102892 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

ただ目的もなく...

PR

全143件 (143件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 ... 15 >

2013年10月24日
XML
カテゴリ:カテゴリ未分類
Onidire, oni ofte diskutas ĉu Esperanto estas neŭtrala aŭ ne. Laŭ mia opinio, Esperanto mem povas esti neŭtrala, sed ĉiu esperantisto ne povas esti neŭtrala.

Eĉ ne esperantistoj, oni povas havi diversajn opiniojn aŭ ismojn. Samkiel ili, ĉiuj esperantistoj povas havi diversajn, neneŭtralaj opiniojn, mi pensas.

Antaŭ mi partoprenis en la kunsido de SAT okaze de la 100a Japana Esperanto-Kongreso, mi miskomprenis, ke ĉiuj SAT-anoj estas sennaciistoj. Sed kiam mi partoprenis en la kunsido, s-ro Tani, la peranto de SAT en Japanio, klarigis, ke finfine Lanti, la fondito de SAT, akceptis la homaranismo de Zamenhof kiel sian mem penson. Tio estas tre interesa. Sed ni devas bone kompreni "homaranismo-n" de Zamenhof; tio estas tiel idealisma kiel oni esperas, sed fakte tio estas tre radikema ideo. Tion oni devas scii, mi forte opinias.

Cetere, mi diris, ke diversaj esperantistoj povas ekzisti. Ne, devas ekzisti diversaj esperantistoj, kiuj ne havas unu komunan ideon, sed diversajn ideojn. Povas esti esperantistoj laŭ la bouronju-dekracio, kaj ankaŭ esperantistoj laŭ la prago-dekracio. Oni ne rajtas limitigi starpunkton/vidpunkton de aliaj esperantistoj, mi pensas. En Japanio, ŝajnas ke multaj esperantistoj emas maldekstremaj, sed ili ne rajtas nei dekstremajn esperantistojn.(kiel min) Ankaŭ dekstremaj esperantistoj ne rajtas nei maldekstremajn esperantistojn. Ambaŭ esperantistoj diskutu pri diversaj aferoj. Ili ne rajtas nur kritiki alian flankon, mi pensas.






最終更新日  2013年10月24日 22時48分03秒
コメント(0) | コメントを書く


2013年10月08日
カテゴリ:Esperanto

エスペラントでは固有名詞もエスペラント化されることが多い。例えばZamenhof自体は姓(Zamenhof)はエスペラント化しなかったものの、自分の名前はLudoviko Lazaroとエスペラント化している。Ludvikoというのは、ドイツ語でいうとLudwigだから、ベートーヴェンはLudoviko von Beethovenになっているかもしれない。

# エスペラントの辞書では、固有名詞がどのようにエスペラントになっているかという対応表が付いているのが通例だと思う。そのように表記するのがいいかどうかはよく分からないが。

F. Baumが書いた「オズの魔法使い」はオリジナルの英語で出版されている他、多数の言語に翻訳されて出版されている。日本語でもハヤカワ文庫でシリーズが出ていたが、現在では残念ながら絶版になっていると思う。おそらく他の出版社からは出ているのではないか。

ある意味当然この「オズの魔法使い」はエスペラントにも翻訳されており、”La sorĉisto de OZ”というタイトルで出版されている。これは確か二年前に読んだ。「ヘンリーおじさん」(Ankle Henry)は、”Onklo Henriko,” 「ドロシー」(Dorotheay)は、”Dorotea”とこれまたエスペラント化されていた。ストーリー自体はよく知っていたし、単語も難しい物は使われていなかったので、すらすら読めた(ただし、一ヶ所だけとんでもないミスプリというか、誤訳がある)。

“Henry”が”Henriko”になるのはエスペラントの結果といえるだろうが、この”Henriko”という名前で別のポーランド人を思い出した。それは、Henryk Mikołaj Górecki(ヘンリク・ミコワイ・グレツキ、1933.12.6 - 2010.11.12)である。

彼の生涯についてはVikipedia(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%83%84%E3%82%AD)に詳しいが、若いころのアヴァンギャルドな作風、後の古典的な作風(交響曲第三番「悲歌のシンフォニー」など)との対照、”Beatus Vir”を後にヨハネ・パウロ二世となる、枢機卿Karol Józef Wojtyłaのポーランド訪問のために作曲したが故の迫害、古都カトヴィツェでの晩年などを思うと、やはりZamenhofのことを思わずにはいられない。これは絶えず大国からの圧力があったポーランドに住む人々(典型的にはショパン、キュリー夫人など)も含めて地政学的な運命を思わずにはいられない。

