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parmi les jours suspendus

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ライヴ/コンサート

2013年10月13日
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オレカTX、P・リカルド・ミーニョ、カルロス・ヌニェス、
スペインの3つの異なった文化が一堂に会するというコンサート。
カルロス曰く、スペインでもこんなことはない、ここがはじめてだ、とのこと。
スペインに特に関心がなければ、この広い国はどこでもフラメンコでパエリアだというふうに思いこむこともありうる。事実、わたし自身、20代はじめのころはそんなふうだった。
ここに登場するのは(順番に)、バスク、アンダルシア、ガリシアの音楽。ほんとうはもうひとつ、カタルーニャがあって、スペインの4つの文化ということになるのだが、ある意味、「ふつう」のヨーロッパ音楽に一番近いカタルーニャは、こんなふうにしばしば、逆の(個性的な)側からすると脇によけられてしまうのが実情。これは政治・社会的にもパラレルかも。

バスクのチャラパルタとライヴで接するのははじめて。背後に映像がつけられ、それと共演するかたちをとる。
2人は両の手に1本ずつ棒を持って、板を叩く。それにミクセル・デュカウが、ギターのみならずシングル・リードのアルボカを吹いて、立体的な音楽をつくりだす。
素朴な楽器なので、どんなところに行って、どんな音楽とでも共演ができる。インドやアフリカ、モンゴルなどの映像がでてきて、録音された音と「共演」。大きな身振りで叩く姿は、力強いという以上に、いい意味で”野蛮”であり、そこが洗練された楽器/音楽にない魅力となっている。

ピアノでのフラメンコは、うーん、いまひとつ。ギターに慣れているというだけではなく、近代に生まれた複雑なメカニズムの楽器では、ちょっと違うんじゃないか、というのが本音。ある種の単調さゆえに、いつのまにか遠くの世界へ……(笑)。ダンスがつくと、また、音楽よりそっちに意識がいってしまうし。

カルロス・ヌニェスは久しぶり。ガリシア・ケルトが中南米にまで行って、というような話をわかりやすい英語で。このことは10年以上前にインタヴューしたときにも話してくれたっけ。
いろいろな音楽が演奏され、どれもけっこう短くて、楽しめる。トークもみごと。そんなことも人気の一因ではあるだろう。ひとつ驚いたのは、ラヴェル《ボレロ》のガイタ(ガリシアのバグパイプ)による演奏で、作曲家はあくまでオリジナルとしてつくっているのに、それとはべつのかたちで”腑に落ちる”ものがあった。これだけでも聴く価値はある。
正直、ケルト音楽はあまり得意ではない。仲間・同胞が集まって、演奏家も聴き手も一体になってという音楽であり、参加してこそのものだと感じるから。なので、最後に聴き手も含め、手をつないで踊って、というのがもともとのありようとはわかりつつ、個人的にはちょっと”はいれないなぁ”なのである。ま、それと音楽の良し悪しはべつのものだが。
カルロスも言っていたことだが、こうした企画を実現してくれるプランクトンに感謝。カンバセーションがなくなった後、この事務所がやってくれなければどこが、というかんじ。

13日は所沢、14日は焼津で公演が。

10月12日@すみだトリフォニーホール
http://www.plankton.co.jp/






Last updated  2013年10月13日 19時54分48秒
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2013年10月11日
 プレトークがあるので、ゲネプロを聴いておいたほうがよかろうと、15時すぎにホールへ。
 客席にいるピアニスト・向井山朋子に挨拶。娘のことを尋ねたら、「うちをでてっちゃったよ。10月から大学生だもん」と。これにはびっくり。これがトークの冒頭にもつながるのだが、向井山朋子と権代敦彦とわたしと、3人で顔をあわせたのは1996年春、アムステルダムでのことで、そのときピアニストが押す乳母車のなかにまだ小さい娘がいた。わたしはまだ会社員で、大規模なフェルメール展がどうしても観たくて、この土地に足をむけた。そして当時はまだパリに住んでいた作曲家の新作《Poème de la Force》を聴く機会も持てたのだった。それから17年。それなりの歳月だ。

