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できるところから一つずつ

連作

年に一度、連作を詠むことにしています。

その年、その年の
「私にとってのビッグニュース」

短歌的記録です。


★ 2014年
半々となる
「タイトルがダサイなあ」と思いつつ、よい案もないまま。
宮柊二の「空響き・・・」のアクロスティック。
郷愁を詠うのは誤解をまねくし、宮先生の歌の力を借りるのは卑怯だと、ずっと自分に禁止していたのだが、いささか種切れの感じで、禁を破ってしまった。
結果、これまでの応募のなかで「リトル・サトウ」とならぶ好成績、次点(3位)になることができた。

併行して、岩崎輝子さんの挽歌も一連にまとめたが、こちらは応募作とはしないで保存することにとどめた。 率直にサラりと話をするよい友人であった。


★ 2013年
吉野の筆
吉野の筆工房を見学に行ったときの一連。
三十篇選出に終わる。

併行して、母の歌「時に苦笑誘われてをり子が詠める短歌に浮かぶ母吾の像」のアクロスティックを作成。
応募には主旨が向かないとして、提出を控えたが、後に少しずつ発表してみると、どうもこちらの方が完成度が高かったように思われる。

★ 2012年    
リトル・サトウ
次男夫婦に、やっとさずかった胎児を、心配したり喜んだりして詠んだ作品。
次点になって、おおいに励まされる。
奥村選者は、不妊治療の部分がない方がよいと言われ、木畑選者は、そこに新しさを感じたといわれた。
自分としては、そこが迷った点だったので、意見がわかれたことにも、納得が行った。


★ 2011年  
楷書の樹海 
書道で「九成宮」に取り組んでいた時期。
なかなか思うようにいかず、練習すればするほど、樹海に入り込んでいく気持ちがして。
三十篇選出にとどまる。

★ 2010年 
息子夫婦の別居に心揺れつつ、孫と七夕飾りを作る。
今年も三十篇選出にとどまる。
詠いたい、伝えたいという気持ちに欠けていたかもしれない。


★ 2009年 踏み切れば 風 (帰省した次男夫婦とのアドベンチャー。)

しばらく、佳作上位を続けたのに、2009年は三十篇選出にとどまる。
最後に近くなって、気がかわってテーマを変えたなど、そして時間と体力不足になって仕上げが不満足のまま提出したことなど、思い当たる理由がたくさんあり、残念。
だいたい、註をつけなくては解りにくい一連であるということ自体、考えもの。

それと、次男、もしくは次男夫婦を扱った年は、いつも出来が悪い。
彼は短歌になりにくいのか???


★ 2008年 ひらがなたち (ひらがな書道を始めました)

★ 2007年 夏風 三十年 (この夏、子供達の配偶者やその子が、はじめて全員顔を合わせました。)

★ 2006年 慣れてゆくべし  (マンションの11階に入居)

★ 2005年 畏れつつ待つ  (初孫誕生の記録)

★ 2004年 コトバ、ことば、言葉  (フリー・トランスレーターの仕事詠)

★ 2003年 喜劇なるべし  (次男が、初めて妻を連れて帰省)

★ 2002年 「おい、ちよつと!」  (夫の退職二年目)
veg garden 1 dim


★ 2001年 ふたりの「YES」  (次男の結婚)

★ 2000年 子の妻「アン」  (長男夫婦とすごした東京)

★ 1999年 そして、めでたく  (長男の結婚)

★ 1998年 梅ほの白し  (母を送る)
白梅
 


★ 1997年 行ってしまへ  (長女の結婚)

★ 1996年 六月十日  (我が家のカナダへの移住記念日)

★ 1995年 ジャズがやりたい  (次男、アメリカへ音楽修行に出る)

★ 1994年 さくらんぼ  (母、夏をカナダで過ごす)

★ 1993年 命たたかふ  (姑の闘病)
鈴蘭


★ 1992年 AKIRA  (次男のひとり立ち)

★ 1991年 雪だるま  (母、介護付マンションに入居)

★ 1990年 住むには日本  (母、カナダに冬を過ごす)

★ 1989年 逝きし姉  (早逝の姉を偲んで)

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