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Nonsense Story

Nonsense Story

花宿り 1




花宿り 1




ふるさともとめて はないちもんめ
かってうれしい はないちもんめ
まけてくやしい はないちもんめ

 (はは)を見舞った帰りに寄った城址公園で、懐かしいわらべ唄が聞えてきた。
 薄紅の花びらが舞う中、花見客の喧騒を縫うようにして、高く澄んだ声が耳に届く。
 わたしは、旦那が食べ物を買いに行っていることも忘れ、その唄に誘われるように歩き出した。


 姑が倒れたのは四日前の夕刻だった。
 たらの芽がたくさんあるから取りにおいで。
 そんな誘いを受け、わたしは仕事帰りに一人暮らしの彼女の家を訪れた。(ちち)は、姑よりもずいぶん年嵩で、今はもう土の下である。
 たらの芽の他にも土筆(つくし)や春キャベツ、まだ旬には早い(たけのこ)まで貰い、わたしが両手いっぱいに荷物をかかえて帰ろうとした時、姑が急に意識を失った。
 何度呼びかけても意識は戻らず、急いで病院に運び込んだが、医師の診断は異常なしというものだった。ただ(ねむ)っているだけだという。
 しかし、その日から今日まで、姑は一度も目醒めていない。
 きみが見舞いに行ってやれば、()を醒ますよ。
 旦那は暢気に言ったが、今日、二人で様子を見に行っても、姑は睛を開けなかった。


 姑は少し変わった人で、一人息子の旦那よりも、嫁の私を可愛がる。最初は気を遣ってくれているのかと思っていたが、どうも違うらしい。旦那が会いに行くよりも、私が一人で行った方が喜ぶし、子供を欲しがる旦那に、私がまだ産みたくないと言った時も、私の味方をしてくれた。
 子供なんていつでもいいじゃない。まだ若いんだから。
 てっきり早く産めと言われるものと思っていた私は、拍子抜けするとともに安堵した。
 子供が欲しくないわけではない。でも苦手だ。子供はすぐに泣いたり喚いたりするし、言葉もなかなかまともに通じない。何もかもがミニチュアだというだけで可愛いという人の気が知れない。
 自分の子供は違うのよ。
 子持ちの知人はそう()うが、どこがどう違うのか、子供のいない私には分からなかった。


 唄を辿っていくと、大きな枝垂桜のある場処(ばしょ)に出た。太く真っ黒な幹から、噴水のように花に覆われた枝が垂れ下がっている。その下で、幼女が一人、小石を集めて遊んでいた。

ふるさとまとめてはないちもんめ となりのおばさんちょっとおいで

 おかしな子供だった。
 五、六歳くらいだろうか。昔の小学校の制服のような丸襟ブラウスに吊りスカートを穿き、今どき、サザエさんに出てくるワカメちゃんのように、髪を短く切りそろえている。
 そういえば、ラップのCMにあんなおかっぱ頭をした子供が出ていたっけ。あれが今の流行なのだろうか。
 見事な満開の桜があるのに、この樹の周りには、他に客がいない。花冷えがしてきて、私はジャケットの前をかき合わせた。
 幼女は地面にしゃがみこんで、小石を二列に並べ、唄に合わせるように、中の一つをあちらへやったりこちらへやったりしている。花いちもんめの遊びを、石にやらせているようだ。
 その様子を見るともなく見ていると、幼女がつと貌を上げた。黒々とした大きな睛がわたしを捉える。その瞬間、真っ黒な睛に花が咲いたように見えた。
「お母ちゃん」
 幼女は弾かれたように立ち上がると、私の腰に抱きついてきた。
「お、お母ちゃん!?」
 わたしの戸惑いなど意に介さない様子で、幼女は明るい()を私に向ける。
 わたしが人違いだと説明しようとした時、背後から旦那がやってきた。
「こんな所にいたの。さっきの場処にいなかったから捜したよ」
 穏やかに()う。ずいぶん捜したのだろう。息が切れている。しかし、声音に非難の色は微塵もない。
 生まれつきなのか育ちがいいのか、旦那は滅多に怒るということがない。僻むとか憎むとか、そういう感情とも縁が薄いようで、姑が自分よりわたしを可愛がっても、他所の親子を見るようににこにこしている。わたしが元の場処から動いたことなど、彼には怒るようなことでもないのだ。
「その子は?」
 旦那が、わたしの腰に巻きついている幼女に()を留めて云った。
「分からない。わたしのことを母親だと勘違いしているみたいだけど、迷子かもしれない。この子が花いちもんめを唄ってるのが聞えてきて、ついつられてここへ来ちゃったのよ。捜させてごめん」
「おじょうちゃん、お名前は?」
 旦那が幼女の目線に合わせるようにしゃがんで、彼女の貌をのぞきこんだ。と、幼女は逃げるようにわたしの後ろへ回り、さっきよりも強い力で腰にしがみついてきた。
「お母ちゃん、おねがい。このおじちゃんに、おえんて()うて。うち、ええ子にするけぇ、どこにもやらんて云うて」



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