2014/04/08(火)08:55
「私にしかできない仕事」?
長くいた場所には、なんだか自分がいないといけない気がしてしまうことってないですか?
「この仕事は自分でないと」とか。
なんというか、大きな錯覚だなあとあらためて思います。
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最初は自分が見つけたやり方とか、
自分が誘導したとか、
調べたとか、
カタチを作ってきたとか、
提案したとか、
もろもろの自負?みたいなのがあったりもするのですが、
なんのことはない。自分がいないと回らない、なんて
単なる勘違いであり思いこみではないかなと。
きっかけを作ったのは「誰か」かもしれないけど、
その「誰か」しかできない仕事、なんてあるんだろうか?
もちろん、心遣い、配慮、その人のモチベーションとかひととなりとか。
その人にしかないものってそれぞれ持っていると思うし、
それが最大限に活かされるからこその仕事、というのは
世の中にあると思います、確かに。
でも一般的には、そういうお仕事はまれな気もします。
もう少し言いかえると、
最初にスタイルを作った「誰か」のやり方で、次の人がやらないといけない理由はないし、
それが一番良いかどうかも分からない。
もともとのやり方の真逆を行って「は?ありえんでしょ?」っていうようなことから
もっと良い結果が「出ない保証はない」。
良い結果がでちゃったりもするかもしれない。
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いろいろな可能性について、
それがYesかNoかは、それぞれの価値の考え方や、
「思いこみ」なんかが、大きく関わっているような気がするのです。
ちょっと自分が手放そうとするとき、戸惑うのは、
長く寄りかかってきた「思いこみ」に寄りかかっている方が
楽だし、心地いいからなんじゃないかと思う。
でも、それが自分にとっても、組織にとっても、組織の中の人にとっても
いいかどうかは別の話なんですよね。
何かを信じて突き進むことができるのは幸せだなと思います。
それができなくなる瞬間も、きっと「偶然」ではなく「必然」で、
起こるべくして起こっているとしたら
それもまた、幸せなことなのかもしれない。
なんてふと思ったのでした。