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できるところから一つずつ

できるところから一つずつ

時に苦笑(2013年予備)

時に苦笑 (アクロスティック)      
    (時に苦笑さそはれてをり娘の詠める短歌にうかぶ母吾の像 大橋富子)


時を経て〈なつかしさ〉へと変りくる母をみとりし頃の痛みが

につこりと母が待ちゐる錯覚に我の〈日本〉はいつもほのぼの

苦しいと一度も言はず逝きましき「大丈夫よ」が終の言葉で

笑ふのはいつも小さな声だつた 大笑ひには縁なき母で

さびしいと言へばそのままくづれさう 母がぽつつり言ひし日のあり

そらに向け機体が雲をつきぬけて光の中を日本まで飛ぶ

はるばると十時間飛び機窓より日本の空の夕焼けを見る

れつに従き税関審査を待ちてをり 帰国理由は母に会ふこと

てんくうを大きく過る天の川 子供の頃はよく見しものを

をり鶴を笹の小枝に飾りたり 天の川ゆく鷺となるべし

りんごの樹かすかな風に枝を揺らすまだ色付かぬ重き実をつけ

娘とし我が言ひしごと子が言へり「心配してもしょうがないでしょ」

がまん強い母の世代のふんばりを気力の萎へる時は思へり

詠み口は破綻がなくて地味ながら時にするどし母の短歌は

めんどうな話は聞かぬふりをする 母伝来のわが処世術

るぴなすの紫の花、白き花 雪解けあとのゲレンデに咲く

短冊に水性ペンで〈LOVE〉と書く 愛されすぎてゐる七歳が

歌ひつつ胸に右手をあてて立つ 〈オー、カナダ〉孫の祖国の国歌

にし空が夕焼け色にそまるのは時ひがしの空の雲もうすべに

うっかりと〈ボケ〉との区別つけがたく〈今日の失態〉これは〈うっかり〉

かたちより入る私の自己暗示 かなしい時は特にほがらか
 
ぶきように話が途切れがちなりき しばらくぶりに母と会ひし日

母のゐぬ母の遺しし東京のマンションが今われのふるさと

吾が祖国が孫の祖国と異なるをオリンピックの度に意識す

のこされし母のめがねで見る空は母の見てゐしこれの世の空
       
像のごと空港デッキに佇ちてゐき 我を見送りくれし日の母

大きさはまちまちなれど葉のかげに赤の色濃く苺が熟す

橋となり東の空にかかりたり夏のひと日のフィナーレの虹

富士山を美しきとも知らざりき 裾野に住みし子供のころは

子ら巣立ち古巣をまもる役割に慣れて何年 これが順番


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市井の歌人であった母の歌は、アクロスティックに適さないという気持ちがあって、自分の記録にとどめた。

しかし、あとになって、母を偲ぶには、母の歌で偲ぶのも、二代続けた母子として最善の方法だったような気がしてきてはいる。


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