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銀線名人の言いたい放題

我が家に外車がやって来た

エルシノアに乗って,A-HONDAへいったら,なんだか変な車が有った。土曜日なので,エルシノアを置いて,それに乗って帰った。それがアマゾンとの最初の出会いであった。そしてそのまま返さなかった。
不思議な事に、その頃(S55年頃?)は外車も未だ少なくて,当然ボルボなんて有名でもなかったのに,うちの嫁はそれがボルボだと解ったのであった。コレは今でも不思議で,何で解ったのか本人も未だに解らない。それも夜だったし,ボルボのバッジも小さい物なのに,此れが縁と言う物か。
この頃,嫁は車の免許はなく原付の免許で乗れる,富山のぶぶ501と言うのに乗っていた。うちはビデオレンタルをしていたので,2人の子供を保育所に送り迎えをする為である。
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しかし,ここは雪国。前二輪,後ろ一輪のブブは雪道は走れない。
ソコで内緒だが,約三年程,無免許運転をしていた。こんなに目立つボルボで,まさかそんな事をしているなんて、まさかです。
「」56年にアマゾンの名で誕生した120シリーズに58年から加わった高性能版。当初はアマゾンSと呼ばれたが、59年に122Sに改称された。SUツインキャブを装着した1.6リッターユニットは61年に新設計の1.8リッターに換装され、従来からの4ドアに加え2ドア版も登場。66年には国際ラリーでの経験から122Sをさらにスープアップした123GT(2ドア)を追加。68年にはエンジンが2リッターに増強され、70年まで造られた。」
7 68年秋にデビューした戦後初の大型ボルボ。144のホイールベースを延長し、基本的には140系の4気筒2リッターに2気筒を追加した6気筒3リッターユニットを搭載。4速トランスミッションは新設計で、ステアリングも新たにボール循環式を採用。さらにAT車にはパワーステアリングも装備。1927年の市販第1号車のそれを現代風にアレンジしたというグリルをはじめ、内外装もプレステージモデルらしく渋くまとめられている。
この164は、16年物を12万で買いました。昔、クラウンが100万の時に300万もしていたのです。今なら絶対に買えない。
ツインキャブで145馬力、4輪ディスク、このころ国産のスカイライン2000GTでさえやっと前輪ディスクのみ,それもサーボ無しおもいおもい。仕事に使っていたのだが燃費が悪く、月5万円かかった。このころは古いクルマは、一年車検で、3年ほど乗ったところで、最初にエアコンが壊れた。アメリカ製のコンプレッサーで、修理するのに30万円も掛かるというのでランニングで三角窓を開けて走ってました。次にパワステの故障!ハンドルが回りません。仕方がないのでぽいしました。このあとはしばらく外車ではなく、サニーのカルフォルニアジーゼルを買いました。このころアメリカにボルボのターボディーゼルがあるのを本で読みました。東京へも見に行きました。6年モノで300万円します。これが欲しくて3年間毎日毎日、カタログを見続けました。そしてとうとう買うことが出来ました。




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