 正直なところ、プレトークでは、会場の人たちにむけてということがあるので、プログラム全体の見取り図であったり、作曲家と演奏家との関係というようなことを3人で話ができたら、と考えていた。ところが、相手が権代敦彦とあっては、それではすまないわけで、もっと踏みこんだ、それも期せずして近年自分が考えていることとも重なることがでてきたので、かならずしもとっつきのいい話とはらなかったかもしれない。わたし自身としては何ともスリリングだったのだが。語でごくごく単純化し、テーマ的にいえば、生/死、永遠というようなこと。

 2曲目《デカセクシス》にあるド音のひびきは、3曲目《子守唄》、4曲目で最後の《エッド・エンド》でもあらわれ、特に後半の2曲には、このド音のピアノの連打は槌のように聴き手の心身にうちこまれる、ということ。このド音は一種のピアノ協奏曲である《ゼロ》でも、オケ中のピアノ(つまりソロとオケ中と2台がつかわれている)で聴いたように記憶するが、たしかかどうかわからない。
 《デッド・エンド》でも、《ゼロ》同様、ソロにちかい扱いのオルガンがあり、対して、オケ中のポジティフ・オルガンがある。前者は何度も電気を切られ------譜面台のあかりが消えるので、客席からもそれがよくわかる------、また立ち上げられ、また切られ、と楽器にも負担がかかるし、奏者もまたこまかい音符で弾きつづけるタイヘンさがある。そして、最後にソロ・オルガンが切られて音がでなくなった後、それはポジティフの高音へと引き継がれ、モールス信号のように残っていく……。
 こちらからは最後の音が微妙に低いソの音に聞こえていたのだったが、あとで譜面をみるとファ♯。隣席の某氏と、ド-ソなんだね、という話をしていたので、あら、と。自分だけが聴き間違えていたわけではないのにちょっと安堵したりもし(たぶん、ほかの音との関係で、ちょっとファ♯からするとちょっと高めに、ソからするとちょっと低めに聞こえたのかも。いずれにしろ、あまり耳がよくないのをあらためて自覚)。

 ほぼ21時に終演したとき考えていたのは、あの人に、この人に声をかけるべきだった、学生たちは途中で寝てしまったりするかもしれないけれど、ともかくあの2時間をここに据えつけておいて体感するべきだった、というようなこと。

2013年10月11日(金)@サントリーホール






Last updated  2013年10月13日 13時34分02秒
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2013年10月10日
 著書『木琴デイズ 平岡養一「天衣無縫の木琴人生」』(講談社)がでて間もないので、先達のレパートリーを生かしつつ、通崎睦美ならではプログラミングが組まれている。
 べつのところにいたので、会場に到着したときには前半の最後の曲目を演奏中。西邑由記子《メンデルスゾーンコンチェルト》。ロビーでぼんやりと聴くが、「メンコン」3楽章と木琴はじつによく合うのにびっくり。
後半は野田雅巳、伊佐地直の新作を含む。伊佐地《スパイと踊り子》は、リコーダーと木琴のための作品だが、視覚的要素も含むおもしろい作品。叩く行為とくるりとまわる「踊り子」。リコーダーは、バスからソプラニーノ、テノール、バスというふうに持ち替える。部分的にバスがベースラインを吹くのだが、その音色/効果には、そうか!と膝をうつ。
 プログラム最後は江文也《祭りばやしの主題による狂詩曲》。6月、フェニックスホールでの映画とレクチャー・コンサートで初演(たぶん)をしたものだが、東京でははじめて。弾きなれたこともあるだろう、輝きがまた違っていた。
ピアノは西脇千花、リコーダーは本村睦幸。
 アンコールに、アンコールのために書き下ろされた高橋悠治《飼いならされたアマリリス》。なんとも贅沢な。
 木琴は、当然、前から見ることになるのだが、通崎睦美の演奏は、横とか斜めとかからみるほうがはるかにおもしろい、というか、いい、のは事実。それはフェニックスホールで実体験したからこそわかる。なので、ふつうの見方しかできないのはちょっと残念。そして、何よりもたのしげなのがいい。
 会場はほぼ満員。友人・知人に何人も会う。あれ、こんなところで?という驚きがある人も。

