カテゴリ:西洋史関連(論文紹介)
Michel Pastoureau, "Bestiaire du Christ, Bestiaire du Diable : Attribut animal et mise en scene du divin dans image medieval"
dans Michel Pastoureau, Couleurs, Images, Symboles. Etudes d'histoire et d'anthropologie, Paris, Le Leopard d'Or, 1989, pp. 85-110 (この記事で紹介するのは、pp. 97-110) (前半の記事はこちら) II.神の動物誌 キリストの動物誌 キリストを示す動物も多くいます。初期キリスト教の頃からの伝統による動物と、中世固有の伝統による動物がいます。 まず、魚。これは、原始キリスト教におけるキリスト教のシンボルでした。魚を意味するギリシア語(ichthus)は、Iesus Christos Theou Uios Soter(イエス・キリスト、神の子、救い主)の頭文字を並べたものだというのが、その根拠ですね。ところが、5世紀から、その図像は消えていきます。また、キリスト自身が、魚=信徒の魂を網でつかまえる漁師になぞらえられることもありました。 羊が、キリストを示すために最もよく使われた動物でした。キリストの受肉、受難、復活の象徴として、最も価値をもちました。 鹿は、まれではありますが、蛇=悪魔の敵とみなされていました。もっとも、この伝統は聖書あるいは古代の異教徒による文学にも確認されません(たとえば、プリニウスは、蛇の敵として鷲を想定しています)。鹿はまた、水(=洗礼の象徴)と緊密な関係をもっていました。文学作品には、蛇を飲み込んだ鹿が、水を飲みに行くという描写が見られるといいます。さらに、その角が毎年生え替わることから、鹿は復活の象徴ともなります。 ライオンは、悪魔を示すこともありますが、再生のシンボルでもありました。13世紀からは、悪いライオンは、レオパール(豹)として、良いライオンとははっきり区別されるようになります(こちらを参考)。 鷲は、福音記者ヨハネのアトリビュートとして有名ですが、キリストも示します。天空へと向かい飛ぶ鷲は、天で蘇るキリストになぞらえられたのですね。 その他、グリフォン、ユニコーン、ペリカンなどが、キリストの動物誌に現れます。 鳩の問題 古代の神話において、鳩は喜びの象徴でした。 旧約聖書では、鳩はノアの箱船の物語で重要な役割を果たすなど、希望と回復される平和の象徴となります。 6世紀から、鳩は、受胎告知、キリストの洗礼、聖霊降臨祭などの図像に出現することになりますが、描かれ方には相違もあります。 鳩と聖霊の同一視は、鳩の「非動物化」につながります。聖霊としての鳩はもはや動物ではなく、光、火、息などとして示されます。他方、聖霊降臨祭に関わる図像では、動物の形をとるそうです。 神の事例 神を動物の形で描いている図像はありません。たとえば、ライオンは、死んで生まれた子供をその息で生き返らせる(と信じられていた)ことから、神の象徴的存在ではありました。しかし、神がライオンの形で描かれたことはないのです。 神がこのように、動物の図像をもたないことは、その「子」キリストとは対照的です。先に見たように、キリストには多くの動物アトリビュートがありました。 聖処女と諸聖人の動物誌 聖処女(聖母マリア)を示す動物の中でよく現れるのは、ミツバチだそうです。ミツバチは、中世の伝統において処女性の象徴なのだとか。 また、13世紀から、聖処女は教会と混同されるようになりますが、その限りにおいて、象徴的動物を与えられるといいます。最も多いのは鳩だそうです。 諸聖人については、集団的アトリビュートと、個別のアトリビュートがあります。 集団的アトリビュート:光輪、シュロの枝(殉教者)、書物(使徒、福音記者)、鳩(教会博士)など 個別のアトリビュートは、12世紀から増加します。ここでは、聖ペトロの鍵を除き、二つの類型が紹介されます。 (a)「語る」アトリビュート(les attributs 《parlants》)=聖人の名前とアトリビュートの名前の類似から、聖人に与えられる 例)聖Agnesの羊agneau、聖Loupの狼loup (b)聖人の受難を想起させるアトリビュート 例)聖アンドリューの十字架、聖カタリーナの車輪 最後に、キリストと福音記者のアトリビュートである、4つの動物について述べられます。 キリスト)生誕時=人間;死=雄牛taureau;復活=ライオン;昇天=鷲 福音記者)マタイ=人間;マルコ=ライオン;ルカ=牛boeuf;ヨハネ=鷲 [結論] 結論部では、今後の研究課題が挙げられます。たとえば、何が真のアトリビュートで何がそうでないのかの区分、図像の空間における、なにかのアトリビュートである動物の位置(その身ぶり、態度、まなざしなども含め)、図像におけるテクスト(印象の銘など)との関係などがあります。 上で見てきたように、動物誌は、両義的で、ありまいな部分がある―ということで、本稿は結ばれます。 ーーー 記事では、「~だとか」「~だそうです」という表現が多くなりましたが、これは、そういう根拠を私がよく把握していないためです。なんでこういうことが言えるのだろう、と思いながら読んだところもありました。 全体として、具体的な事例が多くて面白く読みました。 この研究に関する参考文献 ・ロベール・ドロール(桃木暁子訳)『動物の歴史』みすず書房、1998年 ・ミシェル・パストゥロー(松村恵理・松村剛訳)『王を殺した豚 王が愛した象-歴史に名高い動物たち-』筑摩書房、2003年 ・アラン・ブーロー(松村剛訳)『鷲の紋章学―カール大帝からヒトラーまで』平凡社、1994年(簡単ですが、紹介の記事はこちら) ・Michel Pastoureau, Figures et Couleurs : Etude sur la symbolique et la sensibilite medievales, Paris, 1986(目次と、論文紹介への若干のリンクはこちら) ・Michel Pastoureau, Une histoire symbolique du Moyen Age occidental, Seuil, 2004(目次と、論文紹介への若干のリンクはこちら) ※9月15日追記(訂正のお知らせとお詫び) 一部(キリストの動物誌、2段落目の魚についての記述)に誤訳―というか、自分でも意味がよくわからない文章を書いてしまっていたのですが、ロベール・ドロール『動物の歴史』を読み進める中で分かったので、修正しておきました。修正前の文章を読んでくださった方々には、意味不明の日本語を書いてしまっていて、申し訳ありませんでした。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008.07.12 18:24:34
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