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M17星雲の光と影

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2006.01.31
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カテゴリ:文章論
文章を書く行為を定期的に続けていると、そこにはある効能が存在していることに気づく。それを一言でいえば「リセット効果」ということになるだろうか。

ふだんわれわれの頭の中はどうなっているか。他人の頭の中にもぐりこんだことがないのでたしかなことはいえないが、さまざまな雑念というか、折に触れてのもろもろの感想、所見、感情がもやもやとしたエクトプラズマを形成し、そこにただよっているのではないか。何かを見、何かに触れ、何かを耳にするにつれ、われわれは何事かを感じ、何事かを思う。しかし、それらの断片的な感想は頭のなかをしばらくふわふわとただよっては、やがて音もなく消えてゆく。

これは考えてみれば、きわめて不安定な状態といえる。しかし、この不安定な状態が毎日毎日繰り返されると、やがてはそこに「不安定という名の安定状態」が訪れる。もやもやとした未分化な状態が日常になり、われわれはそれにすっかり慣れきってしまう。

それは沼地のおもてにぷくぷくと湧き上がる小さな泡に似ている。それは確かに小さな変化ではあるが、あの泡を見て、何かの予兆と考える人間はいない。それはしょせんやくたいもない意味のない小さな泡にすぎない。

しかし、ある日、この泡を記録にとどめてみようと彼は思う。そしてこの非生産的、非効率的な行為をせっせと続ける。しかし、どんなに注意深く慎重に記録してみても、無意味な泡はしょせん無意味な泡である。そこには発見も、驚きも、誕生も、奇跡もない。もやもやとした思いが気泡に変わり、水面に浮かんでは、ぷちっとはじける。ただそれだけのことである。しかし、そのぷちっと泡がはじける瞬間、かすかな感覚がそこには伴う。爽快感というにはあまりにもおおげさだが、たとえば、そう、サイダーの気泡が鼻先ではじける瞬間の、かすかに甘く刺激的な香り。そういうものが一瞬、鼻孔の奥に広がる。

この感覚を何と名づけたらいいのだろう。それは、ちょうど部屋の中に散らかったゴミをひとつの半透明の袋に詰め込み、分別し、その口をひもでくくる感覚に似ている。頭の中を覆っているアモルファスな物体を一つの袋の中に拾い集め、それを口のところできゅっと縛って、ゴミ収集場へぽいっと捨てる。その時の感覚。少しだけ頭の中が「かたづいた」感じ。もやもやしたものをひとつにくくって、外部に放出することで、頭の中にわずかながら新たなスペースが生まれる。いままで雑然と床を覆っていたゴミが消え去ることで、その陰に隠れていた懐かしい思い出がひょっこりと顔をのぞかせる。少しだけ広くなった床の上で、なんだかちょっと腕立て伏せをしてみたり、腹筋運動をしてみたくなったりする。

この少しだけ「かたづいた」感覚、これを「リセット効果」と呼びたいと思う。

私たちの頭の中のカウンターは絶え間なく少しずつ回転をつづけている。のろのろと動く電気メーターのように。このゆっくりとした渦の中にいつしか私たちの意識は呑み込まれ、はじまりを見失い、それと同時におわりも見失い、いつしか惰性の中でもやもやとした動きの中に吸い取られてしまう。

そこにささやかではあるけれど、小さなくさびを打ち込む作業。それが文章を書くという行為だ。

文章を書くことによって、もやもやとした煙に覆われていた日常に少しだけ「晴れ間」がのぞく。空間が広がる。そこに手足を大の字に伸ばして寝ころんでみる。いつもとはすこしだけちがった風景が目の前に広がる。床が散らかっていた時にはそこに横たわってぼんやりと天井をみつめることすら忘れていた。でも、いまひさしぶりに天井の板のしみをみつめ、それがピエロの顔に見えた幼い頃の日々を思い出す。なんだか小学生の頃、急な風邪で一日寝込み、天井板の模様をさまざまなものに思い描いていた頃の記憶がよみがえる。今日の授業のノートと給食のコッペパンとマーガリンを夕方届けてくれた半ズボン姿の馬場君のことを思い出す。漫画が上手で、お父さんが運送屋のトラック運転手をしていて、その運送屋の駐車場の脇のプレハブの家に三人家族で住んでいた馬場君。算数が極端に苦手で「学校帰りに突然雨が降り出しました。Aくんはあわてて家まで10分走って帰りました。Bくんは走らずゆっくりと10分歩いて家に帰りました。さてどっちがぐっしょり濡れたでしょう」というなぞなぞの答えが「どっちも同じ」だったことにどうしても納得がいかず、私がどれほど説明しても、「いや、走っている人間と歩いている人間が同じだけ濡れるはずはない」といって、けっして納得しなかった馬場君。その鼻筋の通った端正な顔立ちを思い出す。

たとえばそれが文章を書くということです。それは頭の中の片づけ作業であり、それによって空いたスペースでひととき遊ぶ作業であり、そこにある遠い日の思い出に浸ってしばし時を忘れる作業です。それはけっして生産性の高い作業とはいえません。しかし、それは生産性とは遠く隔たった地点で、われわれのこころをそっと包み、やさしく癒してくれるひとときの安らぎの場所なのです。

だから今日も頭の中のもやもやを半透明のビニール袋に詰め、さきっぽをきゅっとまるめて口を結び、ぽいっとそれを投げ捨てる。それで何かがはじまるわけでも、何かがおわるわけでもない。でもそれは、わたしの耳元で「はじまりのおわり」を、あるいは「おわりのはじまり」をそっと囁きながら、きらめく電子の銀河の流れに乗って、遠い世界の果てへと旅立っていく。広大な宇宙の軌道をはてしなく回り続ける小さな星のかけらのように。








Last updated  2006.02.04 08:11:47
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М17星雲の光と影@ Re[1]:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) まずしい感想をありがとうございました。 …
映画見直してみると@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 伊集院がトイレでは拳銃を腰にさして準備…
いい話ですね@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) 最近たまたま伊丹作品の「マルタイの女」…
山下陽光@ Re:大江健三郎v.s.伊集院光1(03/03) ブログを読んで、 ワクワクがたまらなくな…
ににに@ Re:非ジャーナリスト宣言 朝日新聞(02/01) 文句を言うだけの人っているもんですね ま…
tanabotaturisan@ Re:WILL YOU STILL LOVE ME TOMORROW(07/01) キャロルキングの訳詩ありがとうございま…
PATTI@ Re:WILL YOU STILL LOVE ME TOMORROW(07/01) 訳詞を検索したら、素敵な訳詞が出てきた…
M17星雲の光と影@ Re:読んで頂けるでしょうか・・・?(08/18) らんさんへ コメント拝見しました。あ…
M17星雲の光と影@ Re:読んで頂けるでしょうか・・・?(08/18) らんさんへ コメント拝見しました。あ…
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