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2007.05.19
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待ち合わせ場所に僕のほうが遅く現れたのは、多分初めてのことだったと思う。改札を出た所で携帯をかけると同時に、アキが柱にもたれ掛かるように立っているのが見えた。


「ごめん、ちょっと遅くなった。新幹線が混んでてさ」

「そういう下らないことを言うのは、ちっとも変わってへんのやね」

「あれ?ちょっと痩せた?」

「じゃ、行こか」


手に持った携帯をパタリと閉じてスタスタと歩き出した彼女の後ろを追って、隣に並ぶ。横からアキの颯爽と足早に歩く姿を見る。足にぴったりと張り付いたような細いジーンズがよく似合う。お世辞の意味だけじゃなく、元々長かった手足が更にすらりと見えた。連休中の駅は観光客でごった返していた。その人の流れの中を僕と彼女だけが周りと違うスピードですり抜けていく。僕は自慢じゃないけれど、歩く速さが人よりも遥かに速い。そしてそれは彼女も同じで、僕らは並んで上手に人波を泳いだ。


彼女と僕が所属していた大学の研究室から、教授が退官するとの知らせが一月くらい前に届いた。僕はあまりお世話になった覚えも無く、その上、僕の顔と名前を最後まで覚えなかった教授の退官と彼の退官記念パーティーには全くと言っていいほど興味が無かった。パーティが行われるという連休には、予定らしい予定が入っていることは無かったけれど、迷わず欠席の返事を出した。貸したことをすっかり忘れてしまっていたCDを、返すとアキが言ってきたのはその一週間後くらいだった。


「いいよ、そんなCD。貸してたのを忘れてるくらいだったから」

「良くない。こういうの、しっかりしときたいんよ、私は」

「それやったら、貸したジッポも返して欲しいんやけど」

「それとこれとは話は別」


かくして僕は、教授のパーティーに出る訳でも無いのに大学時代に住んでいた街に向かうことになった。「どうせ、連休って言っても予定無いんやろ?」そう言ったアキに「教授のパーティより魅力的な予定ならある」と答えた。その魅力的な予定であるところの切れた電球の交換は、彼女に会うことに比べたら確かに魅力的ではなかった。


川沿いにあるダイニング・バーで、今ごろ行われているパーティーが如何に退屈だろうかを、二人で予想しあうことにした。恐らく僕らが苦手としていたドクターは張り切って場を仕切っているだろうし、教授のこれまでの研究成果をまとめたような話は、誰も聞いていないだろうと思った。ただ、このしょうもない予想話は長く続かなかった。僕ら二人に共通して言えるのは、研究室に居た人間の殆どと交流が無かったことなので、パーティーの退屈さどころか、パーティーの様子を想像したところで限りなく他人事のようにしか思えないからだ。



僕が研究室に配属されてから程なくして、ひとつ歳上の彼女の家で昼過ぎまで二人でだらだらと過ごして、必要最低限『以下』の研究室の滞在時間を経て、バイトへ向かう生活を続けていた。非生産的と言う意味では、大学の研究も、その頃の僕らの生活も大差無い。今でもそう思っている。二人は音楽も映画も本も全部趣味が違ったから、同じものを観たり聴いたりすることは無かったけれども、二人で別々のものを観たり聴いたりしながら同じ空間で過ごし、同じタバコを吸った。アキにCD貸したのは、恐らく1枚だけだった。僕が何となく買ったJazzのコンピレーションで、一度しか聴いたことが無かったし、それ以上聴こうとも思わなかった。だから、きっと彼女が興味を持ったんだと思う。そのCDをバッグから取り出し、僕の目の前に置く。「引越しの準備してたら出てきてん」そう言いながら。


居心地が良い程度にモノが散らばった彼女の部屋を思い出した。あの場所が無くなると思うと、例え行くことが無いとしても寂しくなった。僕は、あの部屋が単純に好きだった。女の子らしさと女性らしさが混ざって、シンプルだけど乱雑で。それを彼女に言うと、少し笑って、それから、いい加減オトナの女の部屋っぽくせなあかんと思って、と言った。「男の影響か」わざとそう言った。彼女が付き合ってる男に影響を受けないことは、十分過ぎるくらい分かってる。


「いま、付き合ってる人、会社の上司」

「へぇ」

「その人、奥さんも子どももおるんやけどね」

「あ、そう」

「…あんたの、そういうとこ、最高に好きやったけど最高にムカついてたわ」


ビーフィーターのロックを空けてから、僕は声を立てて笑った。だから僕らはうまくやってこれたし、上手に別れることも出来た。そう自負している。店を出て、そこそこ呑んだくせに人ごみの中を颯爽と歩いていくアキの後姿を見ながら僕は思った。彼女は小さい頃から中学生までずっと水泳をやっていたらしい。それと人波を上手にすり抜けていくことに関連があるのかは知らない。ただ、一度も見たことの無い上手に泳ぐ彼女の姿を想像することは、何故か難しくなかった。そして僕も宿のある違う方向へ、人波の中へ歩いていった。









こういう宿のアテが外れたときに夜を明かすのは、決まって漫画喫茶。





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Last updated  2007.05.19 23:41:54


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