、名前も知らないようなパートナーと組んで!

 友のトムラウシへの想いは知っていたが、全国の山に登っていた僕は友となかなかスケジュールが合わなかった。
 遭難のその日、僕は白峰三山縦走のため、北岳の麓・広河原で幕営していた。
 テントの中で食事をしていたら、誰か私の名前を呼んでいる女性の声がしたので、外に出て周りを見渡したが、僕のテントの傍には誰もいなかった。
 ≪気のせいかな≫
 天気がいいのに風が強く、テントを風がはためかしていた。

 
 山から下りてきて、友の遭難を知った。
 取るものを取らず葬儀に駆けつけた。
 「妻は山が大好きでした。その山で死んだのですから、本望でしょう」
 と、友のご主人が、悲しみを堪えた振り絞った声で、別れの挨拶をした。
 ≪時間を作ってやればよかった≫

 友は、先頭で水量が腰まである沢を遡行中、流された。雪解け水ではひとたまりもない。ザックを背負ったまま、もがく暇もなく即死だったと知らされた。
 北海道の山に誘っていなければ、山登りを再会することもなかった! 僕とパーティを組んでいたら、こんなことにはならなかった!居たたまれなかった。
 
 ヒサゴ沼で最高の笑顔の友の写真を胸ポケットに入れて、友が大好きだと言っていた槍ケ岳に向かった。稜線にでると高山植物がポツポツ咲いていた。
 ≪君が好きだった花が咲いているよ!≫
 
 水晶岳分岐まで来たとき、疲れ果てたようなご婦人を見かけた。
 「大丈夫ですか」
 「疲れました」
 「今日はどちらまで」
 「今日は三俣蓮華山荘泊まりです。明日、主人が待つ槍ヶ岳までですが、このままでは無理かも知れません」
 「私も今日はその山荘までです。これから、水晶岳を登ってきますから、もしよろしければ、ご一緒しましょう」
 「助かります。お願いしますわ」
 「すこしおなかに入れて休んだほうがいいと思います。では」
 
 水晶岳を往復して戻ってくると、待っていてくれた。
 「顔色がだいぶよくなっていますから、もう大丈夫でしょう。ゆっくり歩きますからついて着いてきてください」
 「心強いですわ。ありがとうございます。」

 鷲羽岳を越えて三俣蓮華蓮華山荘に無事到着した。
「僕はテント泊まりですから、ご安心を。」
「明日は槍ヶ岳までですが、ご一緒していただけますか。今日のようなことがあると不安で。 十分体力はあると思っていたのですが‥‥」
「いいですよ。僕でよろしければ、ご主人の待つ槍ヶ岳までご同行しますよ」 
「よろしくお願いします。今日は本当にありがとうございました」

 次に朝早く、支度を整えていたら、ダックを背負って山小屋から出てきた。
「おはようございます。本当にすみません」
「いいですよ。僕も一人で歩くよりは、楽しいですから」
「足手まといにならなければいいんですけど」
「大丈夫です。ゆっくり歩きますから。疲れるようでしたら遠慮せず言ってください」
「お心遣い ありがとうございます」

 予定した時間通りに槍ヶ岳山荘に到着した。
「着きましたよ。もう安心です。私はこれで。」
「ありがとうございました。」

 幕営手続きをしていたら、戻ってきて
「主人です。お礼を言わせて下さい」
 と、紹介してくれた。
「どうも、妻がお世話になったそうで、命の恩人です」
「いえ、こちらこそ、奥さんには励ましてもらいました」
「なにかお礼をしたいのですが」
「いいえ、僕はお礼を戴くほど、なにもしていません」
「それでは妻が納得しません。なにかお礼を」
「お気持ちだけで充分です。本当に僕の方が助けられたんです」
「ありがとうございました」

 テントを設営してから槍の穂先に登った。
 山頂に立って、ポケットから友の写真を取り出した。
≪来てよかった!来れてよかった!≫
 友がヒサゴ沼で叫んでいた言葉が、耳元で反響した。
 ≪バカ野郎!なんで山で死んだんだ!なんで‥なんで‥なんで‥‥≫
 

                   g06.gif



(6月7日 ブログより再録)

絶 唱 (一) 