 結果的に、この日はオペラシティ内をはしご。ギャラリーでの『五線譜に描いた夢』オープニングから、東フィルの定期前半(ヘンツェ《ピアノ協奏曲》日本初演)、通崎睦美リサイタル後半、と。

2013年10月10日 @東京オペラシティ リサイタルホール






Last updated  2013年10月13日 13時35分46秒
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2013年09月27日
マスコミ的には「ベトナム」なのだろうが、やはり「ヴェトナム」だよな、とおもいつつ、まぁ、通常表記なので仕方がない。

2つのコンサート、どちらも武満徹《弦楽のためのレクィエム》、グエン・チェン・ダオ《ピアノ協奏曲》(世界初演)が共通し、横浜ではベートーヴェン《交響曲第5番》、初台では《交響曲第7番》が違っている。また、アンコールが、前者は日本民謡(ヴェトナムの作曲家による編曲)とヴェトナム民謡があったのに対し、後者ではヴェトナム民謡のみであった。
コンサート・ミストレスが、前者は2曲+1曲で交代、後者は3曲ともおなじ、だったのも記しておくべきか。

ハノイでみたときにもそうおもったのだが、コントラバス奏者の弓の持ち方が、やはりフランスの植民地であったせいか、フレンチ・ボウがほとんど。今回みても、ジャーマン・ボウは1人で、あとはフレンチ・ボウだった。このコントラバス群が、ステージからみて、左の奥に配置されている。だから、というべきか、みなとみらいでは、コントラファゴットがとてもよくひびいた。2つの楽器が隣接していると、どうしてもまじってしまう。こうして分離させるのもいいかも、とあらためておもう。

アジアのオーケストラというと、10月はじめには毎年「アジア・オーケストラ・ウィーク」という催しがあるものの、この列島の西洋志向もあって、いまひとつ客足が伸びない。今回はどちらも満席に近かったのは嬉しいのだが、はて、実質はどうだろう。そんなことはともかく、たしかにオーケストラはヨーロッパが本場ではあるし、それはそれでいいものだけれども、そうしたものを踏まえたうえで、アジアのオーケストラにふれるべき、ともおもう。大抵は故国の作品を含んでいるし、そもそも、ちょっと前まではこの列島もおなじだったのだ、ということを想起すべきだろう。このあたり、たとえば国家がアメリカをむいていて、アジア諸国にむいていないことともパラレルなのではないか。
たしかに、未熟なところはある。間違いも多いし、不安定なところもある。それでいながら、いや、それでこそ感じとれるものがここにはあるのだ。ダオ作品は、アンコールでは、特にそれが感じられるのだし。

ダオ作品は、某ピアニストを想定して作曲されたものの、演奏困難として放置されていたという。児玉桃という演奏家を得て、この作品が「世界初演」できた、という事実。児玉桃は、ECMで日本人として(こういう言い方はあまり好きではないが)、この秋はじめて「クラシック」の演奏家としてアルバムがリリースされることも想起しておこう。