個人的には、”Henriko”を”Henry,” “Henri”などの一般名として使うことに対してはいささかの違和感を感じなくはない。しかし、逆にポーランドの人は誇りを持って”Henriko”を名乗って欲しいと思っている。






最終更新日  2013年10月08日 22時17分21秒
コメント(0) | コメントを書く
2013年08月15日
カテゴリ:カテゴリ未分類
8年前の8/15に初めてこのブログで記事を書いた。大部分は日本語でだったが、一部エスペラントで文章を書いてみた(練習問題以外では初めてエスペラントで文章を書いた):

> En sesdekan malvenkan memorotagon:

> Tre jaro pasis poar mi partpernis al "Rakuteno" kiel membro, sed mi >malkomentis blogon c^ar mi ne havis specialajn temojn.

いろいろ間違いが見つかって、「おぉ、よく頑張っとるなw」と過去の自分にいってやりたい。

# 今試みに全面的に描き直してみるとすると:
#
# En la sesdeka datreveno de la japana malvenko de la 2a mondmilito
#
# TrI jaroJ pasis POST KIAM mi partOprenis EN "Rakuteno" kiel membro, sed
# mi malKONTENSAS GXIAN blogon cxar mi ne havAs specialajn temojn.

ちなみにこの時は「4時間で覚える地球語エスペラント」を通読しただけで、本に書かれている例文以外のエスペラント文を読んだこともなく、辞書は一応大学書林の「エスペラント小辞典」は持っていたかもしれないけれど、語彙(覚えているエスペラント単語)がほとんどない状態だったはず。後から冷静に考えてみれば、よくそんな状態でエスペラント文を書こうと思ったなと冷や汗を書くけれど、その後幸い地元のエスペラント会でいろいろ教わることも多く、今ではFacebookなどでエスペラント文を書き散らし、文字通り世界各国のエスペランティストとエスペラントでやりとりができるくらいの力がついたんじゃないかなと思う。

三年前に関西大会に参加し、自分のエスペラント能力のあまりの低さをつきつけられて、沼津エスペラント会の通信講座に参加することにした。この通信講座(中級者向け)のことは以前から知ってはいたが、講座修了者の低さ(約四割)に手を出せずにいた。しかし、実力をつけるにはこれに限ると思い、申し込んだ。確かに難しい内容だった(特に聞き取り)。しかし、これを乗り越えなくては、エスペラントの能力を向上させることはできないと考え、作文の内容にいろいろ悩んだりしたが、結局辛うじて期限内に全過程を終了することができた。まだ受講中に参加した二年前の大阪での関西大会でも、参加者がエスペラントで話している内容がずっと理解できるようになったのには驚いたし、それだけ実力がついたんだなと実感することができた。

文章の点では、三年前に関西大会に参加した際に「話されていることが理解できなくて困った」というような内容をエスペラントで書いて、指導者に見ていただいたことがあるが、その時「あなたの書く文章は難しい」と言われた。これは今考え直してみると、指導者は「お前の書く文章は間違えだらけで意味が分からない」ということを仰りたかったのではないかと思う。確かにその通りだったに違いないと思う。

現在では当時より多少はマシになっていると思いたいが、それでもまだ十分な表現力があるとは思っていないし、語彙もまだまだ不足していると思っている。その点を様々な文章を読むことによって改善したいと願っている。






最終更新日  2013年08月15日 22時08分56秒
コメント(0) | コメントを書く
2013年07月31日
カテゴリ:Esperanto
Kiam mi eklernis la anglan lingvon en la 1a jaro de mezlernejo, (kiam mi estis 12 jaraĝa) mi tute ne komprenis la ideon pri "li" (he) kaj "ŝi" (she), ĉar la japana lingvo, kiun ni uzas ĉiutage, ne havas tiajn ideojn. Tio povas ŝajni strange al okcidentanoj.

Certe en la japana ekzistas "彼" ("kare" elparolata en la japana) kaj "彼女" ("kanoĵo" elparolata en la japana), sed tiuj vortoj originale signifas "tiu viro"-n kaj "tiu virino"-n, devenante de malnova japana lingvo.

