【コラム】カワウソ調査事業に関連して
※この文章は2006年3月9日に当会HPに掲載された文章です。 ■ニホンカワウソ調査事業の方針転換を -「生存確認」から「再導入」へ- ニホンカワウソは1979年以降その存在が確認されておらず、事実上の絶滅という扱いを受けている(安藤 2005)(但し、制度上、50年経っていないため絶滅には分類されない)。その最後の記録のあった高知県では今でもなお、カワウソの調査事業が行われているが、先日以下のような新聞記事が掲載されていたので、紹介したい。 2006年3月1日付、高知新聞 ニホンカワウソ 県の調査予算も絶滅危機 http://www.kochinews.co.jp/0603/060301evening04.htm#shimen4 現在行われている調査事業の目的はあくまで「カワウソの発見」であり、この調査事業に対し多額の税金が注ぎ込まれている。この記事から投資された税金を見積もると、最後の発見の翌年に当たる昭和55年から平成10年までに最低でも3220万円(平成6年に最高額の1420万円)、予算の大きな減額が行われた平成11年以降でも最低205万円程度となる。一方、その成果は平成4年と6年にカワウソ「らしい」毛が発見されただけでカワウソの発見につながるような情報は皆無であり、唯一得られた情報も信頼性に欠けるものであるという。 安藤(2005)が指摘するように、ニホンカワウソは既に絶滅、あるいは例え残存していても個体群を維持できないほど少数であることに疑いの余地がない。それにもかかわらず、行政の担当課はカワウソ絶滅という結論は早急とし、この調査事業の継続を示唆しているという。しかしながら、この事業を続けても好ましい成果を得られるとは考えにくい。果たして、行政はこの事業の失敗に対して説明責任を果たすことができるだろうか。私見としては、この事業を継続するのではなく、韓国や中国産のカワウソ再導入事業に転換するべきだと考えている。 現在、日本へのカワウソ再導入に対して慎重な意見が多く見られ、その多くは生物学的観点に基づいたものである。例えば、形態やDNA解析の結果を元にニホンカワウソを独立種であるとして(Imaizumi and Yoshiyuki 1989, Suzuki et al. 1996, Endo et al. 2000)、別種のユーラシアカワウソを再導入すべきでないとの意見がある。しかし、種の分類についてはDNAや形態だけでなく、生態や動物地理学的な観点も含めて議論されるべきであろう。カワウソは水辺以外の環境でも長距離移動が可能であるため(一日数十kmほど移動することもある)、氷期であれば容易に大陸から分散してくると考えられる。また、日本の動物相とりわけ、中・大型哺乳類はユーラシア大陸のものと共通種が多い。このような点を踏まえれば、ニホンカワウソがユーラシアカワウソの1亜種と考えるのが妥当ではないだろうか。また、別亜種を導入することによって、遺伝子撹乱が起こるとの懸念もある。しかし、既に絶滅しているカワウソについて、遺伝子撹乱は問題になるわけがない。万が一少数の残存個体がいたとしても、その遺伝子の多様性は極めて低く、むしろ大陸産個体の導入は遺伝子多様性の維持・強化となる(再導入技術の「補強」にあたる)。さらに、カワウソの生息できる環境がないとの懸念もあるが、ヨーロッパにおける研究ではカワウソは人為改変された環境でも生息可能であり、養魚場のような環境でも生息可能であると言われている。このように、いずれの懸念もカワウソ再導入を否定する根拠とはなりえないと考えられる。 唯一の懸念といえば、漁業被害であろう。しかし、ヨーロッパでは個体数調節や電気柵の設置、改良型の魚網を用いるなどして被害防除を行っている。ヨーロッパでの対策を応用すれば、被害軽減につながるのではないだろうか。もちろん、補償制度を設ける必要もあるだろう。オオカミと異なり人身被害の恐れのないカワウソならば、市民の合意も得やすくその再導入は容易に進むものと考えられる。また、再導入に拘らなくとも、岡山県のタンチョウの事例のように、専用ケージでカワウソを飼育し、それをフラグシップ種として水辺環境保全を行うことも可能である(岡山県での取り組みは岡山県自然保護センターのWebサイト http://homepage3.nifty.com/OPNACC/index.html/ を参照)。 高知県で行われているカワウソ調査事業は公共事業であるため、当然ながら住民に対する説明責任が生じる。現段階では望ましい結果が得られない(カワウソを発見できない)と考えるのが妥当であろう。現行の事業を継続するだけでは、事業の失敗を回避するための最善の努力をしているとは決して言えず、住民に対する説明責任を果たすことはできないのでは無いだろうか。成果の不透明な現行の事業に拘るのではなく、カワウソ絶滅という客観的事実を受け入れ、実効性や費用対効果の高い事業への転換を願うばかりである。 参考文献 安藤元一(2005)カワウソ再導入をめぐる世界の動き. Animate 5:4-10. Endo, H., Y. Xiaodi and H. Kogiku(2000) Osteometrical study of the Japanese otter (Lutra nippon) from Ehime and Kochi Prefecture. Mem. Natn. Sci. Mus., Tokyo. 33:195-201. Imaizumi, Y. and M. Yoshiyuki(1989) Taxonomic status of the Japanese otter (Canivora, Mustelidae), with a description of a new species. Bulletin of the National Science Museum Tokyo Series A 15:177-188. Suzuki, T., H. Yuasa and Y. Machida(1996) Phylogenetic position of the Japanese river otter Lutra nippon inferred from the nucleotide sequence of 224 bp of the mitochondrial cytochrome b gene. Zoological Science 13:621-626. ※ヨーロッパにおけるカワウソの生態研究に関する論文は、動物学や生態学関連の学術雑誌に多く掲載されています。興味のある方はそちらを参照ください。 文責:角田 裕志(東京農工大学・自然再生研究会)