答えは塩だった
ストックホルムは新緑が美しいシーズンに入った。向かいの公園も、近くの森の中もどこを見渡しても急に新緑と白、青、黄色の花で一杯になった。この光景に感動しながら走りたいのはやまやまだが、花粉でくしゃみは止まらず、目はしょぼしょぼ。ちなみに私は花粉症ではないが、全て一度にやってくるので冬の間に乾燥しきった粘膜にはこたえる。暖かさの訪れと共に町行く人の格好も急に夏服になり、皆青白い脚をさらけ出してなんとも気味が悪い。このシーズンになると今まで何も無かった庭にいろんな物が出てくる。今年はガーデンスタイリングが流行っているので、近所のアパートの中庭にもおしゃれなガーデン家具が出没し始めた。流行りはなんと言っても籐もどきのソファーに白いクッションである。二件隣のアパートの建物はテラスを新築し、さっそくソファーが一番乗り。ちなみにここは男性カップルが住んでいるようだ。朝、時々白いおそろいのガウンを着た二人がソファーでコーヒーを飲んでいる微笑ましい風景が見られる。この隣のテラスにも大きなダンボール箱が現れたので、中身が楽しみだ。ソファーを置く場所の無いベランダしかないフレヤ家は他人のテラスをのぞいて楽しむしかないFrejaのトレーニング仲間に二人ほど無口、無表情のランナーがいる。彼らが笑ったり、苦痛そうな表情をしているのを見たことが無い。もちろんエリートで、どんな坂でも距離でも黙々とロボットの様に走ってゆくそんな不思議な人種には興味をそそられる私には彼らが表情を変えるまでしつこくしつこくくだらない事を話しかける、という悪い癖がある。でもそんな人種はただの引っ込み思案の恥かしがり屋が多いようだ。だから最後には油断して機関銃のように突然はなしを始める。 でも若い女の子相手だったらそうは行かないだろう、へへへ二人のうちの一人、水曜トレーニング仲間のアンドレアスは若い特別機動隊の一員だが、ある日ほかに誰も聞いていないと分かると、今年一杯と来年のレースの予定と希望タイム、それにホリデーの事まで尋ねもしないのに一気に打ち明けた。その上彼は同じランナーウォッチを勧めるとさっさと購入した。 それ以来上り坂では背中を押してくれる。 カワイイ機動隊隊員だ。もう一人の日曜のマラソントレーニングのリーダーの一人ロベルトは、学校の理科室にある骸骨模型のような体格で機械的に走るので、スターウォーズの何とか、という兵士達を思い起こさせる。マルメのハーフマラソンの後の夕食の時に隣に座っていたので、やっぱりしつこく根掘り葉掘りいろんな事を尋ねた。その時に、なぜ私はいつもハーフの時に脚がつるのだろう、という質問以外にはきちんと真面目な短い回答が戻ってきたが、しばらくして突然Eメイルでノルウェー語のランニング雑誌の記事を送ってきた。これで全問回答100点満点だ それによると最近の研究では塩が神経を刺激して、脚のつりにはどうのこうの、と考えられると書いてあった。いままで水分、マグネシウム、カリウムは試したが塩はあまり考慮に入れていなかった。糖分と塩分の入ったスポーツドリンクがあまり好きではないので、いつも飲むただの水を吸収するためにも塩は確かに必要だろう。そこでハーフ国体の時には塩分を多く含んだ物を持って走ろう、と考えたが良い美味しい「物」 がなかなか思い浮かばない。 だがキッチンの棚をごそごそ探して、そこに数年放置されていて見向きもされなかったテキトウな物を最後に見つけた。ペースト状のインスタント味噌汁の小袋だ! 3つ位袋がつながって売っていて、海外旅行客なんかがよく持って出かけてはそのまま持って帰るやつである。昔、持って帰るのがいやだった誰かから貰った物だろう。スタート前に袋の端を少し切って、走っている時に10km、15kmと18km地点で搾り出して「食べた!」その日は暑い日で気温が27度まで上がった(その5日前には雪が降ったというのに!)上、木陰らしき物があまり無かったのですぐに喉が乾き、水分もひっきりなしに供給。口の周りも手も、ランニングシャツもポケットもべとべとの味噌で茶色になった。 沿道の観衆から見てもとても美しい光景とは言えないがそんな事はかまっていられない。 なんたって国体だ!最後に残った味噌を口に入れたとき、数個の小さい固体からそれが 「あさり味噌汁」 だと分かった。げっ、どうせだったら「わかめ」なんかの方が良かったのに、と道端に吐き出す何ということか、今回は脚がつらなかった!!!今までの苦悩(といっちゃあ大げさだが)のナゾが解けてすごく気が楽になり、最後の500mはもうここまで来たら、という思いでラストスパート。 味噌まみれになったフレヤはカッコよくゴールへ!さすが国体、レベルは高くて順位はもともと当てにはしてなかったが、この暑さの中でも自己記録が更新できたのは「あさり味噌汁の素」 のおかげである。ただ、もう味噌汁の素は残っていないのでマラソンの時までに別な物を考えなければいけない。今度は奮発してキャビアの小瓶でも持って走るか。