ダオ作品、3つの楽章からなっているが、どれも昨今のヨーロッパでよくある、マッスとしての音響を扱う作品となっている。第1、第2楽章ではわずかにフルートの叙情的なメロディがあらわれ、第3楽章では、メシアンを彷彿とさせるみごとに天国的な美しい和音がしばし持続する。対して、ピアノはトレモロとトゥリル、そして右手と左手の音域をかなりはなして得られるひびきの違いをクローズアップする。トゥリルしながら、高音域から下降、そしてまた上昇する運動が、オーケストラと乱反射する。そのあいまにひびくのは、金属系打楽器のアタックと余韻が。タムタムは4つ、ゴングが1つ。ヴィブラフォンにマリンバ、テューブラーベル、鉄板、またシンバルをティンパニ上に配置してグリッサンドさせ、ヴィブラフォンの弓弾きも。かといって、無駄な音符はまるでない。それまでの持続を断ち切るようにつよく、ほんとうにつよく、叩きつけられるような音が、たしか、3度ある。すべての楽器の音が余韻をのこし、それが消えさるまで、聴き手は息をぬくことができない。
グエン・チェン・ダオは、わたしが中学生のとき、この列島以外のアジアの作曲家として知っていたごく少ない人物のひとりだった。韓国のユン・イサン、フィリピンのホセ・マセダ、そしてヴェトナムのグエン・チェン・ダオ。マセダとは何度か会ったものだったが、ユンともどもすでにこの世にはいない。ダオを見掛けたのはたしか高校生のとき、武満徹のMusic Todayのとき。あのときからすでに30年近く経っていて、挨拶した作曲家はとても小さく見えた。

オペラシティでは、皇太子がおなじエリアに列席するとのことで、白いリボンを与えられた。「しるしづけられちゃったんですねぇ(笑)」と、ロビーで会った知人にからかわれたりもし。
指揮者の本名徹次氏に挨拶とおもい、楽屋に行くも、殿下と話されているとのことでなかなかあらわれず。久々にお目にかかる方々と挨拶はするものの、時間切れで、退散。

2013年9月21日(土)&27日(金)。






Last updated  2013年09月28日 01時56分05秒
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2013年09月08日
聴きながら、すごい、すごい、と体中が言っていた。もう、揺れっぱなし。
チック・コリア&The Vigil。
おなじ「すごい」でも、今年の前半に聴いたウェイン・ショーターのとはまた全然違った意味でのすごさだ。方向が違う。
各曲における構成力。そして、チックという人物がひとつの凝集点となって、音楽を統御する。もちろん、音楽そのものはこのうえもなく「動いている」のだが。
チックがアコースティックだけでなく、エレクトリック・キーボード2台もあわせて弾くのをライヴで接するのははじめて。
全3曲、1曲目は10分程度、しかし2曲目も3曲目も25分を上回る。
そのなかにはいろいろなもの、これまでやってきたさまざまなものを含ませ、それでいて、それをみごとにひとつところに溶解している。アルバムは、こうして生演奏にふれると、ただのサンプラーにすぎないという気にさえなる。
チックはこうやって若手を育ててゆく、というか、自らもそれを養分にしてゆく。
キューバ出身のベーシスト、カリートス・デル・プエルトとのシンセとのやりとり、テナーとソプラノ、バス・クラリネットを持ち替えるティム・ガーランド。表情を変えずに淡々と弾いているギターのチャールズ・アルトゥラ。そしてドラムスのマーカス・ギルモアとパーカッション、ベネズエラ出身のルイス・キンテーロ。チックはときどき、カウベルとかのパーカッションも叩いて。
いつのまにか、
バックにあったさまざまな文字が、ただひとつ「東京JAZZ」に変わっている。

18時からのコンサート、最初に登場したのは桑原あい トリオ・プロジェクト。
小学6年生のときにここに来て、「東京JAZZ」に憧れていた、と「なんで泣いてんだよ」と自分につっこみをながら、1曲弾いたあとのMCで言っていた桑原あい。アイドルのような姿で登場し、聴いたことがないので、疑心暗鬼だったが、これはなかなか、である。前日のトップバッターとはかなり違う。最初の曲は「大好きなペトルチアーニ」作だったりする。
左手とベースのからみがいいのである。
3曲目、右手と左手がオクターヴ、あるいは2オクターヴでユニゾンする速いパッセージの正確さ。それが長い長い。そこからエンディングへと。息をしなくていい楽器としてのピアノをよくわかっている、とみた。かならずしも自分から観に行くわけではないから、
こうして複数のグループと一緒にでているアーティストに驚かされるのはうれしい。

