カテゴリ:子育て支援
けさ、夫を送りながら少子化について話しました。
いま、うちにはツバメが巣をつくっていて、ヒナが大きく そだちました。 親鳥が、やすむヒマなく、えさを探しては運んでいます。 これは、誰が教えたわけでもなく、 自分の中の本能でうごいているんですよね。 自分たちの種を残したいという本能。 で、今、人間社会ではなにが起こっているかというと、 産まない選択とか…産んだ後も育てるのが大変とか…。 産まない選択というのは、社会構造の変化ということも もちろんあるんだろうけど、(女性の社会進出?) 他の要因はないだろうか。 日本は、今、物質的に不自由なことがなく、危機感がない。 (本当の意味では、あるはずなんだけど) そんな中で、「本能的に」「DNAレベルで」 「自分たちの種を残さないといけない」という危機感も薄れて 来てるんじゃないかな、って。 例えば、植物でも 花芽ができるころ、養分や水分が足りすぎていると 花芽ができない。 (花と人を一緒にしていいかどうかは、別として) 極端な想像でものを言っているかもしれないけど、 DNAというのは…。環境にあわせ、変化していくのでは? 適応というのか。 だから、それぞれの状況や環境のもと生きていくように 変わっていく。 今の日本の少子化は、そういう表れの一部とはいえないか? そう思うと、 みんなが「少子化、少子化」と騒ぐのも、 もちろん問題だから何とかしようということももっともなのだけど、 自然界の法則というのか、 「なんとかしよう」というのが逆風のように思えて しかたがないのです。 *** 昔はもっと身近で人が死んでいたと思うんです。 医療技術の進歩で、人は死ななくなった。 それは人々が願い、幸せなことなのだと思うけれど。 「死」というものは「生、命」ととなりあわせ。 人が死ぬということで、命の重みを感じることもあると思う。 そういう機会が、今は極端に少ないと思う。 ということは、「この世に産まれること。生きること」についても 考える機会がおのずから減っている。(潜在的にも) 不自由ない世の中の功罪というのか。 理屈ではなく、潜在意識や遺伝子レベルで 「生きること・生き残ること・産むこと」などについての 状態が変わってきているということはないのか? 少子化について、どうにかしたいというのも 様々な策が練られていて、効果を期待したいし、 私も考えていきたいと思っています。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006.06.09 09:18:11
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