                        
                             母衣崎 健吾


雪渓の
風にゆられて
エゾツツジ
今年も咲けるや
トムラウシの峰に
    
 拙書『かぜにゆられて』より) 
 



 今年の夏、友が山で遭難した。あまりに突然のことで、遭難の知らせの電話を握ったまま、しばらく立ちつくしていた。
 山に魅せられ、山を愛し、こころに花を咲かせて、いつも笑顔の絶えぬ人だった。
 トムラウシ山は北海道の尾根、大雪山系の最奥にある。山頂には巨大な岩が累々と重なり、山麓にはお花畑が広がり、瞳のような湖沼が点在する。
 その山に友と登ったのは九〇年八月の事である。雄大な山の広がり、山麓を埋め尽くす高山植物の群生は、友の山への想いを募らせるのに充分だった。
 その後、友は、海外の山々をはじめ、国内の山々にも次々と足跡を印してきた。近年は、ご子息が海外青年協力隊員として活躍されている、ケニヤに聳えるアフリカ最高峰キリマンジェロに登頂することが夢なんですと、明るく語っていた。

 夢を実現する前に、もう一度、山への想いを募らせてくれた山、トムラウシ山への再登を思い立ったのだろうか。雪渓のまだ残る七月、トムラウシ山に続くクワウンナイ川を遡行、横断中転倒し、雪解け水に二〇〇メートルも流され、帰らぬ人となった。

 悲しみのなか、友が青春時代によく登ったと話していた北アルプスに入ったのは告別式から一〇日目のことである。

 信濃大町から高瀬ダムを抜け、鳥帽子岳、野口五郎岳、水晶岳、鷲羽岳を越え、槍ケ岳の山頂に立った。強い風が谷から吹きつけ、岩肌は冷たかった。友が幾度となく立った山頂からは、友が幾度となく踏んだ山々が俯瞰できた。その山々のいたるところ、砂礫地にも、崖っぷちまでも、僅かばかりの土に根を張り、小さい葉や茎に水滴をつけ、雪にも、風にも、嵐にも耐えて、花が咲いている。友が愛した花が今日も咲いている。
 君の分まで生きるよ、そうつぶやいたら、とめどもなく涙が溢れてきた。


                       のいちごつうしん NO,412


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                                 カット作品:赤ずきんちゃんの散・歩・道






最終更新日  2008年01月26日 10時01分25秒
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2008年01月23日
カテゴリ:☆紀行の森
わが青春の山々

   初夏の丹沢(3)


         
                           
                                母衣崎 健吾

      
                   シロヤシオツツジを訪ねて



 次の日早く山頂を辞した。空には星が瞬いていた。月は富士山をしっかり照らしていた。すべてはまだ寝静まっていた。
 陽が東の空に昇る頃には騒がしくなってきた。

 石がゴロゴロして歩きにくい急な道を下った。その道の端に地蔵様が淋しそうな顔をして、ぽつんと立っていた。
 下りきると、シロヤシオツツジが群生していた。うす緑の木立に混じって、ひと際光って見えた。

 白砂山では、笹を刈ったばかりの道を歩かなければならなかった。
 振り返ると蛭ケ岳がシルエットになって、どっしりと聳えていた。丹沢山系の主峰の名に恥じない山容だった。

 臼が岳は林に中で、展望はなかった。その東面は浸食作用で赤い山肌を晒して痛々しい限りだった。

 神の川乗越の水場に降りると、冷たい水がこんこんと湧いていた。頭にも水を浴びせた。ツーンとしたものが体を走った。乗越に戻ると風が吹き抜けていた。
 そこからすこし登ると、木立が途切れて焼山への連山がきちんとした姿を見せていた。


 桧洞丸への最後の登りを喘ぎながら登った。うっそうとした原生林を抜けて若い人達の華やいだ歌声が聞こえてきた。
 山頂直下の青ケ岳山荘では餅つきの最中だった。愉快そうな、善良な顔だけがあった。私も 浮き浮きした気持ちになった。

「おはよう」
「おはよう」

 それだけで気持ちは通じ合った。
 広葉樹に覆われた広い山頂にはあまり人はいなかった。
 しばらく休んでいると高校生らしい大パーティが続々と登ってきた。聞けば開山祭だという。先ほどの餅はお供えなのだろう。
 頂上は人でいっぱいになりつつあった。