楽しみにしていたボビー・マクファーリンは病気のためキャンセル。かわりにボブ・ジェームス&デヴィッド・サンボーン featuring スティーヴ・ガッド&ジェームズ・ジーナス。
サンボーンはいつもながらの特徴的な音を。そしてボブ・ジェームスは、最近の作品が苦手だっただけに斜めのかんじでいたが、今回は良かった。譜面台の上にはiPad。
途中、ゲストがはいる。1曲は小曽根真との2台ピアノ、1曲は娘ヒラリー・ジェームスとのデュオで(松田聖子が東北で歌った)”Put Our Hearts Together”を。さらに、クァルテットにラリー・カールトンが加わった編成もあり。
スティーヴ・ガッドのバス・ドラムはいつもながらの迫力。ガッドはまた、先端が赤くなった黒いスティックを持っているようにみえたが、どういう材質なんだろう。

終演は21時45分。
2013年9月8日(日)@東京国際フォーラム ホールA






Last updated  2013年09月09日 00時22分58秒
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大江千里のジャズ、を聴くことがあるとは、正直おもわなかった。
「東京JAZZ」、7日、夜@東京国際フォーラム・ホールA。

大江千里がビッグバンドを従えて(/に従って?)ピアノを弾き、
次のステージで、リー・コニッツ・クァルテット、
さらにブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブとつづいて、
それぞれに異なったタイプのピアニスト3人ということになったのだが、
そうすると、当然、
最初にピアノを弾いた人物のことはほとんど記憶からなくなってしまう。
楽しんでいるのはわかる。
でもあの譜面に首っ引きな姿はないだろう。
1曲に1回くらいは高音から低音にむけてのグリッサンドがあるのも
どうにかしてほしかった。
ま、会場の雰囲気を和ませるには良かったかもしれないし、
ゲストにマット・ダスクとシーラ・ジョーダンが出演したのはなかなか。
シーラがでてくると、ほとんど、ほかを食ってしまう。
シーラはちなみに、1928年生まれだから、いま84。
11月になったら85だ。若い。

リー・コニッツも1927年生まれだから、85歳。10月になったら86歳。
かなり長いソロがサックス、ベース、ピアノとそれぞれにあってから、
クァルテットに。
ある意味、ドラマ性を回避しながら、ディテールに凝った造形をみせる演奏。
ピアニストのフロリアン・ウェーバーの右手/左手のからみ方、
ドラムのマット・ウィルソンの
ひとつひとつのドラム/シンバルの音色をたしかめるような発音、
は印象にのこる。
そう、ベース、トーマス・モーガンがくびから出演者パスをさげていて、
そのことを曲のあいだ、つれあいに話したら、
ちょうど係の人がそれをとりにくるというところがあって、笑う。

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ featuring オマーラ・ポルトゥオンドは、
まず、すごく大きな女性歌手の登場に驚く。
最初の1曲を聴いて、
これはかつてのブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブとは別ものだ
と感じるものの、それはそれで楽しめる。
後半でオマーラが登場。
こちらは1930年生まれだから、83歳。
でも、からだは小さくなってしまったものの、声はまだまだ。
これだけでも聴く価値はある。

それにしても、ちがったタイプではあるが、
80代を3人聴けたというのはいい。
サイードではないが「晩年の思想」ならぬ、「晩年のパフォーマンス」。






Last updated  2013年09月08日 11時16分19秒
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2013年09月04日
随分久しぶりに川口へ。

《ポッペアの戴冠》は、モンテヴェルディ、最後のオペラ。1642年に書かれたものの、自筆譜は失われ、幾つもの他者の手が加えられているものが残っている、という。今回の上演は、さらに刈りこみ、また、他の曲なども入れこんで、19時開演、休憩20分、22時ぴったりに終了というかたちになった。
会場をでて、エスカレータに乗っているときも、係のひとが、開館時間を過ぎているから速やかに、とさかんにくりかえしていた。公共ホールは大変である。

