プリティかつ怠惰に生きる

2005/12/24(土)16:57

クリスマスイブの奇跡 -1- 「サンタと少年」

創作(76)

「あっ……!」 「え……?」  私と、目の前にいる10歳ぐらいの少年の間には、目に見えない重い沈黙が流れていた。少年は身じろぎせず、目を丸くして私を見ている。まあ、それはそうだ。私だって、何も知らないでこんな場面を見たら驚く以外にすることはないだろう。  なんでこんな時間のこんな場所にこんな小さな子がいるんだよ…。  今は夜中の11時。深々と降りしきる雪の中、大通りはライトアップされ、昼のように賑わっている。  ボロボロのコートとボロボロのズボンを纏った少年は、空とソリを交互に見ていた。古いが色鮮やかな赤いマフラーが、格好に妙な不釣合いさを出している。  人がいる場所を避け、誰もいないことを確認して見つかりにくい裏路地に降りたつもりだったのに、まさか人がいるとは。  位置関係からして、少年は建物の影に紛れて見えなかったのだろう。初仕事でいきなり見つかることになるとは思わなかった。しっかり周囲を確認しなかった、己の不注意さに泣けてくる。 「え、嘘…。でも、空から…」  少年がなにやら一人でぶつぶつと呟いているが、そんな言葉は反省中の私の耳には届かない。  真っ白なヒゲを蓄え、頭からすねまで真っ赤な服で包んだ不審者と、ぼろをまとった少年がお互いを眺めながら硬直しているという、端から見れば世にも不思議な光景だっただろう。  そんな状態が10秒ほど続いただろうか。意を決した少年が、私に話しかけてきた。 「…本物さんですか?」 「ああ、そうだよ…。メリー・クリスマス」  ソリに座ったままの状態で、少し疲れた声で答えた。 「本当にいたんだ……」  少年が心の底から驚いている。まあ、まさか誰も本物がいるとは思うまい。私も、1年前までは思っていなかった。  しかし、この少年はどこの家の子だ。ここ数ヶ月の入念な調査にも引っかからなかったとなると、よっぽど郊外に住んでいるのか、それとも……。 「坊や、お家はどこだい?」  精一杯愛想良く聞いてみる。しかし、少年は私の笑顔と反比例するように顔を曇らせた。 「ここ……」  やはり、ストリート・チルドレンか。  いくら入念な調査したといっても、家を持たず路上に住んでいる人を全て調べるのは無理がある。チームを組んで万引きをする悪ガキ達や、話し上手な爺さんなど、周りの人によく知られている人間ならいくらでも調べようがあるが、人知れず地道に空き缶などを拾ったり花売りをしたりして生計を立てている人は、あまり人の目に触れないので調査しにくい。彼もそうして、俺の調査から外れたのだろう。  しかし、こんな時のためにプレゼントはしっかり予備を用意してある。大抵のリクエストには答えることが出来るし、もし無ければ買ってくればいい。見られたのは失敗だったが、「サンタを見た」などと言っても、子供の戯言だと一笑にふせられるのがオチだろう。問題はないはずだ。 「それで、サンタさんを見つけたラッキーな少年は、どんなプレゼントが欲しいのかな?」  念のために練習しておいた言葉を、一言一句違わず言う。実際には使わないほうが良かったのだが、このような状況になってみると練習して良かったと思える。笑顔も完璧。声も完璧。会心の出来だ。 「幸せ…」 「え?」と聞き返した私の声は、とても間抜けなものだっただろう。少年はもう一度、今度ははっきりとした声で、 「僕、幸せが欲しい……」

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