 豆桜の真っ白い小さな花びらが敷きつめられた道を西丹沢のバス停に向かった。

                                (完)

丹沢の地図

                      
















最終更新日  2008年01月23日 06時31分45秒
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2008年01月22日
カテゴリ:☆紀行の森
わが青春の山々

   初夏の丹沢(2)


         
                           
                                母衣崎 健吾

      
                   シロヤシオツツジを訪ねて




私の後にいた女性が追いついて草原に長々と横たわった。彼女の額には汗が吹き出ていた。
「こんにちは。どちらまでですか」
親しく話しかけてくれたので,うれしくなった。
「蛭ケ岳山荘までだけど水があるかしら」
 山行までの数日間、雨がふっていなかった。蛭ケ岳山頂で会うことを約束してその場を離れた。

 丹沢山頂はそこからすぐだった。山頂は広々としていて気持ちが大らかになる。
 蛭ケ岳から来たという三人のパーティが私の傍で休んだ。
 「蛭ケ岳には水がないとのことでしたよ」

《 水がなければ今日は山を降りてユーシン小屋まで足を伸ばせばいいさ 》

 一人旅はこんな時は気楽なものである。
 丹沢山から蛭ケ岳に延びる銃走路の急な下りを一気に降りた。そこからは草地の気持ちのいい登りだった。
 登りつめた不動の峰直下の緑の大地には可憐な名前も知らない小さな花がポツンと咲いていた。
 振り向けば塔ケ岳から鍋割山に続く尾根がくっきりと浮かんで見えた。


秘かに期待していた不動の峰の非難小屋の水溜りには水がたっぷりとあった。思わず喜びの声を上げた。

《 これで今日、明日は山の中で過ごせる》

水筒に水をいっぱい入れ、ゆっくりと土を踏みしめて蛭ケ岳への道を辿った。ブナの明るい広葉樹に包みこまれるように道は延びていた。
山頂は広くて見晴らしが良かった。眼下には熊木沢が黒い山塊に向かって真っ直ぐに走り下っていた。左に眼を転じると、富士山が見慣れた姿で迎えてくれた。

陽はまだ高かったが、小屋に入った。髪の長い若い小屋番だった。寝室で暫く休んで外に出ると、野性の鹿の親子が野草を食べていた。微笑ましい光景だった。
西の空はだんだん赤く染まっていった。日没はなんとなく淋しいものだ。野原に腰を下ろして夕陽を眺めた。

若いグループの人たちが静かな歌を歌い出した。
「来て良かったわ」
振り向くと、途中で出逢った女性が立っていた。頬には涙が伝っていた.



                    










最終更新日  2008年01月22日 06時30分28秒
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2008年01月21日
カテゴリ:☆紀行の森
わが青春の山々

   初夏の丹沢(1)


         
                           
                                   母衣崎 健吾

      
                   シロヤシオツツジを訪ねて




大勢の登山者で賑う塔ケ岳山頂から丹沢山への道を少しばかり下ると、シロヤシオツツジの木立が低い草木ばかりの斜面にポツンと1本あった。荷を降ろして急斜面を木立の直下まで降りた。風に揺られて真っ白い小さな花びらが戦いでいた。木立越しに西丹沢の山々が見渡せた。道に戻ってパンを頬張った。充実した気持ちが満ちてきた。

下り道が緩やかになった。道のすぐ傍にシロヤシオツツジが群生しているのがみられるようになった。木立が密生していて陽を遮ってくれたが、立ち止まると汗が迸り出た。
突然草原に出た。背の短い雑草が吹き上げてくる風になびいていた。東の方を見やると、大山の形のよい姿があった。


丹沢に登りはじめてから十数年になる。
最初は山麓の大倉から塔ケ岳までを日帰りで往復しているだけだったが、山行を重ねるごとに丹沢の魅力が奥へ奥へと導いていった。

夏の照りつける太陽を真夜中に登る時の、相模平野に蛍と見間違うかのような民家の灯り、秋には落ち葉を踏んで静寂の中に身を任せ、冬には由紀を踏んで山頂に立つと、伊豆や箱根の山々、富士と南アルプスの山々が出迎えてくれる。春は。イチゴを摘み。サクランボを頬張りながらの愉快な山行を約束してくれる。
四季それぞれに思いはあるが、最も素晴らしいのは丹沢の名花シロヤシオツツジの咲く初夏の頃に指を折ってしまう。
背丈を超えるほどの幹にびっしりと白く咲くこの花を見たときは腰が抜けるほどの驚きであった。