ステージにはアントネッロ14名と指揮者の濱田芳道(ときどきリコーダーも吹く)。
ほんの1段低いところもあって、この2段分と、アンサンブルの背後、数段高くなっているところに椅子などがあり、このあたりに登場人物たちが出入りし、演戯する。
さらに背後、壁面にはオルガンが設置されているが、その前あたりの高いところは、「神々」がでてくる。ここに、ふつうの「人間たち」は来ることがない。また、この「神々」を「人間たち」はみることができない(ということになっている)。

ネローネがポッペアと結婚する、というのが大筋。ポッペアの恋人オットーネ、ネローネの妻・オッターヴィア、オットーネに恋するドゥルジッラはローマから追放され、教師セネカは処刑される。でもまぁ、あの極悪非道な「ネロ」がこの程度とは、かなりポジティヴな扱いと言っていい。
ただ、演出(ネローネを演じる彌勒忠文による)では、これが極道の世界のことに設定されていて、けっこう可笑しい。それがまた、よくはまるのだ。はじめは、ネローネの妻・オッターヴィアだけが着物で「極道の妻たち」のかんじなのだけれども、愛人だったポッペアが、愛よりも地位よ、みたいなことを言い、妻の座に落ち着くと、今度はそっちが着物で登場したりして、つい、笑ってしまう。そのくせ、照明でハート・マークがステージを何度かちらちらするのだから。

14名のひびきは、近代型のオーケストラとは違った意味で、多様だ。タンブレロが2人(田島隆、濱本智行)と、打楽器を積極的につかっているのもポイント。キターラとテオルボ(高本一郎)は持ち替えだが、前者をフォーク・ギターかフラメンコ・ギターかのように奏するのも、音色的に、また,リズム的に、アクセントがつく。戸田薫とパウル・エレラのヴィオリーノは、即興的な部分もあるものの少なめで、しあし、ふたつがそろって動くとき、特に「そろい」の効果が生まれる。宮下宣子のトロンボーネは、相方・大内邦晴とつくりだす音の厚みや、ファンファーレ的な部分はもちろんだが、ポルタメントがユーモラスなシーンに用いられたりするのも一興。
あとは、忘れてはならないのは、矢野薫のオルガノの持続音のうえで、チェンバロとアルパ・ドッピアを弾き分け、アラベスク文様を織りなしていた西山まりえだろう。鍵盤と指先との違いがあっても、ともに「絃」をはじく2つの楽器のひびきの違いと音型のフィギュールの違いが、舞台全体の色を微妙に変化させる。

歌い手については、それぞれがそれぞれに楽しませてもらったが、一番だったのは、オッターヴィアのお小姓役・ヴァレットを演じた藤沢エリカだろう。最後に1人ずつ挨拶するときにも、一段と拍手が多かった。

モンテヴェルディのオペラ、つづいて12月4日(水)に《オルフェオ》(正確には音楽寓話劇)、来年3月21日(金・祝)に《ウリッセの帰還》が予定されている。

2013年9月3日(火)、川口総合文化センター リリア音楽ホール






Last updated  2013年09月04日 14時00分42秒
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2011年07月08日
浅草・牛嶋神社にて19時5分よりライヴ。
I.S.O.:大友良?英、Sachiko M、一楽儀光。
隅田川アート・フェスティヴァル「江戸を遊ぶ」の一環。

境内の三方にはなれて3人が位置し、
聴き手は自由にそのあたりを?動く。
大友良英は赤いよだれかけをした牛の前に陣取るが、
そばに?は千羽鶴がさがり、背景には東京スカイツリーが、という不思議な?光景。
高速道路の音、東武線の音、通り過ぎる自転車、
歩くひとの?音、風に揺れる木と葉ずれの音。
ときには賽銭を投げ入れる金属音?も。