Post kiam la feŭdisma japano finiĝis kaj la nova Mejĵi epoko komenciĝis, multaj novaj vortoj kaj ideoj enfluis en Japanion el eŭropo. Multaj japanaj filozofoj kaj verkistoj klopodadis tion, kiel importi tiajn ideojn kaj vortojn en la modernan japanan lingvon. Mi pensas, ke la ideo, "li" kaj "ŝi" devas esti ekzemploj de tiaj vortoj. Devas esti, ke filozofoj kaj verkistoj citis vortojn el la malnovan japanan lingvon, kaj vestis novan vestaĵojn al tiuj vortoj, mi pensas.

Estas interese, ke kelkaj vortoj el tiaj vortoj estis eksportitaj al Ĉinio kaj aliaj aziaj landoj; ekzemple "popolo" kiel "人民", "respubliko" kiel "共和国," ktp. Mi volas scii, ĉu ĉinoj kaj aliaj azianoj scias tion.






最終更新日  2013年08月01日 02時34分57秒
コメント(0) | コメントを書く
カテゴリ:カテゴリ未分類
Povus esti malfeliĉe, ke la nomo de japana monunuo estas "eno."

Oni ofte uzas "ene-n" anstataŭ "interne-n." "Ene" estas ja pli simpla, mallonga ol "interne." Sed aliflanke "ene" povas signifi "per eno." En preskaŭ ĉiuj kazoj, "ene" signifas "interne."

"Ene" estas komplete prava en esperanta gramatiko. Aldonante "e-n" al iu vorto, oni povas farigi la vorto al derivita adverbo. Tio estas tre konvena. Sed se tio naskas iom da ambigueco, oni evitus tiajn vortojn, mi opinias.

PS. Nomoj de la ĉina monunuo "Juano," korea monunuo "Ŭono," kaj japana monunuo "Eno" tute devenas de "円/圓," "rondo" en Esperanto, ĉar antikvaj moneroj estis rondaj. (ankaŭ eĉ nuntempe preskaŭ ĉiuj moneroj estas rondaj, krom kelkaj kanadaj moneroj)






最終更新日  2013年07月31日 15時13分39秒
コメント(0) | コメントを書く
2013年07月26日
カテゴリ:Esperanto
Hodiaŭ estas la 126a datreveno de Esperanto, nome la 126a tago kiam la unua libro skribita en Esperanto estis publikigita.

En tia memorinda tago, mi finlegos "Raporto el Japanio 16," verkitan de s-ro Hori Jasuo, kiun libron mi prenas kiel legolibron. Ĉirkaŭ 20 paĝoj restas, do mi povos finlegi la libron.

Mi havas dekkelkajn librojn, kiujn mi ankoraŭ ne legas, aliflanke mi volas havigi al mi aliajn librojn.

Mi volas plibonigi mian kapablon pri Esperanto.(speciale pri aŭskultado kaj parolado) En ĉi tiu oktobro, okazos la 100a Japana Kongreso de Esperanto. Tiam mi interparolos bone kun aliaj esperantistoj, mi volas.






最終更新日  2013年07月26日 20時14分31秒
コメント(0) | コメントを書く
2013年01月04日
カテゴリ:想うこと
芥川龍之介の晩年(昭和二年六月七日)の作品「手紙」の中にこういう一節がある:

僕はこういう話の中にふと池の水際に沢蟹の這っているのを見つけました。しかもその沢蟹はもう一匹の沢蟹を、……甲羅の半ば砕けかかったもう一匹の沢蟹をじりじり引きずって行くところなのです。僕はいつかクロポトキンの相互扶助論の中にあった蟹の話を思い出しました。クロポトキンの教えるところによれば、いつも蟹は怪我をした仲間を扶けて行ってやるということです。しかしまたある動物学者の実例を観察したところによれば、それはいつも怪我をした仲間を食うためにやっているということです。

この「ある動物学者」というのが誰であるかについて、芥川は作品中では触れていない。しかし、この部分を読んで南方熊楠「十二支考」の中の「蛇に関する民俗と伝説」の中の文章を思い出した:

