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カテゴリ:映画
(もちろんどんな映画だってそうなのだけれど)。 林由美香という女優とのつきあいを、 平野勝之という監督が映画にしたもので、 はじめはただ淡々と観ていられるのが、 徐々に、というか、唐突に、というよりぐっとあるとき変化する。 それについては特にふれないが、 映像を記録し、残し、さらにまた一種の作品化すること、 について、もろもろ考えずにはいられない。 2人がつきあいはじめたころの1980年代と あとのほうの2000年代とでは、映像の質感が当然ながら違う。 2人の顔や表情も違う。 年月がそうしたところにあらわれている。 言い方を変えれば、 おなじフィルムとして、いろいろな時間が定着され、 ひとつのものとして提示されることのこわさ。 そして、それはまた、生も死も、であり、 バルトではないが、”かつてあった”と”いまもある”が 同一平面にあってしまう、ということ。 由美香が《ゆうやけこやけ》をうたうシーン。 自転車で北海道をめざす、という2人。 映像は、ピントがずれたりぶれたり、わざと動かしたりも。 タバコ。 2人が吸うタバコ。 あるいは、壮行会をやる飲み屋での、 タバコを手にするひとの多さ。 かつてはあれがふつうだった、とおもってしまう現在。 由美香の(北海道行途中での)泥酔。 これは、のちのちに伏線のように、あとで、おもえなくもない。 ときどきあらわれる動物。 由美香のママの家にいる猫。 テントと猫。 由美香の部屋にいる白い犬。 ひたすら動いている犬。 由美香の「昔の男はいいなあって」ということば。 インサートされる文字/ことば、字幕、声 ヴィデオ・カメラは、自動で撮れてしまう、ということ。 ほおりだしても、勝手に撮っている。 おもわぬところで、記録が撮れてしまう。 湿度が高い日の夜、とうとう雨が降りだし、 アスファルトが1粒1粒濡れてゆくさま。 このシーンは2回。 そしてあとでまた登場する。 「監督失格」であることの意味、かさなり。 反復されること。 事実として、以上に、平野勝之という監督自身の、 由美香から言われたこと、そして、自らにむけての、 自らの確認としての。 さいごにながれる矢野顕子の弾き語り。 書き下ろし《しあわせなバカたれ》。 ピアノのひびき、と、残響と間。 このエンディングにほっとする。 タイトルは、プロデューサー・庵野秀明によるものか。 庵野には、つれあいの安野モヨコによる『監督不行届』がある。 公開は9月3日より、TOHOシネマズ六本木ヒルズ。 http://k-shikkaku.com/ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2011年08月07日 00時47分02秒
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