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できるところから一つずつ

1996年

*1996年

*コスモス掲載歌

1月号

蕗の葉の繁る蔭より顏を出す目のまんまるな栗鼠の親子が

南極を見たことのなきペンギンなど身を寄せ合ひて水の辺に立つ

九十歳に昨日なられし錦織さんすいとあの世に逝きてしまひぬ


2月号

水中を魚雷のやうに進み来ているかがひよいと頭を見せる

白き線宙に曵きつつ荒々と落ち来る雨が甲板を打つ

尻尾より生まれ始めて鯨の子おのづからなるドルフィンキック

母鯨ぐつと尾鰭を煽らせて大きく泳ぎ出産を終ふ


3月号

補正用タオル七枚巻き付けて長身痩躯の甥が和装す

初に着る羽織袴に花婿が長き手足を持て余しをり

「富士山が四十階からきれいです」エレベーターに今朝の貼り紙

大柄なアメリカ人の彼とゐて少女のやうな笑顔の裕子

「結婚はしないけれど」とことはりて教授の裕子が彼を連れ来る


4月号

広辞苑第一版には載りてゐず「介護」はややに若き言葉か

うれしけどややに複雑あちこちで私に頂く「痩せる石鹸」

遠巻きに二羽の喧嘩を見守りて鴉の群れがしきりと騒ぐ

腰下ろしふつと溜息つくやうな平仮名の「ふ」のやはらかな線


5月号

いづこより来しトラックか屋根の上にどかりと厚き凍み雪を載む

輝きて流氷が河を下りくる時にぶつかり時に押し合ひ

寒緩み屋根の凍み雪融け始む日がな雫の音を立てつつ

人知れず死ぬる自由を奪はれて動物園に象が老いゆく


6月号

来る波は一つづつ皆異なりと海辺に育ちし友が主張す

身を隠し死ぬる本能阻まれて象の花子が檻に老いゆく

それぞれに緊張秘めて「団欒」す娘と彼と夫と私と

娘の婚の決まりたる夜夫に注ぐ「愛娘」とふ酒は辛口


7月号

物産展見めぐる内にふと出会ふ「琴の若」に似る目をしたこけし

彼の愚痴楽しむごとく娘は言へりまともに聞きてやりはしないぞ

ゆつたりと川の面を漂へり夜目に白々桜のはなびら

なみなみと素焼きのジョッキに注がれて麦酒の泡の白くなめらか


8月号

「久々に頼りて指図を仰ぐ時我には母が矍鑠と見ゆ

娘の婚約祝はれて少しむつとする喜ぶ親も居るのかしらん

水面をばしやりと打ちて潜りゆく川に住みゐる大きな鯉が

いつしかに逞しき手になりぬらし結婚指輪ウエディングリングがもう嵌らない


9月号

離れ住む子の誕生日に乾杯す生みたるはわが一大事なり

オカリナの単音のみのAマイナ-たゆたひながら風に乗りゆく

森の木に吸ひ込まれ行く錯覚にオカリナの音消えてゆきたり

銅相場動かすほどの操作力巨大企業の一人(いちにん)が持つ


10月号

CDのジャケットを今日は翻訳すジャズに相応ふる言葉欲りつつ

息深く吸ひ込みていざ奏でだす聴かせどころのトランペッタ-

高らかに「水上の音楽」奏し終へトランペッタ-深く息つく

砂糖類断ちてひと月人参も玉葱キャベツも甘き味する


11月号

山に積む雪を主なる水源に二百万人夏越えむとす

閉鎖され博物館になりてよりミイラのやうな缶詰工場

天井になぜか鱗のこびりつく閉鎖後久しき鮭缶工場

掛け布団増やしたりまた減らしたり不順な夏の夜々を遣りゆく

インディアンが「天使の泪」と呼ぶといふ山懐の小さき湖
 

12月号

激しさも燃え立つ若さも見えぬまま娘の縁談が整ひてゆく

免許証書換への列に並びをりカナダで貰ふ五枚目となる

クラウンのおもちやを炬燵の上に置き父が教へし車庫入れのこつ