九州育ちの私にはこれほどの大木のツツジを見たことはなかった。



                         











最終更新日  2008年01月21日 06時28分17秒
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2008年01月19日
カテゴリ:☆紀行の森
わが青春の山々

   プロローグ
         
                           
                                母衣崎 健吾

      
                   『日本百名山』

『礼文島から眺めた夕方の利尻岳の美しく烈しい姿を、私は忘れることができない。』
 この書き出しで始まる『日本百名山』(著者 深田久弥)という本に出会ったのは、山に出かけるのに便利な阿佐ヶ谷に住んでいた頃だからもう二〇年も前のことになる。それまでは山の本と言えば案内書ばかり買っていたので、この本に出会ったときは驚いた。
 紀行文のようで単なる紀行文でない。かといって小説でもなく、随筆とも趣が違う。ましてや無味乾燥な記録文や報告文でもない。何と言っても文章に品がある。なによりも奇をてらっていない。一作品の長さはほとんどが見開きの二ページに収まっている。長いものでも三ページしかない。それでいて、読み終わると爽快で、豊かな気持ちにさせてくれる。
 
 この本に出会ってますます山が好きになった私は、休日がくるのがまちどうしくて仕方がなかった。山の仲間は、結婚や子供の誕生を境に山を離れていったけれど、私はむしろ山に登る機会が増えた。新婚時代は妻と一緒に登り、子供が誕生してからは子供と登った。息子が小学六年生の時、東北の山々を一〇日かけて巡ったことがある。卒業記念を兼ねてのこの息子と二人だけの山行の思い出は私にとって宝物になっている。息子にも印象が深かったようで、卒業文集にこの山行のことを書いていた。山に登り続けていなければこの様な企画さえも思いあわさなかっただろう。
 気が付いてみると、『日本百名山』のすべての山に登ったことになった。数えてみたら全部で三〇〇を超える山に登っていた。何事にも中途半端であった私は、何かをこれ程の長い期間にわたり続け、最後までやり遂げたということは無かった。
 
 『日本百名山』と出会い、その感動を胸に抱いて登った日本の山々。その追憶は田舎の祭りに母と連れ立って出かけるときに感じた、なんともいえぬ気持ちを思い出させてくれるときでもある。

                      のいちごつうしん NO.205


                      






最終更新日  2008年01月19日 06時32分29秒
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2008年01月13日
カテゴリ:☆紀行の森
                 白 山 へ


                    ( 37)              

                                   母衣崎健吾             


               第5章 友よ、君の分まで僕は生きる!
            
               (10)荒島岳登頂!   



≪今回の山行も今日で最後か≫
スキー場で水をたっぷりと水筒に入れ、リフトに沿ってつけられた小道を登った。
白山への登りを思えば、たいした登りではない。それに、重たい荷物もない。テントやら炊飯道具は、デポ(山中に置いて、後で確保する)してきたから、ザックに入っているのは雨具と水筒と朝調達した食料だけだった。
 途中会ったのは一人きりで、荒島岳山頂に着いた。朝霧が懸かって何も見えなかった。
≪ここ数日天候は最悪だったからな。登れただけでも良しとするか。今日は時間がたっぷりある≫
 腰を落ち着けてパンを頬張った。頬張りながらこれまでの長い道のりを想った。
≪山にくると、いつもたくさんの出逢いがある。今回もそうだった。それに、今回は一人で登ったから、登りながら思索できた。自分の命を自ら絶った友ともじっくり向き合うことができた。これからだ!前を向いて、友の生きらなかった分までしっかりと生きていかなければ!これからだぞ!≫
涙が頬から溢れ出た。その瞬間、涙の向こうに友の顔がはっきりと脳裏に浮かんだ。
笑っていた。
≪泣き虫なんだから!私といるときはいつも笑っていたじゃない!私はあなたが想ってくれれば、いつも傍にいるわ。大丈夫!大丈夫!≫
 友の懐かしい声だった。大丈夫!が口癖だった。
 涙が止まらなくなった。

