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震災と津波により、お亡くなりになった方々そして不自由な避難生活を強いられている方々、心よりお悔やみ申し上げます。
未曾有の大地震と大津波について、当日について少し書こうかなと思います。 私の住んでいるところでも、大きく揺れました。 大きいけど、すぐ収まるだろうと思っていたけど、揺れが数分続き、徐々にことの重大さを感じるように。 緊張と恐怖 正直これしか覚えていません。 交通機関麻痺し東京は大混乱・・・一極集中している東京のもろさを露呈しました。 数日にわたり震災とその後の原発危機報道でTVをはじめマスメディアがジャックされたのは周知の通り。 父親が偶然にも福島第一原発に出張行ってたらしく 出張帰りに海沿いの常磐線にのっているときに地震があったっみたいで、 津波にから逃れるため高台に避難しらしい。 地元の方々とともに避難施設で一夜を明かそうとしてたとき 迎えに来てほしい!コールが俺に・・・ 東京から片道11時間のドライブで行きました。 ・・・あんなに長時間運転したことなかったな 覚悟はしていたけどガソリン給油制限やら飲食店やってないので 食べ物苦労した! 電話通じないし、停電で電波塔落ちていたのかしらないけど 公衆電話が役に立った。経営効率だけ考えれば公衆電話なんてコストカット の餌食にされちゃうだろうけど・・・社会的インフラのありがたみをかみしめました。 その後茨城から福島へ向かう途中、に津波に襲われた地区のすさまじい光景を目にしました。 車が横転してたり、家が倒壊し、家財が散在し。。。 住んでる人たち生きているのかな?と・・・悲しかったな。 いわき駅までヒッチハイクして待機していた父親と合流し、無事東京に連れてきました。 放射能漏れの報道がまだされてない段階だったので、東京にいるよりはちょっぴり被爆しちゃったかな・・・。 3月11日の出来事は一生忘れないと思う。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
March 29, 2011 01:14:10 AM
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