腕力も走力も弱き女こそ車を習へと父は諭しき



*「水甕」掲載歌

1月号

救急車到着までの五分間少年は父に人口呼吸す

何人もウルトラマンが整列す輸入玩具の専門店に

槙の木の暗き根方に冴え冴えと鈴蘭白く群れて咲きたり

潮引きて日に晒さるる濡れ砂に首を傾げて鴎が一羽


2月号

飼ひ猫を連れて入院せしといふ「自然死科」にゐる三十二歳

本当は宇宙船だとひとの言ふかぐや姫の乗る月への牛車  

籐椅子に坐りてこちらを振り返る遺影の友が「えっ?」と言ひさう

葬りには蘭をあしらふ盛り花をと言葉抑へて花屋が勧む



3月号

瞬きて燈台の灯の点りたり雨に烟れる昼の岬に

色彩を失くしてしまへる空と海雨に烟りてただに灰色

頭より生まるるヒトと反対に鯨は尾より生まれ始むる   

子を抱けずせめて身を寄せ授乳するもどかしげなるかあさん鯨


4月号

署名入り「鹿鳴集」の初版本伯父の遺せし従姉の宝

古びたる八一の書簡の封筒に乃木大将の一銭切手

水中に入りしとたんかるがると泳ぎだしたりとどのひと群

竜宮に行きたるときもかくせしか手足を広げ亀が泳げり


5月号

白髪になれぬは業と嘆きをり九十歳の髪黒き伯母

髪の毛の黒きことまで嘆きつつ特養ホームに伯母が歌詠む

両側の平衡あやふく保ちつつ「ふ」の字のやうにやじろべい立つ

三日ほど病みて逝きたし三人の子よりも先に母より後に


6月号

肉厚く赤き花びら艶やかにアンセリウムが勁く咲きをり

寝かせればすぐ眼を閉づる人形を羨しみにつつ夜半を醒めをり

上体を確と安定させたままフラダンサーが腰を泳がす

髪長きハワイの娘指先をすいと伸ばしてゆらゆら踊る


7月号

「独裁者!」と優しく笑ひやすやすとジムが裕子の荷物を運ぶ

日本の雪は日本の木に似合ふ松にこんもり竹にすんなり

バス停に一列になりバスを待つ一様に皆右を向きつつ

一つづつ真空パックにされし柿秋を頑固に保ちて朱し


8月号

てるてる坊主のやうに首より布をかけ鏡の前に髪を切らせる

いつよりか私に秘密を持ち初めて吾娘が次第に輝きてゆく

開きかけ赤の零れる寒椿備前の花瓶にすつと納まる

壷ひとつ包みこむごとたつぷりと平仮名の「ひ」がまろく膨らむ


9月号

弾痕の残れる蛤御門前黄色とピンクの幼稚園バス

珈琲が鯖塩焼きに添へらるる社員食堂今日の定食

葉の色のつやつやとして輝けり椿ひと枝洗水にさらせば

花にまで上下の格が厳とあり椿が一番上なるさうな


10月号

花柄の傘をさしたる乙女らが日本のニュ-スの画面横切る

「これからは体力勝負」と言ひ聞かす婚約なりし末の娘に

靴底に泥のつく日はほぼ無くて舗装道路にヒ-ル減りゆく

十歳も我より若き上司なり時に私に敬語を使ふ


11月号

切り株になりて残れるハンノキに傷口のごと粗き年輪 

年輪が南の側に幅広し日差しの淡きカナダの樹さへ

いつまでも手の揃はないトランプの如く過ぎ来ぬ我の日常

褶曲の山襞の影くつきりと氷河に黝し満月の夜半


12月号

知りあひの知りあひの日本の医師が来て我を耳口手足に使ふ

日本よりエイズ会議に来し医師が会議の席に石となりをり

学生のリーダーなりし菅大臣今も昔も物言ひ静か

しやあしやあと優しき言葉を口に出す思考回路が英語の二男





*宮柊二記念館 第二回短歌大会 

秀逸
喜ばうよろこばうとして多弁なり娘の婚約の決まりたる夜




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