20時から本堂(?)で、大友良英と小沼純一でトーク。
場と音・?音楽の話を中心に。
すでに投稿したハクビシンの話も。

なお、17日(日)には、吾妻橋周辺において、
「アンサンブルズ?・パレード/すみだ川音楽解放区」開催。
多くの人たちが演奏しな?がら、練り歩きます。

写真は、音だし/リハーサル中の大友良英。






Last updated  2011年07月08日 06時13分28秒
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2011年05月18日
スティーヴン・イッサーリス チェロ・リサイタル
ピアノはサム・ヘイウッド

前半は19世紀。
シューマン:幻想小品集 Op.73
ショパン:チェロ・ソナタ ト短調 Op.65

昼間に2本邦画の試写に行ってきたので、いささか疲労しており、
ときどき船を漕ぐ。
ショパンの叙情楽章がなかなか悪くないのを確認。

休憩後は20世紀。
ユリウス・イッサーリス:バラード
ラヴェル:2つのヘブライの歌
プーランク:チェロ・ソナタ

ユリウス・イッサーリス(1888-1968)は、
スティーヴンの祖父にあたる作曲家/ピアニストとのことだが、
この作品はとても魅力的な作品。
ここから、フランス的な、より自由な曲調へと移行する。
ラヴェルの、2曲目〈永遠の謎〉は、かなりテンポがはやい。
そして、プーランクはみごと。
そもそも列島ではあまりライヴで演奏されることがないのだが、
その力強さと幸福感!

アンコールは、
サン=サーンス:白鳥
がまずある。
よくあるアンコール・ピースではあろうが、
ラヴェルとプーランクの先達という意味で、みごとに考えられている。
ばったり遭遇したH.さんは、さらに、この曲に
列島をおそった地震や諸問題へのおもいを“読ん”でいた。
そして、
さらに
フランク:ヴァイオリン/チェロ・ソナタ[第4楽章]
が加えられ、これがみごとな名演。

行って良かった、というコンサート。
チェロのリサイタルなど、最後まで悩むのだけれども、
プーランクに惹かれて正解。

5月18日(水)、紀尾井ホール






Last updated  2011年05月19日 23時43分46秒
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2011年04月18日
読売日本交響楽団第503回定期演奏会(サントリーホール)。
震災で失われた命のために、予定されていたプログラムに先だって、
シルヴァン・カンブルランは、メシアン《忘れられた捧げもの》を指揮。

プログラムは、
プロコフィエフ《ロメオとジュリエット》抜粋
ラヴェル《ピアノ協奏曲 ト調》
[intermission]
ラヴェル《左手のためのピアノ協奏曲》
ラヴェル《ボレロ》

震災後、音楽のみのコンサートにでむくのはこれが最初。
ロジェ・ミュラロの弾く2曲のラヴェルの協奏曲を聴きながら、
感じていたのは、
音楽を聴いてもいいんだ、と、
音楽にもどれる、と、
自分にはラヴェルがあるじゃないか、ということ。

長身のミュラロは、カンブルランとならんでもずっと大きい。
鍵盤をみていないとき、
顔が、指揮者ではなく、後方の打楽器のほうにむいている。

拍手が多く、ミュラロは、アンコールとして、
メシアン《前奏曲集》のなかから〈Colombe/鳩〉を弾く。
そのうしろで、ピアニストをみつめる指揮者。

《左手》を聴きながら、
この曲目のならびが周到に考えられていることに気づく。
2つのコンチェルトは併行して29年から30年、31年に作曲され、
《ボレロ》は1928年。
2つのコンチェルトのあとに、べつのものを持ってきてはいけない。
そうではなくて、《ボレロ》だからこそわかることがある。
単にこれらが近い時期に書かれただけではなく、
似たような要素によって組み立てられていること、
オーケストラの楽器の使い方において、共通していることが、
「みえる」ように、ひびかせられる演奏なのだった。
特に、トロンボーン、コーラングレ、そしてハープ。
《ボレロ》において、こんなふうにハープがつかわれているのか、
と気づかせられた演奏はなかったようにおもう。

2011年4月18日(月)、サントリーホール






Last updated  2011年04月19日 14時06分59秒
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