日本百名山
『日本百名山』 母衣崎 健吾『礼文島から眺めた夕方の利尻岳の美しく烈しい姿を、私は忘れることができない。』 この書き出しで始まる『日本百名山』(著者 深田久弥)という本に出会ったのは、山に出かけるのに便利な阿佐ヶ谷に住んでいた頃だからもう二〇年も前のことになる。それまでは山の本と言えば案内書ばかり買っていたので、この本に出会ったときは驚いた。 紀行文のようで単なる紀行文でない。かといって小説でもなく、随筆とも趣が違う。ましてや無味乾燥な記録文や報告文でもない。何と言っても文章に品がある。なによりも奇をてらっていない。一作品の長さはほとんどが見開きの二ページに収まっている。長いものでも三ページしかない。それでいて、読み終わると爽快で、豊かな気持ちにさせてくれる。 この本に出会ってますます山が好きになった私は、休日がくるのがまちどうしくて仕方がなかった。山の仲間は、結婚や子供の誕生を境に山を離れていったけれど、私はむしろ山に登る機会が増えた。新婚時代は妻と一緒に登り、子供が誕生してからは子供と登った。息子が小学六年生の時、東北の山々を一〇日かけて巡ったことがある。卒業記念を兼ねてのこの息子と二人だけの山行の思い出は私にとって宝物になっている。息子にも印象が深かったようで、卒業文集にこの山行のことを書いていた。山に登り続けていなければこの様な企画さえも思いあわさなかっただろう。 気が付いてみると、今夏までで『日本百名山』のすべての山に登ったことになった。数えてみたら全部で三〇〇を超える山に登っていた。何事にも中途半端であった私は、何かをこれ程の長い期間にわたり続け、最後までやり遂げたということは無かった。 『日本百名山』と出会い、その感動を胸に抱いて登った日本の山々。その追憶は田舎の祭りに母と連れ立って出かけるときに感じた、なんともいえぬ気持ちを思い出させてくれるときでもある。 のいちごつうしん NO,205