ただし、かかる現象を実地について研究するに、細心の上に細心なる用意を要するは言うまでもないが、人の心をもって畜生の心を測るの易からぬは、荘子と恵子が魚を観ての問答にも言える通りで、正しく判断し中つるはすこぶる難い。たとえば一九〇二年に出たクロポトキン公の『互助論』に、脚を失いて行きあたわぬ蟹を他の蟹が扶け伴れ去ったとあるを、那智山居中一月経ぬうちに、自室の前の小流が春雨で水増し矢のごとく走る。流れのこなたの縁に生えた山葵の芽を一疋の姫蟹が摘み持ち、注意して流れの底を渡りかなたの岸へ上がり終わったところを、例の礫を飛ばして強く中てたので半死となり遁れえず。その時岩間より他の姫蟹一疋出で来たり、件の負傷蟹を両手で挟み運び行く。この蟹走らず歩行遅緩なれば、予ク公の言の虚実を試すはこれに限ると思い、抜き足で近より見れば、負傷蟹と腹を対え近づけ、両手でその左右の脇を抱き、親切らしく擁え上げて、徐ろ歩む友愛の様子にアッと感じ入り、人をもって蟹に及かざるべけんやと、独り合点これを久しうせしうち、かの親切な蟹の歩みあまりに遅く、時々立留まりもするを訝り熟視すると、何のことだ、半死の蟹の傷口に自分の口を接けて、啖いながら巣へ運ぶのであった。これを見て、予は書物はむやみに信ぜられぬもの、活き物の観察はむつかしいことと了った次第である。

芥川が南方のこの文章を読んで、自分の創作の中で引用したのかどうかは分からない。しかし、両者ともクロポトキンの相互扶助論の中のエピソードを引用していることからその可能性は高いのではないかと思う。

南方のこの文章は、雑誌「太陽」の大正六年出版の第二十三巻に掲載されているので、時代的に芥川が読んでいてもおかしくはない。「十二支考」は十二支に当てられている動物に関する民俗や伝説を古今の広い文献から求めて書き記した文章だけれど、必ずしも「動物学者」的な観点から見ている訳ではない。

柳田國男については芥川は「河童」の中でその著作「山島民譚集」の名前を出しているが(また芥川は「河童」の執筆に当たって「山島民譚集」を参照したらしい)、南方熊楠については他の作品の中でも名前を出しているかどうか分からない。南方熊楠は東京で出版されていた雑誌にも投稿をしていたけれど、東京の人々に当時一般的に知られていたかどうかは疑わしい。生前は南方はむしろ紀州で有名であり、また彼の名前は日本でより欧州での方が有名だった。

それにも関わらず、芥川龍之介と南方熊楠が接していた(であろう)証拠になるような文章を見かけて興味深く思った。






最終更新日  2013年01月04日 22時18分16秒
コメント(10) | コメントを書く
2011年04月12日
カテゴリ:楽器
バセットクラリネットと呼ばれる楽器がある。もうほとんどKV.622の推定復刻版を演奏するためだけに使われるような楽器で、通常のクラリネットが記譜Low Eまででるのに対してLow Cまで音が出る。

一方、バスクラリネットは通常Low Ebまででる(ショート管)。それに対して、Low Cまで出る楽器をロング管と称するのが普通である。しかし、クラリネットとバセットクラリネットという言い方があるんだったら、バスクラリネットとバセットバスクラリネットと称するのが適切?ということになるのだろうか?

ついでにコントラアルトクラリネット、コントラバスクラリネットにはLow EbまででるものとLow Cまででるものがある。これらはバセットコントラアルトクラリネット、バセットコントラバスクラリネットというのだろうかw。

低音楽器フェチの間では有名なサイトである、Contrabass ManiaにはThe Contrabass Compendiumというページがあって、低音楽器の一覧表がある。それを見てみると、Contrabass Basset Horn in FFとかContrabass Basset Horn in GGが記載されている(残念ながら、どのような楽器なのかという説明ページへのリンクがない)。

# Oct-contrabass clarinet in BBBbやOct-contraalto clarinet in EEEbの説明はある。

KV. 626を吹くためだけに作られた、Low E(Low Eb?)までしか出ないバセットホルンがBuffetから出ていると聞いたことがある。最近のグレナディラの枯渇問題もあって長い原木を確保するのが難しくなっているという理由は分からないではないが、Low Ebより下の音が出ないとMendelssohnやその他バセットホルンの多くの曲が演奏できない。それは非常に残念だけれど、実際の演奏機会を考えるとそういう楽器でも十分ニーズがあり、事足りているのかもしれない。そんなバセットホルンは、バスクラリネットの呼び方にならってショート管と称するべきかw。






