芥川龍之介『奉教人の死』
~新潮文庫、1968年~
「切支丹物」11編が収録された短編集です。
「煙草と悪魔」日本に煙草を持ってきた悪魔が、その植物の名前を答えたら植物をあげるが、言えなければ魂をいただくと無理難題をふっかけて牛商人を陥れようとします。はたして牛商人の運命は…という寓話。
「さまよえる猶太人」さまよえるユダヤ人という伝説の真相を知るための古文書が見つかった、という体の短編。冒頭の問題提起が面白いです。
「奉教人の死」信仰厚い「ろおれんぞ」という少年が、町の女性との間に子供をつくったということで教会を追い出されます。その後、彼女と子供の家にある事件が起こり、「ろおれんぞ」がとった行動とは、というお話。巧みな語りと印象的な結末が素敵です。これは面白かったです。
「るしへる」悪魔は本当に悪いのか、という話。文語体で書かれていますが、面白い筋で、ぐいぐい読めました。
「きりしとほろ上人伝」表題作同様、聖人伝をもとにした短編。強い存在に仕えようとする巨人がたどる運命を描きます。こちらも面白かったです。
「黒衣聖母」気味の悪い因縁のあるという黒衣の聖母像をめぐる話。
「神神の微笑」日本で布教していた男が、日本の神々のやり取りを白昼夢のように見た後、日本の精霊に日本人の信仰のあり方を聞かされます。こちらも、物語の展開も内容も面白く読みました。
「報恩記」吉田精一氏による解説にあるように、『地獄変・偸盗』所収の「藪の中」と同様、ある事件が3人の視点から語られます。恩返しの裏にあるそれぞれの思惑が、興味深く描かれます。
「おぎん」両親を亡くしたおぎんという童女が、養父母とともにキリスト教を信仰していましたが、棄教しなければ処刑されるという状況に追い込まれます。そのときに彼女がとった行動とは。
「おしの」子供の大病を治してほしいと教会の神父を訪ねたおしのですが、神父の話を聞いてとった行動とその理由が興味深いです。解説にもありますが、「おぎん」にも通じるものがあります。「おぎん」「おしの」ともに好みの話でした。
「糸女覚え書」ガラシャ夫人を題材にした作品。この短編集には文語体というかいわゆる「現代文」ではない作品が多いですが、本作は恥ずかしながら私の力では十分に読めませんでした。
と、好みの作品が多く収録された作品集でした。
表題作と「きりしとほろ上人伝」では、ヴォラギネのヤコブスによる有名な聖人伝集成である『黄金伝説』に言及されています(実際元ネタが『黄金伝説』にあるようです)。自分の研究にも関連する重要な史料でありながら未入手ですので、あらためて必要性を感じた次第です。
(2021.05.15読了)
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