ねこのきもち.ep12

2018/11/17(土)21:17

病院を後にする日

長いこと間を開けて申し訳ありません。 原稿は出来ていたのですが、載せるか少し迷っていました。 ----- 06月07日 入院最終日 姉の愛車の修理が終えたので昼頃に病院へ行きました。 (修理と云ってもバッテリ上がりですけど) 朝の検診で血中酸素濃度が低下していたので酸素吸入が始まりました。 一旦、車を自宅に置いてくると私は帰りました。 帰ると姉の愛猫の雪ちゃんが「撫でニャさい」と寄ってきてナデナデ。 しばらくして母から電話です。 急いでTAXIで病院へ向かいます。 運転手の方も察してくれたのか、かなり急いでくれました。 病院へ到着、穏やかな表情でした。 その後は、私待ちで伸ばしていた診察。 医師の言葉を聞いてからは、病院では事務的な手続きに追われます。 会計を済ませ、その後は斎場への連絡などに追われていました。 ただ事前に斎場へは話を聞いたり、下見をしていたので、 話が進みやすかったように感じました。 それから親戚へ電話連絡をしました。 ここで姉の事を伝える時に一気に感情がこみ上げてきました。 会社の上司の方への連絡 ここでも上手く言葉が出ませんでしたね。 姉の大親友の方にメッセージ連絡を入れました。 正直言うと文字で書く方が気持ちの起伏が少なかったです。 その後、姉を乗せて病院から家の前で停車して頂き斎場へ向かいました。 部屋まで入れてあげていないの?とか雪ちゃんには合わせていないの?等々 お叱りを受けるのは重々承知しています。 その後は、斎場に向かいました。 安置するのに必要な事をしている間、私は今後の通夜、告別式の準備や 寺への連絡と事務的作業に追われます。 日程が決まれば、またあちらこちらへ連絡です。 そんなこんなで私はバタバタと各種手続きや連絡や打ち合わせ等に追われて 夜遅くに一旦家に戻り、雪ちゃんに報告しながらポタポタと汗なのか涙なのか・・・ その後、姉と母の待つ斎場へ姉の愛車で乗り付けて お通夜に来られる会社の方へ見せないと。 塗装も剥げ剥げの名車? (後で会社の方に伺ったら部署内でも有名らしい) その後は少し寝ていたと思います。 夜遅くに雨が降っていたのは、おそらく涙雨ですかね。 ---------------------------- 06月08日 朝には上がって、皆さんがお別れに来られ易いように晴れていました。 お通夜は夜なので、まだまだ準備でバタバタしていました。 姉に持たせるメッセージカードが10枚ありましたので 合唱部時代の友人の皆さんに書きますけど?と問いかけたところ 思いのほかたくさん来ましたので連名で書かせて頂くように連絡したり・・・ 合唱部のOB,OGの方々からの暖かいメッセージをLINE経由で 寄せて頂きましたこと、心より感謝しております。 06/02にビデオ通話をした友人の方の手紙を、メールで頂き斎場の方へ転送。 (その時は、読む元気がありませんでした。後日印刷し読み直しました) 告別式(6/9)で司会の方に読んで頂きました。 因みに、この御友人は現在海外在住でして、姉の古くからの友人で 一応、私も面識はあり今回大変お世話になりました。 九州と海外と愛知県・・・グローバルな時代です。 (私が小学時代なので姉・友人が中高時代、その後は昨年夏頃と今年3月) 昼ぐらいに母も荷物を取りに一度家へ帰りました。 何度かホールの様子をみたり写真を撮ったりしながら 電報なんかの受け取りをしたりで、あっという間にお通夜の時間。 親類も年齢的な問題や遠方だったり、同時期にご不幸があったりで 来られなくて母と私でしたが、関東から叔母が開始時刻に間に合い ホッとしながらの開式となりました。 会社関係の方々が大勢来られてのお通夜となりました。 閉式後に会社の方と初めてご挨拶を交わしたり・・・ とは云え、初めて会う人と疲労であんまり記憶に無いのが実情だったり 夜になり叔父がこちらも関東からの出席。 私の負担が少し楽になりかけたような感じでした。 その後も、4名程お通夜に来られました。 この時間位から、また涙雨でした。 姉の御友人から告別式の当日に合唱部OB,OGの方々が 西の空に向かって歌を届けて下さるとのお話。 そんな連絡をされて「おっさんを泣かせてどーしますの?」と 空元気なメッセージのやりとり。 叔父、叔母を連れてウチまでと話をしていたのですが 先ほど書いたように、雨がシトシト降り出していたので 近くのコンビニでご飯等を買ってきて話をしながら軽く食事。 また、遅くになって私は、雪ちゃん銀ちゃんの様子と 少し一人になりたいので家へ帰りました。 雪ちゃんをナデナデし、銀ちゃんをナデナデし幾分気持ちを落ち着けて 再度斎場へ戻りました。 深夜に少し落ち着いたので、合唱部の方々のメッセージを( ..)φカキカキ 久しぶりの手書きでした。 ---------------------------- 06月09日 寝たような寝ていないような感じで朝を迎えました。 雨は前日同様に、お別れに来て頂く方達の為に晴れました。 10時からの告別式で事前に打ち合わせを9時頃に行いました。 司会の方からへ手紙の件も伝わっており、 BGMというか音楽の話を少ししました。 ・モーツアルト ・カッチーニのアヴェマリア  (数年前、合唱部OB,OGの方々と姉が歌っていたので) ・全体的にクラシック音楽 式では、生バイオリン奏者の方がいろいろ弾いて下さっていました。 良い天気になり、会社の方々も休日にも拘らずわざわざ来て下さって 感謝しております。 その後、出棺となり来て下さった方々へ挨拶も出来ませんでしたので この場をお借りして本当に姉の為に来て下さりありがとうございました。 後で聞いたのですが、この時に、現合唱部の方が愛知県から2名見えられていて、 アヴェマリアを歌って下さったと。 再び斎場に戻ったのが午後過ぎ。 叔母は飛行機の関係で、斎場に戻る前に駅へ立ち寄って頂き帰路へ。 叔父も1時間遅れで帰るとの事で、一度家へ戻りました。 そのまま、叔父も斎場の方が駅まで送って下さり 母と私の二人、そして雪ちゃん銀ちゃんの生活に。 新たな生活のスタートですなぁ・・・ ---------------------------- ---------------------------- これで、ひとまず姉のブログは終わりとさせて頂こうかと思います。 皆さま、これまでに姉の事や雪ちゃんの事で当ブログに来て頂きました事 大変ありがとうございました。 たまには雪ちゃん(銀ちゃんも)を貼るかもしれませんけど・・・ 2018年11月17日 すっかり秋めいた穏やかな日より

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