黒川正剛『<奇異な裁き>のヨーロッパ史―神判・動物裁判・魔女裁判―』
~教育評論社、2026年~
著者の黒川正剛先生は太成学院大学人間学部教授で、魔女をテーマにした単著を何冊か刊行していらっしゃいます。
私が先生の単著を拝読するのは本書が初めてですが、次の論集に収録されたコラムを読んだことがあります。
・黒川正剛「教会とジェンダー」甚野尚志/踊共二(編)『キリスト教から読み解くヨーロッパ史』ミネルヴァ書房、2025年、252-255頁
さて、本書は、魔女裁判を中心に研究してこられた黒川先生が、神判、決闘裁判、動物裁判をも視野に入れ、これらを「奇異な裁き」というキーワードで見て、共通点や変遷を辿ろうとする一冊です。
巻末に参考文献リストはありますが、注はなく、一般向けの著作です。
本書の構成は次のとおりです。
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序 章 「奇異な裁き」の風景―近世から中世へ
第1章 神判の諸相―全能の神を試す?
第2章 決闘裁判―名誉をかけた戦い
第3章 動物裁判―揺らぐ人間と動物の境界
第4章 魔女裁判―悪魔の時代の到来
終 章 「奇異な裁き」に通底するもの
あとがき
図版出典
参考文献
索引
―――
序章では、「奇異」に映るこれら裁判の事例紹介の後、本書の目的が示されます。すなわち、これら4種類の裁判それぞれについては既に多くのすぐれた研究が刊行されていますが、これらを「包括的に捉えて共通するものを探る試み」は、十分になされてこなかったと言います。この試みこそが、本書の目的となります。
なお、これらの裁判を個別に扱った邦語文献について、本ブログで紹介したことがある主な文献は次のとおりです。
・神判…赤阪俊一『神に問う―中世における秩序・正義・神判―』嵯峨野書院、1999年
・決闘裁判…山内進『決闘裁判 ヨーロッパ法精神の原風景』講談社現代新書、2000年
・動物裁判…池上俊一『動物裁判 西欧中世・正義のコスモス』講談社現代新書、1990年
・魔女裁判…池上俊一『魔女狩りのヨーロッパ史』岩波書店、2024年;ジャン=ミシェル・サルマン(池上俊一監修/富樫瓔子訳)『魔女狩り』創元社、1991年
以上の紹介記事でも個別の紹介はしてきましたので、この記事でも、各章の詳細は割愛し、本書の特徴を簡単にメモしておきたいと思います。
著者が各章で重点を置いているのは―そしてこれらに「通底するもの」としているのは―神や悪魔との関わりとその比重の変化です。
たとえば、第1章では「悪魔の介在」「中世前期の神判と悪魔」と題する節が設けられ、それまでに言及された悪魔祓いに関する記述などを踏まえ、悪魔の役割が指摘されます。
第2章にも「決闘裁判と悪魔の介在」と題する節があり、決闘裁判関連史料のすべてに悪魔への言及があるわけではないとしながらも、その意義を論じます。
第3章には直接的に悪魔の介在を論じた節はありませんが、人間と動物の境界などの興味深い議論が展開されます。また、第4章と終章で、「動物の悪魔化」として、悪魔に付与される動物的な特徴が指摘されることから、動物と悪魔の関係も言及されます。
第4章では、随所で悪魔と魔女の結びつきが指摘されます。
先に、「通底するもの」として「神との関わり」もメモしましたが、以上のように、本書では悪魔の位置づけの方がより強調されているように思われました。
軽微ではありますが気になった記述もあります。第4章において、女性が動物的とみなされていく(女性の動物化)ことを論じる部分にて、「女性と動物を同質の存在とみなす傾向は、13世紀以降、さらに強まっていく。神学者ジャック・ド・ヴィトリは、女性はクジャクに似ていると言う。なぜなら、両者は己の姿に自惚れる点で同じであるからだ」(169頁)とあります。これがジャック・ド・ヴィトリのどの史料からの引用かは特定できていませんが、ジャックは女性に限らず、様々な身分・職分の人々を動物になぞらえていることを指摘しておきたいと思います。たとえば神学者・説教師への説教第2番には、「月のように流れ去り欠けていく世俗の富を熱望する説教師どもは狂ったイヌである」(Iacobus de Vitriaco (éd. Jean Longère), Sermones vulgares vel ad status t.I (CCCM 255), Brepols, Turnhout, 2013, pp.370-371)という言葉があります。したがって、「女性の動物化」を論じる部分でジャックによる動物の類似を用いた説明を典拠とすると、このように動物になぞらえられた男性についてはどう説明するのか、疑問に思ってしまいました。説教では、聴衆がイメージしやすいように、様々な動物が人物をたとえるために登場するからです。
とはいえ、これは軽微な疑問です。本書は、これまで個別に論じられてきた「奇異な裁き」を包括的に論じることで、新しい道筋を提示している点で、大変興味深い1冊です。
最後に、魔女裁判関連史料で非常に有名な『魔女への鉄槌』の著者についてメモしておきます。池上俊一『魔女狩りのヨーロッパ史』103頁では、「ヤーコプ・シュプレンガーとハインリヒ・クラーマーによる……最近では共著ではなく、実際にはクラーマー一人の作品とされている」と記述されていますが、本書では、シュプレンガーの名前に触れられておらず(16頁)、クラーマー単著説が定説になっていることがうかがえます。
(2026.08.11読了)
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