2015.02.15

ミシェル・パストゥロー「シトー会士と色彩」

Michel Pastoureau, "Les cisterciens et la couleur"
dans Michel Pastoureau, Symboles du moyen age. Animaux, vegetaux, couleurs, objets, Le Leopard d'or, 2012, pp. 227-239.


 今回は、パストゥローの論文集『中世の象徴―動物、植物、色彩、物―』より、「シトー会士と色彩」を紹介します(本書の目次には、"Les cisterciens et la couleur au XIIe siecle"とありますが、本文標題には12世紀の語がないので、記事でも本文に合わせます。ちなみに本書、収録論文の初出を紹介する部分で、ある論文の初出が記載漏れになっていたりして、ちょっと校正が甘かったのかと思われます)。
 以下、構成に従って簡単にメモしておきます。

 本稿では、12世紀のシトー会士と色彩の問題を、(1)衣服の色、(2)教会の中の色、(3)クレルヴォーのベルナルドゥスの色彩観という3点に絞って論じていきます。

第1節「灰色から白へ―修道服の色」

 初期修道士は、色彩は不要だと考え、衣服も農民と同じものを着ていたといいます。しかし、次第に、色彩はその身分の象徴であり、共同体の標章となるという考えから、重要性を増していき、黒が修道士の色とされます。10-11世紀には、クリュニー修道士の服の色として、黒は定着します(「黒衣の修道士」monachi nigri)。…実際には、「本当の黒」に染めるのは技術的に難しく、青色だったり灰色だったりしたそうですが。

 クリュニー修道会が拡大し、贅沢になっていくことへの批判からスタートしたシトー会士は、もともとは染めていない灰色の服を着ており、初期は「灰色の修道士」(monachi grisaei)と呼ばれました。

 彼らが「白衣の修道士」となる決定的な時期は不確定とのことですが、彼らをそう呼んだのは、ベルナルドゥスとの論争相手であるクリュニー修道院長ペトルス・ウェネラビリスだそうです。ペトルスは、白は「荘厳」で、自分たちの黒は「謙遜」を意味すると主張しますが、ベルナルドゥスは、黒は悪魔、地獄の色であり、白は純潔、美徳の色だと反論します。なお、クリュニー修道士の黒と同じく、「本当の白」を着ていたわけではないようです。

第2節「光か物質か? 教会の中の色彩」

 12世紀頃、色彩は光なのか物質なのか、という議論がなされました。光だと考え、色彩を重視したのが、サン・ドニ修道院長シュジェで、彼は教会を色鮮やかに彩りました。

 他方、色彩は物質であり忌避すべきと考えたのがベルナルドゥスです。

 では、ベルナルドゥスの見解は、シトー会の教会の中の色彩に影響を与えたのでしょうか。パストゥローは、時代、地域によってニュアンスが異なることを強調します。全体でいえば、おおまかに12世紀初頭頃は生き生きとした色彩、その後12世紀中頃までは色彩への禁欲的態度、12世紀後半頃からは、色彩の復権が見られるといいます。

第3節「明るさは輝きではない―聖ベルナルドゥスの語彙」

 この節は、ベルナルドゥスが色彩に対して用いた語彙の分析からなります。一番興味深かったのは、先に紹介したペトルスが、シトー会士を「純白のcandidi修道士」と表現したのに対して、ベルナルドゥスは「白のalbi修道士」だと反論した、ということです。candidusは明るい白、albusはより自然な白を意味するのですが、ベルナルドゥスはalbusの語を用いることで、シトー会士が白を選択したのにはいかなる虚栄心もないということを示そうとしたのでした。

 ちなみに、パストゥロー氏は、自身の色の好みはベルナルドゥスに近いと、『ヨーロッパの色彩』(石井直志/野崎三郎訳、パピルス、1995年)の中で語っています。興味深いので、引用しておきます。「十二世紀に生きた聖ベルナールと同じように、私は明るさは輝きではない、と考えているのだ。聖ベルナール同様、私は色の混在よりも単色を、多色性よりも簡素な色合いを、抑えのきかない奔放な色彩よりも慎みある色彩を好む人間である」(12頁)。





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Last updated  2015.02.15 13:12:32
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