北村薫(絵:おーなり由子)『月の砂漠をさばさばと』
~新潮文庫、2002年~
北村薫さんによる優しい文章とおーなり由子さんのかわいらしい絵で描かれる、小学3年生のさきちゃんとそのお母さんの日常の物語です。12の物語が収録されています。
ごく簡単なそれぞれの紹介と、感想を。
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「くまの名前」お話を作る仕事をしているお母さんは、寝る前によくお話をしてくれます。今夜は、暴れん坊のくまが、新井さんの家に行って毎日洗濯をすることになった、というお話。けれどさきちゃんには、気になることができてしまいます。
背表紙でさきちゃんはお母さんと二人暮らし、とあるので、さきちゃんがさりげなく気がかりなことを聞くのと、お母さんが本気でお話をやり直す姿に、それだけでぐっときてしまいました。
「聞き間違い」日常の中の、さきちゃんの聞き間違いについてのお話。聞き間違いが、笑ってしまったり咎めたりしてしまうものではなく、なんだか明るいものに思える物語です。
「ダオベロマン」近所のドーベルマンを題材に、お母さんがお話をしてくれました。それを学校の日記に書いて…という物語。梨木香歩さんの解説にも、本作は取り上げられ、意義を鋭く指摘されています。
「こわい話」こわい話が大好きな友達の話よりも、さきちゃんにはもっと怖いものがあります。そして、なんだか怖いと思える言葉も。その感性を、お母さんはとても大切にします。
「さそりの井戸」いたちに追いかけられたさそりについての、宮沢賢治の童話をお母さんが聞かせてくれます。さそりがもし井戸から持ち上げられて、いたちの前に戻ったら、どうするだろう。神様は何を思うだろう。さきちゃんの素朴な疑問と、お母さんの答えに胸を打たれます。
「ヘビノボラズのおばあさん」指定ごみ袋ではない袋でごみを出したおばあさんのことが気になったお母さんですが、おばあさんの出したごみとその後を見て、人の思いの強さをあらためて感じます。これは印象的な物語でした。
「さばのみそ煮」お母さんの鼻歌やへんてこな歌の話。タイトルから想像つくので書きますが、本作が本書のタイトルにつながっています。「今日のことを思い出すかな」というお母さんの言葉にぐっときます。
「川の蛇口」台風のときに窓を開けたり、洪水になりそうなときに蛇口をひねったり、さきちゃんが怒られてしまったような行動には、さきちゃんなりの意味がありました。
これは、大好きな短編の1つである加納朋子さんの「白いタンポポ」(『ななつのこ』所収)を連想しました。というんで、こちらも印象的なエピソードでした。
「ふわふわの綿菓子」お祭りで買ったふわふわの綿菓子を、お父さんに見てもらいたいと思ったさきちゃん。けれど、見せようと思った翌朝には、綿菓子は全然ふわふわではなくなっていて…。
もはやこれは涙でした。
「連絡帳」お母さんと、さきちゃんのクラスメートとの交換日記が、さきちゃんの連絡帳で繰り広げられます。
「猫が飼いたい」アパートだから猫が飼えないのは分かっていても、思わず口にしてしまうさきちゃんと、その行動がいじましく、またお母さんのつらさもにじんでしまう物語です。
「善行賞のリボン」学校で善行賞をもらったさきちゃんは、お母さんにも善行賞をあげます。
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と、簡単にそれぞれの内容と感想を書いてみました。本書はおそらく10年以上前に読んでいるはずですが、本書を読んであらためて強く思ったのは、本を読むのにはきっとタイミングがあって、前回読んだときと今とでは、感動の質も違っているんだろうな、ということです。
そして、梨木香歩さんによる解説がとても素敵です。解説で取り上げられている『盤上の敵』は、きっとこれからも手に取れないと思いますが、本書や『盤上の敵』を題材に、「日常」の大切さを浮き彫りにしてくれる解説です。
(文字反転)「日常は意識して守護されなければならない。例えばこういう物語で、幸福の在処を再確認する。そういう時代に、私たちは生きている。」(反転終了)(173頁)。2002年に書かれた解説ですが、今(2021年)にもそのまま、あるいはより深く通じるような言葉だと感じます。
(2021.01.11読了)
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