最終更新日  2011年04月12日 22時32分24秒
コメント(0) | コメントを書く
2011年04月07日
カテゴリ:日常
私としたことが、うっかりFacebook spamに引っかかってしまった。いかにもFacebookからの通知らしくみえたのでリンクをクリックしてみたら、全く違うサイトに飛ばされた。

そもそも友達でない人のコメントだったのにうっかりと気を許してしまったのが第一の間違い。それからFirefoxの場合はリンクにカーソルを当てるとリンク先が表示されるんだけれど、それを確認しなかったのが第二の間違い。

ヘッダの一部を示すと下記の通り:

Return-Path: noreply@netlogmail.com
From: "Facebook"<noreply@netlogmail.com>
X-MSMail-Priority: Normal
X-Mailer: Microsoft Outlook Express 6.00.2600.0000
Message-Id: <20110407114506.CED485CFEB5@b227.blue.fastwebserver.de>
To: undisclosed-recipients:;

Fromが"Facebook"を名乗りながら全く違うe-mail adressであることに注意。また、Facebookからの通知のはずなのにMicrosoft Outlook Expressを使っているはずがない。最後にToがundisclosed-recipientsになっているのが決定的。

# そもそも日本版のFacebookを使ってるのに英語でメッセージが来る時点で気づけよ、って話。

本当のFacebookからのメッセージのヘッダは下記のような感じ:

Return-Path: notification+kr4menwkka4r@facebookmail.com
From: Facebook <notification+kr4menwkka4r@facebookmail.com>
X-Mailer: ZuckMail [version 1.00]
Message-ID: <451ab6a21be1c17a90cdc29a3ae728d0@www.facebook.com>

皆さんもご注意ください。






最終更新日  2011年04月07日 22時12分07秒
コメント(0) | コメントを書く
2011年04月01日
カテゴリ:音楽
Wikipediaには一年の毎日に何があったか、著名人の誰が生まれ、誰が死んだかが書かれている(日本の場合は特に架空の人物の生没年に関する記述が多い)。

Wikipediaでの4/1の項目にはいろいろ興味深い項目がある。取り分け4/1は日本においては年度始めであるために自治体の合併などの記述も多い。その一方で音楽に触れているものとして関心を引くのは、Scott Joplin(1868/11/24 - 1917/4/1)だろうか。

# いつも引用するClassical Composers Databaseの4/1の項目にも勿論載っている。

Scott Joplinの曲で一番知られているのは、おそらく"The Enternainer"(1912)だろう。しかし、映画"Sting"で使用された形式は純粋なラグタイムの形式というよりは、かなり後のニューオリンズジャズのスタイルに近い(ピアノ演奏でなく、管楽器の合奏である点などについても)。

Peters版のScott Joplin集(ほとんどの彼のピアノ用ラグタイム曲を集めている)の第二巻の最後にラグタイムのスタイルについてJoplinは述べているが、シンコペーションのリズムは注意深く取ることと正確なリズムを取ること、そして演奏する際には速すぎないテンポを取ることに読者の注意を向けている。実際に楽譜を見てみると、"Not fast"とか"March Tempo"とかいう指定が多い。その点では映画"Sting"のテーマは本来のスタイルからすると不適切な演奏ということになる。

Scott Joplin自身が演奏した録音は残っていないが、ピアノロールに演奏を記録したものがいくつか残っているそうである。英語版Wikipediaの記事の”Performance Skill"のところに彼自身が"Maple Leaf Rag"(最初に出版された作品)を弾いていたピアノロールの再現音源があるが、それを聴いてみるとリズムはかなりよれよれだし、テンポもかなりよれよれで、本人が書いている望ましい演奏とはかなり違っている。しかし、現在でのピアノロールの演奏が当時記録されたピアノロール(精度がどんなものなのか疑いがある)と同じなのかどうかは解からないところがあるとして、あくまでもこの演奏は参考にとどめるべきであるという意見もある。

Wikipediaの記事にもあるが、彼の最期はかなり悲惨なものだったらしい。しかし、彼が打ち立てたRagtimeというスタイルは多くの追随者を生み出したし、一時忘れ去られていたけれども映画"Sting"のテーマとして取り上げられることによって復活し、また現在に生き続けている。

彼の音楽がこれからも演奏され続けられることを願う。






最終更新日  2011年04月01日 23時16分14秒
コメント(0) | コメントを書く

全143件 (143件中 1-10件目)

1 2 3 4 5 6 ... 15 >


© Rakuten Group, Inc.