どのくらい経っただろう。
見納めと思って立ち上がり、白山の方角を見た。昨日越えてきた尾根越しに、白山が鎮座していた。
白山だ!白山だ!白山が見える!
知らず知らず、大きな声で叫んでいた。

                                    完


                     







最終更新日  2008年01月13日 09時22分50秒
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2008年01月12日
カテゴリ:☆紀行の森
                 白 山 へ


                    ( 36)              

                                   母衣崎健吾             


               第5章 友よ、君の分まで僕は生きる!
            
               (8)伊勢湾台風以来の豪雨に遭遇!   

 中村口での乗車は私一人だった。大きな岩は取り除かれたのかなかったが小さい石がまだ散乱していて、その石に乗るたびバスは小さく揺れた。
《小学校の通学道もこんな道だったな》
 変なことで故郷を思い出していると、地元の人らしい人が乗りこんできて、すぐに馴染みらしい運転手に話し掛け始めた。
「昨日は凄かった」
「凄いって言うものじゃなかった。伊勢湾台風以来ではないか」
「なんでも、福井では雷が落ちて、亡くなった人がいるらしいよ」
「運が悪いって言うか…気の毒な」
「それだけ凄かったということだ」
「今日はバスは来ないと思ったよ」
「山から下りてくる人がいたらと、朝早くから人手だしてとりあえずの道を確保したから。お客さんがいてよかった」
「どこまで行きなさる」
 再び訪れることはないだろうとの思いで車窓から白山方面を眺めていた私に、それまで運転手と話していた乗客が不意に私に聞いた。
「これから勝原駅にでて、荒島岳に登ります」
「それだったら、次のバス停で降りると登山道への近道がある」
 慌てて前方を見ると、集落が近づいていて、その一角に小さい商店が目に入ってきた。
 バス停のすぐ傍だった。
「ありがとう」
「気をつけて」
 旅の途中の親切は嬉しいものだ。
 商店で、ほとんど底をついた食糧を補給することができた。
《これで安心して登ることができる》
 林の中に延びる細い道を辿り、徐々に勾配が増してきたら、視界が開け、駅方面からの舗装道路に合流した。その行きつく先に、荒島岳の登山口になるスキー場がはっきりと確認できた。
 ほっとしたら、急にお腹がすいてきた。今日の食糧と水筒と傘と地図の他はビニールに包んでデポして、腹ごしらえをした。
 地図を見ると、登山道はスキー場からリフトに沿って高度を上げ、リフトの尽きたところから大きく左に曲線を描いていた。



                       







最終更新日  2008年01月12日 08時48分59秒
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2008年01月11日
カテゴリ:☆紀行の森
                 白 山 へ


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                                   母衣崎健吾             


               第5章 友よ、君の分まで僕は生きる!
            
               (7)豪雨 バス運休!
   

 その夜は予期したよりも格段の豪雨だった。夜中、頭上でこれまでに体験したこともないような雷音が轟き続けた。余りの雷音とテントを押しつぶす程の豪雨に宿への一時避難をと思ったが、これまでも登山中に三度の直撃台風に遭いながらも山小屋に避難したことがなかったので、辛うじて踏み留まった。
 幕営続行と決めたら、雷音もテントを打ちつける雨音も、オーケストラの演奏のように心地よい響きであった。

 翌朝、テントを撤収して宿の前のバス停に行ったら、張り紙があった。昨日確認した時は何もなかったのでその張り紙をみると、昨夜の豪雨でバス道が寸断され、駅から中村口までの降り返し運転になるとの注意書きだった。
 地図で確認すると、鳩ケ湯から中村口までは三キロもあった。
 宿にお礼を言って渓谷沿いの道に踏み出した途端、道の至るところに大きい岩が転がり落ちていた。
《何ということだ。こんなに雨が凄かったのか。これではバスが運休するはずだ》
 中村口までの道や渓谷や山肌の惨状は目をおおうほどであった。台風一過で、空は雲一つない青空であったが、私の心は暗く重たかった。


                      







最終更新日  2008年01月11日 06時20分07秒
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