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できるところから一つずつ

できるところから一つずつ

2021年

コスモス1月号 (小島ゆかり選)

ほんのりと赤味を帯びて透き通る仔兎の耳ピクッと動く

二年前解散したる同期会リモートとして再開果たす

「今が一番幸せです」と言ふ友よ たしか去年もさう言つてゐた

夜の雲に朱色の滲むあたりなり中秋の月潜みて在るは

貝ボタンのやうな優しき色に輝(て)る雲を抜けたる中秋の月



コスモス2月号 (影山一男選)

フェイスシールド越しの会話にまだ慣れず声がついつい大きくなりぬ

タンポポの綿毛に置きて初霜の針のごときが朝日に光る

出すあてはなけれど絵手紙教室に今日は紅葉のひとひらを描く

今日在さば百十四の誕生日焼きおにぎりを好みし父の



コスモス3月号 (小島ゆかり選)

〈OBZ〉と名付けて子らが企画するObaachan Birthday Zoom の会を

アメリカと日本とカナダに離れ住む子ら三家族初めて揃ふ

進行は小学四年が買つて出てファミリー・ズームに笑ひの絶えず

それぞれが苺のケーキを準備してモニター上で同時に食べる

葬式か結婚式かと思ふほど私を褒めるスピーチ続く



コスモス4月号 (桑原正紀選)

ばらの葉の一枚づつを縁どりて今朝置く霜の白き輝き

ものぐさのカモメが七羽流木に乗りてゆつたり河くだりゆく

エレベーターの〈密〉を避けたきお隣りさん十一階を歩いて上る

アメリカのニュースを見ては怒りゐる夫よ テレビのスイッチを切れ



コスモス5月号 (小島ゆかり選)

首都高のまだ無き頃の東京で父の教へてくれし運転

駐車違反スピード違反は三度づつあれど無事故の六十二年

「これだけは子の役割」と八十の母に勧めき免許返納

八十の母に言ひたる〈卒運転〉 今日は息子に我が言はるる



コスモス6月号 (影山一男選)

連翹

この先を右に曲がるとすぐ左 黄色やさしき連翹が咲く

〈連翹〉の英語の発音覚束ず「フォーシシア、フォーシシア」繰り返し言ふ

「Forsythia(フォーシシア)」とスマホに言はせ練習す「フォー」しかまともに言へぬ私は

〈連翹〉を〈golden bell〉と呼ぶ人に出会ひてすぐに親しくなりぬ

ワクチンの注射は齢の順とされ庇はれてをり われら年寄り



コスモス7月号 (桑原正紀選)

粒粗き雨がたちまち雹になりバラバラバラと路面を弾む

バラバラと攻めたてるごと雹が打つ今満開の桜の花を

花びらのピンクと雹の純白が突風を受け宙(ちゅう)を行き交ふ

天井の高きカジノのシアターがワクチン接種の会場となる

説明を詳しく受けて署名してワクチン注射は五秒で終る



コスモス8月号 (影山一男選)

六十代の我にはわかつていなかつた 歌集『アラベスク』の言葉の深さ

今もまだわかつていないかもしれぬ 歌集『アラベスク』の作者の心

富士に似るマウント・ベーカー眺めつつ今日のランチはベランダでとる

年毎にせつかちになる夫の目にわが「ゆつくり」は「愚図」の部類か



コスモス9月号 (桑原正紀選)

引き潮の汽水の浅瀬アオサギが抜き足差し足ゆるゆる歩む

アオサギの拡げる羽の全長がおほよそソーシャルディスタンスほど

二回目のワクチン接種終へし友「孫を抱ける」と声をはづます

初めてのエージシュートの82 スコアカードに太き夫の字



コスモス10月号

左目にワクチン注射をされてをりトルドー首相の刺青の鳥

鷲かとも大鴉かとも見受けらるトルドー首相の腕の刺青 
  
わが町の観測史上最高の三十七度が四日も続く

三日後に涼しくなると予報でて「そうとわかれば我慢できるわ」

日系のラグビー選手Hirayama氏(イラヤーマ)カナダ選手団の旗手に決まりぬ



コスモス11月号

真夏日の午後を木陰に寄り合ひて病葉(わくらば)色の鴨がまどろむ

熱波にも負けずに花を咲かせたり背高泡立草とあざみと

アイスティーのグラスの外をくもらせる結露が今日の涼しさの源(もと)

立秋の朝のパークに拾ひたり傘大きめのどんぐり十個



コスモス12月号

「静食にご協力を」の掲示あり日本のニュースに見るレストラン

〈静食〉と〈黙食〉の差を論じつつ話は禅の修行に及ぶ

婚長き夫と私の三食は言はれなくとも多く〈黙食(もくじき)〉

ひと夏の陽を吸ひ込みてアボカドが渋き緑の葉を拡げたり



☆ むさしの支部歌会

2月 題詠 光
ひと筋の光と頼み待ちかねしコロナのワクチン接種始まる

3月
冬枯れの玫瑰の木に五つ六つ朱(あけ)つややかな珠実が残る

4月
やうやくに咲き揃ひたる連翹のはや散り初めぬ細きはなびら

5月
コロナ禍は過ぎると信じ計画す 一年半後の家族旅行を

6月
連れ合ひを〈主人〉といふのはよくないと友が真顔で諭してくれる

7月
リハビリに開放中のトラックをひたすら歩くこれで五周目


9月  題詠「拾」
子の捨てし小学時代の絵日記の色褪せたるをこつそり拾ふ

10月
面倒な話は聞こえぬふりをして晩年の父にこやかなりき

11月
不機嫌なやうでもないが十五歳スマホに見入り顔もあげない



むさしのコスモス 

   コロナ禍の春 
   
〈マスク、鍵、杖とスマホに免許証〉朝の散歩の五つ道具は

マンションの廊下はすでに〈世間〉にてマスク着用必須の世界

マンションの定員五名のエレベーター 目下定員一名とさる

三月の土の香りに誘はれてマスクをしたまま深呼吸する

咲きそめし桜並木の下を行く ワクチン注射の予約済ませて


☆ わたしの一首

みづからを叱りつけたり、もう言ふな、八十歳が何だといふの  宮英子『アラベスク』

八十歳という年齢に拘りすぎる自分に気づき、自らを叱りつけている作者。会話体が身に沁みる。私も今や八十歳。 覚悟を決めてこの一首を座右の銘とする時が来たようだ。


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