救急車ラッシュ
土曜の夜に行われたミッドナイトランニングでは大変な思いをした。その日は暑く、日中の気温は日なたで35度以上だったという事だが、湿気も多く、夜はむっとするようなトロピックな感じだった。スタート地点の手前に設けられた, グループごとのロープで囲まれた地区にスタート30分くらい前に行ったが、私がはまってしまったグループは一番大きいグループだったらしい。 ロープの中はすでに一杯で、なかなか前の方に横はいり出来ない。 一部のランナーの熱気は異常に高く、彼らは素面なのだろうか、とつい疑ってしまうほど。 近くにはパブが一杯あるし、土曜の夜10時半だ。普通はこんな市民レースの時、スタート前にウォーミングアップのエアロビクスの様なものがあって、その直後にするりと前のほうに滑り込むのが得意だが、 今回は参加者が2万人以上で場所が足りないのかそんなウォーミングアップは全くなし。 同グループ数千人が押しつ押されつ、ぎゅうぎゅう詰めのままスタート。一番前とは行かなくとも、何とか前方の方からスタートしたが、なんという事か周りのランナーたちはすごいスパートで駈けて行く。 これはすごく遅いグループのはずなのに。沢山のランナーに押されて、追い抜かれて、仕方がないので私も普通よりスピードを上げる。いつものペースと全く違う。 まるで800m走みたいだ。 でも速度を落とすチャンスがなかなか来ない。と思ったら、一キロも走らないうちに、前方では力尽きたランナー達が歩き始めた。私も速度を落として彼らを追い抜いたが、2キロも行かないうちに前にスタートしたグループに追いついてしまった。 まずいまずい。 こんな速度ではあとでつけが来る。 でもランナーウォッチなんか持っていない上、全く調子の狂ってしまった私はどの位の速度で走ってるのかよく分からなくなってしまった。 なんせ暑苦しい上、暗くて道は下り坂ばかり。 思考力の低下ははなはだしい。5kmを過ぎたところですごくのどが渇いた。 普通は10km走ではあまり水を飲んだりしないが、やはりこの暑さが利いているらしい。 でもドリンクはさっきの3kmの所で逃してしまった。 そこでは立ち止まって(!)飲んでいる人だかりが出来てたからだ。5kmからは下り坂が急な登りに変わった。ここで前の前のスタートグループのランナーに追いついた。喉がからからで、早く6kmの給水所に着きたい私は、上り坂でのろのろ歩いているランナー(というべきか)を追い越したいが、 ここは道が狭く、遅いランナーは右側へ、なんていう初歩的な掟は全く無視されている。 そういえば去年もそうだった。 相当イライラが募る。 その先に暗いところだったが 左に曲がる急なカーブがあったので、 そこで一気に追い抜くこ事にして 左側の坂のぎりぎりでスピードを上げた、途端に思い出したがもう手遅れだった。去年はここでアスファルトからはみ出し、つまずいて道端の花壇のブッシュに突っ込んだのだ。あっ、と思った瞬間、去年と全く同じところから左足がはみ出し、勢いついてブッシュに体が傾く。ブッシュの先は崖だ。 思い切りストップをかけたら 後ろから来たランナーに追突され、つま先に鋭い痛みが走った。何の痛みか想像がついたが、そこでうずくまると、後からぞくぞくと来るランナーたちに追突されるだけだ。仕方がないので、 右側のかたつむり専用地域までけんけんして行って、歩いて坂の頂上近くまで上る。頂上は教会だ。 何か神の怒りを触れるような事をしたのだろうか、とふと考える。左足の親指の古爪は、はがれた後で新しい爪の上に絆創膏でぐるぐる巻きにしていたが、アスファルトからはみ出したつま先に力を入れた時にずり上がって、下のまだ柔らかい新しい爪に食い込んだらしい。この痛さは虫歯がキーンと痛むような感じに似ていて、涙がでそうだ。 教会の近くで、コース番を探したが、誰もいない。 ここは道幅が狭いので観衆も登ってこない。誰か優しいランナーが助けてくれないだろうか、なんて愚かな事を考えたが、坂を登っていく彼らはいき絶え絶えの様子をしている。しばらくしたら痛みが和らいだので、レース参加費を無駄にしない為、一気に坂を登り、駆け下りた。 そして、偉いことに6km地点で立ち止まらずにスポーツドリンクを受け取り、 そのまま次の坂を駆け上がり、 ゴール後の医療テントを目指してスパートをかけた。 途中で止まって歩いたので、もうタイムなんかは当てに出来ないが、また喉が渇いたので み、みずが欲しい。でもなぜかゴール後、メダル、バナナ、エネルギーバーはすぐもらってもドリンクはずっと先だ。医療テントにようやくたどり着いたら、それまで忘れていた痛みがまた襲ってきた。 しかし、そこにはすでに大勢の先客がいる。 珍しい事だ。様子を見ると、水分不足か、運動不足なのに無茶をしたらしいランナーが大半で、彼らは所かまわず転がっている。こんな光景は今まで見たことがなかった。二つある医療テントにはひっきりなしに救急車がやって来る。 まるでストックホルム中の救急車が一斉に集まってきているようだ。話を盗み聞きすると、一番近くの病院の救急外来はすでに一杯で、救急車は町の反対側の病院まで行くらしい。いくら待っても私の番は回って来そうにもなかったので、そこにあった絆創膏を勝手に使って自分で巻きなおした。 可哀相な新しい爪は、古い爪の端に押されて真ん中から折れている。洗浄や消毒やなんかは家に帰ってからゆっくりするしかない。 こんなレースには二度と参加するものか、と誓いながら、レース後のパブもパスして足を引きずりながら家に帰る。翌日知ったが、このレースでは2人も死者が出たそうだ。一人は50歳の男性で、 教会前の上り坂で心臓発作を起こし、もう一人はなんと26歳の健康な男性で、ゴール直後に意識不明のまま亡くなったらしい。爪位で済んで私はラッキーだったのかもしれない。