カテゴリ:本の感想(や・ら・わ行の作家)
横溝正史『深夜の魔術師(横溝正史探偵小説コレクション2)』 ~出版芸術社、2004年~ 『赤い水泳着』に続く、「横溝正史探偵小説コレクション」第2弾です。本書には、由利先生&三津木俊助シリーズの中編のほか、戦時中のプロパガンダ的な作品が収録されています。いつものように個々の作品の内容紹介を書くのは省略し、印象に残った物語についてメモしておきます。 まず、収録作品は次のとおりです。 ――― 「深夜の魔術師」 「広東の鸚鵡」 「三代の桜」 「御朱印地図」 「砂漠の呼声」 「焔の漂流船」 「慰問文」 「神兵東より来る」 「玄米食夫人」 「大鵬丸消息なし」 「亜細亜の日月」 ――― 「深夜の魔術師」は、柚木子爵の発明を狙う金蝙蝠と、由利先生・三津木俊助さんコンビの対決です。金蝙蝠のマントをまとった怪盗は、殺人さえもいといません。本作では、由利先生たちの敵に拉致されてしまうという危機さえ訪れます。少年の活躍もあり、また本作品集の中では唯一の探偵ものでもあり、楽しく読みました。(横溝正史『真珠塔・獣人魔島』所収「真珠塔」の原型となる作品) 以下の作品はすべて、戦時中のプロパガンダ的な作品とのこと。 その中でも最も印象的だったのは、「三代の桜」です。敏腕女社長の小堀いと子さんは、もともと薬屋を営む小堀家に嫁いできたのですが、ご主人が早くに亡くなり、それから(当初は多少の抵抗もあったものの)事業を刷新し、そして成功します。工場には育児室も設け、また、「どんなに収支がそぐわなくとも、彼女は学者を招くことをやめなかった。研究費には一度だって渋い顔を見せたことはな」いという人物です。もちろん物語ですが、なんでしょう、現代の政治家よりもはるかに先を見通し明確な理念がある人物で、わが国のいくつかの現状と対比したときに憂鬱にすらなってしまいました。と、この社長自身の人物も素敵ですし、彼女が気にとめる赤ちゃんとその母親の奇妙なつながりといった、物語自身の余韻もあります。 「御朱印地図」は、対立する旧家の娘と息子が恋に落ち、娘の家が相手の家を襲撃する、という物々しい場面から始まります。もちろん戦時中のこと、独特の内容はあるものの、旧家の因縁にまつわる事件の真相など、物語にぐいぐい引き込まれていきました。 さいごに、こうしたプロパガンダ作品は、時局柄、ミステリなどは書けず、逆に時局小説でなければ雑誌の刊行も許されなかったという時代背景があったから、いわば書かざるを得なかった作品です。そうした時代背景については浜田知明さんによる解説に詳しいですが、同じ解説の中で、次のような言葉に救いを感じました。「プロパガンダではありながら、国家の“大義”ではなく、戦時下に生きる“個人”の心情をあくまでも基軸に据えたのは、この時代としては、精一杯の抵抗だったのではないか」(252頁)。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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