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飯田史彦




第四章 愛の統合理論

第一節 愛の統合的定義

296-297
 恋とは、相手が持つ所有物(容姿・正確・才能・富・仕事・家柄などの属性)に価値を感じて、一時的に高揚する、「相手に受容されることや相手を支配することによって、相手と一体化したい」と願う感情である。

 愛とは、自分という存在の価値認識と成長意欲から生まれるものであり、相手がただ存在してくれていることへの感謝ゆえに決断し、永続的な意思と洗練された能力によって実行しようと努力する、相手の幸福を願い成長を支援する行為である。

297
(1) 「相手」という言葉で表現するものは、「他者」だけでなく「自己」でもあり、さらに広い意味での「愛」は、人間以外の生命や自然、ひいては地球や宇宙などに対しても向けられる。

297
(2) 「愛」のエネルギー源は、自分という人間がいかに価値ある存在なのかという認識と、価値ある存在としてもっと成長したいという意欲とのふたつである。

298
(3) 「愛」の動機は、その相手が持つ所有物(容姿・正確・才能・富・仕事・家柄などの属性)に価値を感じるからではなく、「その相手がただそこに存在してくれている」という現象に価値を感じ、感謝するからでなくてはならない。

298
(4) 「愛」を実行するためには、ある時点で、「その相手を愛そう」という明確な決断を下さなければならない。

298
(5) 「愛」を実行するためには、永続的な意思が必要である。それは一時的な衝動ではなく、愛する相手に何が起きようとも「愛」を継続するという意思であり、たとえ相手が死んでもその精神(魂)への愛を永遠に継続するという意思でなくてはならない。

この意思には先天的なものと後天的なものがある。先天的なものとは、「愛したい、愛すベきである、という本能的な使命感」であり、後天的なものとは、生まれたあとで、自分で気づき、自分に与えた「愛したい、愛すベきである、という習得的な責任感」を言う。

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(6) 「愛」を実行するためには、永続的な意思だけではなく、洗練された能力が必要である。

この能力には先天的なものと後天的なものがある。先天的なものとは、「このようにすれば愛することができる、という本能的な言動」であり、後天的なものとは「このようにすれば愛することができる、という習得的な技術」を言う。

301
(7) 「愛」が決断、意思、能力を伴うものであれば、私たちは、その実行のために、おしみなく「努力」しなければならない。

302
(8) 「愛」とは、相手の幸福を願い、同時に、相手の成長を支援するということである。

「幸福を願う」とは相手に必要な何かを「与えるということ」であり、奪うことではない。「成長を支援する」とは、愛する相手につねに激励のエネルギーを送り続けることに変わりはない。

303
(9) 「愛」は、決断、意思、能力に支えられた「行為」である。「恋」のような感情ではない。


             <「愛の論理」飯田史彦著 PHP研究所刊>






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